ニートゥマキにて
ノースマン領の北東に位置するニートゥマキ村。北側に海、東側は深く険しい森、南側は切り立った崖と谷があり、天然の要塞となっている。その地形から気候もわずかに温暖であり、冬期の積雪量はノースマン領の中で一番少ないとされている。
この地域特性によって大昔から畜産業・漁業・農業で栄え、とくに乳製品、肉、毛皮、馬といった必需品を生産している。ノースマンにとって一次産業の最重要地域であり、動物はモンスターに襲われやすいので衛兵や傭兵も多く駐在している。そもそも村というより町に近い規模であり、雰囲気は牧歌的ながら、たいへん賑わっている。
北の海に面しているため、王都とは海路・陸路それぞれで繋がっている。後述するダンジョンへの往来も出来たために泊地は広がり、さらに賑わいを増した。また、釣り場や砂浜も点在するため、夏になると遊ぶ人で溢れるのも風物詩となっている。
東側にある深く険しい森を隔てた先には【海坊主の腕】というダンジョンがあり、人が住めるほどに開拓されようとしている。つい最近、ここを開拓したのがギュミルオルグという海賊たちで、オルグ長ギュミルと、双子の弟であり副オルグ長エーギルが名を馳せたことで話題になった。残念ながら彼らは中央大国ミッドガルドの領土に戦争をしに行ってしまったためにダンジョンの深くまで攻略されていないものの、そのことが逆に冒険者たちの開拓精神を煽った。「いまノースマンで冒険者稼業をするならニートゥマキ」と言われるほどの人気スポットとなっている。
南側には非常に険しい山と深い谷がある。まるで一枚岩のようにそびえ立つ崖は、人はおろか動物やモンスターでも登板は難しく、大昔から外敵の侵入を防いでいた。崖の名前はモノリッチネン。見た目通り、一枚岩という意味である。(厳密には一枚岩ではなく、岩の連なりである。)
ここから西にあるカナバ運河に通じる川が山間から流れ、一方は深い谷へと落ちていく。谷の名前は太古から「ひっかき傷」と呼ばれ、その理由や根源は不明である。谷の底ではたびたび砂金、水晶、宝石の原石なども見つかっており、宝の眠る谷としても有名。
西側は唯一平坦な道となっていて、西に真っ直ぐ行けば王都、村を出てすぐ南に行けば、景色もよく歩きやすい山路を通ってタルヴェラに着く。
ニートゥマキを統べる村長はA。ノースマン国王ハーラル王の元海賊仲間で、ソフィアにも引けを取らない女猛者として有名だった。あるとき、ハーラル王との間に出来た子供を産むためにニートゥマキに寄り、以来そこを気に入って永住している。ちなみに、何人も出来た子供のうち二人は中央大国ミッドガルド領のオリーブ村へ傭兵に出ており、ハーラル王とともに軍隊を指揮している。なお、今もハーラル王とは仲睦まじく、第一の正妻として認知されている。
そんな村長の存在もあって、そもそも豊かな地域というのもあるが、安定感のある暮らしがノースマン歴が始まる頃から延々と続いている。
──ノースマン歴151年夏 ノースマン領ニートゥマキ村
この夏、ニートゥマキ村に転機が訪れた。ノースマン歴が始まる前から交流のあるクリの村人たちが、なんと灰色狼に巨大な荷車を引かせ、たくさんの干し草などを届けに来たのだ。その中には村長ソフィアも混じって、古い仲間のAに事情を説明した。ウィートというオオカミ少年のこと、クラウスの正式宣言による森の民との友好関係、灰色狼たちを使った運搬作業が可能になったこと等だ。とくに、ウィートというオオカミ少年のことをよく聞かせていた。
A「噂は色々聞いたけど、こうやってホンモノが来たんだもの。それに貴女の口からマッツの名前が出るなんて、よっぽどの子なんだねぇ」
ソフィアは今度ウィートが来たらよく饗すようにと言った。そうしたら、新しい牛舎でも作ってくれるだろうと茶化す。
ソフィア「それより、あのクラウスも本格的に国を変えようと動き出してる。これから私の村も人を増やす。あんたの村にもなだれ込んで来るだろうさ」
A「もう十分なだれ込んでるわよ」
クリの村に人を呼ぶというソフィアと、クラウスの動向を聞いて、時代が変わることを予感した。まずは家でも増やそうと言った途端、ソフィアは待ったをかけた。
ソフィア「いいかいA、あんたが思ってる以上に私達の文明が発達する。それに追いつくなんて不可能さ。だから、ウィートかクラウスが来るまで下手に動かないことだよ」
ソフィアに念を押され、不思議そうに「未来が見えるのかい?」と聞く。ウィートのせいだとソフィアが返す。その後も、今後のことについて二人はよく話し合っていた。
一方、外では灰色狼に夢中になる村人でごった返す。灰色狼たちは人の群れは珍しそうに見ていたが、さして気に障ることはないらしい。子供が飛びついて来ても背中を舐めてから軽く咥えて向こうへやった。それを見た村人たちは灰色狼の性格に感心する。
クリの村人たちが干し草を牧場に運び入れようと言った矢先、一匹の牧羊犬が灰色狼たちの前に現れる。イングリッシュ・シェパード・ドッグ風で、どこかふっくらした様相の年寄り牧羊犬だった。体高1.2mほど。とても大きな灰色狼と比べると可愛く見えるが、人と比べたら力負け必至な大きさだ。
彼の名前はhoitamaton、ボサボサと言う意味。警戒しながら灰色狼に近付いてきたので、灰色狼の一匹が挨拶代わりに鼻で首下をくすぐるとすぐに仲良くなった。以降、ホイタマトンは案内するように牧場方向へと向かって行く。灰色狼たちも彼を追って荷物を運んだ。
──牧場
牧草地帯では馬、牛、羊、ヤギがそれぞれの区分で飼育され、わずかながら豚や鳥もいる。多くの人が飼育に従事していて、放牧の間は厩舎の掃除に当たっている。
北側全面は海に面しており、一部低くなった場所からは砂浜に行けるので好奇心が強く水場が平気な馬や豚がとくに好んで散策していた。
平均的に海抜30mほどの高さと海風も相まって常に柔らかな風が吹き抜けて過ごしやすく、湿気は多いが動物たちは病気にかかりにくい。
クリの村人「長旅ご苦労さん。そら、外したぞ」
灰色狼たちは、荷車を外されてすぐにあちこち探検しに行っては好きな場所を見つけて寝転がった。ホイタマトンは高いところから海を眺める一匹の灰色狼のそばに座り、一緒の方向を眺めた。しばらくすると、迷子の羊が二匹ほど砂浜のほうへ行ってしまう。ホイタマトンはそれを追いかけ、元の場所に戻そうと吠えたてた。うまいこと後ろからせっつくと、羊たちは丘を登って元いた場所に戻ってくる。当たり前の顔つきと足取りで戻って来たホイタマトン。灰色狼はずっとその様子を見ていて、彼の顔を舐めて「お疲れさん」と伝えた。
そのあとは、のどかな牧場の風景を見ながらあちこち散策して回る。牧場を管理しているニートゥマキの村人が心配していたが、灰色狼たちが家畜を襲う様子はなく、家畜たちも彼らの大きさに畏怖する様相もない。まるで自然の一部のように、大昔からあって当然といったふうに、家畜たちは灰色狼の隣で草を食んでいた。
ニートゥマキの村人「あんなに家畜が落ち着いてるのを見たことないよ。不思議なもんだなぁ」
そうこぼすのをクリの村人は微笑んで聞いていた。家畜たちを食べなかったお礼というわけではないが、誰かが餌をやろうと肉を持ち出してきて与えてやった。ひとつ5kgほどの肉塊は灰色狼一匹が軽く噛んで飲み込んでしまう。面白そうに全員分を渡され、腹が満たされるや否や日向で眠り始めた。示し合わせたように子供たちが集まってきて灰色狼を囲み、観察している。
恐怖心が入り交じるニートゥマキ村だったものの、クリの村人たちとの友好関係が深いおかげもあってか初日のうちに灰色狼を受け入れた様子だった。
例年通り冬用の干し草をニートゥマキに大量に届けたクリの村人と灰色狼は、その日のうちに帰還するという。ニートゥマキの村人は「いつもなら宿泊していくじゃないか。ゆっくりしていけよ」と言うが、灰色狼にも事情があり、いまのところは旅先で長居できないことを伝えた。ただ、今後は多少の荷物があっても日帰りができるので、また近いうちに訪ねると約束する。大型の荷車にちょっとしたお土産を載せて帰り支度を始めた。
ソフィア「明日また来るよ、って言ったら本当に来れちまうからね」
今までは往復で一週間以上の行程が当たり前で、ソフィアが来ること自体稀だ。すぐ来れるとは言ってもAは彼女とギリギリまで喋っていた。その横では仲良くなった牧羊犬と灰色狼が小さな別れの挨拶をしている。鼻先を軽くつけあって、牧羊犬は甘い声をわずかに上げた。
出立のとき、ニートゥマキの村人は灰色狼の引く大きな荷馬車に乗ったクリの村人たちが見えなくなるまで見送った。
「次は野菜と果物をこさえてやろう」
「干し肉と鮭の燻製も持ってこう。たっぷり作ったからな」
「あたしまだあの人と会えてないんだよ。またすぐ行けないかい?」
「なんだか新しいお店も増えてたじゃない?気になってさあ」
ガタガタ揺れる荷車の上でクリの村人たちは舌も噛まずによくお喋りしていた。灰色狼たちは名残惜しむ様子もなく、いつも通り引っ張って帰路を進んだ。




