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十二話

少し重たい展開です。

子供が悪意に晒されたり、暴力を振るわれる描写があります。

********************


 一時的な記憶障害。

 「それ」は突然に、唐突に起きたのだ。


 当時は、ハウィンツにもローズマリーにも婚約者が居た。

 当時からハウィンツもローズマリーも覚えが良く、また整った容姿だった事もあり婚約の申し入れは山のように来ていたのだが、ハウィンツには家格の釣り合う二つ年下の女の子が、ローズマリーには家格が上の侯爵家の嫡男の婚約者が居た。


 始めは、ハウィンツの婚約者も、ローズマリーの婚約者もリズリットに優しかった。

 将来、義妹になるのだからとリズリットを良く遊びに連れ出したり、ハウィンツやローズマリーに予定がありリズリットの面倒を見れない際には面倒も見てくれていた。


 けれど、精霊の祝福を得ず、兄や姉のように秀でた部分のないリズリットを何処か心の中で蔑む気持ちがあったのだろう。

 そして、自分達は優れた人物の婚約者に選ばれたと言う驕りがあった。

 だからこそ、年月が経つにつれてリズリットへの態度が冷たく変化し、ハウィンツやローズマリー、他の人間が居る前では微塵も態度には出さなかったが、リズリットと二人きり、もしくは婚約者二人とリズリットの三人で過ごしていた時は言葉にするのも、思い出すのも嫌悪してしまう程の態度で幼いリズリットと過ごしていた。


 そして、突然にその日は訪れた。


 いつものように、ハウィンツとローズマリーの婚約者がマーブヒル伯爵邸に遊びに来た日。

 ハウィンツとローズマリーは家庭教師の授業が伸びていて、いつものようにリズリットを見ていると言った婚約者二人にあっさりとリズリットを任せてしまった。

 そして、子供部屋で遊んでいるリズリットの元に婚約者を先に行かせ、自分達は後から合流する予定だった。


 そして、ハウィンツの授業が終わり、子供部屋に向かって廊下を歩いている時。

 突然リズリットの叫び声が子供部屋から響いたのだ。そして、次いで小さな爆発音がした。


「──リズ!」


 ハウィンツは、リズリットに何か起きたのかと急いで子供部屋に向かい、扉を開けて中の惨状を目にした瞬間、我が目を疑った。


 あろう事か、自分達の婚約者は、幼い妹を相手に精霊と契約した時に得た能力を使用する為の実験台にしていたのだ。

 中級精霊から祝福を受けて契約すると、生活魔法を使用出来て、簡単な攻撃魔法を使用出来るようになる。

 だから、婚約者達は面白半分で幼いリズリットを相手に攻撃魔法の練習をしたのだ。

 そして、暴発してしまった炎魔法がリズリットに当たってしまい、部屋の中で小さな炎が上がり室内は炎と煙が充満していた。


 リズリットは直ぐに助け出され、ハウィンツとローズマリーの婚約者達の所業が直ぐに明るみに出た為、婚約破棄と賠償を行わせたがそもそも精霊の力を悪用した罪はこの国では重罪にあたる。

 後日、国からの処罰を受けた二つの家はひっそりと表舞台から消え、今では隣国に移り住んだようだが悲惨な末路を辿った事は想像にかたくない。


 その時の怪我と、今までのストレスからかリズリットは一時的に記憶を無くし、家族の事を忘れてしまったのだ。






「──あの事件があった後……、数ヶ月でリズリットは家族の事を思い出したけど……あの期間の事は記憶に無いからね……」


 ハウィンツは辛そうに俯くローズマリーの頭を慰めるように撫でると、ローズマリーがちらり、と視線を向ける。


「ええ……。ですから……目立つ方とリズリットが懇意になるのは……気が進みません」

「うーん……まあ、それはリズリットの気持ちもあるからなぁ……。俺もリズリットには何の心配も無く、穏やかな人生を送って欲しいから。けれど、リズリットが嫌がっていないのなら、無理矢理ディオンから離れさすのも可哀想でな……」

「──結局、お兄様はリズリットに甘いから……」


 ぷうっ、と頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべるローズマリーにハウィンツは苦笑してしまう。


 ハウィンツ自身も、出来るならディオンとリズリットがこれ以上親しくなるのは反対ではあるのだが、先日リズリットを送ってくれた恩もあるし、リズリットが夜会で足を挫いた時にもディオンに助けられた恩もある。

 ディオンと親しくすれば、また要らぬ注目を浴びる危険があるが、久しぶりに家族以外に話せる「友人」のような存在を得た事を喜ぶリズリットを悲しませたく無い気持ちの方が大きい。


「そうだな……。ローズマリーの気持ちも分かる。だが、一番優先すべきなのはリズリットの気持ちだから、俺達がしっかりとリズリットを見ていてあげよう」

「……分かりました」


 未だに納得がいかないような表情をしているが、ハウィンツは苦笑いを浮かべながらもう一度ローズマリーの頭を撫でると、「行ってくるよ」と言葉を残してローズマリーが見送る中、馬車へと乗り込み、夜会へと向かった。


「ローズマリーお姉様とのお話はもう良いのですか?」


 ハウィンツが馬車に乗り込み、リズリットの向かいの座席に座り馬車が動き出して少し。

 リズリットは何の気なしにハウィンツへと問い掛けた。

 まさか、自分の兄と姉が自分自身の事を話しているとは思わなかったのだろう。

 リズリットはにこやかな笑顔でハウィンツに問うた。


「──ああ、大丈夫だよ。大した事は話していないからね。……それより、リズリット。今日こそは誰か気になる人が居るといいね。気になる人が居たらすぐに俺に知らせてくれればいいからね?」

「う……、はい……。分かりました。どなたか、気になる男性が居ましたらお兄様にお伝えしますね」


 リズリットは、今日参加する夜会も自分自身の婚約者探しが目的だったのだ、と思い出すと苦笑してしまう。

 嘘でも良いから、気になる人が居ると言わなければこの社交シーズン中、夜会に参加する頻度が多そうだ、とこっそりと心の中で溜息を吐き出す。


(──気になる方……。ここ最近はずっとお兄様が側にいて下さるから、男性が話し掛けて下さらないのよね……)


 リズリットはちらり、と自分の真向かいに座っているハウィンツを盗み見て、今度はこっそりと溜息を付いてしまう。


(最近お話している方は……ディオン卿しか居ないし……他の方はまだ少し怖い……)


 リズリットは無意識の内に、ハウィンツの友人であり、ここ最近は何かと顔を合わす事が多いディオンの顔を思い浮かべてしまって、何故だか分からないが気恥ずかしくなってしまい、赤くなってしまう自分の頬を両手で抑えた。






「──見たか……!? リズリット嬢が頬を染めている……! 何てことだ……とても愛らしい……!」

「主よ……それは覗き行為と言う物ではないか?」


 リズリットとハウィンツが参加する今夜の夜会会場。

 その会場、迎賓館の屋根の上でディオンは精霊の力を借りて夜会会場にやって来る馬車の中からリズリットが乗るマーブヒル伯爵家の馬車を見つけ出し、窓の側に座るリズリットを凝視していた。


「覗き……? 失礼な。これは立派な身辺警護だ。馬車の事故が起きたらどうする? 突然隣国が戦争を仕掛けて来て爆発が起きたらどうする? しっかりと見守っていなければ万一の際にリズリット嬢を助けれないだろう」


 何を言っているんだ、お前は? とでも言うように、至極当然のように言葉を紡ぐディオンに、銀狼の精霊は「絶対に違う」と心の中で言い返す。


「馬車の事故、は……まあ有り得ないとは言い難いが、突然戦争が始まる訳が無いだろう。そもそも、この国が攻撃されるような事態に陥れば我々がいち早く気付くぞ?」

「だが絶対にそうだとは限らないだろう。リズリット嬢を狙う危険な者が居たらどうする?」

「──それならばもういっその事リズリット嬢とやらが夜会に参加する時に主が側に居ればいいのではないのか?」


 精霊の言葉に、ディオンは「なんて事を!」と言うように表情を歪めると慌てて唇を開く。


「まだそんなに親しくもない男から夜会の際に側に居てもいいか、などと言われてはリズリット嬢が驚くし、怖がるかもしれないだろう!?」

「──……」

「あんなに愛らしいリズリット嬢を怖がせてしまうなんて事はしてはいけない……。だからこそ俺はこうしてリズリット嬢が参加する夜会や出先に危険がないか予め先回りして確認しているんだ」

「……そうか」


 銀狼の精霊は、「お前が一番危険だ」と言う言葉を何とか飲み込むと、リズリットの見守りを再開した自分の主、ディオンを何とも言えない表情で見詰めた。






 馬車から降り立ったリズリットは、ハウィンツのエスコートで会場に入り、煌びやかな夜会会場に圧倒される。

 ハウィンツに熱い視線を送っている令嬢達の視線など気付いていないようにハウィンツは会場の中ほどまでリズリットと共にやって来ると、ちらりと周囲を見回した。


(今日の夜会は、男性貴族が多いな……リズリットに釣り合うような年齢の男性も多い)


 ハウィンツは周囲に居る男性貴族達の顔を即座に確認すると、自分の頭の中に入っている貴族の情報と照らし合わせて行く。


(あの子爵は女癖が悪いと評判だ、あちらの侯爵子息も嫡男では無いからリズリットと結婚しても爵位が無いから苦労する、あちらの伯爵家の子息は……可愛いリズリットの隣に並ぶには些か役不足だな)


 ハウィンツは素知らぬ顔で自分の頭の中で貴族男性達にペケを付けて行く。

 ハウィンツは、自分の隣に居るリズリットに視線を向けてへにゃり、と眉を下げると「今日も駄目か……?」と心の中で呟く。


 リズリットが悲しい思いをしないような男性を見付けてやりたい。

 だが、その気持ちが大きすぎて、重すぎて自分自身がリズリットの結婚相手に対して厳しい目になってしまっている事は若干自覚している。


(けれど……仕方ないだろう……。リズにはもう二度とあんな思いをして欲しくない……)


 リズリットを大事にしてくれて、リズリットだけを見詰め続けてくれて、生涯リズリットだけを愛し続けてくれるような男性は居るのだろうか、とハウィンツは少しだけ不安になる。


「──お兄様? どうしました……?」

「ん、? ああ、いや。なんでもないよ」


 普段と違い、静かな様子のハウィンツにリズリットは心配そうに眉を寄せている。

 心配して声を掛けてくれたリズリットに、ハウィンツは慌てて笑顔を浮かべると微笑み返した。


 二人が話している場所の後方、少し後ろからカツン、とヒールの音を立てて二人に近付いて来る令嬢が居た。


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