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十八話


 聞かれるだろう、と察していたハウィンツは、目の前の座席に横たわるリズリットに視線を向けた後、静かな口調でディオンに向かって唇を開いた。


「──リズリットは覚えていない。……今から話すこの事は、誰にも、リズリットにも話さないと誓ってくれ」


 ハウィンツの真剣な表情にディオンもすっと姿勢を正すと自分の胸元に手を当ててこくり、と頷く。


「──分かった。精霊の祝福を受けるディオン・フィアーレン。精霊の名の元に他言しないと誓おう」

「ば……っ!」


 さらり、ととんでもない事を口にしたディオンに、ハウィンツは思わず叫びそうになって慌てて口を噤む。


 精霊と言う言葉を紡ぎ、自分の名前を名乗り精霊の名の元に誓うと言う宣言はその人間を誓約で縛る行為に等しい。

 通常は国同士の同盟や、会談、国家間でのやり取りに精霊への誓いを口にする。

 この誓いを破った場合は、その精霊から祝福を受け、契約を結んだ人間が精霊から処罰を受ける。


 精霊からの処罰の種類は様々だが、過去に誓いを反故にした者達は皆一様に悲惨な末路を辿っている。

 直ぐに命を取られた者や、行方知れずになった者、呪いのような者が発動して子孫を残せなくなった者まで様々だ。


 それだけの事を仕出かしていると言うのに、当の本人は何食わぬ顔をしていて、ハウィンツは信じられない思いでディオンを小声で罵倒する。


「ばっ、お前っ、本当に馬鹿……っ! その誓いは国家間や国の存亡やそれに等しい重大な場面で使用されるような誓いだぞ……それをっ」

「──? 国よりリズリット嬢の方が大事だが」

「それはそうだが……!」


 ハウィンツは「ああもうやだ!」と小さく悲鳴を上げると自分の顔を覆う。

 ディオンと話していると自分の常識がおかしいのか、人とずれてしまっているのだろうか、と心配になって来てしまう。

 そして、当の本人はけろっとした表情で先程の続きを促すのだ。


「──で? ハウィンツ。先程の続きを」

「……あぁ、もう……。そうだな、話すよ……」


 ハウィンツは、リズリットに起こったあの一連の事件を話す時にいつも暗く重たい気持ちになっていた。

 それなのに、ディオンに説明する今はとても疲労している。あの時、当時に感じたリズリットへの申し訳ないと言う、リズリットへの贖罪の気持ちや、防ぐ事が出来なかった己の情けなさや相手に対する怒り。

 そう言った物がいつもこみ上がり、いつも冷静に話す事が出来なかった。だが、今は何処か冷静に話す事が出来て、怒りの感情やリズリットへの申し訳なさ、自分自身へのやるせなさに心を支配される事なく話せている。


 それでも時々、当時の怒りに声が震え、言葉に詰まってしまう場面もあったが比較的冷静に話せているのは、自分の隣で黙ってハウィンツの話に耳を傾けているディオンが自分達家族と同様、怒りに震えてくれているからだろう。


 全て事細かく、とはいかなくともある程度の話をし終わり、ハウィンツはちらり、とディオンに視線を向ける。


「──こう言う、理由があって……リズリットは当時の記憶を失っているが……同じような場面に立たされた時に過敏に反応するようになった……。きっと、全てを忘れてはいなくて、頭の片隅に無意識下に記憶が残っているんだと思う……」

「──……っ、そうか……。そんな事が……」


 長い長い吐息を吐き出した後、ディオンは自分の組んだ手のひらの親指を眉間に当て俯いた状態でハウィンツに言葉を返す。


「すまない、ハウィンツにも思い出したくない過去だったろう」

「いや、大丈夫だ……。今回の件があったし、ディオンにも知っていて貰えれば、リズリットの身が危険に晒される可能性も少なくなるだろう」

「当たり前だ。今回のような事が起こる前に相手は事前に排除する」


 きっぱりと何の躊躇いも無くそう言い放つディオンの声音に、ハウィンツは背筋をぞっと凍らせると話しては不味い人間に話してしまったか、と若干後悔する。


「……で。その、ハウィンツとローズマリー嬢の元婚約者は? 何処の国に行った?」

「いやいやいや。お前に言う訳ないだろう。しかもどうなったかも俺達には知らされていない……!」


 ハウィンツが顔色を悪くして勘弁してくれ、と泣き言を言うと、ディオンは舌打ちをした。






「──ん……っ、けほっ」


 伯爵邸までもうすぐ、と言う距離まで戻って来た時。

 ふいにディオンとハウィンツの向かいの座席に横たわっていたリズリットが咳き込む。


 リズリットの咳に反応したディオンとハウィンツは即座に自分の座っていた座席からリズリットの座席の方へと体を寄せると心配そうにリズリットの名前を呼ぶ。


 ディオンも、ハウィンツも馬車の床に膝を付いてリズリットを心配そうに見詰める。


 二人が見詰める先で、閉じられたリズリットの瞼を縁取る睫毛がふるっ、と震えたと思った一瞬後。

 ゆっくりと瞼が持ち上がり、深碧色の瞳が姿を表す。


「あ、私──……」


 自分が何故馬車の座席に横になっているのか分からず、戸惑っているのだろう。

 うろ、とリズリットの瞳が戸惑い混じりに彷徨い、そして自分が横たわっている座席の真横に人影がある事に気が付き、そちらに視線を向けてぎょっと瞳を見開いた。


「きゃあっ! お兄様にディオン卿っ!?」

「リズ! 目を覚ましたか、良かった!」

「リズリット嬢!」


 至近距離で自分の寝顔を見詰められていたと言う事に気付いてリズリットは真っ赤に染まる自分の顔を両手で覆った。


「な……っ、なん……っ」


 状況が理解出来ていないのだろう。

 リズリットはあわあわと慌てながらそろり、と自分の顔から手を退かし、キョロキョロと周りを見回す。


 そして、自分が馬車の座席に横になっている事に気が付き体を起き上がらせようとした所で、リズリットの側に居たハウィンツが素早くリズリットの背を支えて起き上がるのを手伝った。


「──すみません、私……絵画スクールで……」

「気にするな、リズリット。それより体調は? 気持ち悪いとか、体調が優れないとかは特に無いか?」

「え、ええ……。大丈夫です、お兄様」


 ハウィンツの心配そうな声にリズリットが返事をする。


「リズリット嬢が無事で良かった……」


 ぽつり、と零されたディオンの言葉にリズリットは慌ててディオンの方へと視線を向けるとぺこり、と頭を下げる。


「も、申し訳ございませんディオン卿……! 折角お忙しい中わざわざ足を運んで下さったのに、こんな事になってしまって……」

「俺の事は気にしないでいい。ハウィンツの言う通り、体調に変化はないか? 我慢せずに言ってくれ」

「だ、大丈夫です……!」


 先程までは気を失っていた事に驚き、状況を把握する事に必死だった為、ハウィンツとディオンの近さはそこまで気にならなかったが、兄であるハウィンツは兎も角、ディオンが近距離に居て、心配そうにリズリットに視線を送り続けている事にリズリットは今更ながら恥ずかしくなってしまいそっと不自然にならないようにディオンから視線を外した。


「リズリット。丁度邸に到着するから、もう少し横になっていなさい」

「ありがとうございます、お兄様。──ディオン卿も、ありがとうございます」


 ハウィンツは優しく瞳を細めてリズリットの頭を撫でるとやっと座席へと戻り、腰を下ろす。

 リズリットはハウィンツと同じく馬車の床に膝を付いていたディオンにもへにゃり、と柔らかい笑顔を浮かべるとお礼を告げた。


 ディオンは目尻を薄らと赤く染めながらハウィンツと同じく微笑みを浮かべてリズリットの頭をそっと優しく撫でてから座席へと戻った。




 程なくして馬車が邸の正門に到着し、ハウィンツは先に馬車から降りるとリズリットに手を貸そうとした所でまだ馬車内に残っていたディオンがひょこり、と馬車の扉から顔を出して唇を開いた。


「──ハウィンツ。リズリット嬢は俺が抱えて連れて行くからハウィンツは先に邸に戻った方がいいんじゃないか?」

「は?」

「え、?」


 ディオンの言葉に、外に居たハウィンツの声と、馬車内に残っていたリズリットの声が重なる。


「いやいやいや。それは申し訳ないし、リズリットは俺が手を貸すから大丈夫だ」

「だが、医者の手配や、邸の使用人にリズリット嬢の体調を告げたりしなくてはだろう? それにマーブヒル伯爵にも報告した方が良い。邸の玄関までは俺がリズリット嬢を連れて行くから気にするな」

「いや、そう言って貰えるのは有難いが──」

「それに、俺は鍛えているから大丈夫だが、騎士では無いお前が人一人抱き上げて歩くのは大変だと思うが……?」

「──ぐっ」


 ディオンから至極真っ当な意見を言われて、ハウィンツは思わず言葉に詰まってしまう。

 確かに、リズリットに起きた事柄を自分の父親であるマーブヒル伯爵に報告しなくてはいけないし、医者の手配や使用人達への周知も必要だ。


 ハウィンツは諦めたように溜息を吐き出すと、自分の後頭部をがりがり、と乱雑にかいてディオンにキッと鋭い視線を向けて唇を開いた。


「リズリットをしっかり、安全に邸の玄関まで連れて来てくれよ……!」

「勿論だ」


 ハウィンツの言葉に即答したディオンに、「ああもう!」とハウィンツは言葉を零しながら早足で邸の方へと向かって行ってしまう。


「え……っ、あっ」


 リズリットは、馬車の座席に上半身を起こした状態のまま、頬を赤く染めてハウィンツとディオンへと視線を行ったり来たりとさせてしまう。


 自分を運ぶ、と言っていただろうか、とリズリットは先程のディオンの言葉を頭の中で思い出してしまい益々頬を染めてしまう。


「ディ、ディオン卿……! 大丈夫です、目が覚めて時間も経っておりますし、自分の足で歩けます……!」

「……いや、もし途中でリズリット嬢が転倒してしまったり、気分が悪くなって倒れてしまっては大変だ。俺に触れられるのは嫌かもしれないが……少しの距離だから耐えてくれないか……?」


 悲しそうに眉を下げて微笑むディオンに、リズリットはそんな表情をさせてしまってはいけない、と混乱する頭で考えるとぶんぶんと首を横に振る。


「と、とんでもございません……っ! その、ディオン卿に手助けして頂けるのはとても、その……っ、嬉しいです……」

「──そうか! それならば良かった……。それでは失礼するぞ……?」


 リズリットは、恥ずかしさの余り真っ赤になった自分の顔を再び隠すように両手で覆う。


 ディオンが自分が座っていた座席から立ち上がる気配がして、馬車の御者に何やら指示をしている声が聞こえる。


 そして、リズリットの直ぐ側でディオンの気配がして、次の瞬間ふわり、と自分の体が抱き上げられた。


「馬車の扉は両方開けて貰ったが、狭いから体を寄せて貰ってもいいだろうか?」

「は、はい……っ!」


 リズリットはディオンの声に直ぐさま返事を返すと、ディオンの首に自分の腕を回して体を寄せる。

 リズリットが行動した瞬間、びくっ、とディオンの体が一瞬強ばったように感じたが、リズリットはそれ所ではなくて瞳をぎゅうっと瞑って恥ずかしさに耐える。


 ディオンは、先日ハウィンツを運んだ時のように銀狼の精霊にリズリットを運ばせる事も考えたがその考えを一瞬で頭の外に弾き出すとリズリットを抱く腕に力を込めて引き寄せ、ゆっくりと邸の玄関へと向かって歩き始めた。



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