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三十四話


 リズリットが怪訝な表情を浮かべている事に気付いたディオンは、不思議そうにリズリットに声を掛ける。


「リズリット嬢……?」

「──あ、いえ……、その……」


 ディオンの声にリズリットが反応し、ディオンに視線を向ける。

 不思議そうに視線を向けてくるディオンに、リズリットは自分が感じた違和感をそのままディオンにぶつけてしまってもいい物かどうか、と若干躊躇う。


 ──この疑問から、目を逸らし続けていては何だか良くない気がする


 何となくリズリットはそう感じ、先程感じた違和感をディオン本人に確認してみる事にした。


「その、ディオン様……。何故、先月の絵画スクールに通っていた曜日をご存知だったのですか……?」


 リズリットが疑問に思うのも至極当然の事だ。

 先週や今週のように絵画スクールに通う曜日が同一であれば覚えておく事も容易いが、先月は確かに全ての週で曜日がバラバラだったような気がする。

 リズリット本人ですら、先月の一週目は何曜日に行ったのか直ぐには思い出せない程なのだが、ディオンが何故その事を知っているのだろうか。


「その……絵画スクールに通っている事は、先日の夜会の時に私がリリーナ・ロードチェンス嬢と話している時にお聞きになったのですよね……? それなのに、何故先月の曜日までご存知なのでしょうか……」


 リズリットは、しっかりとディオンに視線を合わせてそう唇を開く。

 ハウィンツから聞いたのか、それとも、絵画スクールに確認したのか、それとも──。ぐるぐるとリズリットが考えていると、リズリットの言葉を聞いたディオンはさも当然、とばかりにキョトンとしながら言葉を返した。


「先月、リズリット嬢が絵画スクールに通っていた曜日か? 先日の事件の事を受けて調査した際にリズリット嬢の参加曜日と、不審者──まあ、ロードチェンスの令嬢だな。あの令嬢も絵画スクールの生徒ではあったので参加曜日が重なっていないか確認したんだ。あの令嬢の足取りを調べる為にも必要だったからな」


 あっさりと、事件の調査で調べた、と言う事を説明されてリズリットはその答えに安堵した。


「そ、そうだったのですね……! そ、そうですよね……、ディオン様のお仕事柄調べていたのですねっ」


 リズリットはそう答えながら、先程考えてしまった自分の考えに恥じる。

 ディオン程の素晴らしい人物が何故自分何かを調べている、と考えてしまったのだろうか。

 ディオンはただ、仕事として調べている内にリズリットの通っていた曜日を知ったのだろう。


(そ、それにきっとディオン様は記憶力もとっても良いのだわ。だからこそ、一度確認した事は覚えていらっしゃったんだわ……)


 失礼な勘違いをしそうになってしまっていた事を、リズリットは反省した。


 リズリットが何やら一人で百面相をしている様子を、ディオンはただ黙ってうっとりと見詰めている。


(可憐なリズリット嬢がわたわたと表情をころころ変える姿も愛らしい……)


 ディオンがそのような事を考えていると、先程ウィリアムに呼ばれて去って行ったハウィンツが戻って来たのだろう。


 突然ディオンの背後から声を掛けられた。


「──おい。俺の可愛い妹を変な目で見るなよ……」

「──ハウィンツか。早かったな」

「お、お兄様?」


 早かったな、と言うディオンの言葉に曖昧に言葉を返しながら、ハウィンツはリズリットとディオンの間にある椅子に腰掛けるとじとっ、とした瞳でディオンを見詰める。


「──また後日、父上と共に登城する事になった。正式に報告が必要だ、と陛下が判断なされたからな」

「なるほどな……。マーブヒル伯爵も同席して、か……」

「ああ。そう言う事になる」


 ハウィンツが椅子に座った事により、城の使用人は素早く淹れたてのお茶を用意すると、ハウィンツの前に置いて再度会話の邪魔にならない距離へと下がる。


 カップを手にしたハウィンツは、一口紅茶を含んで飲み込むと、ウィリアムと話している内にロードチェンスの家の者が全て地下牢へ入れられた事を知った。


 精霊へ対して薬物を使用し、無理矢理祝福を得た事は重大な犯罪行為であり、精霊の意識を混濁させ、意のままに操る術を持つ薬物を製造、使用していたあの子爵家はまず助からないだろうと説明された。

 後は、今回の事件で精霊王が怒りこの国から引き上げてしまわないかを懸念していた。


 ハウィンツはその事をディオンに話そうかどうか迷ったが、子爵家の面々が処罰されると言う内容をリズリットがいるこの空間で話しても良い事かどうか悩み、一先ずこの事は後ほどディオンに報告するか、と決めた。


「──まあ、そうだな……。とりあえず陛下への説明は終わった……。お茶の時間を暫し楽しんだら邸へ帰ろう」


 ハウィンツが合流した事により、お茶会は先程よりも幾らか騒がしくなり、ハウィンツとディオンの息の合ったような、合っていないような掛け合いにリズリットが笑って、その笑顔にディオンが見惚れて、ハウィンツが呆れたような視線を向ける、と言う事を何度か繰り返した後。


 三人は一度マーブヒル伯爵邸に戻る事にした。


 行きは白麗に連れて来て貰ったが、帰りは伯爵家の馬車でやって来たハウィンツの馬車で邸まで帰る事になり、三人は邸までの道中今回の事件の事、精霊の事を少しだけ話しながら邸までの時間を過ごした。




◇◆◇


 邸に到着して、リズリットが着替えに自室へ向かった後、ハウィンツはディオンを連れて父親の居る執務室へと向かって来ていた。


「──父上、入りますよ」


 ハウィンツが扉をノックして声を掛けると、中から声が聞こえる。

 ハウィンツはその声を聞くと扉を開けて中へと足を踏み入れた。


「ディオンにも来てもらってます。一連の事件の共有をしておいた方がよろしいですよね? あとは、リズの身に起きている事も……」

「──そう、だな。フィアーレン卿、御足労頂き申し訳無い」


 リズリットとハウィンツの父親は慌てた様子で執務机の椅子から立ち上がると、来客用のソファにディオンを促した。

 促されるまま、ディオンもそのままソファに座ると同じようにソファに座ったハウィンツが唇を開く。


「父上、陛下と謁見して参りました。近日中に伯爵家当主である父上を改めて王城に来るよう手配すると仰っておりましたので、近々その予定が入るかと思います」

「そうか。分かった、準備しておこう」

「陛下からは簡単に今回の事件におけるロードチェンス子爵家の処罰について聞き及んでおります」


 ハウィンツはそこで一旦言葉を切ると、今回の事件はリリーナ子爵令嬢が単独で暴走した結果ではあるが、やはり子爵家は精霊に対して害のある薬剤と知りながら製造、保持していたらしく、その罪は重いと言う事だった。

 子爵家は取り潰しの上、領地は王家に一旦返還され、後に信用の置ける者へ領地を預ける予定らしい。


「恐らくリリーナ・ロードチェンスと当主は死罪。後の者は関わりがあったのかどうかを確認次第、と言う事にはなりますが深く関わっていた者も死罪となるでしょう……それ以外は末端の使用人に至るまで全て王家監視下の元、王家の縁類の家で生涯使用人として働かせると仰せでした」

「──うむ、そうだな……。王家に縁のある者の元で生涯監視していた方がいいだろう。本当に全くの無関係だったのかどうか、本人が嘘を付いている可能性があるしな……」

「リズリット嬢に害を成す者など、死罪になって当然だな。万死に値する」


 ハウィンツの言葉に父親とディオンの反応はそれぞれ違い、ディオンに至っては分かっていた事だがリズリット以外に興味は無いようでハウィンツは呆れたように表情を緩めた。


 ハウィンツはそこで、ウィリアムとリズリットに付いて話をした事を二人に告げる為に続けて唇を開いた。


「──陛下は、今回の一連の事件で精霊王が怒り、人間を見限りこの国から出て行ってしまうのではないか、と危惧していた。リズリットから精霊王の気配がする、と言うのはこの国においてとても貴重で重要な事だ。リズリットからの精霊王の気配に何か変化や、万が一……精霊王が

御姿(みすかた)を現す可能性がある……」


 ハウィンツの言葉に、父親が緊張した面持ちでこくり、と頷く。


「だが、精霊王の気配が濃くなるのはディオンの精霊が言う限り、リズリットの身に危険が迫った時だけ……。リズリットに悪意が向けられた時だけ……。その事で、陛下は精霊王はリズリットが過去に記憶を無くした事に深く関わりがあるのでは、と推測している」


 ハウィンツは、子供の頃に起きたあの痛ましい事件の事を思い出し、苦しそうに表情を歪めながらウィリアムから告げられた事を口にした。



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