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十九話


 歩く時の振動や揺れが体に響かないように気を付けてくれているのだろう。

 リズリットを抱き上げ、邸に向かって歩いているディオンの足取りは慎重で、表情も真剣そのものだ。


 リズリットはディオンの首に回したままの腕をどのタイミングで下ろせばいいのか分からず、ディオンからも何も言及されない為「このままでいいのだろうか」と言う不安な気持ちをそのままにひしっ、とディオンに抱き着いたままディオンと同じ方向を見詰める。


 リズリットがそんな事を考えてくれている等露知れず、ディオンの心の中は激しく乱れ、慌てたような表情を必死に隠す為に顔に力を入れていたら何故かとても真剣そのものな表情となってしまっていた。


(必死にしがみついてくれているリズリット嬢がとても愛らしく、堪らないのだがこれはどうしたらいいんだ? このまま何も声を掛けずにいれば邸の玄関までリズリット嬢の愛らしい表情を近距離で見つめ続けられるのか? それはとても喜ばしい事だが……ああそれにしてもリズリット嬢が羽のように軽く体重を感じられないのだがこれは幻? リズリット嬢は確かに俺の腕の中に居るよな? 俺の願望が見せた幻なのだろうか、だがもしそうだったとしても本望だな……)


 つらつらと頭の中でそう考えながら、ディオンはそれでも傍から見るとすんっと至極真面目で冷静な表情のままおかしな事を考え続ける。

 ここにハウィンツが居れば、ディオンの様子に疑問を覚えて口を挟んで来るだろうが、ディオンの事を真面目で礼儀正しい男性だ、と信じ切っているリズリットは口を挟まず、ディオンの邪魔にならないようにディオンの腕の中にじっと大人しく収まる。


 リズリットは、ディオンの腕の中からちらり、とディオンを盗み見る。


(今まで……お兄様やお姉様に関係無く、私に優しく接してくれた方はいたかしら……? 今まで男性が私に優しく接してくれたのは、ローズマリーお姉様に近付きたいからで……)


 リズリットはそこまで考えて、自分の考えにズキリ、と胸が痛んだ。


(ディオン卿も……、本当はお姉様とお近付きになりたい、と考えていらっしゃったら……どうしよう……)


 リズリットが眉を下げて俯いた事に気付いたディオンが、リズリットに心配そうに話し掛ける。


「──リズリット嬢……? どうした、まさか体調が優れないか?」

「──あっ、いえ……、違うんです……っ、」


 ディオンの視線から逃げるようにパッ、と顔を逸らしたリズリットにディオンはぴたり、と足を止めてリズリットの顔を覗き込む。


「具合が悪くなってしまったのならば教えてくれ。このまま歩いても大丈夫か……? それとも一度下ろした方がいいか……?」


 地面に一度下ろした方がいいだろうか、とディオンに聞かれてリズリットは俯いていた顔をパッと上げるとふるふると首を横に振る。


「だ、大丈夫です……っ具合は悪くないです……っこのまま、運んで頂けると……」


 まるで縋るようなリズリットの声音と表情に、ディオンは僅かに瞳を見開くとリズリットから求められているような気がして、ディオンはリズリットを抱く腕に力を込めるとぎゅう、と抱きしめる。


「──うっ、」


 リズリットから苦しげな声が漏れ聞こえて来たのをディオンの耳はしっかりと認識していたのだが、リズリットを抱き締める腕の力を緩める事が出来ず、ディオンは混乱する自分の頭を落ち着かせるのに必死だった。


(──何だ……? 今の、リズリット嬢の表情と、声──? まるで、まるで……っ離さないでくれと言うような……! いかん、鼻血が出そうだ……っ)


「ディ、ディオン卿……っ苦しい、です……っ」

「──! す、すまない……!」


 掠れた声で、本当に苦しげに声を掛けて来るリズリットにディオンは慌てて腕の力を緩め、リズリットに視線を向ける。

 二人は、お互いほんのりと頬を染めたまま気まずそうに視線を逸らすとギクシャクとしながら邸の玄関へと向かった。






「──リズリット……!」

「……っ、お姉様!」


 ディオンに抱きかかえられたまま邸の玄関に足を踏み入れると、ハウィンツから聞いていたのだろうか。

 ローズマリーが慌てた様子でリズリットとディオンに駆け寄って来る。


 パタパタと走り寄り、リズリットに心配そうな視線を向けた後ディオンに向かってお礼を口にする。


「フィアーレン卿。リズリットを連れて来て下さりありがとうございました。後は我が家の使用人にリズリットを……」

「いや、このまま俺がリズリット嬢をお連れする。何処にリズリット嬢を連れて行けばいいのか分からないので、姉君に案内をお願いしたい」


 ローズマリーの言葉にディオンはきっぱりと断りの言葉を口にするとリズリットを受け取ろうと進み出てきた使用人の男性を素通りして、背後に居るローズマリーに道案内を頼んだ。


「ちょ、ちょ、お待ちをフィアーレン卿……! そちらではありません……!」

「す、すまない……」


 まるでリズリットを離したく無いと言うようにスタスタと歩いて行ってしまうディオンに、ローズマリーは慌ててディオンの背中に声を掛けると、ばつの悪そうな表情を浮かべてディオンが振り返り、ローズマリーの居る場所へとトボトボ戻って来る。


 ローズマリーは呆れたような笑顔を浮かべながらディオンを案内した。




「リズリットの部屋に医者の手配をしておりますので、そちらまでリズリットを連れて行って貰ってもよろしいですか?」

「勿論だ。……だ、だがご令嬢の私室に入ってしまってもいいのだろうか……」


 今更ディオンがそわそわとし出してしまい、ローズマリーは心の中で「何を今更……」と呆れてしまう。

 先程、マーブヒルの使用人には頑なにリズリットを託してなるものか、と変なこだわりを見せたディオンが、リズリットの私室に入る事を躊躇っている所を見てローズマリーは「気にする所はそこではないのでは」と感じてしまう。


 何故家の者にリズリットを任せる事を拒み、リズリットの私室に入る事に躊躇い、恥ずかしがっているのだろうか。


(恥ずかしがるのであれば、今の状況を普通恥ずかしがるのではないかしら……?)


 ローズマリーが首を傾げていると、ディオンの言葉に当の本人のリズリットがあわあわとどもりながら声を掛ける。


「だ、大丈夫ですディオン卿……! 私の私室と言っても、お兄様も良く出入りするのでお気になさらず……!」

「そ、そうか……、ハウィンツも入っているのであれば確かに……!」


 何が確かに、だろうか。

 ハウィンツはリズリットの実の兄であり、家族である。

 家族が家族の私室へ入る事は普通の事で、今回ディオンがリズリットの私室へ足を踏み入れる事とは違うとは思うのだが、とローズマリーは考えるがリズリットとディオンが納得しているのであればまあいいか、と思考を放棄した。


 ローズマリーの案内の元、リズリットの私室へとやって来たディオンは、部屋の扉を開けてくれるローズマリーに礼を伝え、ドキドキと胸を高鳴らせながらリズリットの私室に一歩足を踏み入れた。


 室内に入ると、女性らしいふんわりと落ち着いた色合いの壁紙に調度品、可愛らしい動物の置物等が棚に飾られていてディオンは感動に打ち震える。


「フィアーレン卿。リズリットのベッドはあちらなので、着いて来て下さいね」

「ベッド……!」


 ローズマリーの案内に、ディオンは言葉を繰り返すと、ギクシャクと硬い動きでローズマリーに着いて行く。


 部屋の奥にある扉を開けると、寝室になっているようでいつもリズリットが毎朝毎晩寝起きしているベッドがディオンの視界に飛び込んで来て原因不明の震えが発生してしまい、ディオンの体が震える。

 その震えがリズリットにも伝わったのだろうか、不思議そうな表情でディオンに話し掛けた。


「ディオン卿……? どうしました……あっ、もしかしたら腕が疲れてしまいましたか……? 申し訳ございません、そうですよね……! ずっと運んで頂いているから……っ、ありがとうございます、自分の足で向かいますよ……!」

「いや、大丈夫だ。疲れていない」


 リズリットの言葉にディオンはぶんぶんと首を横に振ると、ベッドの横で不審な表情を浮かべているローズマリーの元へとスタスタ向かい、ディオンは優しくリズリットをベッドへと下ろしてやる。


 優しくベッドへと下ろしてもらい、掛け布も首元まで甲斐甲斐しく引き上げてくれるディオンにリズリットははにかみながらお礼を告げる。


「──ディオン卿、ここまでありがとうございます」

「どう致しまして。早く元気になってくれればそれでいい」

「ふふ、頑張って早く治しますね。そうしたら、今日行けなかった散策に行きましょう」

「──! ああ、そうだな。それには睡眠をたっぷりとって、体調を整えなければだ。……おやすみ、リズリット嬢」

「はい、おやすみなさいディオン卿」


 まるで二人の世界を繰り広げている様子に、側で見ていたローズマリーは本日何度目か分からない呆れた表情を浮かべると、リズリットが目を閉じた事を確認してディオンを部屋から出るように促す。


 寝室から出るまで、名残惜しそうに何度か振り返るディオンを横目で見ながらローズマリーはディオンと共に寝室を出ると、ディオンにくるりと向き直る。


 先程、リズリットに向けていたような暖かい瞳や、柔らかな微笑みが一瞬の内に消え去り、世間の評判通りの「ディオン・フィアーレン」の姿を見てローズマリーは嫌な顔をする。


「──お兄様が待ってますので、フィアーレン卿は応接室に……」

「ハウィンツが……? 分かった、ありがとう」


 くるり、と踵を返してローズマリーから離れ、私室の扉へと向かって行くディオンの背中にローズマリーはふ、と思い浮かんでディオンの背中に向かって話し掛けた。


「──フィアーレン卿が剣帯に付けているそれ……もしかしてリズリットからですか……?」

「ああ、これか」


 ローズマリーの言葉に、ディオンは肩越しに振り返ると嬉しそうに頬を緩めて笑いながら頷いた。


 部屋を出て行くディオンを見送ったローズマリーは、「うわあ」と言う何とも言えない表情でリズリットが休んでいる寝室の扉を見詰めながら、ぽつりと呟いた。


「リズリット……とんでもない男に好かれちゃったわね……」





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