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無彩色の狩人 外伝  作者: 塩辛
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エドヴァルド・マルヤラ

ノースマン歴151年5月1日

 ひどい雨だ。昼だというのに空は真っ黒で、吹きつけてくる風は春とは思えないほど冷たく肌を刺してくる。これ以上ないほど最悪だと思っていたのに、世の中はそれ以上のことが起こるものらしい。いったい僕が何をしたのかと自問自答したほどだ。


「馬車は……向こうか……。」


 濃霧まで立ち込め、そのせいで護衛している馬車を一瞬見失った。道なりに足跡はあるし、蹄の音が聴こえている気がするのでそちらへ追いかけていった。


ずちゃっ……ずちゃっ……ずちゃっ……ずちゃっ……っ


 ゾンビになった気分だった。眼前2m先がやっと見えるほどに真っ暗で、馬車に取り付けてある光を追いかけて足を引きずっていく。その光を発する杖は同僚のヨナスが持っている。ちらちらと見えるあいつも足取りが重い。

 足場には急に凸凹が増え始め、さらに歩き難くなっていく。この森を抜ければ村が見えるはずだ。クリの村だと聞いている。今まで来たことはないが、なんでも強情な村長がいて普段は衛兵を通さないのだとか。今回は南西への遠征ということで通行許可が降りたようだ。しかし、いまはそんなことどうでもいい。


「ハァ……ハァ……ハァ……。いったい、どこまで登るんだ。」


────ッッ!!


「?」


 後ろのほうで誰かが自分を呼んだ気がする。振り向いたが何も見えやしない。雨はさらに強くなっているし、カミナリの轟音で何も聴こえない。さっさと前に進みたくて足を動かすことだけに意識がいっていた。


「帰ったらすぐにAnoppi(アノッピ)のスープを飲みたいなぁ」


──バッッシーーーンッッ!!!


 心臓が張り裂けるかと思った。すぐ真隣の木にカミナリが落ちてきたのだ。空気、というより空間が押し出されてきたような、とてつもない衝撃をくらい倒れてしまった。おかげで下着まで泥だらけだ。


グルルルルゥゥ……ゥゥ……


「?」


 モンスターの唸り声だろうか? 先を行く光以外見えないが、モンスターの出現を感じたのですぐさま馬車まで走った。護衛しなければ。


「えっ?」


 なんということだろう。馬車は“馬車らしき形をした何か”になっていた。骨格部分はぜんぶ骨で、外装は生物の皮膚のような、得体の知れない何かだった。


「カタカタカタカタ……カタカタ……(お客さん、停車場はここじゃあ無いよ。乗ってくださいな)」


 ツバの長い帽子を深く被ってはいるが、御者は骸骨そのものだった。こちらを見て口元の骨をカタカタいわせている。


「うそだろう。これじゃあ、絵本に出て来た死神の馬車じゃないか。──ハッ!」


 黒いローブ姿の男が馬車から降りてくる。僕はもう、自分はこれから死ぬんだと悟った。彼はまさに絵本に出てくる“運命を司る者”そのものだったからだ。

 まさかこんな若くしてその姿を見せられるとは思いもしなかった。せめて最後に温かいスープが飲みたかったなぁ。


「貴様はまだ死なぬ」


 深い井戸の底から湧き出てくるような声だった。真っ赤に光った目だけが黒い顔面に浮かび上がっている。その様子はイメージ通りすぎて、かえって恐怖感が薄らいでいた。

 “運命を司る者”は死神の鎌をゆっくりゆっくりと振り下ろし、黒い刃をヌルッと僕の眼前まで持ってきた。


「全ての願いを想へ」


 ああ、まさに“運命を司る者”だ。彼は、死ぬ間際に本人が想う願いを叶えるのだという。だったら生きること以外選択肢なんて無いはずなのに、僕は昔から考えていた冒険のことや、温かいスープや、若く美しい女性を思い描いていた。いつだったか、有名なギュミルオルグの近くで一目見たことのある綺麗な女性だ。あんな人を妻に貰えたら。そして毎日のようにまぐわえたら。


 気付いたら深い深い巨大な森の中で、大きな大きな樹の一本に横たわっていた。黒い空からは相変わらず強い雨が降っている。

 上を向いたままいたら、僕めがけて黄金色の光が花びらのように、しかしまっすぐに優雅に降ってきた。この世の物とは思えないほど美しい光だった。


「なんてきれいなんだろう。こっちに来るぞ…………」


 僕の頭に触れたとたん、脳みそが混ぜられたような変な気分になった。そのとき、僕の意識は僕じゃなくなった。けど、僕の体は僕だった。僕は誰なんだろう?


 こうして、少年の新たな人生は始まった。彼がエドヴァルド・マルヤラになることは今後無いのだが、確かに“彼は彼のままではある”。だが“彼そのものではない”。一見、仏教の問答のようなとんちんかんな話かもしれないが、運命を司る者ですらわからないことだ。想像者だけがひとりほくそ笑んでいるのだった。







 “恐怖の一分”を抜けた衛兵隊はざわついていた。顔面真っ白になって、倒れている仲間の名前を必死に叫んで起こそうとしていた。


衛兵A「嵐は過ぎ去ったっていうのに、生きた実感がまだ無い。手の感覚が、まるで他人の腕のようだ」


衛兵B「馬も全部ダメです。馬車はなんとか動きそうですが」


隊長「…………状況を整理でき次第、出発する。積荷だけでも王都へ届けなければいかん」


ヨナス「エドが帰らないんだ……エドが……あいつ、なんであんなとこに歩いていったんだよ」


衛兵C「行くぞヨナス。還らなかった者はエドだけじゃあない。我々には任務があるんだ」


ヨナス「わかってるけど。あいつ、いいやつなんだ。まだ出会って少ししか経ってないけど、いいやつだっていうのはわかるんだ」


 ヨナスの瞳孔は開いて、視点は合っていなかった。ただ、任務が優先なのはよくわかっている。肩を落としている暇もない。この馬車を人力で王都まで届けなければ。

 衛兵隊は全員が死んだような目をしたまま馬車を押し、王都へ還っていった。彼らを迎えた検問所の衛兵たちが本当にゾンビだと思い込んで武器を取り出すほどだったという。

この話は、史実として記録されています。


無彩色の狩人本編の序盤部分と話が繋がっていますので、そちらと合わせてお楽しみ下さい。

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