数少ないわがままを
眠気を誘う午後十一時の空気がわたしを包む。
わたしは、着信を待っている。
電話しませんか、という誘いを受けて、バイトが終わり次第挨拶もほどほどにバイト先を飛び出した。その勢いで帰ってすぐにお風呂に入り、心を落ち着かせてから、スマホを手に取る。そして、彼にメッセージを送る。
「わたしは今からならいつでもできるので、タイミング良いときにかけてきてくださいね」
そう送って、既読を待つ。しかし、一向に画面の向こう側からコンタクトが来る気配は感じられなかった。このままでは寝てしまいかねない、と判断し、メッセージを改めて送る。
「やっぱり一回かけてみますね!」
そうして、少しだけ震える手で発信ボタンをタップする。震えていてもきちんと反応してしまい、緊張するわたしの耳には呼び出し音が響く。メッセージには既読がついていなかったし、たぶん彼は出ないだろう――と思ったときだった。
『あ、もしもし!』
時間の割には元気な、だけどいつもよりふにゃふにゃした声が聞こえてきた。彼もきっと眠気を感じているのだろう。昨日も一昨日も日が変わる前に寝ていた、と話していたのが何よりの証拠だと思う。
眠気に負けてしまう前に、話したいことは話しておかなきゃ。
「起きててよかったです」
『いや、本当にさ、昨日も一昨日も寝ちゃってました。ごめんね』
「わたしは夜遅くても平気だから……それより、ちゃんと寝る方が大事です」
『そうだね。ありがとう』
そんな会話から始まった。
1時間ほど経っただろうか。
いろんな話をした。週末の予定とか、これからやりたいこととか。
今、電話の向こう側からは規則正しい呼吸の音が聞こえる。やっぱり眠いんじゃないか、と思ったのはここだけの話。
わたしは眠れなかった。
たまにはたらく変な勘が、寝かせてくれなかった。
いつもは夢なんて見ないのに、今日は悪い夢を見てしまいそうだった。それがどうしてなのかはわからないが、なぜか、そう思った。
こんなとき、大丈夫だよって寄り添ってくれる誰かが欲しかったなあ。最近彼氏と別れたばかりのわたしには、虚しい考えだった。寄り添ってくれる人などいない。一人でどうにかするしかないのだ。
電話の向こう側から聞こえてくる寝息を聞く。彼はわたしにとって、「大丈夫だよ」と寄り添ってくれる人なのだろうか、否、話し相手としか認識できない相手なのだろうか。前者になってほしいと思いつつ、後者としてさえも存在できないことはわかっていた。
「もし僕が先に寝てたら好きなタイミングで電話切ってもらって構わないんで。気にせず切って寝てね」
前に、彼がそう言っていたのを思い出した。好きなタイミングで電話を切っていい、その判断がわたしに委ねられている今、武井さんの発言を逆手に取れば、朝まで繋いでおくという判断をしてもいい気がした。
朝までにスマホの充電切れたらごめんなさい。今日は許してほしい。
時代に逆行した有線イヤホンをスマホに挿し、電話越しの音がわたし以外には聞こえないようにして、暗い部屋で一人、目を伏せた。