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二十五話


 ディオンの言葉にリズリットはぱちり、と瞳を瞬くと震える声で「私に?」と小さく言葉を返した。

 リズリットは、優しく自分の背中を摩ってくれるディオンの手のひらに何処か安心感を感じて、じぃっとディオンの瞳を見詰めると、じんわりと頬を赤く染めながらディオンはこくりと頷いた。


「──あ、ああ。……以前、ロードチェンスの令嬢からお茶会の誘いが来ただろう……? 以前は断ってしまったと思うが……もし近い内に再度誘いがあれば、それにのってほしい」

「え、ええ……確かに以前ロードチェンス子爵家からは招待状を貰いました……。また、招待状が来たら、参加すれば宜しいんですか……?」


 リズリットは、何故ディオンがその事を知っているのか一瞬不思議に思ったが、兄のハウィンツと友人であるディオンは、ハウィンツからその事を聞かされたのだろうと一人で納得する。


 リズリットの考えとは全く違い、ディオンはハウィンツから聞かされてなどおらず、いつもの「見守り」の時にリズリットがロードチェンスのお茶会の招待状を受け取った事を知り、そしてその招待を断った事を知ったのだが、それを今指摘出来る者は誰も居ない。


 自分を襲った人物が招待して来るお茶会に参加するなどとても恐ろしいだろうに、それでも健気に恐怖を何とか自分の内に押し殺し、ディオンの願いに応えようとしてくれるリズリットの態度にディオンは自分の心臓がぎゅん、と変な音を奏でるのを感じながらそれでも表情は冷静なままこくりと頷いてリズリットに言葉を返す。


「酷な事をお願いしているのは分かっている……だが、リズリット嬢にロードチェンスのお茶会に参加して貰えると助かる……すまない……」

「いいえ、謝らないで下さい、ディオン卿。ディオン卿に、私は今まで沢山助けて頂いたのです。そのお返しを出来るのでしたら、いくらでもご協力致します」


 ふわり、と笑顔を浮かべてそうはっきりと口にするリズリットは、だが微かに恐怖で震えている。

 ディオンは眉を下げてぐっ、と自分の唇を噛み締めると「ありがとう」とリズリットに向かって頭を下げた。


「リズリット嬢、心配しないでくれ。当日は俺がリズリット嬢を子爵家まで送るし、お茶会の最中は姿を消す事が出来る俺の契約精霊をリズリット嬢につける。その間に、鶺鴒の精霊に邸の中を探って貰うからリズリット嬢は何も心配する事なく、お茶会に参加してくれれば良い」

「──え、精霊を……? え、」


 スラスラとディオンから語られる言葉に、リズリットが驚きに呆気に取られている内にディオンは「時間が結構経ってしまったな」と言葉を零すと、ソファから立ち上がりハウィンツと父親を呼びに扉の方へと行ってしまった。




 ディオンがハウィンツと父親を呼び戻し、再度今後の話し合いが始まった時にはリズリットは先程ディオンから告げられた言葉がぐるぐると頭の中を行き交っており、三人が話を進めている最中リズリットは混乱やら戸惑いやら、様々な気持ちを抱いている内にあっという間に話し合いは纏まったらしく、気付けば自分の邸に帰宅するディオンを玄関まで見送りに行って、別れの挨拶を済ませていた。


「リズ……? リズリット……? どうした、大丈夫か……? ディオンに何か不埒な事でもされた?」


 リズリットが去って行くディオンの背中を呆然と見詰めていると、リズリットの心ここに在らず、と言った様子にハウィンツが心配そうに隣から顔を覗き込んで来る。


「──へ、? いえっ、そんな事ありません……っ、お兄様……!」

「そう、? それならいいんだけど……」


 自分なんかにディオンがそんな事をする訳がない。

 リズリットはぶわり、と顔を赤くさせるとディオンへの風評被害を否定しなくては、とぶんぶんと顔を横に振って一生懸命否定する。

 リズリットの言葉に、ハウィンツは残念そうに眉を下げるとリズリットに言葉を返すが、その言葉と表情がいかんせん合っていないようでリズリットは首を捻った。


「リズリット……我が家はディオン・フィアーレン卿の家よりは心許ない伯爵家ではあるが、大事なリズリットを守る為ならば例え公爵家が相手でも頑張るからね、何かあったらすぐに言うんだよ」


 何処か哀愁を漂わせた自分の父親の言葉に、リズリットは訳が分からず「はぁ」と気の抜けた返事を返した。






 そして、数日後。

 ディオンが予測していた通り、リズリットの元へリリーナ・ロードチェンスから邸でお茶会を開くので参加して欲しい、と言う招待状が届いた。


 お茶会の招待状を手に持ち、その内容を眺めているハウィンツが呆れたように言葉を零した。


「──凄いな……。普通は自分の行動がバレてしまわないように暫くは対象から距離を取るものだと思うんだが……」


 リリーナはそんな気は微塵も持っておらず、堂々とリズリットを茶会へと誘った。

 その豪胆さにハウィンツが舌を巻いていると連絡を受けたディオンがやって来たようで、庭先でディオンを迎える為に揃って椅子に座っていたリズリットとハウィンツはディオンの出迎えに腰を上げた。


 今日のリズリットの装いは、淡いピンク色のデイドレスで、胸下にくるりとブルーのリボンを一周させて左側にリボンで飾りを作り、止めている。

 スカートは脛が隠れるか隠れないかの丈で、風が吹くとふわりと柔らかな裾が広がり、柔らかな印象を見せる。

 リズリットの灰色の髪の毛はふんわりと柔らかく編み込まれ、髪飾りは鶺鴒の精霊が居るからだろうか、鳥の形を模した装飾の両側に花々が咲いている大ぶりだが品のいい髪飾りで編み込んだ髪の毛を纏めており、その可憐さにディオンはマーブヒル邸の庭先に来るなり「妖精っ」と叫んでその場で停止した。


「えっ、妖精……っ、? 精霊では無くですかっ!?」


 リズリットはよもや自分に向けられた言葉だとは思わず、妖精が居るのだろうか、と周囲をキョロキョロと見回す。

 リズリットの肩に止まっていた鶺鴒の精霊は自分の主の情けない姿に呆れたような視線を向けて、リズリットの首筋に頭を擦り付けた。


 ハウィンツは呆れつつも、ディオンの態度が「いつも通り」だと確認すると先程の妖精発言には触れずにディオンに向かって唇を開いた。


「呼び出して悪いな、ディオン。リズリットに案の定招待状が届いたから連絡した」

「──え、あ、ああ。うん、思ってたよりも早いな」


 ディオンは何度か咳払いをして気持ちを切り替えると、恐らくだらしなく緩んでいた自分の表情を引き締めてハウィンツとリズリットの元へと向かい、進められるまま椅子へと腰を下ろした。


 リズリットも妖精の姿を見付ける事が出来ず、諦めてハウィンツとディオンの会話に視線を向けると自分宛に届いていた招待状を、ハウィンツがディオンへと渡した。

 ディオンはその招待状を受け取ると、さっと内容に目を通してリズリットへと視線を向けると唇を開いた。


「ロードチェンスでの茶会は、明後日か……。リズリット嬢、お願いしても大丈夫だろうか?」

「はい、勿論です」


 心配そうに声を掛けてくれるディオンに、リズリットは何処か嬉しく感じながらこくり、と頷く。

 これは国から正式に依頼された調査のような物だが、自分の身を案じてくれる人が居てくれるだけで何とかやれそうな気持ちになるのは何故だろうか、とリズリットは不思議な感覚に擽ったくなる。


 血の繋がった身内に心配してもらうのとはまた違った擽ったさ。

 リズリットは、「友人が出来るとこれが普通なのかしら」とはにかみながら考えるが、友人が出来た事の無いリズリット自身にもよく分かっていない。

 リズリットが感じるその感情は、友人相手に覚える感情とはまた少し違った物だと言う事は。



「二日後か……通常、招待状を送るのは一週間前に送るのが常識的なのに……これは……」

「ああ。嫌がらせにも似たような物だろうな」


 ディオンとハウィンツはリズリットに聞こえない程度の小さな声音でぽそぽそと小声でやり取りを行う。


 茶会に招待されたのならば、手土産を用意する時間や、デイドレスの準備などもしなくてはならない。

 慌ただしく準備させてしまう事を避ける為に、招待相手を気遣い、通常は余裕を持って招待状を送るのだが、こんなに直近に招待状を送り付けて来るなど、リズリットを思いやる気持ちは一切無いと言う事だ。


 ディオンはふむ、と自分の顎に手を当てて考えるように虚空を見上げるといい事を思い付いたとでも言うように唇を開いた。


「それならば、茶会に持参する手土産は公爵家で用意しよう。デイドレスや装飾品も俺が用意する」


 ディオンの言葉に、リズリットは驚きに目を見開き、ハウィンツは気持ち悪そうに表情を歪めた。


「そ、そんな事をディオン卿にさせてしまうなど出来ません! 手土産も、ドレスも用意しますのでお気になさらず……っ!」

「いや。そもそも、今回の茶会に参加してもらうのは国王陛下からの勅令のような物だ。その為、必要な出費は全て国で賄うのが普通だろう。公爵家で用意し、こちらから陛下に請求するのでリズリット嬢は気にしないでくれ」

「で、ですが……」


 本当にそんな事までディオンの言葉に甘えていいのだろうか、とリズリットが躊躇っていると、隣に座っていたハウィンツがのんびりと紅茶のカップに口を付けながら「いいんじゃないか」と言葉を零す。


「ディオンが良いと言っているし、確かにリズリットは国の指示で茶会に参加するんだから言葉に甘えよう。……ここぞとばかりに高いドレスを強請ればいいさ」

「ああ、リズリット嬢はただ当日が来るのを待っていてくれれば良い。茶会へ赴く際の衣服は全て用意しよう」


 あっさりとハウィンツからもそう告げられて、リズリットはお二人がそう言うのでしたら、と申し訳ない気持ちになりながら頷いた。



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