7.薄まる信頼
シルヴェスタはふらふらと一人町を歩いていた。いつの間にか日が落ちて、辺りは薄暗くなっていた。
恋人というものが出来て浮かれていたのも束の間、こんなに寂しい気持ちを味わうとは思ってもいなかった。
「あら、シルヴェスタ。久しぶり」
懐かしい声に顔を上げる。
「アンジー、こんな所で会うなんて」
彼女の名前はアンジー・フラメル。以前通っていたバーで働いていてた女性だ。ウェスやオーランドからは、『あそこはぼったくりバーだから、絶対行くな』と釘を刺されている。
相変わらず胸元の大きく開いたドレスに、薄すぎて何の意味も持たないようなショールを肩に掛けている。
ブロンドの髪を無造作に結い上げ、頸に落ちた後毛が
艶かしい。
「最近、会えなくて寂しかったのよ」
「ごめんね、仕事で忙しくて……」
まさか友人に止められているとは言えない。自分ではそれほど彼女が悪い人間だとは思えないので、申し訳なくなる。苦しい言い訳にも、アンジーはゆったり微笑んでいる。目元の黒子が何とも懐かしい。
「ねぇ、時間あるかしら。久しぶりにこんな所で会えるなんて運命よ。それに、少し相談に乗って欲しいことがあるの」
そう言ってアンジーが腕を絡ませた。メレデス夫人の庭に咲いてた花と、同じ香りがした。
こんな風に声を掛けてもらって断れる人間がいるのなら顔を見てみたい。きっといないはずだ。
「じゃあ、少しだけ……」
「嬉しいわ」
薄暗い裏通りの路地、看板を僅かに傾けてひっそりと営業している。隠れ家をコンセプトにしているのだが、これがまた居心地がいいのだ。
「最初の一杯は私のおごりね」
アンジーはにっこりと妖艶に微笑んだ。
ほら、どうだ。ウェス、オーランド。彼女は俺に酒をおごるって言ってるぞ。これのどこがぼったくりなんだよ。
小さなグラスに、ほんのり桃色の液体が並々と注がれる。ほとんど酒の味はしない、ただの甘い液体のようだが、アンジーはこれが大好きなのだ。これがまた、一杯が高額なのだ。普段、シルヴェスタたちが酒場で飲む酒も相場より高いが、これはその十倍もする。
「美味しい? シルヴェスタ」
「ああ、君と飲むと余計に美味しいよ」
「私も……もう一気に飲んじゃった」
悪戯っぽく笑う彼女に、シルヴェスタはすっかり絆されている。
「いいよ、好きなだけ飲むといいさ」
「ありがとう、シルヴェスタ。大好きよ」
大きくはだけた胸元を少し気にしながら、アンジーはシルヴェスタの頬に軽く触れる程度のキスをした。
今朝、エミリアがキスをした場所と同じ。だが、シルヴェスタはすっかり忘れていた。今この瞬間を楽しんでいるからだ。
「アンジー……」
思わず彼女の顔を見ると、シーッと人差し指を唇の前に添えた。
そのままカウンターの男性に合図をする。酒のお代わりを持ってこさせたいらしい。
「あんまり飲み過ぎないで、アンジー。君の体が心配だよ」
アンジーの心配ももちろんだが、想定外のことだったので手持ちが少ないというのもある。今ここで財布を出して中身を確かめる訳にもいかず、シルヴェスタは必死で計算していた。
ーーあと、何杯いけるか……。
「優しいのね」
アンジーは酒に弱いらしく、あんな少しのアルコールでもシルヴェスタにもたれてしまう。
「そういえば、相談って?」
いつの間にか積み重なったグラスを横目に、これ以上彼女が酔っ払ってしまう前にと、シルヴェスタは切り出した。
「こんなこと、貴方にしか言えないのだけど……」
耳元に彼女の熱い吐息を感じ、シルヴェスタはそっと目を閉じた。