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無彩色の狩人 外伝  作者: 塩辛
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ääni(アーニ) -声-

 地球にある5大陸のうち北側に位置する大陸には、聡明なエルフと寄り添って暮らす灰色狼たちがいた。この灰色狼のなかでも特別な能力を持つものが16匹。彼らはääni(アーニ)と呼ばれ、自分たちの住む森をエルフと共に守護していた。


 この灰色狼たちは、跳べば山を超え、走れば大河を渡り、その爪は巨木を引き裂き、牙はなんでもよく噛んで食べた。しかし、この灰色狼たちの真の武器は”声”である。多種多様な属性魔法を操り、強烈な念動力や衝撃波で空を飛ぶドラゴンすら撃ち落としたこともある。とくにひどく暴れたときは「浮き島に住まない神」と揶揄されるほどの強力な魔法が繰り出された。

 それだけ強いにも関わらず、彼らは常にエルフたちに従順で、エルフたちも狼たちに尽くした。いつの間にか運命共存体の関係性をもつに至り、言葉すら介さずに意図を読みあえた。時代の節目ごとに現れる難敵と戦い、ときには神とも戦った。何度も敵を返り討ちにし、彼らの縄張りが奪われることはなかった。


 エルフと灰色狼たちの歴史はとても深いが、亜人科の人間種族が彼らと出会った歴史は浅い。しかし、狼たちは弱弱しい人間たちに対して父性や母性が芽生えたようで、エルフと同様の処遇とまではいかなかったがよく可愛がった。北国に住む人間たちはエルフと灰色狼に何度も助けられては口伝で残した。

 そのおかげもあって人間種族が反映し始める頃、たまにエルフは人間を婿や嫁に貰いに人里に現れた。エルフ種族は決して繁殖力がないわけではない。むしろ、不老長寿の性質も相まって子沢山である。なぜわざわざ人との子を残そうとしていたのかは謎のままだった。だとしても、いつまでも若々しく美しいエルフとの結婚を望む人間は男女問わず後を絶えない。エルフと結婚した人間はエルフの住む森に移住することが決まりとなっており、その人間が元いた人里に帰ってくることは絶対に無かったが、エルフと人間の間に出来た子供は別で、成長してから人里にフラっと現れては帰化していった。

 エルフと人間のハーフの子は、歳をとっても若々しく、美しく、賢く、魔術の扱いにも著しい才能を見せた。しかし、自惚れることなく帰化した街にはよく貢献し、子孫も多く残した。そんなハーフエルフの血が混じってからというもの、次第に人間全体も不老長寿・眉目秀麗・才色兼備などエルフに近い能力が身についていた。


 エルフの血族が増えていくなか、純粋なエルフが人間社会で生活することは相変わらず無かった。それでも、たまに婿や嫁を貰いに来ることは変わらなかった。同じく灰色狼たちも人間たちの居住地に移ってくることは稀だった。たまに来たときの助力は惜しまなかったが、それでもやや距離感のある関係性は崩れなかった。

 あるときのエルフの長が言うには「今を救っても、将来は生き抜けない。我々はキッカケを与えるだけだ。導きは自らがやるべきこと。」その言葉を受けてからというもの、北国に住む人間たちは厳しい自然を乗り越えて徐々に繁栄していった。彼らの発展を確認するとエルフたちは彼らを尊敬し、尊重し、次第に人間たちの世界にも足を踏み入れるようになった。


 そして、北国の中で一番栄える街となったのがタルヴェラ国。


 【海坊主の腕】と呼ばれるダンジョンがすぐ近くにあり、豊かな自然と肥沃な大地、強大なモンスターや危険に見合った以上の見返りがある土地を探検できる。とくにタルヴェラが栄えていたころは、北国の人間のみならず、エルフと灰色狼も一緒に行動していた。このダンジョンは長い年月をかけて開拓されていき、一部は人間たちの暮らせる街となった。このころには灰色狼と人間による共闘も盛んになっており、しばしば大きな成果を上げてダンジョンから帰ってくる雄姿が見られた。

 Susi(スシ) ratsastaja(ラッツァシタヤ)、狼に騎乗するタルヴェラの者を指す言葉で、彼らの登場から北国の僻地までが一気に開拓されていった。そのときに見つかったのが【海坊主の手の平】と呼ばれる新たなダンジョン。全部で16本の指が天を掴もうとせんばかりに伸びており、その一本一本をエルフの眷属である最も強力な16匹の灰色狼たちに守護させ、豊かな土地を気に入ったエルフたちが移り住んで支配した。このころのエルフの長は「今度は我々エルフが、タルヴェラに負けない街を作ろう。それができたら人間たちも招待して、またここのように共に繁栄しよう」と言って出て行った。


 ただ、このエルフたちが立ち去ってからというもの、タルヴェラには暗い影が忍び寄ることが増えていた。もともと内乱のない平和な国だったのだが、他国を奪うことに尽力していた中央大国ミッドガルドがその土地を奪おうと画策し、周辺地域の住民をたぶらかして一揆を起こさせたり、大々的に軍隊を送り込んでみたり(国境付近にある高い山に阻まれて、全て未遂に終わっている)、遠回りになるが海から攻め込んでみたりと、あの手この手で攻め落とそうとしていた。

 そのなかで唯一、結果的に成功の一助になったのが中央大国対北国の『タルヴェラ国境戦争』だった。高いブオリ山を越えて大軍が押し寄せてきたのだ。しかし、北国の戦士たちが跨る灰色狼は鳥よりも速く、熊よりも力強く、その声はドラゴンでもたじろぐと言われ、せっかく山を越えてきた戦士たちの大半が彼らによって無慈悲に討伐された。「山で死なれたら戦利品が獲れないだろう」と、わざわざ食料まで渡すほどの余裕を見せつけ、場にいた兵士たち全員の戦意と帰属意識を削り、屈服させるに至る寸前のことだ。ブオリ山から伝説級モンスターが現れ、麓にいた全員との狩猟戦闘が始まった。

 |Painajaisenパイナヤイネン alku(アルク)、悪夢のはじまりと呼ばれることになったそのモンスターとの戦闘は、さっきまで戦っていたはずのミッドガルドの兵士たちも混じって、北国の傭兵や灰色狼、さらにはエルフも駆けつけて討伐にあたった。エルフが従える16匹の灰色狼が登場してからあっという間に討伐はできたものの、北国の人間と灰色狼の多くが失われた。

 この戦争と戦闘のあとから、北国は武力による統制がとれなくなっていき、代わりに口の達者なミッドガルドの貴族たちが権力者として台頭し始める。いよいよ全ての権力を手に入れてからは、彼らの規制によって灰色狼の所有が禁止され、百年も経つ頃には北国の人間社会から灰色狼の姿はなくなった。

 北国の人間社会が変貌したことに気づいたエルフたちも身を潜めるようになり、それからしばらく人間社会ではエルフも灰色狼も姿は見なくなった。噂だけが、希望と共に語られた。


 かといって、彼らは奪われた縄張りのこと諦めたわけではない。とある農家と海賊と出会う時まで、その力を溜めていた。

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