ふくしゅうのかっぺー
暗い。
もうどんくらいこうしてるかな。
オレはかっぺー。
熊のぬいぐるみだ。
持ち主はヒロト。
出会いはおばあちゃんに誕生日用として玩具屋で買ってもらって、プレゼントとしてヒロトんちに来たのが始まり。
色なのか姿形なのか知んねーけど、プレゼントされてのヒロトが最初に発した言葉は「え、ねずみぃ?」だった。
熊が一体全体どーなったらネズミになんのかわかんねーけど、とにかくオレはちょっとぶさかわらしい。
え、誰もそんなこと言ってないって?
うるさい。
可愛いくらい思わせてくれよ、だってそうだろ?
オレはちびっ子に可愛いと思ってもらえるように生まれてきたんだぞ?
それがなんだって熊のくせにネズミに思われなきゃいけないんだってんだ。
せめて自分だけは、可愛く思っていたいのがぬいぐるみ心ってもんだ。
きっとそう。
兎に角。
オレはヒロトのもんになった。
最初は戦隊ヒーローの敵役をあてがわれた。
勿論カッコよくやっつけられることに心血を注いだ。
なんたってやっとのデビューだ、ここで間違うと他の競合他者にこの役目をかっ攫われちまう。
オレは注意深くその役目をこなした。
どうにかお眼鏡に叶ったようで、それからは割とよくヒロトから声がかかった。
オレは嬉しかったし楽しかったしヒロトが大好きになった。
なんたってオレをよく知ってよく使ってくれるからな!
けど、今は違う。
今オレは薄暗い、ちょっとなんならカビ臭いような……違うな、この匂いは古い文房具の匂いだ。
そんな匂いがして、暗くて、オレみたいなのが見当たらない、ぎゅうぎゅうのぎゅうに押し込められている。
どこかはわからない。
いきなり押し込まれたと思ったら、二度と、お日様を拝めなかったから。
だからここがどこかなんて、わかるわけがない。
そんな、毎日だ。
クソッタレ。
鬱々とした日々を送っていたオレに、ある時チャンスが来た。
オレの横にあったらしい、消しゴムってやつをヒロトが持ち出した際に、少しだけ隙間ができそのまま夜になった。
クソッタレな毎日とこれでおさらばできる!
夜の闇に紛れて、オレは家出をすることにした。
大事にしてくれないヒロトなんてほっといて、もっと大事にしてくれる人のところに行くのだ。
隙間は少しだけだったが、なんとかむぎゅぎゅーと体を押し込んで、そのなけなしの隙間からスポンと外へと飛び出した。
ら、どうも結構な高さにある引き出しってやつだったらしく、オレは真っ逆さまに落ちた。
複雑骨折だ。
あ、オレ骨なかったわ。
ボトっと音がしてオレは無事着地した。
頭が刺さったようになったのが無事と言うのかはわかんねーけど。
落ちてきた先を見やった。
オレがずっと入れられていた場所。
どうやら机の引き出しらしかったその場所は、もう戻るにはちょっと難しい場所になっていた。
まぁもう戻りたくもないけどな。
そうして周りを見渡すと、結構おもちゃが転がっているのが見えた。
寝る場所はないみたいで今ヒロトの姿は見当たらない。
純粋な遊び場として、ここは機能しているらしかった。
「おい、お前」
突然声がかかった。
呼ばれた方を振り返ると、そこには青色の車っぽいやつが、ぷらんぷらんしたドア? を引っ提げてこっちへとやってくるのが見える。
「誰、あんた」
オレはきいた、なんてったってもうきっと随分と外のことを知らない。
相手のことも全く記憶になかった。
「オレはくるまん。ヒロトのにーちゃんのおもちゃだったやつだよ」
「そのくるまんが、なんだってオレなんかに声かけてきたわけ?」
オレは警戒した。
ぷらんぷらんしたその姿に、一種異様な覚悟を見たからだ。
「お前ずっと上にいたんだろ? 以前はよく見ていたのに、消えたからおかしいなとずっと思っていた。確か、かっぺーだったか。どうだかっぺー、俺と復讐しないか?」
「復讐? なんでまた」
「野暮なこと聞くなよ、お前と一緒だ。俺は捨てられたのさ、カツヤにな。クソッ、ドア一枚ぷらぷらしたくらいで捨てやがったんだアイツ!!」
くるまんは、怒りのスピンターンをして憤っている。
「オレに旨味あんのかよ」
「ネズミのお前に旨味? そうだな、スカッとするぞ?」
「ネズミじゃねーし。熊だし! スカッとするくらいじゃ、あんまいいことねーじゃん。オレ今から家出すっし」
「無理だぞ」
「……なんでだよ」
「昨今、ユーズドおもちゃが溢れているからな、競合すれば負ける。俺たち中古の中でも古ぼけ組は行くあてがないのが現状さ」
くるまんがぷらぷらしたドア一枚で指差す方を見ると、確かに壊れたおもちゃの山が、部屋の片隅にある段ボールの中で蠢き呻いているのが見えた。
「ひっ……!」
「ムルカリにいくらかは出品して、貰われてリペアされるみたいだけれど、一握りさ。ちなみに俺はあぶれた! チキショゥっ」
スピンターンの精度を上げてくるまんが悔しげな声を上げた。
「いつの間にか、そんな世の中になってたんだな。……いいぜ、その復讐のった! 他に仲間はいんのかよ」
「仲間はこれから集める」
「じゃ、早くしようぜ! つか、あの山から声かけたらいくね?」
「そうだな! 早速そうしよう」
それからオレ達は、段ボールに入った奴らに声をかけて回った。
流石に底のやつは出ることさえ叶わないみたいで、呪詛がすごかったけど、諦めてもらって。
何人か仲間ができた。
なんとかライダーの脚がないやつの「ライ」、ガチャガチャで出てきたらしい女の子の人形「がっちゃ」、怪獣だけど尻尾がひんまがっちゃってる「カイ」。
くるまんとオレを合わせてメンバーは五人になった。
オレ以外はどうも、ヒロトのアニキ、カツヤのおもちゃだったらしい。
どうしたらこんなに壊せるんだ?
オレはおもちゃ格差に慄いた。
「よし、このまま復讐するぞ!」
くるまんの掛け声に、みんなが声を上げる。
オレもノリで声を上げた。
「ちょっと待ってよ」
とそこへ、小さいけどキッパリとした声が聞こえた。
どこからってそりゃ、この部屋の中のおもちゃ達だった。
敵の本拠地みたいな場所なんだから、当たり前なのに、オレ達は復讐に目が眩んでそのこと自体を忘れていた。
「お前は?」
「ぼくの名前はつとむ、ヒーロー人形さ」
「そのおヒーロー様が何の用だ?」
「ヒーローとしてでなく、ヒロトのおもちゃとして話がしたい」
「ヒロトの、おもちゃとして?」
「そう」
オレは驚いてそいつを見た。
丁寧に使われてるんだろう、傷も少なく、今も大事に使われているのがわかる出で立ち。
それに反発を覚えたのはオレだけじゃない、というよりカツヤにひどく扱われた奴らの方がよっぽど腹が立ったらしい。
くるまんが声を荒げた。
「おヒーロー様はすっこんでくれないか、これは俺達の戦争なんだ!!」
そうだそうだ、と他のおもちゃ達も声を大にして主張した。
やれカツヤにぶん投げられて脚がもげたのだだの、そもそも見向きもされなくて壊れてないのに壊れた一山の中に入れられただの、その傍若無人ぶりには枚挙にいとまがなかった。
ほんとなんなのカツヤ。
俺は思い出していた。
カツヤは知らねーけど、ヒロトの元に来てからの日々。
悪役だった時もあるけど、千切れるような力加減なんてせずに、やっつけられる側だったけどちょうどいい力具合でいつだって放り投げられたりしていた。
飛んでいく方向だって、きちんと計算されていたっけ。
そういう、大変だけど充実した時間だった。
ほんとなんなのカツヤ。
そしてヒロトは今何してるんだろう。
ふと、そんなことを思って、そのヒーローってやつを見た。
見返されたその瞳には、途方もない優しさが宿っている気がした。
気のせーかもしんねーけど。
「ぼくは、元はカツヤのものだったんだ」
「え? カツヤの?」
どういうことだ、とみんながザワザワしだした。
オレも話が聞きたくて、ヒーローをガン見する。
と、部屋の中に朝焼けが飛び込んできて、トントントンと、部屋の外から足音がきこえだした。
まずい、誰かが来たらしい。
「きっとこれからわかるよ」
ヒーローはそう言うと、自分の役目を思い出し沈黙したようだった。
オレも慌ててポテっとわざとらしいくらい可愛くその場に座り込んだ。
可愛いは、正義だ!
ガチャっと扉を開けてやってきたのは、ヒロトだった。
オレが最後に見た時より、幾分か大きくなって、心なしか顔立ちも大人びたようで。
流れた月日を思うと、オレはなんだか叫びたいような泣きたいような気持ちになった。
ね、オレ、ちゃんと遊べていなかった?
もっとダイナミックに、遊んだほうが好みだった?
ねぇ、どうして?
どうして、なんだ?
暗かった。
寂しかった。
せめて。
せめてせめてせめて。
誰かと、
一緒に、
閉じ込められたなら。
きっと、
諦められたのに!!
オレは、言ってやりたい気持ちを頑張って抑えた。
今更だ。
今更何を言ったって、何を言われたってきっともう……。
「あれ? かっぺー!! お前随分と探したんだぞ? なんでいきなりこんなとこに。ま、いっか。もしかしたらまたにーちゃんかなぁ。あれ、ちょっと汚れてる? 綺麗にしてやんなくっちゃ」
言うなりヒロトはオレをむんずと掴むと、例のあの山へとオレを入れた。
ちょ、まってくれ!! ここは、嫌だぁ〜!!
そんな叫び声を心の中で出してるなんて気づかずに、ヒロトは次々と、壊れたおもちゃとそうでないものと仕分けしていく。
そうして部屋をきれいにし終わると、オレと、もう一人をむんずと掴んで相手を机の上、オレは抱いたまま部屋から出された。
向かった先は、なんだか四角くて白くておっかない場所だった。
オレは水でザブンザブンされグルングルン回ってヘロヘロになった後、ネットに入れられおひさまの元に吊るされた。
ぷらんぷらんしながら、呟く。
「……どーなってるんだ?」
おひさまパワーでペッカペカになったオレは、元の部屋へと戻った。
「かっぺーは、どこに飾ろうかな……うん、ここがいい」
ヒロトがオレを置いてくれたのは、飾り棚のヒーローの横だった。
ここからは、ヒロトの机の上がよく見える。
よくよく見ると、もう一人は机の上で痛んだ箇所を直してもらったらしかった。
もしかして、ヒロトは……。
オレがこっそり横目でヒーローを見ると、彼はにっこりとオレに微笑んだ。
待ってろよ、くるまん、きっと次はお前の番さ。
オレはペッカペカの体で段ボール箱の中へ想いを馳せる。
そう、きっとあの中はいつか空っぽになる、その予感にオレはヒーロー以上に、にっこにこになって笑ったのだった。