表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/38

三十話


 リリーナの自室の窓からは庭先が見渡せる為、リリーナは窓へと駆け寄りがばり、と窓に手を付いて庭先を視界に入れるとぎょっとして悲鳴を上げるように叫んだ。


「なっ、何で騎士団が居るのよ……っ!」


 騎士団とは言っても、調査を専門とする騎士団の団服を着ている隊の者達は、上官の指示を受けて続々と邸内へと入って来ている様子が見える。


 何故、自分の家が国の調査を専門とする騎士団が派遣されているのかが本当に分からないのか、それとも分からない振りをしているのかは判断出来ないが、リリーナは慌てた様子で窓から振り返ると、ディオンが蹴破る勢いで粉々に壊した部屋の扉へと視線を向ける。


 この期に及んでまだ、逃げるつもりなのだろう。

 何とかディオンの背後にある扉の方へと逃げ出そうとじりじり近付いて行くリリーナに、ディオンは呆れた溜息を吐き出す。


 リリーナの窓から見下ろす事が出来る庭先には、リズリットの兄であるハウィンツも姿を見せていて、庭にいた令嬢達は突如姿を表したハウィンツにざわついている様子が見える。


(このままじゃあ、本当に捕まっちゃう……っ、どうしよう、ディオン様が抱えているあの女に雷の魔法を放って、注意を逸らす……? 一瞬だけでも、ディオン様の注意を逸らせば、何とかなるかもしれない!)


 リリーナは、良い考えを思い付いたとばかりに口端を笑みの形に歪めると、思い立ったら即行動とばかりに、リズリットに向かって先程取得したばかりの雷の魔法を放った。


「──! 馬鹿な事を……っ」

「──っ、」


 リリーナの行動に、ディオンは小さく舌打ちをする。


 この様な場で、再び精霊の力を悪用して人間を害そうと魔法を放った。

 そうすれば、リリーナに祝福を与えた精霊がどうなるのか──。

 ディオンは、苦しそうにしている中級精霊に視線を向けると、悔しそうに表情を歪めた。


「あらやだ。本当に攻撃してきたわね」


 自分に向かって放たれた電に、リズリットが体を強ばらせるとリズリットの肩に居た白麗がこの場に似つかわしくないのんびりとした口調で声を発した。


 瞬間、白麗が小さく動くと、リズリットに迫っていた電がパンッと小さな破裂音を立てて一瞬で消滅した。


「──あら、……え?」


 戸惑いの声を上げたのは、リリーナでは無く何故か白麗で、当の白麗は驚愕に目を見開き、リズリットを凝視している。


「えっ、あ、白麗さんが今のを……?」


 咄嗟にディオンにしがみついていたリズリットが、そろり、とディオンの胸元から顔を上げると、不思議そうに自分の肩にいる白麗に話し掛けるが、雷を放ったリリーナが発狂したように声を荒げた。


「──なんっで! 何で、雷の魔法がっ! どうなっているのよ!」


 リリーナが暴れ、再度リズリットに向かって攻撃魔法を放とうとした時。

 邸に突入して来ていた複数の足音がすぐ側まで迫って来ており、リズリットとディオンが居る部屋へとなだれ込んできた。






 それからは、一瞬だった。

 リリーナが騎士団の面々に反応するより早く、騎士団の面々が素早くリズリットとディオンの横を駆け抜け、驚愕に満ちた表情を浮かべていたリリーナをその場で地面へと引き倒し、拘束した。


 何事か喚こうとしていたリリーナの唇に素早く布を噛ませ、口を封じると手首に魔法を放つ事を禁止させる手枷を素早く嵌める。


 リリーナから攻撃される心配が完全に無くなった事を確認すると、ディオンはそこでやっとリズリットを抱き上げていた体勢から地面へと下ろして突入して来た騎士達に言葉を掛けている。


 リズリットがディオンや騎士達の邪魔にならないように部屋の隅に移動して所在なさげに立っていると、リズリットの肩にいた白麗が話し掛けて来る。


「──ねえ、リズリットちゃん」

「はい、? 何ですか、白麗さん」

「さっき、あの女の子から魔法を放たれた時に、貴女の中から──いえ、貴女の側? かしらね? すっごく強い意識を感じたのだけど……何か心当たりはあるかしら?」

「──え、? 強い、意識?」


 白麗の言葉に、リズリットがぽかん、として言葉を返すと白麗は慌てて首をブンブンと横に振った。


「いえっ! いいのよ! 気にしないで大丈夫よっ」


 リズリットに自覚が無い事を確認すると、白麗は慌てたように言葉を紡ぐ。

 自分自身に全く記憶に無いのだろう。

 これ程までに強い意識がリズリットから感じられたのは初めてで、白麗はその意識──存在に、ひやり、と汗をかく。


 この大きな意識の正体に、触れてはいけないような気がして、白麗は黙り込んでしまう。


(……今は感じないけれど……っ、これっ、リズリットちゃんから感じた気配は……っ)


 寧ろ、何故今までこんなに近くに居ながら気付かなかったのだろうか、と白麗は混乱する頭で考える。


(いえ、寧ろ気付かないように細心の注意を払っていたのかもしれないわね……良く考えればおかしいのよ、リズリットちゃんの側はこんなにも居心地が良くって、とても安心する気配を放っているのに……っ)


 白麗は、未だに騎士達と話し続ける自分の主であるディオンにちらちらと視線を向け続けた。


 白麗は、自分の主であるディオンが突入して来た騎士達に現状の説明と、地下倉庫についての指示をしている所を見詰めながら、リズリットから感じられるその気配にぶるり、と体を震わせる。


(主に、何とか気付いて貰えるような上手い説明が出来るかしら……。私達、あの方について多くを話せないから……ああ、どうしたら……っ)


「白麗、さん……? ど、どうしましたか? 大丈夫ですか?」


 もしや、自分を守る為に白麗自身に何かあったのか、とオロオロし出してしまうリズリットに、白麗は「何でもないわ」と穏やかに声を掛けるとすりすりとリズリットに頬擦りする。


 忙しなくバタバタと室内と、廊下へと往復するディオン以外の騎士に視線を向けていると、廊下の奥からリズリットを呼ぶ良く聞きなれた声が聞こえてきて、リズリットはぱっと表情を明るい物へ変えると白麗を肩に乗せたまま扉へと小走りで向かった。




「リズ! リズリット! 何処に居る!?」

「──ハウィンツお兄様!」


 廊下を駆け足でぱたぱたと駆けて来るハウィンツを扉からひょこり、と顔を出したリズリットが兄の名前を安心したような声音で叫び、ハウィンツがリズリットの声に反応して駆ける速度を上げるとリズリットの元へとやって来た。


「ああ、リズリット! 何処にも怪我は無い? 擦り傷一つ付けていないね? ディオンに不埒な事もされていないね?」


 がしっ、とハウィンツはリズリットの頬を自分の両手で掴むと、物凄い形相でそう聞いて来る。


「えっ、ええっ!?」


 ハウィンツの最後の言葉に大袈裟に反応してしまったリズリットは、そのリズリットの反応に瞬時に目を据わらせたハウィンツに向かってぶんぶんと勢い良く首を横に振る。


「どっ、何処にも怪我はありませんし、ディオン様がそのような事なさる筈がありません……っ!」

「──怪我が無くて本当に良かったよ……。でも、ディオンの事に関しては同意出来ないな、そんな事をするような人間に見えない奴が一番危ないんだ」

「え、えぇ……?」


 何処か確信を持ったような表情と声音でそう告げるハウィンツの声がディオンの耳にも届いていたのだろう。

 先程まで部屋の奥で騎士達と話していたディオンがゆっくりとリズリット達に近付いて来ながら「心外だ」と言うように話し掛けて来る。


「──ハウィンツ……。リズリット嬢に根も葉もない事を聞かせないでくれ……全て信じてしまうような清らかな心を持っている女性だから信じてしまうだろう」

「……間違った事を言ってはいないような気がするがなぁ?」


 何と言う事を話しているのだろうか。

 先日から、ディオンのリズリット自身に対するイメージのような物が美化されているような気がして、リズリットは二人の会話に割って入りたい心境になったが、ぽんぽんと言い合いを続ける二人にどう口を挟めば良いのか分からずオロオロとしていると、唐突にリズリットの肩に居た白麗が声を上げた。


「主っ! 主、ちょっと良いかしら……! 最優先事項があるわよ!」

「──白麗、? どうしたんだ……?」


 突然その場に響いた白麗の声に、ハウィンツはびくりと体を震わせるとそう言えばリズリットにはディオンが砦から呼び戻した白龍の精霊が居たのだった、と思い出す。


 透過の術を使用しているのだろう。

 その場に姿は見えないが、その声の存在感だけが凄まじく、ハウィンツはきょろ、と周囲を見回すとディオンに少し場所を変えないか、と提案した。




 リリーナの自室のすぐ隣にある空き部屋に移動して来たリズリット、ハウィンツ、ディオンは扉をしっかりと閉めて各々ソファへと腰を下ろした。


 白麗からの話しだ、と言う事で少しだけ時間を取ったが、鶺鴒の精霊が騎士を連れて地下倉庫に行っている。

 その後を追う予定のディオンは、白麗に「少ししか時間を取れないぞ」と前置きしてから白麗に話を促した。


 白麗は、リズリットの肩からぴょん、と飛び降りると翼を使って三人が座るソファの間にある硝子テーブルに降り立つ。

 ハウィンツにも姿を見せる為に透過の術を解くと、先程自分が感じた感覚をディオンとハウィンツに向けて説明し始めた。


「──あのね、今まで気付かなかった、気付けなかったのだけど……。リズリットちゃんからある気配がしたの……。その気配は、さっきリズリットちゃんに向けてあの女の子が攻撃魔法を放った時に存在を膨らませたんだけど……。問題は、リズリットちゃん自身に向かって、私達精霊の魔法が悪用されかけた時に、"それ"が存在を表したのよ。……それまでは、私でさえもこんなに側に居ても気付けない程の徹底ぶりよ」

「──は、?」


 白麗からあっさりと信じられない事を告げられて、どんな話しをされるのだ、と身構えていたディオンとハウィンツは突然白麗から齎された「重大な」話に呆気に取られる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……それ、は本当なのか……?」


 信じられない、とでも言うように震える声でそう言葉を紡ぐディオンに、白麗はこくりと頷く。


「──ええ。間違い無いわ……。私が辛うじて感じられる程度だから、相当徹底されているわね」


 白麗の言葉に、ディオンとハウィンツは青い顔でお互いに顔を見合わせる。


 当の本人であるリズリットだけが、事の重大さに気付いておらずきょとんとしていたが、公爵家の次男であり、騎士団長を務めるディオンや、次期伯爵家当主となるハウィンツは薄らとだが、その存在は聞いた事がある。


 最上級精霊である白麗が、言葉を濁し、その存在の御名を口にしない事からリズリットに関わる存在が、最上級精霊達でもおいそれと御名を口にする事が出来ない相手だと知り、ぶるりと体を震わせる。




「──これ、は……陛下に報告する事柄が増えたな……」


 ディオンの力無い呟きがぽつり、と落とされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ