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一話

 ──くすくす、と笑い声が聞こえる。


 あからさまに、自分を見てヒソヒソと声を潜めて話している令嬢達。


 男性達からはまるで残念な者を見るような目で見られ、その視線達に晒されている女性──リズリットは元々小柄だった体をさらに縮こまらせて萎縮してしまう。


 俯いた時に、さらりと自分の何の特徴も無いくすんだグレーの髪の毛が視界に入り込み、その髪色に更に心が重たく沈んで行く。

 兄や姉のような綺麗で艶やかな髪の毛を持つ事なく、兄のように優秀な頭脳も無く、姉のような麗しい(かんばせ)を持つ事も無いリズリットは周囲から「優れた兄妹に全てを持っていかれた出涸らし令嬢」と蔑まれ、嘲笑われていた。


 容姿や、頭脳が思わしくなくともそれだけの理由でリズリットは自分がここまで嘲笑の対象となっているとは思っていない。

 一番の理由は、恐らくこの国の国民であればほぼ全ての者が「精霊」と呼ばれる存在の祝福を受けているにも関わらず、リズリットが精霊の祝福を受けていないのが理由だろう。


 精霊の祝福とは、その精霊と契約を結ぶ事で祝福が発動する。

 精霊の祝福を受けた人間は、精霊の力を借りて自然の力を「魔法」として利用する事が出来る。


 この国に住まう国民は、大なり小なり精霊と契約を結び、魔法を使用して生活をしている。

 貴族の生まれである人間は、下級精霊では無く中級以上の精霊と契約を結ぶ事が多いのだが、何故だかリズリットは十七になったこの時まで精霊の祝福を受けた事が無い。


 下級精霊は、ぽやっとした光を発光していて、生活に必要な簡単な生活魔法を使用出来るようになる。

 中級精霊は、光では無く姿を持ってはいるがそれはとても小さく、人間の手のひらに収まる位で姿は様々だ。生活魔法と、少しだけ攻撃魔法を使用する事が出来る。

 中級以上の上位精霊は、人型の精霊で貴族であってもめったに上級精霊の祝福を受ける事は無い。

 上級精霊は人の言葉を理解し、人の言葉を喋る事が出来、意思疎通が可能だ。

上級精霊の祝福を得た人間は強力な攻撃魔法を使用する事が出来、国内では数人しか契約を結べている人間は居ない。

 そして、上級精霊の更にその上。

 最上級の精霊も居る。

 最上級精霊は、人型を取るのは同じで意思疎通も可能。だが、使用出来る魔法の種類と強さが段違いである。

 最上級精霊の祝福を得た人間は、一国の軍事力を持つのと同等であり、また精霊自身も戦闘に参加する事が出来る。

 驚く事に、最上級精霊の祝福を受けた人間がこの国にたった一人だけ存在している。


 そのような人間が居る時代にリズリットも生きていると言うのに、祝福を受けやすい時代だ、と噂されていると言うのに、何故かリズリットは今現在まで精霊の祝福を受けた事が無い。


 精霊さえ目を背ける程の残念な人間だ、と周囲に笑われ、蔑まれ、リズリットは悲しさや羞恥心にどんどんと縮こまってしまい、俯くのが癖になってしまった。


「──リズリット! こんな所に居たのか?」


 聞き慣れた声に、リズリットははっと瞳を見開くと声が聞こえた方へと視線を向けた。


 その声を発した男性の周囲からは年若い令嬢達の色めき立った歓声がきゃあきゃあと上がり、離れた場所に居るリズリットの耳にまで届いているが、熱視線を向けられている当の本人であるその男性は視線など気にしていない様子でケロッとしており、リズリットしか見えていないように視線を真っ直ぐに向けてくる。


「ハウィンツお兄様……」


 リズリットがか細く自分の兄の名前を呼ぶと、嬉しそうに瞳を細めて兄──ハウィンツがリズリットへと近付いて来て、リズリットの目の前に立ち止まる。


 ハウィンツはリズリットに視線を向けると優しく瞳を細め、唇を開いた。


「リズリットが気になるような男性はいたかい? もし誰か気になる男が居れば教えてくれれば、俺がしっかりと調べてリズリットに相応しい人間かどうか確認するよ?」

「──いえっ、特に……その……誰も」


 リズリットの言葉に、ハウィンツは流麗な眉をぴくり、と片方跳ねさせると訝しげに表情を顰めると低い声音でリズリットに尋ねる。


「誰、も……? まさかリズリットは誰にも話しかけられなかったのか? ダンスの誘いは? 可愛い俺の妹はずっと壁際に立って、このフロアに居たと言うのか?」


 信じられない、と言うように口をポカンと開けてそう告げるハウィンツの言葉に、リズリットは益々恥ずかしく、萎縮してしまう。


 兄や姉のように容姿端麗で頭脳明晰であれば、リズリットのようにぽつんと壁際に立ち竦む事など有り得ないだろう。

 現に、今日の夜会でも兄ハウィンツは沢山の令嬢に囲まれ、常に人の輪の中心に居て、姉であるローズマリーは未だに沢山の令息達に囲まれ、秋波を送られている。

 リズリットの元へ戻って来ようにも、次から次へと令息達からダンスの申し込みを受けていて中々こちらに進めないようだった。


「ハウィンツお兄様、ローズマリーお姉様を助けに行ってあげて下さい。このままでは、お姉様がこちらへ戻ってこれないわ……」

「だが……それではリズリットが」


 リズリットをこの場に再び一人残して行くのを躊躇うように表情を曇らせたハウィンツを、リズリットはハウィンツの背中をぐいぐいと押してやりながら声を掛ける。


「ローズマリーお姉様も、今日は沢山ダンスを踊られて、足も限界だと思います。私はここでお待ちしているので、迎えに行って下さい」

「リズリットがそう言うなら……」


 リズリットにぐいぐいと押されて、ハウィンツは納得行かないような表情を浮かべながらも、リズリットにその場から動かないように! と言葉を残してローズマリーの元へと向かった。


 姉の元へ迎えに行く兄の背中を見つめながら、リズリットは先程から自分達兄妹に集まっていた沢山の視線を振り切るように壁際へと戻って行った。

 美しく、整った容姿を持った兄と姉に、昔はリズリットも誇らしかった。

 けれど、成長するに連れて子供の時にはそこまで気にならなかった周囲の声にリズリットは大人になるに連れ心無い言葉に晒され続けて来たのだ。


 容姿も普通、頭脳も普通、その時点で周囲から同情されるような視線を受けていたと言うのに、リズリットはこの年になるまで未だ精霊の祝福を得ていない。

 そうすると、周囲の視線はもっと厳しく、残酷な言葉を伴って何度も何度もリズリットの柔い心を鋭い刃物のような言葉や態度でズタズタに傷付けて来た。


「お兄様やお姉様みたいに美しくもない、精霊に祝福を貰えていない……それが、本当にそんなにも悪い事なの……?」


 リズリットは壁際で俯きながらついついぽつりと零してしまう。


──疲れた。


 人の悪意に晒され続けて、リズリットは疲弊していたのだ。

 今夜の夜会も、リズリットの為に兄のハウィンツも、姉のローズマリーもリズリットに付き合うような形で夜会に同行してくれた。


 十七と言う結婚適齢期の妹に、未だに婚約者の一人も居ない事をリズリット本人よりも気にして、リズリットの婚約者探しのような夜会に同行してくれたのだ。


「お兄様にも、お姉様にも申し訳ないけれど……私はきっと結婚なんて出来ないわ」


 リズリットは自分のドレスをきゅう、と力強く握りしめるとジンジンと痛むつま先に体重を掛けないように背中をそっと壁に凭れさせる。

 壁に背を預け、俯いていたからリズリットは自分に近付く気配を感じ取る事が出来なかった。

 だから、自分のつま先の向こうに影が出来たのが視界に入り、リズリットが正面を向こうとした時にパシャン! と顔に衝撃が走り、リズリットは体をビクリ、と震わせて硬直した。


「──あら! 嫌だ、ごめんなさい。床に躓いてしまってグラスの中身が零れてしまったわ!」

「まあ、本当に。大変ですわ! お顔が果実水で濡れてしまっているわ」

「髪の毛も張り付いてしまって、まるで濡れ鼠のように──……っふふっ」


 リズリットは自分に掛けられた言葉が理解出来ずに瞳を見開き、ポカンとしてしまう。


 床に躓いた?

 こんなにも綺麗に磨かれた大理石が?躓いてしまうような欠けてしまった部分などあるのだろうか。


 リズリットが無意識にそんな場所があるのだろうか、と床に視線を向けた所でリズリットに話し掛けて来ていた年若い令嬢達三人は、ずいずいと更にリズリットに近付いて来る。

 まるで、周囲の視線から自分達で壁を作り、リズリットを見えないように、隠すように行動する令嬢達にリズリットは恐怖を感じてしまう。


「嫌だわ、濡れ鼠なんて……リズリット嬢に失礼では無くて?」

「ふふっ、申し訳ございません。ルーシー嬢。……ですが……ほら。見て下さいませ?リズリット嬢の御髪が果実水で色濃く変色し、お顔に張り付いている様が……ふふっ」

「女性に対して鼠など……そんな事を仰っては失礼ですわ」


 ふふ、くすくす、とリズリットを取り囲むようにその三名の令嬢達は周囲から向けられるリズリットへの視線を自分達の体で巧妙に隠し、心無い言葉達をリズリットに放ち続けリズリットを傷付け続ける。


「──……っ!」


 何故、自分がこんなにも辱められなければいけないのか。

 リズリットは羞恥心と、悔しさから自分の視界が瞬く間に滲んで来てしまい、きゅう、と唇を噛み締める。


 言い返したいけど、もし果実水を掛けたのが本当にわざとでは無かったら。

 折角この夜会に連れて来てくれた兄と姉に迷惑を掛けてしまう。そうなってしまうのはリズリットも避けたい事ではある。

 だから、いつも通りにただ黙って令嬢達の言葉をやり過ごせば良い。

 そう頭では分かっているのだが、リズリットの視界はどんどんと滲んで来てしまい、最早自分の目の前に居る令嬢達の顔すらも滲んでしまって認識する事が出来ない。


「出涸らしが、生意気にもこのような夜会に出席する事自体が恥だと思いなさい」

「精霊の力も無く、直ぐに髪の毛を乾かす事も出来ずにみっともないですわね」

「本当に、濡れ鼠と言う言葉がぴったりですわね」


 嘲笑、侮辱、悪意。

 その感情を真っ直ぐにぶつけられて、リズリットは耐えられ無くなり、令嬢達を押しのけてその場から走り出してしまった。


 後方からは逃げ出したリズリットを更に笑う声が聞こえて来て、リズリットはそのまま流れ落ちる涙を我慢する事無く、夜会会場のフロアを泣きながら抜け出した。


 長い廊下が続く薄暗い場所に出て、一旦休憩が出来る部屋に入って休もう、とそのまま駆けて行く。

 その場を離れてしまった事で兄や姉が心配して探しに来てしまうかもしれない。だが、あの場に残り続けるのはリズリットには耐えられない。

 あの場で、兄と姉が戻って来るまで恐らくあの令嬢達はリズリットの側を離れる事は無いだろう。

 もしかしたら、あの場に居続けてリズリットの兄であるハウィンツと接触を図ろうとしていたのだろうか。




 何も言い返せない自分が悔しくて悔しくて、リズリットは涙で溢れる状況をそのままに廊下を駆けていく。

 その道中、誰か男性から声を掛けられたような気がしたが、リズリットは立ち止まる事無く近場の空いている部屋へと入り込み、鍵を閉めて扉に凭れながらずるずるとそのまま蹲り、咽び泣いた。



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