14.おかえり、エミリア
エミリア・ソーンは久しぶりの我が家を満喫していた。
ふかふかのベッドで目覚めたら、焼きたてのパンをベッドまで運んで貰える。肌触りも良く、質の良いドレスは丈もぴったりで、いい香りがする。隣の部屋から怒鳴り声なんてもちろん聞こえてこないし、足の裏がぺたぺたとすることもない。
たった数ヶ月だったが、エミリアは自分が随分と逞しくなったように感じていた。
「本当に申し訳ない、お前の気持ちを無視した所為で……」
父は娘の顔を見るなり、そう言って抱き締めた。
「心配していたのよ、帰って来てくれて本当に良かった」
母の目に薄っすら光る涙を見て、エミリアは浅はかな行動だったと、少し反省した。後悔はしていない。置き手紙一枚で出て行ってしまったことは本当に申し訳ないと思っているが、あの時はこの方法しか思い付かなかったのだ。
「あの方に新しい出会いがあって良かったわ」
クラウス公爵の記事の下に、小さく書かれた結婚報告を見て、エミリアはすぐに飛んで帰った。
「伯爵から手紙が届いているわ」
母から渡され伯爵からの手紙には、エミリアのことを待たずに結婚することを許してほしい、という形式通りの文言と、幸せになってほしいと書いてあった。エミリアを一切責める事なく、むしろこちらを気遣うような文章だった。彼の優しい人柄に胸触れて、胸が熱くなった。
彼にも申し訳ないことをしたとも思っているが、これで本当の意味で自由だと思うと晴れ晴れとした気持ちだった。
「さあ、舞踏会の準備を始めましょう」
「なんですって?」
まだ帰ってきたばかりじゃない、と嘆くと、さっきまで優しかった母の表情が一変した。
「何ヶ月も社交界に出ていないのよ! 私たちが決めた相手が気に入らないというのなら、しっかりと自分の目で見定めた相手をお探しなさい!」
気ままな生活に慣れすぎたせいで、あまり気乗りはしない。だが、母の言うことも正しいし、これに従わなければ一悶着ありそうだった。
「ええ、大丈夫よ。ドレスを選ばなくちゃね」
そう言うと母はまた、いつもの優しい笑顔に戻った。
面倒ではあるが、エミリアは舞踏会というものは好きだった。そもそも社交界に出て行くことも楽しいと思っているエミリアは、これまで余興として参加していたパーティーに自分も参加したくてウズウズしていた。
ドレスは淡い水色にしよう、それともシルバーの方が華やかだったかしら。せっかくの舞踏会なら、とっておきのネックレスもしたいわ。
エミリアは鏡に映った自分に、にっこりと微笑んだ。晴れ晴れとした表情の自分が微笑み返している。新しい自分になれたような、解放的な気持ちだった。
「はじまりは、いつもわくわくするわ」




