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二十四話


 ハウィンツがリズリットの部屋に訪れてから暫し、リズリットの支度が終わった丁度その頃、マーブヒル伯爵邸にディオンが到着した。






「リズリット嬢、先程ぶりだな。体調は? 気分が悪かったりはしていないか?」

「ディオン卿、先程はありがとうございました……! 体調はもうすっかり良くなりました」

「そうか、それは良かった」


 ディオンは、マーブヒル伯爵邸にやってくるなり出迎えにやって来たハウィンツと父親への挨拶もそこそこにリズリットの姿を認めると素早くリズリットの側にやって来て心配そうに話し掛けた。


 ハウィンツと共に出迎えに顔を出していたリズリットの父親であるマーブヒル伯爵も、ディオンがそそくさとリズリットの元へと向かい、微笑みを浮かべて自分の娘と言葉を交わしている姿を見てポカン、と驚きのあまり口を開けてしまう。


 父親も、ハウィンツから報告を受けていて何やらディオン・フィアーレンがリズリットに好意を抱いている、と聞いてはいたが。

 実際その姿を見るまでその言葉は半信半疑であった。

 あのディオン・フィアーレンがまさか自分の娘に好意を抱いているなど、とハウィンツの言葉を半ば聞き流してもいたのだ。


 有難くも、自分の息子であるハウィンツとディオン・フィアーレンは友人と言う仲である。

 その為、少しばかり他の令嬢よりも話をする程度でハウィンツの言葉は、妹を溺愛する兄の欲目であろう、と楽観的に考えていたのだが、ハウィンツの言葉は本当だったのだ、と遅ればせながらも実感した。




「──何だ、あれ……」

「だから言ったでしょう、父上」


 ぽつり、と呟いた父親の言葉に、ハウィンツは半眼で言葉を返す。

 やはり、初めてあの姿を見ると衝撃を受けるのだろう。ハウィンツも「俺もそうだった」とどこか懐かしい心地で自分の父親を見やる。


ハウィンツと父親がボソボソ、と一言、二言言葉を交わしているとリズリットと話していたディオンがふ、と視線を向けて来る。


「マーブヒル伯爵、ハウィンツ、国王陛下と話した内容を伝えたい」

「──っ、それでは応接室にご案内致しましょう。どうぞこちらへ」


 ディオンに話し掛けられて父親はハッと体を跳ねさせると慌てて邸の応接室へとディオンを案内した。






 応接室に案内されたディオンは、何故かリズリットの隣に腰を下ろし、ハウィンツはリズリットとディオンの向かいのソファに、父親は一人用のソファに腰を下ろして首を捻っている。


 当然のようにディオンがリズリットの隣に腰を下ろしていたが、その動作があまりにも自然で疑問を抱く前に全員がソファに腰を下ろしてしまったが、今更ながら父親はハウィンツとディオンの座る場所が逆なのでは? と考えた。


 だが、リズリットの父親は下手に口を挟む事は無く、口を噤んだ。


 ディオンは公爵家の次男であり、この国の騎士団長であり、そして侯爵の爵位を国王陛下より賜っている。

 自分よりも爵位が上のディオンに、父親はもう何も言うまい、と違和感を振り切るように表情を引き締めてディオンへ視線を向けた。




 父親の視線を受けて、ディオンは三人にゆっくりと視線を巡らせると絵画スクールで起きた一件について、先程国王であるウィリアムと話した内容を三人に話し始めた。


「……先程、国王陛下と話し今回の一件について国としては精霊に関する重大事件として扱う事を決めた。それにより、先程リズリット・マーブヒル嬢を害そうとしたリリーナ・ロードチェンス並びにロードチェンス子爵家の調査を行う事になった」


 淡々と話すディオンに、リズリットは驚きに目を見開き、息を飲む。


「──、? リズリット嬢……ハウィンツからは……」


 リズリットの反応に、ディオンはキョトンとした目で呟く。

 ハウィンツに報せを送り、リズリットに伝えておいてくれと記載したはずだが──、とディオンがハウィンツへと視線を向けると、ハウィンツは「すまない」と言うようにディオンに目配せをした。


「お兄様からは……、何も……」

「──そのようだな……」


 ディオンがハウィンツへ視線を送ったと同時に、リズリットから言葉が返って来てディオンは直ぐさまリズリットに視線を戻すと申し訳なさそうに返事をした。


 ディオンは当然リズリットがリリーナ・ロードチェンスが仕出かした事を知っているとばかり思って説明を始めたが、どうやら初耳だったらしい。

 あっさりと自分の命を狙って来た人物が、自分に仲良くしたい、と話し掛けて来た人物だった事を知り混乱しているのだろう。

 顔色を悪くして戸惑っている。


 このまま話を進めてはいけない気がする、とディオンは判断すると、ハウィンツと二人の父親に視線を向けて唇を開いた。


「──すまないが、少しだけリズリット嬢と話す時間を貰えないだろうか?」

「リズリットと……?」


 ディオンの言葉をそのまま繰り返すように口にする父親に、ディオンは「ああ」と頷く。

 ディオンはハウィンツに向けてちらり、と視線を向けて、ハウィンツがディオンの視線に気付くとディオンは応接室の扉へと視線を移して自分の顎を軽くしゃくった。


「──分かったよ、……父上少し席を外しましょう」

「え、え? あ、ああ」


 ディオンの視線と仕草を正しく読み取ったハウィンツは、溜息を零すと父親に向かって言葉を掛けてソファから腰を上げた。

 父親も、ハウィンツに倣い良く分からぬまま腰を上げてチラチラとディオンに視線をやるが、ディオンの視線は既にリズリットに釘付けになっており、退出する自分達など既に気にしていないようだ。


 何だか釈然としないまま、父親は扉から応接室を出ると、閉まる扉の隙間から垣間見えた二人の姿に何だかこれから伯爵家は慌ただしくなるのでは、と不安を感じた。




 ──ぱたん、と扉が閉まり、室内にディオンと残されたリズリットは先程ディオンから聞かされた言葉がぐるぐると頭の中を巡っていて、顔色悪く俯いていた。


 そんなリズリットを気遣うように、隣に座っていたディオンがそっとリズリットの手を自分の手のひらですくい取り、心配そうにリズリットに声を掛けた。


「すまない、リズリット嬢……。急にこんな話をされて吃驚しただろう……」

「──あ……、その……はい……」


 リズリットは、いつものように「大丈夫だ」と無理矢理作り笑顔を浮かべようとしたが、そうしてしまうと何故だかここまで心配してくれているディオンが悲しむかもしれない、と思い素直に自分の気持ちを吐露する。


「まさか……リリーナ・ロードチェンス嬢が……、と……思っても見なかった事です、から……」


 リズリットは今まで、出涸らしには分不相応の出来た兄と姉だと嘲笑されたり、嫉妬の感情を向けられたり、自分を利用しようとする人達に会った事はあるが、これ程あからさまに直接悪意をぶつけられる事は殆ど無かったと記憶している。


 その為、人の醜悪な悪意に晒されていたのだ、と明確に自覚した今、その恐ろしさにリズリットは今更ながら恐怖を感じていた。


 あの時、もしディオンが側に居てくれなかったら?

 もし自分に攻撃が当たっていなくとも、周囲に居た人達に当たっていたら。


(もし、私じゃなくてお兄様や、ディオン卿に攻撃魔法が当たってしまっていたら──……っ)


 自分の大切な家族と、仲良くなった友人に攻撃が当たっていたとしたら、と考えてリズリットは真っ青になると、小さく「うっ」と呻き、自分の口元を抑えて俯いた。


「──リズリット嬢っ!」


 隣に座っていたディオンが焦ったように声を荒らげ、リズリットに素早く近寄るとリズリットの背中に優しく手を添える。


「すまない、怖い事を思い出してしまったな……。こんな目に合ったばかりなのに気遣えなくてすまない……。話はまた後日にしようか……」


 申し訳なさそうにしゅん、と肩を落として自分の背中を摩ってくれるディオンに、リズリットはゆるゆると首を横に振ると、ゆっくりと唇を開いた。


「いえ、……違うの、です……。もし、私のせいで、お兄様や……、ディオン卿に……っ、攻撃が当たっていたら、……とっ」

「──リズリット嬢……!」


 苦しそうに息を吐き出しながら、何とかそう言葉を紡ぐリズリットにディオンは場違いにも感激してしまう。

 リズリットが苦しんでいると言うのに、リズリットが苦しみながらも心配したのは、自分の血縁である兄のハウィンツの事と、ここ最近やり取りをするようになったディオンの事で。


(──ハウィンツ(家族)、と、俺を……同等に……!)


 血の繋がった兄と自分を同列に考え、心を痛めてくれているリズリットに、ディオンは「最早俺も家族……!」とぶっ飛んだ思考に陥ると、些か浮かれてしまっている気持ちをそのままにリズリットを安心させるように声を掛ける。


「大丈夫、大丈夫だ……リズリット嬢……。俺には最上級精霊の祝福があるから、中級精霊の攻撃は殆ど効かないし、ハウィンツも中級精霊の祝福持ちだからもし攻撃が直撃したとしても大事には至らない……」

「──っ、ほんとう、ですか……っ」

「ああ、本当だ」


 ぐっ、と眉根を寄せて辛そうに言葉を紡ぐリズリットにディオンは優しく微笑み掛けてやりながら肯定する。


「それなら、良かったです……っ」

「──だが、それは精霊の祝福を得ている者が、だ……。精霊の祝福を得ていないリズリット嬢が魔法攻撃に当たれば、大怪我をする可能性も……、最悪の場合だってあるんだ」

「──っ」

「それに、あの場所にリズリット嬢以外にまだ精霊の祝福を得ていないような年端もいかない子供がいたら、その子供に攻撃が当たっていたら……もっと大変な事になっていた可能性がある」


 ディオンの言葉に、リズリットはハッと瞳を見開くと震える声で「そうですよね」と何とか言葉を絞り出す。


「ああ……。もし、そんな事になっていたら……子供へ危害を加えるような力を人間に貸した精霊は、罰せられてしまうし、最悪の場合、精霊は消滅する……」

「え……っ!」


 精霊が、消滅してしまう恐れがあると言う事は初耳だ。

 リズリットは先程よりも顔色を悪くさせると、何故リリーナがそんな恐ろしい事を、とカタカタと震え出す。


 リズリットが震える中、ディオンは悲しそうに瞳を細めると、重たい空気の中更に酷な言葉を口にした。


「──だから、そのような危険を孕む事を仕出かしてしまったリリーナ・ロードチェンスは、この国の法で裁かれる事になった……。ロードチェンス子爵家もこの一連の事件に加担していないか、確認する事になったんだ」


 ディオンはそこで一旦言葉を区切ると、リズリットに視線をしっかりと合わせたまま再度唇を開いた。


「──子爵家を調べるには、リズリット嬢の手助けが必要で……、それを今回リズリット嬢にお願いに来た」



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