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8.必要としてくれる人

「ねぇ、シルヴェスタ。貴方今までどこに行ってたの?」


 屋敷に戻ると、すでにそこにはエミリアが待っていた。応接間に通されたエミリアは、用意された毛布にくるまりながら一晩中待っていてくれたようだった。


「今朝のこと……ううん、昨日の朝のことね。埋め合わせに来たのよ。なのに、朝帰りだなんて……」


 最初は申し訳ないと思ったシルヴェスタだったが、最初から何かを疑うようなエミリアについムキになってしまう。


「……友達に会ってたんだ」


「でもウェスは仕事だし、オーランドはまだ旅行中でしょう? 」


 エミリアはすっと立ち上がると、自身を庇うように腕組みをしながら一歩ずつシルヴェスタに歩み寄る。


「誰だっていいだろう」


 溜息混じりに答えると、エミリアは納得していない様だった。


「……お酒の匂いと、花の香りがする」


「気のせいだろう」


 鋭い、シルヴェスタは慌ててエミリアから距離を置いた。やましいことなどない、そう自分に言い聞かせていたものの、彼女に正直に話す勇気は無かった。


「安い香水の香りよ、間違えないわ」


 珍しくきつい口調で、エミリアが問い質す。黙ったままのシルヴェスタに、エミリアは勝ち誇ったように言った。


「安い女なんでしょうね」


 その一言が、シルヴェスタには妙に腹が立った。今日一日、一人さみしい休日だったところを救ってくれたのは彼女だ。それに、彼女は安い女ではない。仕事で男性を接待しているが、シルヴェスタのことは"特別"だと言って頼ってくれる。


「鋭いな、お得意の占いか?」


 彼女の表情が、怒りに変わったのがわかった。


「何よ、その言い方……」


「残念だけど、外れだよ」


 そう言って、シルヴェスタは背中を向けた。エミリアの方を見ようともしない。


「もう帰ってくれ、エミリア」


「君は俺がいなくても大丈夫だろう、彼女は違う」


「彼女……?」


「ああ、アンジーには俺が必要なんだ」


 エミリアは知っている限りの"アンジー"を思い浮かべた。安い香水の香り、酒の匂い……。


「まさか、アンジー・フラメル?」


「……知ってるのか」


 シルヴェスタはバツが悪そうに苦々しく呟いた。それもそのはずだ。アンジー・フラメルといえば、ぼったくりバーの遣り手の看板娘として有名だ。被害者も多数いる。エミリアは彼女の姿を見たことはないが、名前だけは何度も聞いていた。


「知ってるも何も……」


「君は彼女を誤解してるよ、彼女とはもう長い付き合いなんだ」


 どっぷりハマってるじゃない。


 エミリアは溜息をつきながら、ゆっくりとソファに腰掛けた。すっかり力が抜けてしまった。寂しがり屋だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。


「彼女、夢があるみたいで応援したいんだよ」


 ふと、エミリアはパーティーで聞いた噂話を思い出した。


 ーーあのアンジー・フラメルが独立して店を出したいらしい。


「だめよ、そのまま彼女と一緒にいたら破滅するわよ」


 まさか、とは思っているが、エミリアは念のために忠告をする。シルヴェスタが騙されているという確証はないが、関わってはいけないと本能で分かる。これは、決して負け惜しみではない、彼のことが心配だった。


「それでも、俺を必要としてくれる。さよなら、エミリア。君は一人でも大丈夫そうだ」

 

 シルヴェスタは聞く耳を一切持とうとしないまま、最後までエミリアの方を振り向くことなく部屋を出て行ってしまった。


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