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無彩色の狩人 外伝  作者: 塩辛
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空飛ぶヴァーッテート

Vaatteet lentävät taivaalla

服は空を飛ぶ

 完成した飛行機は翼の大半が帆布でできていて、木製の骨組みも運転席も剥き出しだ。塗装は剥がれも目立ち、帆布は薄汚れていてシミがひどいものだった。

 外見は汚ならしいの一言に尽きる。ただ、だからこそ全員愛着をもって接している節もある。その証拠に、やたら磨かれた金属部分だけがギラギラと太陽を反射していた。


『ジジ……ジ……北西の風、2m……ジ……南風に変わってる……定してきた……ビジジ……』


 初飛行を前に、天候の確認と風向きが逐一知らされてくるのがヘッドセット越しに聞こえている。

 開発主任は夏用の軽い服装で過ごしていて、乗り手の固定具などの最終確認を終えると声をかけてきた。


ウィート「ヴァーッテート、もう少し我慢しててな」


 パイロットスーツを着こんだ体は重たく暑苦しい。背中に作ったベンチレーションには効果を感じなかった。

 パイロットの目の前にはハンドルとわずかな計器類しかない。手作りの水圧計と油圧計の針はたまに振動を拾って揺れている。


『いいぞ、今なら大丈夫だ』


 無線機の声はクリアだった。


ウィート「ようし! エンジン始動!」


 作業員二人が背中にあるエンジンのクランクを回し始める。


キュッコ……キュッコ……ヴ……ヴ……クゥン……ウン……ウン……ウン……ウンッ


 ヴァーッテートはハンドルを強く握りしめる。最後の特徴的な音からエンジンがかかるとわかったからだ。


プスン! プップップッ……ばるんっ!!!


 エンジンが回り始めると運転席は振動だらけ。ハンドルはガクガク震えて計器類の針はひどく上下している。それでも、水温も水圧も油圧も全部いつも通りに上がっていった。


ぶぃーーーん……ビビビ……


ウィート「外から見ても状態は問題ない。自分のタイミングでいいぞ」


 ヴァーッテートは一度頷くだけで真っ直ぐ前だけを見つめていた。もう飛行機は前へと進みだしていたからだ。


キュコッ キコッ


 車輪と連動した足下の操作レバーで後部の羽も一緒に動いている。まっすぐ走るように調整しながら50mほど進んで、十分暖まったエンジンの様子を見て出力を上げていった。


ブゥーーーン!! ガダダダダ!!


 背中に積んであるエンジンから強い振動と音が伝わる。恐怖は感じない。それ以上のワクワクが押し寄せていたからだ。


カチンッ コツッ


 出力レバー最大。エンジンは一気に飛行機を前へ前へと押し出していく。機体が軽くなっていくのがハンドルからも足からも腰からも伝わってきた。


ヴァーッテート「ふんっ!!」


 飛び出す前にハンドルを前に押し込み、飛行機が水平よりやや前のめりになるよう翼を下向きにしたあと、自然と浮き上がるのを狙って元に戻していく。


ガタガタガタガタ!カタッ……フッ……


 飛行機はついに地上を離れた。浮き上がったと同時に歓声が沸き起こったのだが、運転手のヘッドセットには聞こえなかった。


ブゥイーーーン


 エンジンの回る音と、プロペラの風切り音だけがずっと同じテンポで聞こえている。


ヴァーッテート「飛んだ……」


 感動している場合ではない。このままぼーっとして真っ直ぐ行ったら森に突っ込む。

 離着陸より、旋回が一番の課題である。緊張感が高まっていった。


ヴァーッテート「うまく回らないと」


 彼は祈るようにハンドルを握り、力をこめて繊細に切っていった。視線を左に向けつつ、足の操作レバーをクイッと拾い上げた。


ギュムッ ブゥーーーん!


 飛行機は綺麗に左旋回していく。重たく感じていたハンドルはいつの間にか軽やかに言うことを聞くようになっていて、ちょっと捻るだけで敏感に動いた。

 くるりと180度回って森を後ろにすると視界が広まった。向こうまで続く小麦畑は全部刈り取りが終わっていて、あぜ道の草や水路がやたらキラキラ光って見えた。


ヴァーッテート「鳥になった気分だ」


 操作レバーを引っ張ってさらに高度を上げ、遠慮がちに右に左に揺すってみる。軽やかだった。ただしそこまでにしようと昂る気持ちを押さえつけ、決して乱暴にならないように大きく丸い円を描いて田園の上を回っていく。

 地上まで20m程度の高さを黙視で維持。足元は物凄い勢いで地面が流れている。


ヴァーッテート「着陸まで気を許すなよ、ヴァーッテート…………ふぅーっ」


 飛行機はずっと安定していた。温度の上がりやすい水温・水圧に変化もなし。エンジンは良好そのものだった。


ヴァーッテート「ぐっ、くっ! 手っ、手が。言うこと聞け!」


 高速で吹き付ける風は、本人でも知らないうちに体温と血液循環を鈍らせていくものだ。いま彼は手先の痺れと戦っていた。

 機体に異常は一切ない。あるのは自分だ。痺れて感覚のないまま、目視で操作系をこじっていった。


ヴァーッテート「ちゃ、着陸しないと……っ!」


 くるっと旋回した飛行機は、痺れと格闘してるうちにあっという間に滑走路へと戻ってきた。土が剥き出しの、ただ地面を均しただけの滑走路。

 みんなが浮かれて待っているのが見える。リンネアの姿はハッキリと見えはしなかったが、きっと不安な表情を浮かべているだろう。そのことが彼に強い使命感をぶつけてきた。一気に冷静さが戻ってくる。


カチッ、クッ


ブゥー↓ー↓ーン↓


 出力レバーを下げて回転数を落とす。船首がわずかに下がってアプローチに入っていく。着陸が一番難しく感じたが


ヴァーッテート「なるほどグライダーの要領と変わらない。アプローチは成功してるから大丈夫。ようし!」


 痺れた手のまま、視覚と直感に頼って着陸体勢に入る。


ガヅンッ!!!


 前輪が地面についたときの衝撃はすさまじかった。想定より着地の速さを見謝ったらしい。だが、機体に問題はない。


ゴツンッ!


 後輪も地面につくのを感じると、エンジン出力を下げていった。


ブルンッ! …………ブンブンブンブンヒュンヒュン


ヴァーッテート「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…………はあぁぁ↓」


 着陸も成功。機体が止まったのと同じくして、ヴァーッテートは全身の力が抜けてしまった。顔面蒼白で動けない。


 ニビに乗った何人かが慌ててヴァーッテートを迎えにきた。


ウィート「ヴァーッテート! 大丈夫か!? おいっ!!」


 ハンドルに置いた手をなんとか持ち上げると、ウィートはそれを握った。


ヴァーッテート「ははっ、大丈夫、痺れちゃって…………」


ウィート「そのままでいいから休んでいろ。エンジンは止めるからな」


ガタンっ!


 操作機器の裏手にあるエンジン停止スイッチを入れると、強い振動とともにエンジンが止まった。


ウィート「よしと。で、どうだった?」


ヴァーッテート「ああ、最高だ。人生最高の瞬間だ…………。」


ウィート「へへっ、お前の名前は永遠に飛行史に刻まれるぞ。人類初飛行者だ!」


 ヴァーッテートは力なく拳を握り、満足げな表情を浮かべていた。


 初飛行は大成功だった。


 パイロットに痙攣が起きた以外の問題は起こらず、乱暴な着陸でも傷つかないほどに機体は頑丈だった。

 こうして一回目の飛行が終わると、燃料がつきるまで次のパイロットたちが飛行機に乗って飛行テストに参加していった。二人目以降は成功の様子を見ていたので落ち着いていて、初めてなのに見事な操縦をしていた。


 参加者は乗り終わったあとに語っている。


「飛んでいるとか浮いているという感覚ではない。車やグライダーとおなじで機体を操っているという感じだ。」


「風がすごいんだよ。早くガードをつけないと顔が痛いし、手がひどく痺れるんだ。操縦席を作り直さないと長時間の飛行は無理だぞ」


「グライダーの練習が一番役に立ってるな。着陸がうまくいったのはそれのおかげだよ。人員育成を考えるならグライダー教室をしっかり整備しないと」


「もっと高度を上げないと飛行機の価値はないね。エンジンパワーを絞り出せないかな」


 各人落ち着いて状況把握しているのが手に取れるコメントを残したのがわかる。しかし、実際は降りてから奇声を挙げたものが全員である。


 この飛行テストを見ていた者たちはお祭り事のように浮かれていた。彼らの目には小汚い機体が何千カラットの宝石より価値あるものとして映り、「歴史を目撃した」と口々にしていた。


 歴史書には、開発主任ウィート、製作兼初操縦者ヴァーッテート、その他参加したメンバーが正確に記載されていった。

 彼らはパイロットとしての記憶は薄れていくが、人類史上初の飛行記録は永遠に残るのだった。


 エンジンの一部からオイルが染みだして、地面に落ちて黒ずんだ。

 飛行機研究会の会長を務めるヴァーッテートは、ウィートの助力もあってついにエンジン飛行機を完成させる。と、いった内容の息抜きスピンオフ作品。

 この作品も海の女王号と同じく、史実には含まれない可能性が高いです。

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