1.出会い
「ですから……私ははっきり言いましたよね?」
さっきから何度口にしただろう。いい加減うんざりしていた。
「貴方にとっては"春"が一番幸運な時期ではありますが、息子さんにとっては違います。それに、結婚のタイミングなんて他人が口出すものでは……」「もういいわ、インチキ占い師」
吐き捨てるように呟くと、手元にあったグラスの水を顔に向かってばしゃりと掛けた。
髪を伝う雫を呆然と見ていると、少しは気分が落ち着いたのか静かに立ち去っていった。
エミリア・ソーンは深く溜息を吐いた。今日はガーデンパーティーの余興として招待された訳だが、早々から周りの目が痛い。
普段は温厚で上品なご婦人なのに。
彼女は以前他のパーティーで知り合ってからずっと、懇意にしてくれていた。だが、息子が恋人と別れてしまってからは、それをエミリアの所為だと言って憚らないのだ。気の毒といえば気の毒なのだが、エミリアは再三忠告をしていた。応援するのは素敵だけど、あまり口を挟まない方がいい、と。
それに従わなかった彼女も悪いと思うが、母親の意見を鵜呑みにしてしまう息子も悪い。
ーー今日は稼げなさそうね、引き上げましょう。
まったく、とんだ営業妨害だ。だが、騒ぎにならないうちに退散した方がいいだろう。これから先の営業に支障が出ては困る。
エミリアは広げていた荷物を纏め始めた。
「大丈夫? 災難だったね」
優しい声に顔を上げると、一人の男性がエミリアにハンカチを差し出していた。上等なスーツを着ている。おそらく、招待された客の中でも身分の高い方だ。
「……ありがとうございます」
「何だか今のご夫人、どこかで見たことがあるような……ああ、これを使ってよ」
「俺はシルヴェスタ。シルヴェスタ・バーチだ。良かったら俺のことも占ってくれないか?」
ーーなるほど、ね。
エミリアは名前を聞いて納得した。バーチ家の長男、シルヴェスタ・バーチ男爵だ。たれ目でいささか頼りなくも見えるが好青年だ。体格も結構しっかりしている。
こういうタイプは、きっと占いなんて信じない。
だが、シルヴェスタは片付けを始めるエミリアの前に素早く座ると、キラキラと目を輝かせている。
「……本気で信じてるの?」
エミリアは訝しげに問う。
「君がそれを言う?」
シルヴェスタは呆れたように笑った。
「退屈してたんだよ、ずっと」
辺りをぐるっと見渡す仕草をして、悪戯っぽく笑ってみせる。恐らく母親の付き添いで無理矢理ついてきたというところだろう。周りは女性ばかり、それも既婚者ばかり。御坊ちゃまには刺激が足りなかったのかもしれない。
「いいわよ、まず貴方のことを当ててみせましょう」