英雄
緑に囲まれた美しい自然の都エルザート。イスデン王国の都であり、様々な人種や国の人々が行き来する
中世ヨーロッパのような街並みに、大きな城が町の中心にあるそびえ立つ。
季節は春だ。鳥たちの鳴き声が響く中、町は国の誕生祭に向けて人々が溢れかえっている。そんな中一人の少年が大声を上げた。
「俺は英雄になるっ!」腰に剣をぶら下げた騎士見習いの少年が声を上げた。
少年の近くには大きな鉄製の鎧を付けた騎士がいた。
彼の名前はイスデン王国の騎士団所属のリザードである。大柄な体に頬に傷がある如何にも強そうな男だ。
「………リズベルトまだそんなことを言っているのか」
リザードは呆れ顔で少年を見つめた。
「俺は絶対になってやるんだ! 俺には特別な力があるはずだ!」
少年は興奮した様子で叫ぶと、近くにいた通行人がクスクスと笑った。
「ほら見ろ! みんなも俺のことを馬鹿にしているじゃないか!」
少年の顔が赤くなる。
「お前のその考えが悪いとは言わないがな。しかし、いい加減現実を見た方がいいんじゃないか?」
リザードの言葉を聞き、少年は怒りに満ちた表情を見せた。
「うるさいッ!! 黙れよ! お前なんかに何が分かるって言うんだよ!!」
少年はそう言い放つ。
「分からんさ。ただ、一つだけ言えることは、今のお前では到底無理だということだ」
リザードの言葉を聞いて、少年は顔を真っ赤にして激怒した。
怒りにまかせ腰の剣を素早く抜いた。
「ふざけるなぁあああっ!!!」
少年は腰から鞘ごと剣を引き抜くと、そのまま振りかぶった。
次の瞬間―――
ガキィイインン!!! 金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。
少年が振り下ろした剣は空を切り、逆にリザードの剣によって止められていたのだ。
ギリギリギリッ 少年は必死に力を入れるがビクともしない。
それどころかどんどん押し返されていく。
圧倒的な実力差であった。
リザードはゆっくりと口を開く。
そして静かに言った。
―――――諦めろ 少年はその言葉を聞くと全身の力を抜き、剣を落とした。
同時にその場に崩れ落ちた。悔し涙を浮かべながら……
こうして、また一人の騎士見習いが誕生したのであった。
これはとある世界での物語。
魔物との戦乱の時代に生まれた一人の少年が、偉大な英雄になるまでの軌跡を描いた物語である。
――時は流れて現在 場所は王都エルザードの城下町。多くの人で賑わう通りの一角にある酒場。
昼間だというのに店内は多くの客で賑わっていた。酒を飲み騒ぐ男たちの声が飛び交う中、店の奥にあるテーブル席で二人の男が向かい合って座っている。
彼らはイスデン王国騎士団に所属する名をアリーゼ・リズベルトとトムという。二人は共に10代後半であり、年齢は近いものの普段あまり会うことはないのだが、今日は偶然にも同じ任務に就いていた。
そこでお互いの報告も兼ねて食事をしながら情報交換をしようということになったわけだ。二人が会話をしているうちに時間は過ぎていき、気づけば日が落ちようとしていた。
リズベルトが口を開ける。
「俺はもっと強くなって英雄にならないといけないんだ。」
真剣な面持ちで話す姿からは強い決意を感じることができた。
するとトムはため息を吐きながらこう答えた。
――おいおい、まだ言ってるのかい? 英雄なんておとぎ話の話だよ。
実際、彼の剣術の腕はかなりのものだし、真面目な性格でもあるため周りからも一目置かれている。
ただひとつ問題があるとすれば、彼が英雄に憧れているということだ。
そのせいか、英雄になるためにはどんな努力も惜しまないといった感じで、常に自分を追い込んでいるように見える。
リズベルトは先ほどまでの真面目な雰囲気とは違い、どこか落ち着いた様子を見せていた。
彼は今年18歳になるが身長は高いが体格は細い、童顔のため年齢よりも幼く見える。そのためか普段は子供っぽい性格なのだが、今は真剣な面持ちをしていた。
一方、トムの方は少し背が高く体格が良い。短く切り揃えられた黒髪に整った顔立ちをしており、一見すると爽やかな好青年といった印象を受ける。
彼の名はトム。
若くして優秀な剣の腕があり、将来を有望視されている人物である。
トムは数年前に魔物との戦で両親を亡くしており、天涯孤独の身となった。
それからというもの、彼にとって生きるということは戦いの連続だった。
孤児として施設で育ったトムにとって、頼れる者は誰ひとりいなかった。
そんな中出会ったのが、リズベルトだった。
「おい、お前名前なんていうの?」
幼きトムが口を開ける
「トム・・・・・トム・ブラウン」
突然声をかけられた少年は戸惑いながらも答えた。
この出会いをきっかけに二人は仲良くなった。
二人には確かな友情があった。
毎日、二人で剣の腕を磨きあった。
そんな時にすれ違った王国の騎士団員に腕を期待されたリズベルトとともに騎士見習いの門を叩いたのだ。
しかし数年間一緒にいるトムでも知らないことがある。
それは、リズベルトがなぜ英雄を目指すになったのか?
そして、現在リズベルトはあることに疑問を抱いていた。
何故人は英雄を目指すのか。
答えは単純明快だ。なぜならそれが当たり前だからである。
例えば、誰かが魔王を倒したとする。すると人々は英雄を称えるだろう。
それだけではない。人々の中には感謝する者がいるかもしれないし、崇められる者もいるかもしれない。しかし大半の者がこう思うはずだ。
――こんなはずではなかった。
――私は英雄になるはずだったのに……
つまりそういうことだ。
誰もが英雄になることを望んでいる。いや、望んでいるのではない。願っているのだ。そうでなければ皆が英雄を目指したりはしない。
だからといって誰も彼もが英雄になれるとは限らない。英雄になる為には才能が必要だ。
そしてもう一つ必要なものがある。
運である。
生まれつきのものもあるが、多くは後天的に得るものだ。
まずは剣の才能である。英雄になるためには、幼い頃から厳しい訓練を積み重ねる必要がある。
それ故に、剣の才能が無い者は英雄になれない。
更にもう一つの条件。それは運だ。
その者の身に何かが起こる確率は非常に低い。ただの人間にできることなど限られている。
例えどれだけ努力したとしても、所詮は凡人。限界というものが存在する。
――だからこそ運が必要なのだ。
運さえあれば、人は簡単に変わることができる。
剣も魔法も使えない男がいたとして、彼が剣豪を目指すとする。
しかし剣を扱うことができないため、いくら頑張ったところで上達することは難しい。
ならばどうするか。簡単なことである。剣の使い方を学べばいい。
男はまず剣を学ぶために師匠となる人物を探さなければならない。
そして次に、その人物が弟子を取れるような環境にあるかどうかを調べなければならない。
当然のことながら、運がなければその男は一生剣を学ぶことなどできないだろう。
そして遂に念願の剣術を学んだ後は、さらに多くの試練を乗り越えなければならない。
例えば、修行の途中で魔物に襲われるといったことがあるかもしれない。
あるいは命の危機に陥ることもあるだろう。
それでも尚、生き残った者だけが真の強者として認められることになる。
ここまで来ると、大抵の人間は途中で挫折してしまう。
運に恵まれた者と恵まれなかった者の差は歴然だ。
だが中には諦めずに最後までやり遂げる者も現れる。
仮に彼らが100回挑戦して駄目だったとしても、1回の幸運で結果が覆ることもある。
人生とはそういうものなのだ。
運は時に奇跡を起こす。
だが英雄と呼ばれる者達は違う。彼らは運ではなく自らの力で栄光を掴み取った者たちだ。
つまり彼らこそ本当の意味での英雄であると言える。
だが一方で、英雄になりたいという夢を諦めてしまう者もいた。
そんな彼らの姿を見ると、自分はこの先どうなるのだろうかと不安になってしまう。
そして何より悔しくなってしまう。
だからこそ諦めたくはない。諦めるわけにはいかない。
自分が今のままで良いと思っているわけではない。
だが現実を見つめると、自分は何もできないことを思い知らされてしまう。
英雄なんてものは物語の世界の話であって、自分のような凡人が目指したところで無駄だと……
だが、かつてとある騎士に助けられたことがあった。
彼にとって、魔物を追い払い自分を助けてくれる騎士は物語の英雄のようだった。
しかし、彼は英雄でもなく、ただの人間であった。目の前で自分を守り力尽きた光景を彼は忘れることができなかった。
その時彼の中で憧れなのか、それとも正義感が芽生えたのか
「俺があなたのように人々を守れる英雄になります」
そう騎士に言った。
いや、彼にとっては誓いだったのかもしれない。
その騎士は間もなく息を引き取った。
俺は人々を魔物の脅威から救わなければならないんだ。そのためにもまずは力を付けなければならない。
そう自分に言い聞かせるように何度も繰り返すのであった。
そんなことを思いながらリズベルトはグラスに入った酒を一気に飲み干す。
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最後まで読んでいただきありがとうございます! 今回はプロローグ的な話なので短めですが、次回からは本格的にストーリーが進んでいく予定です。
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それでは次話でお会いできることを願っています。