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二十一話


 ディオンとハウィンツは精霊から聞いた事をそれぞれディオンは国王陛下に、ハウィンツは自分の父親へと報告する為に解散する事にしたが、ディオンは自分の邸に戻る前に一度リズリットの部屋の方向へと視線を向けた。


「──ハウィンツ。リズリット嬢が狙われている可能性があるならば、俺の精霊を護衛としてリズリット嬢に付かせておきたいのだが……いいか?」


 ぽつり、と呟いたディオンの言葉にハウィンツはギョッと瞳を見開くと慌てて唇を開く。


「いやいやいや……! お前の精霊って、最上級精霊だろう……!? 先程俺達に説明してくれた二体の内のどちらかの精霊だろう……!? それはやり過ぎだ……! 俺や、ローズマリー、父上や母上の精霊が居るから……!」

「だが、相手もハウィンツ達が契約している中級精霊で同格の相手だ。精霊の数はマーブヒル伯爵家の方が多いが相手はあのような場所でリズリット嬢に攻撃魔法を放つような人間だ。手段を選ばないかもしれん」

「──だが、それでも……」

「その点、最上級精霊である鶺鴒と銀狼は単体でも戦う事が出来るからな……。俺が四六時中リズリット嬢の側に居れればいいが、そうもいかん。それならば姿が小さい鶺鴒にリズリット嬢を守って貰った方が俺も安心してロードチェンスの悪事を調べる事が出来る」


 ディオンにしては、至極真っ当な事を話している。

 ハウィンツはそれ程、ディオンも本気なのだろうと察するが問題は精霊本人の気持ちが大事だ。


 精霊は基本的に契約を結んだ人間の事が好きなので頼み事は快く引き受けてくれるが、それは主人の身の回りに関する物のみだったりする。

 いくら主人の頼み事でも、精霊が主人以外の人間を主人と同等に好み、助けてくれる事はほぼ無い。


 その事を危惧しているハウィンツだが、ハウィンツは知らなかった。


 既にディオンが自分の精霊にリズリットの「見守り」をさせていて、鶺鴒も、銀狼も見守り対象であるリズリットの元に単身で邸にやって来ている事も、リズリットが外出中に精霊が尾行して安全を確保している事も。


 だから、ハウィンツは精霊が断ると思っていたのだが、ディオンが呼び出す前に鶺鴒の精霊が自ら姿を表した事にぎょっと瞳を見開いた。


「リズリットを守ればいいんだな?」

「──ああ。頼みたい、お願い出来るか?」

「任せてくれ! 以前に比べればずっと簡単だな」


 鶺鴒はパタパタと天井付近にある硝子細工の照明器具に向かって飛ぶと、その小さな足で照明器具に着地してえへん、と胸を張るような仕草をする。


 後半の言葉は小さな声で呟いたので、ハウィンツの耳には届いていないが、ディオンの耳にはしっかりと届いており、ディオンは「喋るなよ」と言うように鶺鴒にじろり、と視線を向けた。


「リズリットの側……うーん、リズリットの側が一番心地いいけど、この邸も心地良いからいくらでも協力するが、主も毎日仕事が終わったらここに来てくれよ? 俺は白麗みたいに主と会わないでも平気な精霊じゃあないからな」

「ああ、分かった。必ず仕事終わりにはここに寄ろう」


 鶺鴒が羽を羽ばたかせて照明から降りて来ると、ディオンの肩に止まって甘えるように頭を擦り付ける。

 ディオンは優しげな表情で鶺鴒に視線をやると、鶺鴒の嘴の下から喉辺りを自分の指の第二関節辺りでちょいちょい、と撫でてやる。

 ディオンに撫でられて満足したのか、鶺鴒の精霊は再びディオンの肩から飛び立つと「リズリットの所に行ってくる」と言い残して応接室の扉上部にある明り取りの隙間から抜けて、姿を消した。


 ハウィンツは、あまりにもあっさりと精霊がリズリットの護衛を引き受けてくれた事に開いた口が塞がらない。

 精霊は自分の主人にしか興味を持たない、と言う文献は嘘だったのだろうか、と言う程快諾してくれた事に驚きが隠せないでいる。


 ハウィンツが言葉を無くしている内にディオンは帰宅の準備を済ませると「じゃあ、」と言葉を掛けてくる。


「ハウィンツ。俺はこれから陛下に報告をしてくる。恐らく、俺の暫くの仕事はあの子爵家を調べる事になるだろうが、仕事が終われば毎日寄らせて貰う」

「──え、へ? あ、ああ……! 分かった、すまないが宜しく頼む……!」

「じゃあ、また後で」


 ディオンはハウィンツからの同意を得ると、応接室の扉へと歩いて行く。


(ここで、ハウィンツが正常な思考を取り戻す前にここを出てしまおう)


 今は恐らく精霊があっさりと快諾した事に驚き、その驚きで思考回路が鈍っている筈だ。

 今までのハウィンツであれば、これからディオンが毎日邸にやって来る、と言う事を疑問に思ったかもしれない。


 精霊が寂しがって主を求めるのであれば元々、リズリットの護衛には付かない筈である。

 それに、精霊と契約を結んでいる主は好きなタイミングでその精霊を呼び出す事が出来るので毎日時間を決めてディオンが鶺鴒を呼び出せば顔を合わせる事は可能だ。

 その為、ディオンが毎日リズリットの元に通う必要は無いのだがその不自然さにハウィンツは今はまだ気付いていない。


 ディオンは、応接室の扉を開けて外へと出るとちらり、と室内に視線を向けてから扉を閉めた。


「──鶺鴒にはお礼を考えておかないとな」


 鶺鴒の機転のお陰で、合法的にリズリットに毎日会いにこれる、とディオンは緩む自分の口元を隠す事はせず上機嫌でマーブヒル伯爵邸を後にした。




 ディオンが邸を出た頃、リズリットの部屋ではすうすうと寝息を立てるリズリットをベッドの隣で椅子に腰掛けながら優しく見詰めるローズマリーが居る。


「……それにしても……、リズリットとフィアーレン卿の仲はどうなっているのかしら……? お互い好意を持っているような感じだけれど……特にフィアーレン卿は気持ちを隠し切れていないから分かりやすかったけど、リズリットも異性として彼を意識しているような気がするのよね……」


 ローズマリーは自分の細い顎に指先を当てて考える。


 始めは、何かの間違いかと思ったのだが、リズリットを送りに来た時、そして今回送りに来た時のディオンの様子を見てローズマリーはディオンがリズリットに好意を抱いている事を知った。

 一度目に送りに来た際に見た時は、違和感を覚えて、二度目の今日の様子を見て確信した。


「──まさか、あのフィアーレン卿が我が家の使用人に嫉妬するなんてねぇ」


 その時のディオンの様子を思い出してローズマリーはふふ、と笑ってしまう。


「"氷の騎士"もリズリットが絡むと形無しね」


 あれ程、ディオンの表情がころころと変わるとは思わなかった。

 いつも冷たい表情を浮かべたままのディオンが、リズリットに対して微笑んだり、安心したように眉を下げたり、周囲の人間に対して牽制したり嫉妬したり……。


「氷の騎士があれ程感情豊かだったなんてね……リズリットは凄いわ」


 ローズマリーは誇らしそうに微笑むとリズリットの乱れた前髪をちょいちょい、と指先で直してやると微笑む。


 ローズマリーがそろそろリズリットの部屋を出ようかしら、と考えているとリズリットの部屋の扉からコツリ、と音が鳴ってローズマリーは首を傾げた。


「──誰かしら……?」


 ハウィンツも、ディオンも今は応接室で何か話し合っている最中な筈だ。


 使用人が来たのか、と思いローズマリーはそろそろと扉へと近付き扉を薄く開けてみた。


「──え、あっ、きゃあ!」


 ローズマリーが扉を開けた瞬間、その薄く開いた隙間からシュッと小さな影が物凄い速度で部屋へと入り込んで来て、ローズマリーは思わず小さく悲鳴を上げてしまった。


「──おっと、驚かせてごめんな! 主に言われてリズリットの護衛に来たんだ、よろしく頼むよ、リズリットの姉さん!」

「へっ、え!? フィアーレン卿に……!?」


 ぱたた、と小さな羽を動かしながらベッドの側にその影が近付くと、先程までローズマリーが腰掛けていた椅子の肘掛けにちょこん、と降り立つ姿にローズマリーは瞳を見開く。


 ディオンに言われて来た、と言ったその小鳥の姿をした存在はローズマリーの言葉にふふん、と得意そうに胸を張った。


「ああ、そうだ。俺の姿は小さいからリズリットの側に居やすいだろう? 銀狼だと大きすぎるからな! これから毎日、リズリットを守るから安心してくれよ」

「……っ、そ、そんな事が……っ、ありがとうございます……っ」


 ローズマリーはハウィンツと同じく、精霊が主の元を離れて他人を守る事に驚いている。

 鶺鴒の精霊は、自分の胸元を嘴でちょいちょい、とつつきながらローズマリーに向かって声を掛けた。


「リズリットの姉さん、少し休んだらどうだ? 色々な事が起きてびっくりしただろう? リズリットは俺が見てるから安心してくれていいぜ!」


 えへん、と胸を張って自信満々にそう言う鶺鴒の姿が可愛らしく、ローズマリーは思わずくすり、と微笑むと「そうですね……」と言葉を返す。


「お言葉に甘えて……少しだけ席を外しますわ……」

「ああ、少し休憩でもしてきなー」


 鶺鴒の精霊は、ローズマリーに向かって小さな翼を広げてふるふると振ると、リズリットの枕元にぴょん、と移動する。

 ローズマリーはその様子を微笑ましく見ながら、扉を開けてそっとリズリットの自室から出て行った。




「……」


 鶺鴒の精霊は、ローズマリーが部屋から出て行った事を確認するとリズリットに向き直り、首を傾げる。


「──何でリズリットの側は暖かいんだろうか……? 主とは違う安心するような気配が感じられる……」


 鶺鴒の精霊は安心して眠っているリズリットの寝顔をじいっ、と見詰めると注意深くリズリットの気配を探る。


 何故、リズリットには精霊が祝福を与えていないのか。

 側に居るとこんなにも心地いいと言うのに。


 だが、リズリットの側に居て初めてその事に気付いた鶺鴒はその事にも違和感を覚える。

 リズリットにかなり近付かなければ心地良さが感じる事が出来ず、リズリットに出会う前はその事に気付く事すら無かった。


「──なんか、違和感」


 鶺鴒の精霊はぽつりと呟くとこの事も主であるディオンに伝えなくては、と考えた。



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