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三話


「ハ、ハウィンツお兄様……? ご友人の方はよろしいんですか……?」

「ああ。大丈夫だよ。あいつの顔は見ないで、見ないで急いで馬車に戻ろう。ローズマリーもきっとリズリットを待っているよ」


 リズリットが後方を伺うように視線を向けようとすれば、ハウィンツがリズリットの視線を遮り、口早に捲し立て視線を自分に戻そうとする。

 その、常ならば失礼な態度を一切取らないハウィンツの行動に、リズリットは逆に気になってしまい「ディオン」と呼ばれていた男性について考える。


「──ディオン、卿……」

「──っ!」


 リズリットの唇から自分の友人の男の名前が出てしまい、ハウィンツは更に歩く速度を早めるとぐいぐいとリズリットの腕を引き、夜会会場の外へと向かって行く。


 夜会会場であるフロア付近を通らなければ外へと続く廊下へ出る事が出来ない為、ハウィンツが夜会会場のフロア横を通ると、フロアの入口付近に居た令嬢達からの視線が強まる。

 こちらに声を掛けようと近寄って来るような雰囲気を感じるが、ハウィンツはその視線を無視したまま出口へと向かう。

 ハウィンツに手を引かれ、共に歩くリズリットにも視線が集まるのを感じてしまうが、今は早くこの会場を後にする事が先決だ、とハウィンツは考えると外へと出て馬車止めで待っているであろうもう一人の妹であるローズマリーの姿を探す。


「──居た」

「お兄様! リズリット!」


 ハウィンツが近付いて来るのに、向こうも気付いたのだろう。

 マーブヒル伯爵家の家紋が入った馬車の側に御者と共に居るローズマリーの姿を見付けてハウィンツはほっと安堵のため息をついた。


 リズリットの姉であり、ハウィンツのもう一人の妹であるローズマリーはそわそわと二人を心配するように御者と共に待っていたが、リズリットとハウィンツの姿を視界に入れた瞬間花開くように可憐な笑顔を浮かべると二人に手を振り、ローズマリーは小走りでリズリットとハウィンツに向かって来る。


 ローズマリーの笑顔に、夜会会場の外に居た男性貴族達は皆ローズマリーの笑顔に見惚れるように頬を染め、感嘆の溜息を吐き出してうっとりとローズマリーを見詰めて居る。

 その様子にハウィンツは鋭く周囲に視線を巡らせて牽制した。


 ハウィンツの鋭い視線に気付いた周囲の男性達は取り繕うようにハウィンツから視線を外し、ローズマリーからも視線を外す。


(やはり、ローズマリーを夜会に連れて来るのは止めておけば良かったな。今度からはローズマリーは家に置いて、俺だけがリズリットに同行しよう)


 可愛い妹二人を一人で守るのは些か骨が折れてしまう。

 今回は比較的若い層が参加する夜会だった為、自分達の両親は参加しなかったが、今後はローズマリーを家に置いて来るか、両親を引っ張り出すかして連れて来よう、とハウィンツが考えていると、こちらに駆け寄って来ていたローズマリーが目の前で地面の石ころに躓き体勢を崩した。


「──ローズマリーっ!」

「お姉様っ!」


 手の届く範囲で転びそうになったローズマリーに、ハウィンツが素早く腕を伸ばして支えようとする前に、少し後ろを歩いていたリズリットがハウィンツの横を通り過ぎてしまい、ローズマリーにリズリットは両腕を伸ばした。


「リズ!」


 リズリットの思わぬ行動にハウィンツは思わず瞳を見開き、悲鳴じみた声を上げてしまう。


 リズリットも、思わずローズマリーに手を伸ばしてしまったのだろう。

 だが女性の腕で、自分より背の高いローズマリーを支えるのは至難の業だ。

 ハウィンツが懸念した通り、リズリットはローズマリーに手を伸ばしたのはいいものの、ローズマリーを支え切れずにリズリットを巻き込みそのまま地面に転倒してしまった。


「きゃああ! ごめんなさい、リズリット! 大丈夫!? 怪我は!?」

「私はだ、大丈夫です。お姉様は大丈夫ですか? お怪我は?」


 自分のクッションにしてしまったリズリットの上から素早く退くと、ローズマリーがわたわたと慌てふためき、泣いてしまいそうに表情を歪めてリズリットの頬に両手を添えてぺたぺたとリズリットの怪我を確認する。

 リズリットが微笑みながらローズマリーに大丈夫ですよ、と返答すると立ち上がろうとして、僅かに眉根を寄せた。


「リズリット大丈夫か! ローズマリーは!? 怪我は無いか!?」

「ハウィンツお兄様、私は大丈夫なのですが……リズリットが怪我をしてしまったかもしれません……」


 ローズマリーがしゅん、と肩を落としてそう告げるとハウィンツが慌ててリズリットへ視線を向ける。


「私はだ、大丈夫です! それよりも、ローズマリーお姉様に手を貸して上げて下さい、お兄様。……周囲の男性方がお姉様に話し掛けようとしてます……」

「──くそっ」


 転倒してしまったローズマリーに、心配する振りをして話し掛けようと様子を伺っている男性達が先程からちらちらと三人に視線を向けて、じりじりと距離を近付けて来ているように感じる。

 ローズマリーと何とか接触を図ろうとしているのが見え見えで、その事に気付いたリズリットがハウィンツに告げるとハウィンツはその整った顔立ちを不愉快そうに歪めて悪態を付いた。


「だが、リズリットは……怪我をしているのならば……」

「私でしたら大丈夫です。お兄様とお姉様の後ろを着いて行きますから」


 笑顔で告げるリズリットに、ハウィンツは視線をリズリットの足元へと向ける。

 先程よりも些か顔色が悪くなって来ているような気がする。

 もしかしたら、足首を挫いた時に骨に異常が発生したのかもしれない。貴族女性に手を触れるのは余り宜しくは無いが、一人で歩かせる事は出来ない。と考えてハウィンツは馬車の御者の手を借りようとリズリットに落ちていた視線を上向かせ、御者に声を掛けようとした所で背後から色めき立つ女性達の歓声が上がり、そして聞きなれた男の声が背後から掛けられた。




「──ハウィンツ。それならば、俺がリズリット嬢に手を貸そう」

「──なっ!」


 スタスタと背後から足音を立てて近付いて来たのは先程、廊下で会ったディオンで、何故ここに、とハウィンツは瞳を驚きに見開く。


「リズリット嬢、触れても……?」

「え、? え、あ、はい……」

「──失礼する」


 ハウィンツとリズリットが混乱しているのをいい事に、ディオンはリズリットの前に跪くと地面に着いているリズリットに向かって自分の手のひらを差し出した。

 ディオンの言葉にリズリットは混乱したまま、訳が分からないまま肯定を返すと、差し出されたディオンの手のひらに反射的に自分の手のひらを乗せてしまった。


 背後で年若い令嬢達の悲鳴と、何故あの女が! とリズリットに向かって悪態を付いている声が聞こえて、リズリットは思わずびくり、と体を揺らしてしまう。

 リズリットがそろり、と目の前に跪くディオンの顔を伺いみれば、周囲の令嬢達が黄色い悲鳴を上げ、自分に嫉妬や憎悪の籠った感情をぶつけて来るのが分かる。


(と、とても整ったお顔立ちの方だわ……!)


 自分の兄も整った容姿をしているが、目の前の男の容姿もまた兄と同じくらい、いや、もしかしたら兄以上に優れた容姿を持っているのかもしれない、とリズリットは考える。

 ほやっとした印象で、温和そうな兄の容姿の良さとは違い、にこりとも微笑まないキリッとした表情、見る人によっては、冷たそうな印象を受けるが先程声を掛けてくれた声音はとても優しくて、見た目の印象とは違う、とても優しい性格の持ち主なのだろう、とリズリットは感じる。


 周囲の視線から隠すようにディオンはリズリットを抱き上げると、自分の大きな体でリズリットをすっぽりと覆い隠し、沢山の視線に晒されてしまわないように気遣ってくれている。


 それに、足の怪我が相当痛むのを察してくれているのだろうか。

 馬車までの足取りも、振動が響かないように注意しながらゆっくり、静かに歩いてくれている。


「……っ、ありがとうございます、ディオン卿……」

「いや。リズリット嬢が気に病む必要は無い。先程、リズリット嬢が落とした物を届けに来たのだが、届けに来て良かった」


 ディオンの言葉にリズリットは驚き、謝罪を口にする。


「も、申し訳ございません……! お忙しい騎士様にお手数をお掛けしてしまいました……!」

「これが私の仕事でもあるから、気にしないで欲しい」


 柔らかい口調でディオンに言われ、リズリットは眉を下げて微笑むと、「ありがとうございます」とディオンに微笑み、お礼を告げた。


 ディオンとポツポツと会話をしながら、伯爵家の馬車に到着すると御者が馬車の扉を開いてくれる。

 ディオンは軽く御者に礼を告げると、リズリットを抱えたまま馬車に足を掛け、馬車の座席にそっとリズリットを座らせる。


「──骨に異常があったら大変だから、明日必ず医者に診てもらってくれ」

「かしこまりました、ディオン卿。本日は色々とありがとうございました」

「とんでもない。お大事に」


 ディオンは、リズリットに向かって小さく微笑むとそのまま馬車から降り、後を着いて来ていたハウィンツとローズマリーに振り向くとちらり、と後方に視線を向ける。


「明日、必ずリズリット嬢を医者に診せてくれ」

「……分かった。手を貸してくれて助かった、ディオン。ありがとう」

「気にするな」


 ハウィンツの言葉にディオンは無表情で頷くと、頭を下げるローズマリーにぺこりと一礼して去って行く。


 颯爽と去って行くディオンの後ろ姿を見詰めるハウィンツに、ローズマリーはぱちくりと瞳を瞬かせると「どうしました?」と兄に話し掛けた。


「いや……。嫌な予感がするんだが……。いいや、考えるのを止めよう。ローズマリー、大丈夫か? 馬車に乗れる?」

「ええ、大丈夫です。リズリットが庇ってくれたから、私に大きな怪我はありません……」


 しゅん、と眉を下げて申し訳なさそうに告げるローズマリーの頭を元気付けるようにハウィンツは一度撫でると、そのままローズマリーと共に馬車に乗り込み、伯爵邸に戻った。






 マーブヒル伯爵家の馬車が夜会会場を後にするのを、ディオンは離れた場所からじっと見詰めていた。

 自分が夜会会場の警備に参加しているのが令嬢達にバレてしまったので、身を隠す為に人気の無い廊下へと逃げて来たのだ。


 仕事中だからいいものの、これが夜会に参加している立場であれば引切り無しに令嬢達から話し掛けられて先程のようにリズリットの異変にすぐに反応し、駆け付ける事が出来なかっただろう。


 忘れ物があった、なんて言葉は全くの嘘で、リズリットの姿を一目見た時から彼女に惹かれる気持ちが抑えられず、ずっとリズリットを目で追ってしまっていた。

 目で追っていたから、リズリットが姉に巻き込まれて転倒してしまったのも知る事が出来たし、すぐに駆け付ける事が出来た。


「──もし、リズリット嬢に触れるのが他の男だったら、と考えるとその腕を切り落としてしまいたくなるな……」


 ディオンは、自分の中にそのような物騒で、凶悪な感情が芽生える事等無かった為、戸惑いを感じてはしまうがそれも仕方ない事だ、と開き直る。




 ディオンは夜会会場に視線を戻すと、リズリットに向かって暴言を吐いた者と、リズリットを泣かせてしまう程悲しませた人物を調べる為に夜会会場の方向へ歩き始めた。



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