葬列車
私が目を開けると、そこは学校の最寄り駅、麗月駅だった。天井からぶら下がっている時計に表示された時刻は十一時五十五分。
伸びを一つしてから、どうしてここにいるのかと思っていると徐々に記憶が戻ってきた。確か学校で模試があって、二十時くらいにやっと終わり電車に乗ろうとこの駅に来たのだ。
そこでベンチに腰かけたところ、寝てしまったらしい。
軽く荷物を確かめる。盗られたり汚されたりしたものはなさそうだ。そういえば、この駅の終電は何時ごろだろう。
スマートフォンの乗り換えアプリで確かめると、私の降りる駅である葉月駅行きの電車は零時二十四分が終電とのことだった。電光掲示板にも同じ時間の電車がある。
ただ、その一本前に行き先が『幽世』となっている零時着の電車があった。幽世というと、端的に言えば「あの世」のことだ。
「『幽世』……」
『十二年に一度、皆を乗せていく電車ね』
彼女の声がする方を見ると、以前コインロッカーの前で見た男の子がニコニコと笑いながら私の隣に立っていた。
その子に抱えられた彼女が口を開く。
『普通、私たちみたいな誰にも顧みられない霊はどこにも行けないものなんだけどね。何の因果か十二年に一度、この電車に乗ればどこかに連れて行ってもらえるみたいなのよ』
「どうしてそんなことを知っているの?」
『さあね、女の勘かしら。何故かわかるのよ、この電車に乗ればいいって』
男の子はニコニコと笑ったまま、一言も話さない。私はこの子の事が気になって、問いかけた。念に縛られた彼も幽世に行けるのだろうか。
「貴女はいいけれど……この子も電車に乗ってしまえば、お母さんに会えないままになると思う。だって、親御さんは多分まだ現世にいるでしょう? それでもいいの」
すると彼は首を横に振った。
『僕はこのお姉さんと一緒だから、もう一人じゃないもん』
「……そう」
むしろこっちの方がいいかもしれない。宗教も信仰も、縋る場所のない彼のような存在がどこに行くのかは分からないけれど、ずっとコインロッカーの前に居続け来ることのない母親を待つよりは、彼女と一緒に何処かへ行ってしまった方が寂しくないだろう。
電車が構内に入り、停まる。全体的に角ばっているオレンジ色のとても古い電車。きっと明治とか大正とか、その時代から彼らのような行き場のない霊を連れて行っていたのだろう。
窓からは黒い煙のような影や顔の片側が潰れている人、興味津々で外を眺めている子供、がりがりにやせこけた老人が見えた。ホームもいつの間にか黒い影で埋め尽くされ、列を作っていた。所々、私の隣にいる彼らのように人間らしさを残した霊も立っていた。
『じゃあ、行くわね。あなたと話す機会があって楽しかった』
『バイバイ、おねえちゃん』
「二人とも今度は生きた姿で会いましょう。それか、向こうの世界で」
『三五、さようなら。またいつかね』
彼女は彼に抱きかかえられたまま、黒い影とともに電車に乗り込む。私は彼らの後姿を見ながら、ただ幸せになってくれればいいなと思い続けた。私が興味を持ってしまったばっかりにこの世界に縛り付けられたにもかかわらず、時折相談に乗ってくれたりアドバイスをくれたりしてくれた彼女。望まれない生だったというだけの理由で、誰からも肉親からも興味を持たれずにただ一人居続けた彼。
その二人が、私に関わろうとしてくれた二人が、幸せであればいい。それが縁を作ってしまった私の責任で、願いだ。
電車のドアが閉まり、汽笛を一つ鳴らしてから『幽世行き』の電車は少しずつ動き出す。電車の窓から彼だけが手を振っていたのが見えた。
誰かに揺り動かされて目が覚めると、強烈な喉の渇きとともに「大丈夫ですかー」と呼びかけられているのに気が付いた。ぼんやりした視界がはっきりしていくと、目の前に駅員さんが立っていた。
「大丈夫です? 体調とか悪いので?」
「あ、いえ……」私はさっきまで見ていたあの光景を思い出した。「今、何時ですか」
「もう少しで十二時十五分です。次の電車が終電なので、もうそろそろ駅を閉めるんですよ」
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしました、大丈夫です」
駅員さんはよかったと言ってうなずき、ホーム端まで歩いていく。
私はその背中を見ながら、先ほど見たあの光景は夢だったのだろうかと疑っていた。『幽世行き』の電車は存在しないのだろうか。
「ねえ」
隣に転がっているであろう彼女に声をかける。返事はない。
見ると、そこには誰もいなかった。
「あれ……」
私は時間を確認してから、荷物を持って早足でコインロッカーの前に行った。でも、そこにも彼の姿はなかった。
「よかった」
誰もいないことを確認すると、自然と笑みがこぼれた。彼らはきっと行くべき場所に行けたのだ。
生きている人間のいない世界へ。