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三十七話


 精霊王の言葉に、その場にいた全員がぴたり、と固まる。

 精霊王の言う通り、ディオンやハウィンツ達には確認しなくてはいけない事がある。


 先の、ロードチェンスの令嬢が犯した罪を、精霊王はどう感じているのか。

 自分の種族があのような酷い扱いを受けていた事を知り、精霊王自身はこの国の人間をどのように思っているのか。


 ディオンの行動を全て知っている、と言う事は即ちロードチェンス邸で起きた事も全て承知なのだろう。


 ハウィンツはちらり、とディオンに視線をやる。

 先程、リズリットから告げられた言葉が思いの外ダメージが大きいのだろう。

 いつもは直ぐに反応し、何かしらの返答をしているであろうディオンが呆然としながら未だに泣きっ面を晒し、ちらちらとハウィンツの腕の中のリズリットに視線を向けている。


(今のディオンは使い物にならないな……)


 ハウィンツはそう考えると、腕の中に居るリズリットをそっとソファに横たえて精霊王に視線を向けて、跪く。


「──恐れながら申し上げます。この国の人間が、生まれたばかりの花の精霊に対して精霊の思考を鈍らせ、害を及ぼす薬物を使用しておりました……」

「うむ、そうじゃの」

「精霊に対して、このように無理矢理薬を使用し、人間の勝手な行動で本来与えるつもりの無かった人間に祝福を与える事になってしまった事に対して、我々人間はどのように償えば良いのか、我々の国の国王もその事を憂慮しておりました」


 胸に手を当てて頭を垂れながら悲痛な声で述べるハウィンツに、精霊王は大きく、くりくりとした瞳を顰めると「そうさのぅ」と声を出した。


「──償いは不要じゃ。花の精霊は、妾の元に」

「直ぐに、手配致します」


 精霊王がそう答え、ハウィンツが言葉を発すると直ぐに父親がソファから立ち上がり報告の書状を認め始める。


 一頻り涙を流して落ち着いたのだろう。

 やっとディオンが落ち着きを取り戻し、鶺鴒の精霊を呼び出すとその鶺鴒に書状を託して王城へと使いに出した。


 普段は賑やかな鶺鴒だが、精霊王が御前に居る手前、深々と頭を下げてから鶺鴒の精霊は飛び立った。


 精霊王は、一連の流れをなんとはなしに見つめながらぽつり、と呟いた。


「妾も、このままではこの国の人間とはやっていけんな、とは思っておった」

「──っ、」


 精霊王の言葉に、その場に居た者達が息を飲む。


「だがな、心の汚い人間が居っても、リズちゃんのようにとっても清い心を持った人間も居るのじゃ」


 精霊王はふわり、と優しく瞳を細めるとソファに横になっているリズリットを見詰める。


「妾の可愛い精霊達に対して、害を成した人間共は許せぬが、リズちゃんのように心の清い者も居る。……不本意ではあるが、ディオンも、精霊に好かれる心を持っておる……、でなければあの子らがディオンに祝福を与える訳がない……。リズちゃんに対する行動は行き過ぎておるが、それ以外は……まあ……ううむ……認めてやらんでもない……不本意じゃがの!」


 ぷいっ、とディオンから顔を背ける精霊王に、ディオンは感動したように瞳を見開くと震える唇で何とか声を絞り出した。


「──あ、有り難きお言葉でございます……」

「ほんに、ほんにリズちゃんが絡まなければ……っ、良い男なのにのう! 残念じゃ!」


 精霊王は後ろ足で床をダンっと踏み鳴らす。


「で、ですが……俺──私は、リズリット嬢と出会えた事で人生がとても、楽しく、美しい物となりました……。リズリット嬢の存在は私にとって生きる意味そのものなのです……!」


 ディオンの重すぎる言葉に、リズリットの父親も、ハウィンツもそれぞれ「うわあ」と言う表情を浮かべるが、精霊王だけはディオンの言葉が、ディオンの気持ちが分かるのだろう。こくこく、と何度も頷く。


「うむ、うむ。ディオンの気持ちは痛く分かるぞ。リズちゃんの側はとても心地好く、幸せな心地になれるのじゃ。その点は理解出来よう」

「──精霊王……!」


 ディオンは感動したように感極まったような声を上げると瞳を感動の涙で滲ませて精霊王を見詰める。


「うむうむ、妾もリズちゃんから離れとうないのでな、ディオンの気持ちは分かる、分かるぞ」


 満足そうに頷く精霊王に、ハウィンツと父親は呆気に取られたまま、二人(?)の会話をぽかん、と聞いていた。


 精霊王と、ディオン。

 二人(?)はリズリットを通じて、何かお互いの間に芽生えたのだろう。

 ハウィンツと父親の戸惑いなどお構い無しに会話を続けている。


 だが、ハウィンツは先程精霊王からあっさりと放たれた「人間とはやっていけないと思っていた」と言う言葉を言及しても良いものだろうか、と悩む。

 今は、ディオンとリズリットについて楽しげに話しているが、先程の話を蒸し返して精霊王がやはりこの国の人間は嫌いだ、と言ったら。

 万が一、精霊王が他国にリズリットを連れて移動してしまったら、と嫌な方、嫌な方へと思考が暴走する。


(そうなったら──! 万が一、リズリットがこの国から出て行ってしまったら……! 間違い無くディオンも着いて行く……! そうしたら、この国は最上級精霊の祝福を三つ持つディオンを失うと言う事だ……!)


 それだけは避けなければいけない、だが先程の話を蒸し返して精霊王が怒りをぶり返したら、とハウィンツは考え過ぎて、思考の渦に飲み込まれる。


「──うむ? リズちゃんの兄は顔面を真っ白にさせてどうしたのじゃ……」

「え……、?」


 ディオンがきょとりとした顔でハウィンツに視線を向ければ、精霊王の言う通りハウィンツの顔色がとても悪くなっており、ディオンはぎょっとして瞳を見開いた。


「ハ、ハウィンツ……? どうした……?」

「どうしたもこうしたも……」


 ディオンのハウィンツを気遣う声に、ハウィンツはげっそりとした表情で視線をディオンに向けると精霊王とディオン、交互に視線を向けると唇を開く。


「その……精霊王は、これからも変わらずこの国に居て頂けるのでしょうか……?」

「──うむ?」


 ハウィンツの言葉に、精霊王もまたディオンと同じく丸い瞳を更にキョトン、と丸めるとああ! と納得したように声を上げた。


「心配するでない、リズちゃんや、ディオンのような人間も居る事は分かっているのじゃ。いや、寧ろ妾たち精霊に敬意を払ってくれている人間の方が大多数居るのじゃ。先の小娘のような悪意に満ち溢れた人間の方が稀じゃ。花の精霊には、妾がしっかりと人間の事を教えてやるでな、人間の見分け方を勉強させるのじゃ。だから心配するでないぞ、人間の子よ。妾は何だかんだ言っても、人間の子が好きじゃからの」


 えへん、と胸を張るように精霊王がそう告げて、ハウィンツは肩の力を抜きほっと安堵の表情を浮かべる、口元に緩い笑みを浮かべて精霊王に言葉を返した。


「そのように、言って頂けて──感謝致します。……我が国の国王も、とてもお喜びになるかと……」

「うむうむ、そうじゃろうな! きっと、国王ウィリアムも妾の愛くるしく、きゅーとな姿に度肝を抜かれるであろ!」

「ははっ、ええそうでしょう、きっと国王も精霊王の愛くるしさに言葉を無くすでしょう」


 ハウィンツと、父親は心の底から安堵する。

 これで、精霊王が未だこの国に留まってくれるのであれば、この国と他国との軍事力が均一化を保てる。

 少しでも国の軍事力が傾けば周辺諸国は目を光らせている為、護りの薄くなったこの国を直ちに攻めて来るだろう。


 ──戦争は、様々な犠牲が発生する。

 人も、物も、金も、全てに犠牲を出させる。そのような戦争が起きてしまう最悪の事態を免れて良かった、とハウィンツと父親が安堵していると、ソファに寝かせていたリズリットが「うーん」と小さく声を出した。


「──リズちゃん」

「リズリット嬢……!」


 リズリットの小さな声にいち早く反応を示したのはやはり、と言うか当たり前と言うか精霊王とディオンで。

 痛む頭を抱えながらリズリットがゆっくりと上体を起こした。


「──私、気を失って……」

「リズリット、大丈夫か? 気持ち悪さや体調に変化はないかな?」

「辛いのであれば直ぐに私室に戻ろう」

「お兄様、お父様。ありがとうございます……、先程は、頭が割れるような痛みがあったのですが、今はもう、さっぱり……」


 家族で親しげに話している三人に、ディオンはまごつきリズリットに話し掛ける事が出来ず、先程よりかは幾許か顔色の良くなったリズリットに、ほっと安心したような表情を見せる。

 ディオンと同じく、精霊王も気持ちは同じなのだろう。ディオンの肩に飛び乗りった体勢のまま、精霊王も「良かったのう」と感慨深い声を上げている。


「リズちゃんは、妾が封じていた過去の記憶を短時間で全て思い出したのじゃ。余りの情報量の多さに、脳が悲鳴を上げたのじゃろ。意識を失い、視覚や聴覚からの情報を遮断した為、記憶の処理が落ち着いて出来るようになったのじゃろ」

「──あ、ありがとうございます、精霊、王……」


 精霊王の言葉に、リズリットはパッと精霊王の方へと視線を向けるが、精霊王がディオンの肩に座っていると言う場面を見て、そろ、と視線を逸らした。


「──っ、!!」


 リズリットから視線を逸らされたディオンは、この世の終わりと言う程の絶望的な表情を浮かべるとガクり、とその場に膝を着く。

 突然床に崩れ落ちるように蹲ったディオンに、精霊王は驚き地面に飛び降りるとハウィンツがディオンを庇うようにリズリットに向かって唇を開いた。


「リ、リズリット……その、ディオンもな……少し心配性が行き過ぎただけで、な……?」


 ハウィンツの言葉に、リズリットは戸惑い混じりの視線をディオンに向けるが、ディオンから視線を向けられる前に慌てて視線を逸らした。

 避けられている、と感じたディオンは床を蹴り、素早くリズリットの座るソファの足元までやって来ると、懇願するようにリズリットを見詰めて唇を開いた。


「リ、リズリット嬢──っ、申し訳無い……っ。いくらリズリット嬢に一目惚れしたとは言っても、リズリット嬢を見守る……、いや、最早付け回していたのと変わらない、な……。付け回して、貴女の事を調べ尽くし、貴女が行く先々を追ったり、先回りするのは、……本当に最低な行為であった……」

「ひっ、一目惚……っ」


 ディオンの発した「一目惚れした」と言う言葉にリズリットはぶわり、と頬を真っ赤に染めると羞恥からか、ディオンから視線を逸らしてしまう。


「だが、どうにか貴女と接点を持ちたくて……貴女を見守り続けてしまった……、申し訳、ない……っ」

「ディオン、様……」

「貴女に、嫌われようとも避けられようともどうしても、リズリット嬢を好きな気持ちは、愛しいと言う気持ちは無くならないんだ……。──だから、どうか……これからも俺にリズリット嬢を見守る権利を貰っても良いだろうか……?」


 ディオンのような素敵な人間に、熱心に「好きだ」「愛しい」と言われてリズリットは恥ずかしさとは別に、「嬉しい」と言う気持ちが溢れ出してくる。

 リズリット自身、ディオンと話す機会が増え、ディオンの人柄に触れて惹かれ始めていたのも事実だ。


 感動し、嬉しさに滲み出して来ていたリズリットの瞳が、だが次の瞬間に放たれたディオンの言葉ですんっ、と涙が引っ込んだ。


「──いえ……、見守り、と言うか……その、ストーカー行為はお断り致します……」


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