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三十一話


 この国の、国王陛下に報告する? 何やら自分に関わる事柄で? とリズリットが目を白黒とさせていると、ハウィンツがリズリットのソファまでやって来て、安心させるようにリズリットの肩をそっと自分の腕で抱き寄せた。


「大丈夫だ、リズリット。別に悪い事が起きている訳ではないから、不安を感じる必要は無い」

「──ああ、ハウィンツの言う通りだリズリット嬢。ここを引き上げたら陛下へ会いに行かなければいけなくなってしまったが……なに、街へ出掛ける予定が陛下の元へ出掛ける事に変更されてしまっただけだ」


 あっさりとなんて事無い、と言うような軽い口調で告げるディオンに、リズリットは目を剥く。

 この国の国王陛下に、「ちょっと会いに来た」と言うような軽い態度で会いに行く事は出来ない。


「ちょ、ちょっとお待ちを……っ! そんな、今日の今日で陛下と謁見する事など……っ」


 そんな事は不可能では無いか、不可能だと言って欲しいと言う気持ちを込めてリズリットは口にするが、ディオンはリズリットのその淡い希望をあっさりと打ち砕く。


「いや。精霊の事に関してはいつでも謁見出来る」

「──ディオンはな」


 ディオンの言葉の後に、ハウィンツがぽつりと言葉を付け足す。

 この国の国民、貴族であってもいくら精霊の事とは言え、国王陛下に直ぐ会う事など出来やしない。

 だが、目の前に居るディオン・フィアーレンはそのような緊急の拝謁も許されているらしいと知り、リズリットはソファの背もたれに力無く凭れる。


 ふらり、と体から力が抜けたリズリットにディオンはあわあわと慌てるとソファから立ち上がり、リズリットへと歩み寄るがリズリットは自分の額に手を当てたまま唇を開いた。


「──えっと、……陛下の元へ向かう事は分かりましたが……その、私は先程の白麗さんの言葉の殆どを理解しておりません……。今の私の状態は、それほどに大変な事になっているのですか……?」


 不安気に瞳を揺らし、そう問うてくるリズリットに、ディオンはリズリットの側までやって来るとリズリットの座るソファの足元に跪き、そっとリズリットの両手を握り締める。

 緊張にか細く震え、手が冷たくなってしまっているリズリットの手を温めようとディオンはぎゅっ、とリズリットの手を握り締めたままこくり、と頷き肯定する。


「──ああ。白麗が言っていたのは、恐らくこの国に数多存在する精霊を統べる者……王、とでも言うべきか……精霊王の気配を、リズリット嬢から感じた、と言っている」


 ディオンの言葉に、リズリットは今度こそふらりとソファに倒れ込んだ。




 白麗からとんでもない事実を知らされたリズリット、ハウィンツ、ディオンの三人は二手に別れる事にした。


 ディオンが突入して来た騎士達にハウィンツを残して行くから以後はハウィンツと共に行動し、精霊を惑わす薬を地下倉庫から押収したら王城へ運ぶように伝えておく。

 同時に、捕らえたロードチェンスの令嬢、リリーナとその両親、ロードチェンス子爵とその妻も王城へ連行してくるように伝え、ディオンはリズリットと共に一足早く王城へと向かい、国王であるウィリアムと会う事にした。


「ロードチェンス子爵邸の者達は使用人も含め、全て重要参考人として王城へ連れてくるようにして欲しい。捕らえた三人は、王城に着いたら近衛の指示に従ってくれ。恐らく貴族用の牢へと入れられる筈だ」

「分かった。じゃあ、俺は後は薬を押収したら終わり、だな?」

「ああ。鶺鴒は引き上げさせるから、漏れのないよう、全て押収してくれ。地下倉庫はここ……。そして鶺鴒が怪しい隠し通路があると言っていたのはここ、だ。もしかしたら隠し部屋があるかもしれん」

「分かった。その隠し通路の奥にあるかもしれない隠し部屋も確認しておく」

「ああ。頼んだ。被害に遭って居た精霊は、既に解放してある。もし協力してくれそうだったら近付いて来るだろう。そこはハウィンツに任せた」


 リズリットは、二人から少し離れた場所でそわそわと何処か落ち着かない気持ちで佇んでいる。


 先程、三人で話していた部屋を出て、子爵邸の庭先に場所を移している。

 お茶会の為に子爵邸を訪れていた令嬢達は、後日改めて呼び出し、今回の事件と繋がりが無いか調査と確認を行う予定らしい。


「じゃあ、ハウィンツ。また王城で」

「ああ。──リズリット! 後で俺も行くから安心してくれ」


 話が終わったのだろう。

 ハウィンツの元から離れ、リズリットへと向かって来るディオンの奥でハウィンツがリズリットに向けて声を上げ、手を振っている。


 リズリットはいつも通りのハウィンツの態度に安心し、ほわりと笑顔を浮かべると軽く手を振り返す。




「待たせてすまない、リズリット嬢。それでは向かおうか」

「は、はい。ディオン様」


 馬車で向かうのだろうか、とリズリットが馬車を探そうと視線を巡らせた所で、ディオンが白麗の名前を呼んだ。


「──白麗。急ぎだ、頼む」

「はいはいー。リズリットちゃんならおっけーよ」


 ディオンの言葉に、白麗が言葉を返すと白麗の体がふわり、と眩い光に包まれる。


 光に、リズリットは咄嗟に目を閉じてしまったが、光が収まって恐る恐る再びリズリットが瞼を持ち上げると、目の前には可愛らしい大きさだった白麗の体が、いつの間にか巨大な白龍の姿を取り戻しており、リズリットは呆気に取られた。


 ちんまり、とした可愛らしい大きさの白麗の姿が夢幻だったかのように、今リズリットの目の前に居る白麗の体はとても大きく、リズリットは首を上向かせて白麗の姿をやっと自分の視界に捉える。


「──? リズリット嬢、どうした。王城までは白麗の背に乗って行くから、手を」

「白麗、さんの? え、乗って、行くのですか……?」

「ああ。先日、銀狼がハウィンツを背に乗せて馬車まで駆けて行ったのを見ただろう? 精霊は、自分が気に入った人間ならば祝福を与えた人間以外でも体に触れさせてくれるからな」


 ディオンがそう説明しながら、リズリットへと手を差し伸べると、リズリットはディオンの手を見詰めながら白麗と、ディオンを困惑した顔で交互に見詰めるが、白麗が焦れたように声を出す。


「ほらほら、リズリットちゃん、早く行かないと! 一大事よ、一大事!」

「──へっ、は、はいっ! すみません、白麗さんっ!」


 白麗の言葉に、リズリットはその場でぴょん、と飛び上がるように小さく跳ねると咄嗟にディオンの手のひらに自分の手のひらを乗せる。


 リズリットの手のひらをしっかりとディオンが握り返すと、ぐいっとディオンが腕を引き、リズリットをそのまま力強く自分の体へと引き寄せる。

 ディオンの動きに連動するように、白麗が長く太い自分の尾を動かすと、ディオンが足場にして登って来やすい場所へ静止させる。


「助かる、白麗」

「いいえー」


 ディオンはリズリットを抱き寄せたまま白麗の尾に足を掛け、そのままひょいひょいと白麗の尻尾から胴体まで駆け上ると背中へと腰を下ろした。


「馬上よりは安定感があるが、白麗の飛ぶ速度は凄まじい。リズリット嬢を後ろから抱き締めるが許してくれ」

「えっ!? は、はいっ、お手数をお掛けします?」


 リズリットの返事に、ディオンが笑い声を上げるとそっと自分の腕をリズリットの腹辺りに回し、背後からきゅうっ、と抱き締めて自分へと寄りかからせる。


 リズリットは自分の背中に伝わるディオンの服の感触と、体温に頬を真っ赤に染め上げるがディオンが白麗に向けて「大丈夫だ」と声を掛けると白麗が大きな翼を動かし始めた。


「──っ、」

「リズリット嬢、緊張すると体が固まり良くない。力を抜いてくれ」


 背後からディオンに耳元で囁かれ、リズリットはぎくり、と更に体を固まらせてしまう。


 ディオン自身に他意は無いと言う事は分かっているが、リズリットはその言葉にぶわり、と更に顔を赤くしてしまう。

 何故だかディオンにその言葉を耳元で掠れた声音で囁かれると変な気持ちになってしまう。


 ガチガチに固まってしまったリズリットの体を後ろから抱き締めているディオンは困ったように眉根を下げると、リズリットが振り落とされないように更に体を強く引き寄せた。


 リズリットが思わず悲鳴を上げてしまいそうになった瞬間、白麗が空高く飛び上がり、そのまま翼を大きく羽ばたかせると物凄い速度で空を駆けた。


「──っ、!!」

「ああ、リズリット嬢舌を噛まないように注意してくれ」


 ごうっ、とリズリットの耳元で風を切る音が聞こえ、次いでディオンの落ち着いた低い声がするり、とリズリットの耳に吹き込まれる。


 ディオンに体を抱き止められていなければ、リズリットの体は直ぐに吹き飛ばされてしまっていたかもしれない。

 リズリットは先程の羞恥などすっかり忘れ、自分を抱き締めてくれているディオンの腕にしっかりと縋り付いた。




 白麗が空を駆けたのはほんの短時間。

 その短時間で白麗はあっという間に王城の広大な庭園へと到着すると、先程までの速度が嘘だったかのように緩やかに下降し始め、それはもう丁寧に庭園へと着地した。


「ご、ごめんなさいね、リズリットちゃん。主しか乗せた事が無いから加減が分からなかったの……次はもっと気を付けるから!」

「あ、ありがとう、ございますっ、白麗さん……」


 龍の背に乗ってやってきたリズリットは、空を飛ぶ白麗の速度にフラフラになりながらそれでも何とか白麗にお礼を告げる。


「俺も失念していた……。そうか、慣れは必要だな……。次はもう少し白麗にゆっくり飛んでもらおう」


 これきりではないのだろうか。

 ディオンも、白麗も当たり前のように「次」の機会の事を口にするが、今のリズリットにはその言葉を否定する事も肯定する事も出来ず、未だに空を飛んでいた時のような感覚が抜け切らず、自分の体をくったりとディオンに預けていた。


 ディオンは、片手でリズリットを支えつつ白麗に向かって唇を開く。


「白麗。俺とリズリット嬢はこれから陛下に会いに行ってくるので、目立たないような場所で待機していてくれ」

「了解したわ、主」


 目立たない場所、とディオンは口にしているが、今現在既に白麗の姿とディオン、そしてリズリットの姿は多数の人の注目を浴びている。


 その証拠に、この庭園にはわらわらと人が集まり始め、ディオンの突然の登城に慌ただしく人が行き来をし始めた。


「この時間なら、陛下は執務室に居るだろう……これから執務室に向かおうと思う。リズリット嬢、白麗から降りるから抱き上げるぞ?」


 ディオンがリズリットに声を掛けるやいなや、ひょい、とリズリットを抱き上げると白麗の背に立ち上がる。


 そうして、ディオンが降りる場所を確認しようと地面へ視線を向けた所で、リズリット達に近付く足音がした。




「──敵襲かと思い、ここは大騒ぎになったぞ、ディオン・フィアーレン。今度は何事だ?」


 呆れたような声音が響き、その声に反応したディオンが唇を開いた。


「陛下」



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