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十七話


 スクールが終わった人々は、待ち合い室に近付いて来ると自分を待ってくれていた人を探す為に室内を確認する。


 待ち合い室は、廊下から室内が見えるように上半分が硝子を嵌め込まれており、下半分は見えないように飾り木枠で遮られている。

 芸術を習う場所故に、ちょっとした所にそう言った工夫がされていて、ただの待ち合い室とは言え、ハウィンツも初めの頃は関心して飾り木枠を眺めていたものである。


 だが、今は飾り木枠等に視線が集まっている訳では無い。

 いつもはこの場に姿など見せる筈が無い男が待ち合い室に姿を表している。

 普段から注目を集めやすいハウィンツの隣に堂々と腰掛け、長い足を優雅にゆったりと組み、座している姿はさながら王宮のサロンでゆったりと寛いでいるような背景が見えてきてしまう程の煌びやかさだ。


 絵画スクールが終わった者達はハウィンツとディオンが揃っている光景を見て、見間違いかと一度視線を外し、二度、三度と見直している。




「──お兄様、それにディオン卿……!?」

「リズリット」


 そこに、スクールが終わったリズリットが姿を表してハウィンツの隣に座るディオンの姿を視界に入れると素っ頓狂な声音を上げる。


 先程まで遠巻きに鑑賞されていたハウィンツはやっとリズリットが姿を現した事にほっと息を吐き出して腰掛けて居た体勢からすっくと立ち上がる。

 これ以上注目を浴び続けるのは些か疲れる。

 それに、ハウィンツは先程ディオンとの良く分からない会話で脳を酷使していて精神疲労が激しい。

 救世主を得たとばかりにハウィンツは表情をパッと輝かせると待ち合い室の外で驚愕に瞳を見開いていたリズリットの元へと足早に向かう。


「リズリット嬢。迎えに来た。昨日約束した通り、散策に行こうか」

「──えっ、? え? 本当に行かれるのですか……!?」


 ディオンが優しげな微笑みを浮かべてリズリットに話し掛け、リズリットは本当に行くのかと驚く。


 周囲で成り行きを見守っていたスクールの参加者達や、迎えの者達は微笑むディオンの姿に驚き、そして女性と共に出掛ける約束をして迎えに来た行動に声にならない悲鳴を上げている。


 周囲に居た女性達はリズリットとディオンを交互に見詰め、リズリットに向かって嫉妬の視線を向けたり、ハウィンツやディオンに焦がれるような熱い視線を向けたりとしている中、その集団の中からリズリットに向けて悍ましい程の憎悪の籠った視線が注がれており、その物騒な気配にハウィンツとディオンが反応した瞬間。


「──……」


 周囲の人々の中からざわめきに紛れて何か言葉が聞こえた。

 そして、次の瞬間リズリットに向かって敵意ある魔法の攻撃が物凄い速度で放たれた。


「──リズリット嬢!」

「え……っ、──あっ、きゃあ!」


 敵意──最早殺気の籠った魔法攻撃にいち早く反応したディオンが腰に下げた長剣を抜き放つと、その魔法攻撃を剣圧で相殺し、周囲に甲高い破裂音が響き渡った。


 周囲は一瞬、水を打ったように静まり返り、次の瞬間に悲鳴が上がった。

 逃げ場の無い屋内で突然魔法攻撃が成され、恐怖に騒ぐ周囲の人々の中から、慌ててこの場を離れるような気配を感じてディオンは素早く剣を腰の鞘に納刀すると、逃げ出した気配を追う為に気配の方向に体の向きを変えた。




 今のは明らかにリズリットを狙って放たれた魔法である。

 下級精霊から祝福を得た人間では到底放つ事が出来ない攻撃魔法。

 中級精霊の攻撃魔法は同等の精霊か、それ以上の精霊と契約を結んで居れば防ぐのは訳無いとは言え、狙われたリズリットは精霊の祝福を得ていない人間だ。

 リズリットがその攻撃に晒されては、ハウィンツやディオンが側に居なければ万に一つも防ぐ事は出来ず大怪我を負っていたか、最悪の場合命を落とす可能性もある。


 それに、何よりこの国では精霊の力を悪用する事は重大な犯罪行為だ。


 だからこそディオンは自分の職務である犯人を捕まえ、血祭りに上げてやろうと犯人の後を追おうとしたが背後からハウィンツの切羽詰まった声が聞こえた。


「──リズ……っ! リズリット! 大丈夫か……!?」

「──リズリット嬢!?」


 ハウィンツの常に無い動揺した声音に、ディオンは犯人を追う事よりもリズリットを優先して振り向くと、リズリットに駆け寄る。


「リズリット嬢……!? どうした!?」


 ディオンが駆け寄ると、リズリットは顔色を真っ青にさせてへたり、と床に座り込みガタガタと震えている。

 ハウィンツがリズリットを抱き抱えているが、ハウィンツの腕の中で尋常では無い程震え、自分の体を自分の腕で抱き締めている。


 ディオンも床に膝を着くと、同じ目線でハウィンツに無言で問い掛ける。

 何故、これ程までにリズリットが動揺し、取り乱してしまっているのか──。

 ディオンのその疑問は、ハウィンツの言葉で直ぐに語られた。




「──幼少期のトラウマだ……」

「なんだと……?」


 ──幼少期のトラウマ。

 穏やかでは無い単語が聞こえて来て、ディオンは僅かに眉を顰めてハウィンツへ視線を向けるがリズリットが荒い呼吸をし始めている様子を見て顔色を変えるとリズリットに話し掛ける。


「──リズリット嬢、大丈夫か!? 浅い呼吸では無く、ゆっくり息を吸って吐くんだ」

「──はっ、はっ、……っ」


 過呼吸の症状か。

 ディオンはリズリットの状態を見て冷静に判断すると、ハウィンツにはリズリットを抱き留める事に専念させて自分はリズリットを落ち着かせる為にゆっくり、冷静にリズリットに話し掛ける。


「リズリット嬢、先ずは息を吸って、次にゆっくりと息を吐き出すんだ」

「──っ、──っ」


 ディオンの落ち着いた低い声音の指示に、リズリットも必死に従う。


 心配そうにリズリットに話し掛けるハウィンツと、リズリットに冷静に呼吸を促し、背中を優しく摩ってやるディオン二人が根気よくリズリットに話し掛け続けると暫くしてリズリットの呼吸が落ち着いて来る。


「──大分正常な呼吸に戻ってきたな……」

「ああ、助かったよディオン。ありがとう……」


 くたり、とハウィンツに体を預けるリズリットの汗で張り付いた前髪を避けてやりながらハウィンツは安堵した表情で優しくリズリットを見詰める。

 ハウィンツはディオンに礼を告げると、リズリットをゆっくりと抱き上げる。


「悪い、ディオン。折角迎えに来てくれたが……リズを休ませたい」

「それは当然だ。疲労しているだろうし、しっかり休ませた方が良い」

「──ありがとう。リズが快復したらまた──」


 その時に出掛ける予定を決めてくれ、と続けようとしたハウィンツはだが、ディオンが呼び出した銀狼の精霊にぎょっと瞳を見開いた。


 ディオンは銀狼の精霊を呼び出した後、いつの間に呼び出していたのか、次いでディオンの元にやって来た鶺鴒の精霊がディオンの肩に止まる。


「ハウィンツ。話したい事がある。……邸に行ってもいいだろうか?」


 ディオンの真剣な表情に、ハウィンツはディオンの肩に止まった鶺鴒の精霊をちらり、と一度視線で見遣った後、こくりと頷いた。




 銀狼の精霊の背にリズリットをゆっくりと乗せてディオンとハウィンツは未だざわめく絵画スクールの廊下を歩いて行く。


 恐らく、もう暫くしたら精霊の力を悪用したこの事件の調査が入るだろう。

 この国の調査専門の騎士団がやってくる筈だ。


 廊下を歩いて行くディオンとハウィンツを見詰める周囲の視線を無視して、二人はそのまま歩みを緩める事無く絵画スクールの玄関へと向かう。

 銀狼の背に乗せたリズリットが落ちないように背中を支えながらハウィンツが反対側で自分と同じようにリズリットを支えるディオンに視線を向けて唇を開いた。


「──あの騒ぎの中、いつの間に鶺鴒を放ったんだ……?」

「……気配がこの場を離れた時、だな……。あのままにはしておけんだろう」

「まあ、そうだが……で、正体は分かったのか?」

「ああ。あの時予想した通り、ロードチェンスの令嬢だった」


 あっさりとリズリットを攻撃した人物の名前を告げるディオンに、ハウィンツは瞳を見開く。

 今はリズリットは疲労しきっていて意識を手放しており犯人の名前を聞いてはいない。

 リズリットの意識が無い事を確かめた上で話したのだろうが、それにしても何故そんなに短時間で犯人が分かったのだろうか、とハウィンツが疑わしげな視線を向けると、ディオンはすっと自分の瞳を指差した。


「──精霊と視界を共有出来るからな」


 あまり大声で話す内容では無いのだろう。

 極小さく囁かれたディオンの言葉に、ハウィンツは呆気に取られたような表情を浮かべる。


 視界の共有──。

 そんな事が出来てしまうのであれば、鶺鴒は鳥の精霊であるからどれだけ逃げても逃げ切る事が出来ないではないか、と考えてしまう。

 そんな事をこんな場所であっさりと告げてしまうディオンに「大丈夫なのか?」と言うような意図の視線をハウィンツが向けると、ディオンは自分の唇に人差し指を当てて口を噤んでいる。


 他言無用、と言う意味だろう。


 ハウィンツは更に呆れた表情を浮かべると唇を開いた。


「──お前な……そんな重要な事はおいそれと人に話すもんじゃないだろう……」

「リズリット嬢の家族であり、俺の友人であるお前だから話した。お前は悪用するような人間ではないだろう?」

「まあ、そうだが……」


 信用してくれるのは有難いが、とハウィンツは周囲に誰か聞き耳を立てている人物が居ないか確認すると、ディオンは得意気に「周囲の気配は確認済みだ」と呟いた。




 絵画スクールの外で待っていた馬車の元へとやって来たディオンとハウィンツは、未だ眠っている状態のリズリットを馬車に乗せるとそのままマーブヒル伯爵邸へと向かう。


 リズリットを寝かせた座席の向かいにディオンとハウィンツは並んで腰を下ろすと、心配そうにリズリットに視線を向けていたディオンが馬車が動き出して暫くした頃、ハウィンツに不意に視線を向けて唇を開いた。


「──ハウィンツ……。それで、リズリット嬢が幼少期に負ったトラウマ、と言うのは……?」



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