一話 世界を超えるほどのコーヒー④
千影の忠告を受けて午睡を取ること2時間。
「れっちゃん、おきてー。そろそろ開店ですよー。」
鈴を転がしたような声に烈来がまぶたを開けると、目の前には絶世の美少女———に後ろから声を出させてにやにやと笑っている三十路の男がいた。
「うっわ……」
「その反応はひどない? 起きたらイケメンの顔見られるんやから喜びーや、傷つくわあ。」
「無茶言わないでくださいよ。三十路のおっさんの顔見ても嬉しくないです。むしろ千影ちゃんの声で起きたと思ったらおっさんが目の前にいたことにこっちが傷つきました。」
「誰が三十路やねん! こちとらぴちぴちの…」
「もう! ふたりとも遊んでないで、準備しないと間に合いませんよ!」
悲しいかな、男二人は美少女バリスタに弱かった。
「れっちゃんはこのお皿を2番テーブルに、マスターは5番テーブルにこのジョッキをおねがいします。」
「うっす」「はいはーい」
烈来は夜の飲み屋を舐めていた。ペロペロだった。こんなに忙しい店を今まで二人で切り盛りしていたのかと、尊敬さえした。しかも絶望的なことに今はまだ夜10時。飲み屋の夜はこれからだ。
「おぅれはぁぁー、わかいころはなぁー、ひっく、じょーちゃんなんてぇ、魔法で ひっく、ズドーンだったんだっぜーー」
何より面倒なのが遅くなるにつれ増えてくる酔っ払い。昼間の説明の時はそれどころじゃなくて聞き流していたが、千影の説明の通りここは『魔法の世界』らしい。なので、キレた酔っ払いがとんでもなく危ない。平気で魔法をぶっ放そうとする。魔法コワイ。烈来は今まで魔法に対して抱いてきた幻想が音を立てて崩れていくのを感じた。
やっと客が捌けてきた午前二時、既に幽鬼のような烈来はゾンビのようなマスターに、尋ねた。
「いっつもこんなん二人で捌いてたんですか……?」
「いや、前の世界、烈来んとこは飲み屋街から離れとったからお客さんも少なかったし、 日付変わる前に閉めとってん。いやー、久々にこない忙しかったわー。はよ片づけて寝よかー。」
因みにこの頃千影は既に夢の中だった。まあバリスタだし、聞くところ烈来より若いみたいだし、しょうがない。