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五話


 王都の街中──貴族達が買い物をする事が多い一番街にやって来たリズリットは、装飾品が売られている店の馬車止めに馬車を寄せると侍女のメアリーに手を貸してもらい、馬車から降り立った。


「何か、良いお返しが見つかるといいのだけど……」


 リズリットは不安げに眉を下げると、きゅっと唇を引き結び、そろそろと店の扉へと手を伸ばす。

 リズリットが扉を開けた事で、扉の上方に付いていた来客を知らせるドアベルが澄んだ音を立ててチリン、と美しい音を奏でる。


「──いらっしゃいませ」


 来客に気が付いた店主が店の奥から姿を表すと、リズリットに向かって穏やかな微笑みを浮かべる。

 貴族の訪問が多い一番街に店を構える店主と言うだけあって、洗練された所作でリズリットを出迎える。


「本日はどのような物をお求めでしょうか?」

「ええ。実は、年上の男性にお見舞のお返事で贈り物をしたいのだけど……お相手の方が負担にならないような装飾品はあるかしら。お相手は騎士の方なので、普段使い出来るような物があればいいのだけど……」

「騎士の方ですか……。そうですね……」


 リズリットの言葉を聞き、店主は考え込むような表情を浮かべると候補を何点か進めてくれるが、どれも繊細な装飾を施された物ばかりで、それを贈ってしまうと、ディオンは気に病んでしまうのではないだろうか、とリズリットは悩む。


「現在、私の店で扱っておりますのは、似たようなお品物ばかりですね。もしかしたら、ご令嬢の求めていらっしゃる贈り物とは合わないかもしれません」

「そう、ね……。ごめんなさい。またの機会にお伺いするわ」


 申し訳なさそうに店主がリズリットに言葉を掛けると、リズリットも微笑んで言葉を返す。

 リズリットは店主に挨拶をすると、また来ると言葉を残して次の店に向かう事にした。




 そうして、何件か店を見て回ったがリズリットはぴん、と来る物が見つからず先程までお邪魔していた店を出ると溜息を吐いた。


「駄目、ね……中々これ、と言う物が見つからないわ」

「騎士様ですものね。貴族男性に喜ばれそうなカフスボタン等の装飾品は普段使いされないでしょうし……」


 リズリットの言葉に、共にお返しの贈り物を選んでくれていたメアリーも難しそうな表情をして悩んでいる。


 これ以上店を回ると、帰宅が遅くなってしまう。

 帰宅する予定をオーバーしてしまうのは流石に、とリズリットは考えると今日は諦めようか、とメアリーに唇を開こうとした所で、背後から男性と思わしき人物に話し掛けられた。


「ご令嬢。何かお困りですか? 私でお力になれれば、お手伝い致しますよ」

「……え、?」


 全く聞き覚えのない声に、咄嗟にリズリットが後ろを振り返れば、見た事の無い男性がリズリットの背後に立っており、にこりと人好きしそうな笑顔を浮かべていた。


 貴族の多い一番街で、このように見知らぬ女性に話し掛ける人が居るのか、とリズリットが呆気に取られていると、メアリーがずいっとリズリットとその男性の間に体を割り込ませる。


 見た目は爽やかな好青年風な貴族男性だが、本当にこの男性が貴族男性かどうかも分からない。

 リズリットは、周囲から嘲笑われ続けていた事で俯く事が多く、貴族の顔を覚えるのも、その貴族の顔と家名を結び付ける事も苦手だった。


「いえっ、あの……っ」

「──お嬢様はこれから邸に戻られますので、申し訳ございません」


 リズリットが何か返事をしなければ、と考えている内にメアリーがその貴族男性にキッパリと断りの言葉を告げる。


 先程、出てきた店は馬車止めが少し離れた場所にある。

 リズリット達が居る場所は、一番街の端の方。もう少しで隣接している四番街との境目で、店の建物の向こうに馬車止めがある為この場は御者からは伺う事が出来ない。


(まさか、この男性はこの場所で話し掛ける為に?)


 もし、そうだとしたら相手はリズリット達を少し前から尾行けていたのかもしれない。


 リズリットはゾッとしてしまい、無意識に一歩後ずさってしまう。

 相手からはリズリットの容姿が見えていない為、まさか自分が話し掛けているのがあの出涸らし令嬢、だとは気付いていないのだろう。


 目の前の男性が、本当にただの親切心で話し掛けてくれたのであればいいが、この状況を待って話し掛けて来たのであればきっとただの親切心ではない。

 メアリーも、その事を警戒しているのだろう。先程から険しい表情で目の前の男性を見詰めているが、その貴族男性風の男は、メアリーの視線など微塵も気にしていないようで余裕たっぷりな笑顔を浮かべたままだ。


(ど、どうしよう……。走って、この方から遠ざかる……? でも、本当にただの親切心だった場合はとても失礼な事をしてしまうし……今の私の足の状態では、走る事も難しいかもしれないわ……っ)


 リズリットが、どうしよう、どうしよう、とぐるぐる考えていると、見知った顔の男性が店の角を曲がり、こちらに近付いて来た。

 リズリットが小さく「あっ」と声を出すと、こちらに歩いて来ていた男性もリズリットの姿を見て優しく微笑み、リズリットの名前を呼んだ。


「──リズリット嬢。こんな場所で奇遇ですね」

「──ディ、ディオン卿っ」


 こんな所でディオンと出会うとは思わなかったリズリットは、驚きに目を見開くがそれも一瞬の事。

 騎士であるディオンが姿を表してくれた事で安堵感を感じ、リズリットは眉を下げてふにゃりとした笑顔を見せた。


「──っ。……っ、んんっ。それで、リズリット嬢、こちらの方は知り合いか? 先程見えた君の表情が困っているように見えたのだが……?」


 リズリットに話し掛けていた青年に、ディオンがついっと涼やかな視線を向けるとディオンから視線を受けた青年はびくり、と体を震わせた。


「ディオン・フィアーレン……!? 何でここに……っ」


 あからさまに狼狽え始めるその青年にディオンは瞳を細めると更に厳しい視線を向ける。


「何故狼狽える……? リズリット嬢に何か用事があったのでは無いのか? 疚しい事が無ければ俺の前で続ければ良い」

「──いやっ、俺は別に……っ。ただご令嬢が困っていそうだったから声を掛けただけだ……! 失礼するっ!」


 ディオンに一歩近付かれ、リズリットに声を掛けた青年はじりっと一歩後退ると言い訳のような文言を口にして、そのままくるりと背を向けて逃げ出してしまった。

 リズリットが逃げ去って行った青年を驚きの表情で見詰めていると、リズリットの視界を遮るようにディオンが自分の体をリズリットの視界に移動させた。


「こんな場所で令嬢に声を掛けて、どうするつもりだったんだ、あの男は……」


 ぶつぶつ、とディオンが低い声で何かを呟いているようだが、リズリットと侍女のメアリーの耳には届かない。

 騎士団の団服を着ている事から、ディオンは仕事中なのだろう。リズリットは、お礼を告げて仕事に戻って貰おう、とディオンに視線を戻す。


「ディオン卿、どう対応すれば良いか分からず困っていた所を助けて頂いてありがとうございます。店の向こうに馬車が待っていますので、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 にっこり、とリズリットは笑みを浮かべてディオンにお礼を述べる。

 これ以上、ディオンの仕事の邪魔にならないように、とリズリットが気遣いではこれで、と言うような言葉を告げたのだが、リズリットの言葉を受けてディオンはリズリットが入ったのであろう店へと視線を向けている。


「──ディオン卿?」

「この店は……男性用の装飾品を専門に扱う店のようだが……。何か贈り物でも……?」

「えっ!?」


 まさか、お礼を贈ろうとしていたディオン本人に店の事を聞かれるとは思わなかったリズリットは、ディオンの言葉に大袈裟に狼狽えてしまう。

 リズリットが慌てている様子を、瞳を細めて見詰めるディオンの雰囲気が、何故かぴりっと緊張感を孕んだ空気感に変化したようで、リズリットは更に狼狽えてしまう。


 何故、ディオンは突然不機嫌そうになってしまったのだろうか。


 リズリットがおろおろとしていると、やや後ろに控えていたメアリーが狼狽えるリズリットの代わりにディオンに軽く説明する。


「お嬢様は、お礼のお品をご自身で選びに参ったのです」

「メ、メアリー!」


 お礼の品を贈る本人を目の前にその事を口にしてしまうのは、と焦ってリズリットがメアリーに声を上げるが、リズリットの顔は恥ずかしさに真っ赤に染まり、瞳は潤んでしまっている。

 帽子とレースのお陰で、リズリットの表情は殆ど見えていない筈なのだがリズリットの目の前に居るディオンは僅かに瞳を見開き、薄らと頬を赤らめている。


「リ、リズリット嬢。その……、あまり女性だけで街中を歩くのは避けて下さい。一番街とは言え、絶対に安全とは言い難いのでどうしても出掛ける際は貴女の兄や、男性使用人と共に出掛けて下さい」

「わ、分かりました……。次回からはそう致しますね」


 リズリットの言葉に、ディオンは安心したように表情を緩めると、馬車までお送りします。とリズリットの伯爵家の馬車が待つ所まで案内してくれるらしい。

 リズリットは有難くディオンの提案に乗ると、共に馬車の方向へと歩いて行く。


 リズリットを伯爵家の馬車へ案内すると、ディオンは馬車の扉を開けてリズリットに手のひらを差し出す。

 リズリットははにかみながらお礼を告げると、有難くディオンの手のひらに自分の手のひらを重ねて馬車に乗り込むと、再度ディオンにお礼を告げて馬車が走り出した。


 リズリットが乗った馬車が、見えなくなるまでその場から見送り続けたディオンは、ほっとしたように溜息を吐き出した。


「──見守っていて、良かった……」


 ディオンは、自分の隣に音も無く姿を表した人型の精霊に視線を向けると「ありがとうな」と機嫌良さそうにお礼を告げた。



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