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無彩色の狩人 外伝  作者: 塩辛
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ミッドガルドの夕暮れ

──6月下旬 中央大国ミッドガルド


 気温もほどよく過ごしやすい日が続くミッドガルドの首都では、8月に始まる夏祭りに向けてみんなが浮足立っていた。祭事は他の月にもあるとはいえ、やはり一番盛り上がるのは暑い夏の行事だ。7月頭から9月の終わりまで続く長い夏祭りシーズンを今か今かと待っているのは平民だけでなく、貴族、王族に至るまで一緒だった。そんな気持ちを抑えるように寝静まる首都の上空に、いびつな十字型の何かが通っていったらしい。小さいそれを発見したのは夜番につく兵士の一人で、星空を遮る謎の物体を気にかけていた。


先輩兵士「渡り鳥だな。そろそろ、そんな時期にもなるか」


 先輩兵士は意に介さない。鳥にしてはやけにカチッとした形だったと兵士は続け、飛んでいった先を指さして説明する。たまたま指さしていた先に夏の星座を見つけると、先輩兵士は茶化した。


先輩兵士「星座を語るんなら、女とやれよ」


 他の兵士たちも一緒に笑う。謎の物体を発見した兵士も次第に自分が疲れていて見間違えたのだろうと思った。しかし、笑いは一瞬でかき消された。


ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!


 ひどい振動と爆発音は2分以上に渡って鳴り続け、城から火と煙が上がった。城下町にまで響く音と振動のせいで首都は目を覚ました。住民の幾人かは空に異変を感じたらしい。何かが空にいて、そいつが黒い豆粒を降らせているというのだ。その豆粒が城のほうに落ちて、あの酷い破裂音を出していると主張した。当時、ミッドガルドでは版画付きSF小説が大人気で、「宇宙からの侵略」が噂に添えられて広がった。

 この日の騒動は、その後に続く悪夢と比べれば落ち着いていた。火事は素早く消せたし、巨大な城の1割くらいは無くなったが皇帝陛下と一族も無事だった。また、「宇宙生命体は本当にいるんだ!」と歓喜する者の数がバカにできないほど居たのも、ある意味では余裕と言えるだろう。

 しかし、まさかこの日が悪夢の始まりだとは思いもしなかった。3日後の夜中にも大爆発が起き、前回被害のなかった城の反対側が破壊されて、さらに城下町に飛び火すると、いよいよ大混乱に陥って他の領土に逃げようとする者で溢れた。

 このとき、SFの世界を信じ込んで王族のみが狙われていると考えた者が人質にとろうと愚考したり、この隙に国家転覆を狙おうと反皇帝派が動き出した。


皇帝「あらぬ噂で民草ばかりか王族・貴族まで奇行に走っておる。見苦しい」


 様々な問題を抑えつけようと、国は軍隊を動かして武力による鎮圧を行ったが、それは国民の反感を強く買ってしまうだけだった。ただ、この武力を脅かすように新たな大爆発が軍隊の構えている中心部で起こったのが、事を大きく動かした。


「宇宙人の粛清だ!」「間違いなく宇宙人は我々の味方だ! 皇帝を差し出せ!」「宇宙の暮らしはずっと豊かだ! ミッドガルドに未来はない!」「城を宇宙人に明け渡せ!!」


 民衆の溜まりに溜まった不満は、突発的に生まれた宇宙生命体への信仰で強い協調性を生み、大暴動へと発展した。そのうえ、謎のルートから仕入れられたいくらかの破壊兵器(やたらにSFチックな見た目)と麻薬が届くと、発狂した彼らの手によって王家は思いもよらぬ打撃を受けた。

 この大暴動には反皇帝派勢力も多数混じっていたのと、暴動地域周辺は爆撃による損害が大きかったのと、謎の破壊兵器の威力が信じられないほど強力なのもあった。そんな猛攻を受けている中で、その国民に紛れて破壊兵器を持っていた者が北国ノースマンの民だと発見できていた者はいなかった。

 何日かして騒動が落ち着いた頃には、街を何百個も合わせた大きさをもつミッドガルド城の7割ほどが民衆に埋め尽くされて、そのまま彼らの物になった。先んじて逃げた王族以外は人質にされ、反皇帝派はこれに乗じて次の主権を握ろうとしたが、今度は自分たちの主要施設が“空飛ぶ宇宙生命体”によって爆撃されてしまう。

 国民の混乱がさらに強まる中、タイミング悪く北国の海賊たちが押し寄せて主要道路を全て封鎖され、逃亡は不可能になった。


ハーラル「がっはっはっはっ!好都合! さあ、奪えいっ!!」


 大笑いする海賊ハーラルによって反皇帝派も潰されると思ったが、さすがに優秀な軍隊を持つだけのことはあったのと、砦で籠城戦を仕掛けられると簡単に手は出せなくなった。海賊たちが攻めあぐむ中、さらに強大な援軍が駆けつけてきた。聖教会が隠し持っていたドラゴンライダーの集団、ミッドガルド飛竜団だ。

 空からの奇襲にはノースマンの海賊たちも慌てふためいた。巨人海賊ハーラルですら情けない悲鳴を上げて逃げ出したのを見て、聖教会のタカ派たちは大笑いした。


ハーラル「卑怯だぞ! 覚えてろ!」


司祭風の男「フハハハハ! あの海賊たちの慌てようを見ろ。ミッドガルドの魔学を思い知るが良い」


 聖教会は大昔からミッドガルドを完全な宗教国家にしたいと考えていて、今回はまさに絶好の機会だった。王家を滅ぼすのも、海賊を処分するのも、反皇帝派を消すのにも都合のいい日が来るとは願ってもないことだ。

 ドラゴンの群れを見た海賊たちは引っ込んでしまったので、標的を反皇帝派に変更した。かといって直接攻撃できるわけではないわけだが、反皇帝派の主要人物はこの時点で数が少なくなっていたので、あとは有力者を仲違いさせるか民意を味方につければ良いだけだった。そのことはそれほど難しいことではなかった。暗殺には致死量の麻薬を袖から出して食べ物に混ぜるだけでよかったし、聖教会の主要人物が倒れる演技をしたところで麗しい巫女が「内部に裏切り者がいる」と叫べば、それだけで過半数を味方にできた。そうこうして民意を掴み、神の名の下になどと調子のいいことを言えば全員が向きを変えた。

 この時までには、王家、反皇帝派、有力な貴族、民衆の一部もいなくなっており、ミッドガルドの戦力はやや頼りないものとなっていた。それでも、分母の数が大きすぎるために気付かれることはなかった。


司祭風の男「あの海賊たちを見つけ、機があれば滅亡させよう。本来であればミッドガルドの領地である北の国の大地を、民衆を救うのだ。」


 海賊たちが逃げた先はおおよそ検討がついていたので、飛竜団のドラゴン数十匹を向かわせており、好手を放ったと安心していた。一方、逃げ窓っていたはずの海賊はドラゴンが出てくるタイミングを冷静に見計らっていた。北国の強力なノースマン軍と共に、すでにミッドガルドの首都を取り囲んでいて、あとは海賊のひとりでもあるノースマン王国国王ハーラルが最後のひと芝居を打つだけだった。


ハーラル「だははは! 逃げたと思っていたか馬鹿どもめ! ドラゴンがいなければ貴様らなど船底のフジツボよ!」


 海賊がまた来たのを見つけた聖教会のタカ派は、残っていたミッドガルドの飛竜団数百匹をチラつかせ、ハーラル王に最期の口上を述べた。


司祭風の男「ミッドガルドは貴様が考えているより遥かに強大なのだ。それに、ドラゴンのみが最終兵器だと思っているなら、その幻想から醒ましてやろうじゃあないか」


 彼の口は死んでも閉じられることはなかった。魔導モーターを積んだ短距離戦闘機の機動はなによりも鋭く、鼻先に構えられた機関銃はタカ派の彼の顔を上下に分けた。超高速で連続する破裂音が聴こえてきたのは、彼の頭半分が消えてなくなったあとだった。


ブララララララ…………ッパパンッ!


 真っ赤な戦闘機は次々に上空から襲いかかり、ドラゴンを地においやった。これを追いかけようにも速度差がありすぎるし、すでに遥か上空へと舞い上がっていた。さらに、真っ赤な戦闘機の向った雲の先から大量の黒い豆粒が降ってきて、籠城している砦を平らにしていった。


ミッドガルド兵「先に海賊だ! 一瞬でかたをつけ、“向こうの飛竜”にとりかかるぞ!」


ハーラル「ドラゴンを狩るのはいつ以来か。こんな小さいやつじゃあなかったのは間違いないがな」


 海賊はいつの間にか巨大な灰色狼に乗っていて、大きく跳躍すると、彼の象徴であるハンマーを空飛ぶドラゴンの頭めがけて振り下ろした。ミッドガルド歴戦の猛者たちすら、その光景には口をあんぐりさせていた。


ノースマン将軍「さあ、ありったけ奪ってこい!」


 “海賊の仲間”が次々にミッドガルドと聖教会を占領していき、とくに聖教会地域にいる人物は女子供問わず全員殺され、儀式のための高価なアイテムは全て没収、聖典などは全て燃やされた。建物も破壊され、宗教そのものを否定するかのように容赦なかった。


 戦乱の一部始終を遠くから見ていたミッドガルド国民たちは、自分たちの頭上を灰色狼の群れが飛び越えて行くのをもはや現実とは思えなかった。どこかから綺麗な歌声まで聴こえてくる。民衆は「きっとこの世の終わりに天の使いが来たんだ」「自分たちは半分死んでいるんだ」と信じこむことで理性を保たせるしかなかった。

 黒煙の昇る空を真っ赤な飛行物体が鋭く飛び回り、その遥か上空には濃灰色の飛行物体が列をなし、地面では巨大な灰色狼の群れがヨダレを垂らして獲物を睨み、その中心で大きな海賊がハンマーを構えて立っている。それらに囲まれて震えきっているのは、生物界最強と呼ばれるドラゴンだ。

 すべてが現実とは考えられなかった。だが、夢から覚められるものは一人もいなかった。


 何万年という栄華を誇っていた中央大国ミッドガルド。いまその国の首都は瓦礫の荒野となっている。その中から這い出てきた青年は呆れた様子で故郷を眺めた。彼の手には、戦利品であろう王冠が握られている。


青年「沈まない太陽は無い、か……。」


 夕暮れがミッドガルドを紅く染めている。

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