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英雄をめざしたものたち  作者: むくむく
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王女の家出騒動

現在のエルザートは秋だ。


空は青く澄み渡り、雲一つない。風もなく穏やかで、絶好のお出かけ日和である。



しかし、お出かけ気分ではいられないのが現状だった。



早朝にもかかわらず、城の中庭には多くの騎士や近衛兵が集まっていた。



彼らの表情はいずれも険しい。



それもそのはず、これからイスデン王国王女、アリス・ロンドの家出が始まるのだ。



この国の第一王女であり、王位継承権1位でもある彼女は現在18歳。



王族としてはまだまだ子供だが、国民には人気があり愛されている姫君だ。



そんな彼女がなんの前触れもなしに突然失踪した。



これがただの家出であれば問題はなかったのだが、残念ながらそうではないようだ。



 というのも昨晩、彼女の部屋から何者か出ていく姿を目撃した者がいるらしい。



 そして、今朝になって部屋の扉の前に手紙が落ちていたそうだ。



 そこには一言だけこう書かれていた。



 "私は少し出かけます。探さないでください"―――――――――――――



 「これはいったいどういうことだ!」



 一人の男が声を荒げて叫んだ。



 彼こそがイスデン王国国王であるウィリアム・フォン・エルザートその人だ。



 彼は立派な髭を蓄えた中年男性で、威厳のある風貌をしている。



 しかし今は怒りによって顔を真っ赤にし、目を吊り上げている。



 まるで噴火直前の火山のようであった。



 彼の視線の先にいるのは三人の人物。彼らは今回の事件の調査を任された者たちである。



 一人目は女性の騎士、名前はシャーロット・オリバーという。



 年齢は20歳で、腰まで届く長い銀髪が特徴の美女だ。



 普段は冷静沈着な彼女だが、今回ばかりはその美しい顔立ちに困惑の色を浮かべている。



2人目は騎士見習いのアリーゼ・リズベルトだ。



 童顔で子供っぽい性格な彼だが、今年で18歳だ。



 腕は確かだが、子供っぽく、王女とは幼なじみの関係だったが、今ではお互い騎士見習いと王女という立場からあまり話すことがなくなっていた。



 3人目は男性の騎士名はジャック・ロレンス。年齢30歳のベテラン騎士だ。



 短く刈り上げた金髪と鋭い目つきが特徴で、見る者に強面のイメージを与える。



 しかし実際は気さくな性格で、誰に対しても優しく接してくれる。



 リザードの部下であり、剣やいろいろなことを教えてくれた。



 また、剣の腕に関しては騎士団の中でも実力者である。



 「なぜ、アリスはこんなことを……」



 ウィリアム王はとても悲しそうな表情を浮かべている。



 彼は幼い頃から彼女をとても可愛がってきたのだ。



 そんな彼が動揺しないわけがない。



 ジャックが重い口を開いた



「……おそらくですが、あの方は王位を継ぐことに疲れてしまったのかと思います」



 ジャックの言葉を聞いて他の2人も暗い表情になる。



 確かにそれはありえるかもしれない。



 彼女は昔から自由奔放で好奇心旺盛な少女だった。



 そのため、よく城を抜け出して城下町へ遊びに行ったりしていたものだ。



 それに、彼女が行方不明になったことで国民が不安になっていることも事実である。



 特に最近は魔物との戦局が悪化しており、いつ大規模な討伐遠征が行われてもおかしくない状況なのだ。



この世界の土地は陸続きになっている。



我が王国は東にある、北は魔物との戦の最前線だ。西は多くの国があり、全線からも離れており、比較的平和なムードだ。



各国は北の前線に兵を派遣し、対魔物の同盟を結んでいる。



だが、人間と魔物は体の作りも力の強さも全てが違う。



毎年多くの兵や騎士が遠征で亡くなっていた。



王女はよく、その現状を悲しんでいたのだ。



 自分が女王になれば、もっと良い国にして人が死ななくていい国にしてみせると言って……。



しかし、現実は兵を派遣しなければ魔物の侵攻は食い止めることができず、国が滅亡してしまう。



そんな現実を受け止めなければいけない。



 彼女はきっとそれに気づいてしまったのだろう。



 だから……



 リズベルトは拳を強く握りしめながら言った。



「一つ彼女が行きそうな場所があります。」



「どこだ?」



 ウィリアム王が尋ねる。



 するとリズベルトは真っ直ぐ前を見据え、はっきりとした口調で答えた。



「私とアリスがよく幼いときに遊んでいた町はずれの川です。」



その言葉を聞き、王はハッとした様子で呟いた。



「そうか、あそこなら……手配を今すぐしよう。」



 こうして、アリス王女の捜索が始まった。



 イスデン騎士団や近衛兵など、総動員されることとなる。



 「必ず連れ戻す、そして君から話を聞かなくちゃいけない……」



 リズベルトとアリスの出会いはまるで偶然が重なったようなものだった。



 彼女は当時8歳で、まだ幼いながらもその美しさは際立っていた。



 絹のような白い肌に、宝石のように輝く碧眼、艶やかな長い金髪。



 まさに天使と呼ぶに相応しい容姿をしていた。



 当時の俺は強さを求めて暇さえあれば剣を振っていた。



ちょうど都の町はずれにある川沿いは人通りが少なくちょうどいい場所だったのだ。



何かの縁なのか、急に彼女は話しかけてきた。



「ねぇ、君何してるの?私今一人なの、あそぼうよ!」



 彼女はそう言って、笑顔で手を差し伸べてきた。



 俺は驚いたが返答した。



 「お前はだれだ。知らないやつなのに馴れ馴れしいな。」



 これが俺と彼女の最初の思い出だ。


 

「私はアリスっていうんだ!よろしくね!」


 

「アリスね、わかった。で、遊ぶって何をするんだよ」


 

「えっとね、鬼ごっことかかくれんばーしたい!あとね、木登り!それからね……」



 彼女はその後も色々な遊びを提案してきたが、どれもこれも体力を使うものばかりだった。



 正直面倒だったが、仕方なく付き合うことにした。



 しばらく遊んでいるうちに夕方になった。



 そろそろ帰ろうと思い、彼女に別れを告げようとした。



 しかし、 突然彼女が泣き出したのだ。



 理由を聞くとどうやら、家出だった。



「お父様に叱られてしまう。だけど私は、もうおうちに帰りたくないの」



 彼女は目に涙を浮かべていた。



 その姿を見たとき、なぜか胸の奥底がきゅっとなった気がした。



 気づいたときには、口から自然と言葉が出てしまっていた。



 自分でもよくわからない感情だった。



 だが、今はそんなことより彼女をどうにかしないとと思った。



 このままではいけないと直感的に感じた。



 そこで、思いついたのは彼女を守ってあげることだった。



 しかし、自分は孤児院に住む人間だ。



 連れ帰ることもできない、だが彼女が満足するまで遊んであげることはできる。



 ならばと、俺は提案した。



 毎日ここで会おう、今日みたいにはしゃいで疲れたらまた明日元気になってまた遊べるぞ、と。



 アリスはとても嬉しそうな顔をしていた。



 「そういえば、あなたのおなまえは?」



 ああ、すっかり名を名乗ることを忘れていた。



 「アリーゼ・リズベルトだ。」



 アリスは優しく微笑んだ。



 「リズベルトね!私の英雄さん約束忘れないでね」



――私の英雄さんか。



 その時強い風が吹いた。



 カラマツの落ち葉の雨が、ちかちかと陽をはじきながら降る。



 水面には美しく落ち葉がプカプカと浮いている。



 彼女と俺は見惚れていた。



 そして、彼女は予想外のことを言った。



 「わたし、おうちに帰ることにするよ。がんばらなくちゃ。リズベルト約束だからね!」



 彼女の中で何か心に変化があったのだろうか。



 俺はとっさに言った



 「明日、またこの時間にここでお前を待つ。」



 最初は疲れてしまうこともあったけど、だんだん慣れていき、楽しくなっていった。



 アリスはいつも楽しそうに笑っていた。



 しかし、ある日を境に彼女は来なくなった。



 とても悲しかった。



 後に知ったが彼女は王女だった。



 きっと抜け出したことがばれて部屋にでもしばらく閉じ込められていたのだろう。



 「約束があるの!!おねがい!!外にいかせて!!」



 大柄な体に頬に傷がある如何にも強そうな剣をぶら下げた男がドアの前に立っていた



 「アリス様、王女としての自覚をお持ちください。お父様も怒っておりましたぞ。」



 幼い少女とはいえ、王女である彼女。



 王女としての教育を受け、立派な大人にならないといけない。



 城内を抜け出し町に一人で出かけているなど、ありえない話だった。



アリスの父であるウィリアム王がアリスの部屋を訪れた。



 「アリスよ、遊びたい気持ちや自由になりたいのはわかる。だが、わがフォン・エルザード家は民を導き、人々の希望とならないといけないだ。」



 ため息をつき、アリスが言う。



 「わかりましたお父様。ですが、一度だけ約束の場所に行くことを許してほしいのです。」



 アリスはリズベルトにすべてを話し、別れを告げることにしたのだ。



  ウィリアム王はアリスを見つめた。



 「一度だけ許したのなら、王女として立派になると約束できるか?」



 アリスは真剣顔で言った。



 「約束します、お父様。フォン・アリザードの名前に恥じぬように。」



 アリザードはこの王国の都の名前でもある。



 今から数百年前にこの地から魔物を追い払った英雄の名前からとられたという。



 そして、フォン・アリザードは英雄の家系の子孫である。



 代々王家として、王国と民を導き、人々の希望になってきた。



 その家に生まれたのなら、性別は問わず希望とならなければいけない。



 王家に生まれたのなら国を導き、人を導くものにと。



 イスデン王国の歴史は深く、1000年ほど前の古代にまでさかのぼる。



 度重なる魔物との戦で当時を知れる資料などは少ないが、歴史がある王国だ。



 幼いとしても、歴史や家のことを学んでいくうちに何か彼女の中で思うことがあったのだろう。



彼女の目は、決意が宿っているように見えた。



ウィリアム王は少し考え込み、やがて口を開いた。



「夕方までには帰ること。約束だ。」



――アリスは急いであの町はずれの川へと、急いだ。



 「リズベルト!!!わたしよ!アリスよ!」



 ずっともう会うことができないと思っていた彼女に再び会えたとリズベルトは立ち尽くした。



 「アリス・・・・・・」



 彼女と会えなくなってからも、剣を振るついでに約束の時間までいつも川にいた。



 「ずっと君のことを待っていたんだ。」



 会えなかった日々が嘘のように彼女と語り合った。



 そして、彼女の秘密も知った。



 王女であり、次期女王となるものであることやもう遊ぶことができないこと。


 はじめは驚いたが、彼女がアリスであることに変わりはない。



自分が騎士見習いであり、いつか王国に使える騎士を目指していること。



自分の夢を語り、アリスは自分の夢を語った。



お互いの夢を叶えよう。


そう誓い合い、僕たちは別れた。



それから月日が流れて行った。



そして騎士見習いとして城内での鍛錬が許され、たまにしかないが王女であるアリスと会うことができるようになったのだ。




 父親であるウィリアム王は多少の会話は許してくれていたのだろう。


 


 だが、騎士でもない自分が王女と気軽に会話などできるはずもない。




 少しずつお互い距離を感じていった。




 そんな日常が続き、月日が流れお互い18歳となった年に家出は起きた。




―――――― リズベルトいくぞ!




 多くの騎士や近衛兵の声が響く中、ジャックの声がした。




 その横には馬にまたがるシャーロットがいた。




「王女様の場所あなたならわかるのよね。私たちもいくわ。」




 俺はすぐ近くの馬に騎乗した。




 「もちろんだ。ここから南にずっといったところに町がある。そこの川場にきっといるはず。」




 無我夢中で彼らと馬を走らせた。


 


――いた。




 川の近くで座って空を眺めているアリスの姿があった。




 俺と目があうと、少し気まずそうだったがあの時と同じように微笑んだ。



 「アリス、久しぶりだな。リズベルトだ。」



 アリスがこちらを見つめる



 「まだ、ここを覚えていたのね」



 ――当たり前だ。忘れるはずもない。



 リザードは彼女の悩みを聞くよりも前に、当時のように色々な話を彼女とした。



 ジャックやシャーロットも優しく見守りながら、自分たちの話や故郷の話してくれた。



 何時間話したのだろうか、アリスは自分の悩み、王女として何かできているのか様々なことを彼らに話した。



 「王女様も大変だな、だが俺たちは王女様がこの国のことを一番に考えていることを知っているよ」



 ジャックが言った。



 すかさずアリスが話す。



「私は安全なところから兵が死ぬのを見ることしかできません。いい国にするといっても、遠征や、兵を派遣しなければ国は滅び民は死んでしまう、だがその一方兵は戦死し続けている。」


 ――私は何もすることができない


 その時シャルロットが重い口を動かした


 「私達騎士や、兵は民を守り、国を守るのが仕事でありますよ。王女様。たとえ、戦で死んだとしてもそれが国や民を守ることにつながるなら悔いはありませんわ。」



 リズベルトがその時真剣な顔で言った。



 「俺の夢はあの時から変わっていない。騎士になって、英雄になる・・・・・」



 ――そして君を守る、君が悩むならその理由である魔物との戦争を俺が終わらせて見せる



 アリスが涙目になりながらこちらを見つめている




 「あなたたちは優しいのですね・・・・・・私は自分の責任の重さから逃げていました。そして、夢からも。」



 強い風が吹く、そして当時のようにカラマツの落ち葉の雨が、ちかちかと陽をはじきながら降る。



 「私は城に戻ります。ごめんなさい。父の後を継ぐのは私しかおりません。この国をよくできる女王となります。」



 ――リズベルト、私の英雄。あなたを応援しています。



 リズベルトが馬にまたがり、彼女に手を伸ばす。



 「さあ、帰りましょう王女。」



 近衛兵や騎士たち、城のものたちが騒ぎ始めた。



 それもそのはず、王女を連れて帰ってきたからだ。



 4人で城門をくぐり王のもとへ出向いた。



ウィリアム王が慌てて部屋から飛び出してきた



 「アリス!!よかった無事だったか。」



 アリスが申し訳なさそうな顔をしながら口を動かす。



 「お父様申し訳ありません。ご迷惑をおかけいたしました。」



 中年男性で、威厳のある風貌の男がどこにもいる父親になっていた。


 「いいんだ、私も色々アリスに無理をさせてしまっていた。許しておくれ」


 そこから先は語ることもなく、王女の無事が国民に発表され、民は安心した。



 王女はより熱心に魔物に対しての取り組みや、この国を民のための法の整備や改革に取り組んだ。



そして、褒美として王から騎士見習いとしての身を、実際の前線での戦に出向き武勲を上げることで卒業とし、イスデン王国騎士団の騎士として認めると。



 もちろん騎士見習いの相棒であり、幼馴染のトムも一緒だ。



トムは別の任務で南方に行っていたようで、今回の王女の事件に関しては最近知ったようですべてを話したら驚きが隠せていなかった。



 「リズベルト、騎士になれるのはすごくうれしいんだ。だけど、前線に出るのは初めてだし少し怖い気持ちもあるよ」



 リズベルトも同じ意見だった。


 「俺も一緒さ。だが、俺らはこのために頑張ってきたんだ。」



 騎士団の団長の許しさえ得ることができれば騎士となれる。



 そのためにも王の刻印の入った書類を直接騎士団長に渡さないといけない。



 現在のイスデン王国騎士団の団長はリザード・フリーゲンである。



 彼は自分の育ての親のようなものであった。実際には孤児院に預けられていたのだが、剣や生き抜く知恵などは彼から教わったものだ。



 出会った当時は騎士団員で、魔物の侵攻を受けていた村で彼がリズベルトを救い、王都へ連れ帰った。



 騎士団見習いに若くしてなれたのも、彼のおかげといっても過言ではない。



 本来騎士団の見習いになるためには、イスデン王国の兵として最低5年の勤務と共に武勲を上げていることが絶対条件となっている。



 そんな掟があるのにも関わらず彼は、見習いとして自分を騎士団に置いていてくれたので感謝はしている。

 


 だが、もう4年も彼とは会っていないため、リズベルトにとって少し色々と思うことがあるのだろう。



 だが、騎士になるのは夢の一つだ。




 前線に行き武勲を上げて認められなければならない。

 


――騎士にならなくちゃいけない。



 数日後、騎士団員から北の前線の砦にイスデン王国の本隊と共にリザードの率いる騎士団がいることが分かった。



 ここから前線まで10日以上の距離があるため、すぐ出向かなければならない。



前線に補充としての兵と物資を送る軍団に騎士団数名とリズベルトとトムが一緒に出向くことが決まった。


 「数時間後に出発する、城内に忘れ物をするなよ!!」


 軍団の兵士が叫ぶ。



 リズベルトは荷物をまとめ、王女の部屋の前に立つ。



 そっとドアの隙間に手紙を押し込んだ。



 「行ってくるよ。アリス、君もがんばってくれ」



 そう、小さくつぶやくと王都を軍団と共に出発したのだった。

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