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二十七話


 ガチャリ、と馬車の扉を開けて姿を表したディオンを見て、周囲に集まっていたお茶会の参加者である令嬢達が黄色い悲鳴を上げる。


 今日のディオンの装いは、普段の騎士服とは違い私服である。

 シャツとウエストコートに彩られている刺繍は対になるようなデザインで統一されていて、その刺繍をモチーフにしているカフスボタンが上着の袖からちらりと覗いているのだが、カフスボタンに嵌め込まれて居るのはブルーサファイアの宝石だろうか。

 太陽の光に反射して、キラリ、と美しい虹彩を放っている。

 ディオンは上背がある為、ジャケットの裾が歩く度、風がふわり、と吹く度に裾が浮き上がり、裏地の繊細な刺繍が垣間見えて、美しいが華美過ぎず、洗練されたディオンの所作も相まってまるで一枚絵のようだ、と周囲の令嬢達はほう、と感嘆の溜息を吐き出した。


 そのようなまるで絵画のような男が、馬車から降りて来る女性を恭しくエスコートする姿に、令嬢達は頬を染めたまま相手の女性の姿を見るなりギッ、と眦を吊り上げる。


「何故、あの女が……っ!」

「出涸らしが何故ディオン様とっ!」


 馬車から姿を表したリズリットを認識するなり、周囲の令嬢達はまるで親の仇を見るような壮絶な表情でリズリットを睨み付ける。


「──ひっ! ディ、ディオン、様……っ注目されています……っ!」


 リズリットは、周囲から向けられる最早殺気混じりの視線に怯むように肩を震わせるとこそっ、とディオンに小さく話し掛ける。


「うん……? リズリット嬢の装いが美しいから皆、嫉妬しているのかもしれないな?」

「絶対に違うと思います……」


 何とも良い笑顔でとんちんかんな事を言い出すディオンに、リズリットはついつい即座に言葉を返してしまう。

 リズリットの肩に止まっていた白麗も呆れたようにディオンに視線を向けるが、白麗の視線など見向きもせず、ディオンはリズリットに向かってだらしない微笑みを向け続ける。


 精霊は、自分の主が自分以外を優先する事に嫌悪感を抱く事が殆どなのだが、リズリットに関しては一切そのような感情を抱く事が無く、白麗は不思議そうに首を捻る。


(何故、かしらね……? 主がリズリットちゃんを優先していても何も不思議に思わないし、嫌な気持ちにならないわ……寧ろ、"そうあるべき"とさえ思ってしまうのよね……)


 白麗は「不思議な感覚ねー」と何処か他人事に思いながら、ぐるりと周囲に視線を巡らせる。


 透過の術を既に使用している為、白麗の姿はこのお茶会の会場に居る者達には認識されていない。


 今はディオンがリズリットの側に居る為、周囲の令嬢達はボソボソと小声でリズリットに対して心無い言葉を呟いているだけだが、きっとディオンが姿を消してしまえば途端にリズリットは悪意に晒されるだろう。


(──悪意を弾いてしまう術もリズリットちゃんに掛けておきましょうね)


 白麗はそう考えると、リズリットの頬にちょん、と自分の口を付けると術を掛けてやる。


 白麗の行動に即座に嫉妬の眼差しを向けて来たディオンを白麗は無視を決め込み、放っておく。

 人から直接告げられる言葉はどうする事も出来ないが、感情ならばある程度弾いてやる事は出来る。


(あーあー……。あれが噂の子爵令嬢ね。物凄い顔でこっちを見てるわね)


 白麗はつい、と憎悪の籠った視線を向けてくる方向へ顔を向けて「あらあら」と呆れる。

 リリーナは、邸の玄関辺りからリズリットを真っ直ぐに見据えると、憎々しげにその感情を隠しもせずにリズリットに向けている。


 周囲に居る令嬢達よりもよほど質が悪い。


 白麗は未だに悲鳴を上げている令嬢達の中をすいすい進んで行くディオンに目を向けると「少し大変な一日になりそうだわ」と心の中で呟いた。




「リズリット嬢、時間が来たら迎えに来るから、楽しんで来てくれ」

「ありがとう、ございます。ディオン、様」


 はにかむリズリットに、ディオンは流れるような美しい所作でリズリットの手を掬い取ると、レースの手袋の上からリズリットの手の甲に自分の唇を落とす。


 瞬間、リリーナからの憎悪の籠った視線が一層強まり、ディオンは俯いたままそっとリリーナが居る方向へと視線を向ける。


(来た、な……)


 見ていられなくなったのか、それともお茶会の主催者として挨拶に来たのか。

 リリーナが苛立ちを隠し切れていないような足取りでリズリットとディオンに近付いて来るのを感じて、ディオンはほくそ笑んだ。


 絵画スクールであのような暴挙に出ておきながら、この国の騎士団長であるディオンの前に堂々と姿を表わすなど、先日の事件が露見しない自信でもあるのか、それとも本当に何も考えていないのか。

 判断するにはまだ早いが、揺さぶってやろう、とディオンは考えると手に取ったリズリットの手のひらをきゅ、と握る。


「──っ」


 ディオンの「合図」に気付いたのだろう。

 リズリットがはっ、として表情を引き締める。


「今日は招待に応じて頂きありがとうございます、リズリット嬢。ディオン様も……えっと、どうされました……? リズリット嬢を送りに来られたのかしら……?」


 リズリットとディオンが話をしている最中だと言うのに、礼儀も無く話し掛けて来たリリーナにディオンは笑みを深めるとすっ、と背筋を伸ばしてリリーナへと視線を向けた。

 リリーナの方へと振り向いたディオンは、先程までの蕩けるようなリズリットへの微笑みを引っ込め、冷え冷えとした冷たい視線をリリーナへと向ける。


 ディオンの態度に、先程まで周囲で騒いでいた令嬢達もぴたり、と声を上げるのを止めるとごくり、と固唾を飲んで見守る事に徹したのだろう。


 それ程、周囲からも丸わかりな程ディオンの機嫌が悪いと言う事が分かるのに、ディオンから視線を向けられたリリーナ本人は「ディオンの視界に映った」と言う事が嬉しいのか、頬を染めて恥ずかしそうにもじもじとしている。


「……ロードチェンス子爵令嬢? 君は我々の会話に言葉を挟める立場では無いのが分からないのかな?」

「──っ、!」


 これは、恥ずかしい。


 ディオンが「子爵令嬢」と言う単語を強調して紡いだ事で、言外に子爵令嬢が公爵家と伯爵家の者の会話に割り込んでくるな、と言っているような物だ。

 ディオンの低く、良く通る声は成り行きを見守っていた周囲にもしっかりと届いており、リリーナに招待された令嬢達は気まずそうにリリーナから視線を逸らしている。


 何故、こうも自信満々に話し掛ける事が出来ると思っているのだろうか。

 いくらリズリットが精霊の祝福を得ていないとは言え、爵位としてはリズリットの伯爵家の方が上で、ディオンに至っては公爵家の次男ではあるが、最上級精霊の祝福を持ち、この国の騎士団長である。


(百歩譲って……、いや、少ないな……千歩、いや、万歩譲ってリズリット嬢の言葉を遮るのはまだ分か、りたくはないが……リズリット嬢の言葉の後に、俺が言葉を返すのが分かっているだろうに……俺の言葉を遮るとはいい度胸だ)


 密かにディオンが憤慨していると、流石に旗色が悪い、と踏んだリリーナは顔色を悪くしながらもそれでもその場から辞さず、尚もディオンと会話をしようと唇を開く。


「あ、あら……申し訳ございません、ディオン様。リズリット嬢が……、大切な、お友達が、来られたので……ついつい……大変失礼を……」


 リズリットをよくもまあ「大切なお友達」と宣えたものだ、とディオンは逆に感心してしまう。


 このリリーナの発言で、先日のリズリットの攻撃は誰にもバレていないのだと、考えている事が分かり、ディオンはふい、とリリーナから視線を逸らすと再度リズリットに微笑み掛けて唇を開く。


「……リズリット嬢、終わるのを待っているから早く戻ってきてくれ」

「ディ、ディオン、さま……っ」


 甘い笑みを浮かべてきゅう、とディオンに手を握られてついついリズリットは羞恥に頬を染めてしまう。


 リズリットは、ディオンの態度を完全に仕事の為の「演技」だと思っているが、ディオンは演技など何一つしておらず、ただただ素直に自分の気持ちを口にしている。

 演技、だと思っているのはリズリットただ一人だけで、周囲の令嬢も、勿論リリーナもディオンの態度に驚き、そしてディオンから甘い視線を、言葉を受けているリズリットに憎しみの篭った視線を向ける。


 あれ程、ディオンから冷たい態度と言葉を浴びせられたと言うのに、果敢にもリリーナは再び二人の会話に口を挟んだ。


「ま、まあ! お二人はこの後、ご予定があるのかしら……? リズリット嬢、もし良ければ私もご一緒しても──」


 お茶会の主催者が、お茶会を放って何を言うのか。

 そして、そのような不躾な言葉を掛けたリリーナに、周囲の令嬢達は「ひいっ」と今度は別の意味で小さく悲鳴を上げる。


「え、ええ……っ? 確かに、ディオン、様とはお出掛けする約束をしていますが……ご一緒するのは……」

「まあ! 私とリズリット嬢の仲ではありませんか……っ、ご一緒しても良いでしょう? ね?」


 ディオン様、とリリーナが言葉を紡ごうとディオンに視線を向けた所で、リリーナはひゅっ、と息を飲む。


 リズリットとの会話に性懲りも無く何度も口を挟み、邪魔をして来ているリリーナに、ディオンは凍てつくような視線を向けている。

 そのディオンの殺気さえ篭っているような視線を至近距離から受けたリリーナは、流石に失言をした事を今更ながらに実感したのだろう。


 涙目になりながらあわあわとし始めた。


「君のその頭は飾りかな? 俺と、リズリット嬢の会話に、何故君が言葉を挟む……? 何を勘違いしているのか分からないが、俺は君に名前で呼ぶ事を許していないのだが、何故気安く俺の名前を呼ぶんだ……? これ以上、俺と、リズリット嬢の、邪魔をするな」


(あらー……。主、これは本気で怒ってるわー)


 呑気に白麗が楽しそうに心の中で呟く。

 最早、リリーナを射殺してしまいそうな程殺気を顕にしていて、このままでは本当にディオンが実力行使に出かねない、と白麗が危機を持ち、そっとリズリットに耳打ちをする。


「えっ、え? 本当に、そんな事で……?」

「ええ、大丈夫よ。リズリットちゃんからそう言われたら主は大人しく馬車に戻るわ」


 こそこそ、と周囲にバレてしまわない程度の声量でリズリットと白麗は会話を交わし、リズリットは白麗から貰った「助言」を実行に移そうとディオンの服の裾をくいくい、と控え目に引っ張る。


「──っ、リズリット嬢?」


 はっとしてディオンがリズリットに視線を向けると、リズリットは怯えたように瞳を潤ませて、上目遣いでディオンに話し掛ける。


「ディオン様、怖い顔しないでください……。直ぐに戻るので、私を待っていてくれますか……?」

「──っ、」


 必死にディオンを見上げ、潤ませた瞳でディオンにそう言葉を紡いだリズリットに、ディオンは瞳を見開くと、瞬時に先程まで放出していた怒気や殺気を引っ込めると頬を緩めてリズリットの言葉に頷いた──。



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