Googleアシスタントと話してたら異世界に連れていかれました。
思い付きって怖いね。
「オッケーGoogle、今日の天気を教えて?」
『今日の天気は晴れ。夕方は少し肌寒くなるでしょう。』
窓辺でたなびくカーテンを背に、片手でネクタイを直しながらスマートフォンとそんな会話をする。まあ、なんてことないいつもの朝。ケトルがカチっと鳴ったらインスタントコーヒーを淹れてバターロールをひと齧り。それが向井元(35)の朝だ。
「オッケーGoogle、国道6号線の道路交通情報は?」
『中川陸橋前で配線工事のため10分の渋滞です。』
あちゃ~……この時間でそれってことはこれからもっと混むか? しかたない。ちょっと回り道して行こう。
「いつもありがとう。」
『どういたしまして。』
相手は機械だけどなんかお礼言っちゃうんだよな……さてと、歯磨きしてヒゲ剃って、そろそろ出ますかね。
なんてことない、いつもの朝。靴を履いて玄関から1LDKの部屋を振り返っても、誰が居るわけでもない朝。玄関の戸棚には未練がましく小さなぬいぐるみと女性の写真。女性の傍らには俺には似ても似つかない天使の笑顔。
「……いってきます。」
無音を背に、スマホを懐にしまう。鍵をかけてマンションの階段を下りる。きっと今日もいつもの日。違うとすれば行く道だけ。
車のエンジンをかけると、俺はラジオをかけながら会社へと向かう。
『……。』
しばらく走って、いつものコンビニに立ち寄る。もうあらかた食い尽くしたメニューが並ぶお弁当コーナーで、相も変わらずのり弁とウーロン茶をレジへ。これはお昼の分だ。今のうちに買っておくとお昼の混雑に遭わないからいつもこうしてる。あ、夏場はやめた方がいいぞ?
「あ、あの、おタバコは大丈夫ですか!?」
「あー……じゃあ82番一つください。」
「はい!」
大学生くらいかな? 流石にいつも寄るコンビニだから顔も覚えられているようだ。女の子が手慣れた手つきでタバコの箱を手に取り、俺は流れで年齢認証を押す。決済はスマホのバーコードをかざせばそれで終わりだ。
「いつもありがとう。」
「こ、こちゅらこしょ! ありがとうごじゃましゅ!」
真っ赤な顔で盛大に噛むのもいつものこと。
お店を出て車に乗り込むと、ガラスの向こうでは同僚に困った顔で励まされていた。……噛んだくらいで落ち込むことないのに。
そう思いながら俺は車を発車した。
……と、いけないいけない、ここ左折したらいつもの国道出ちゃうな。混雑してるみたいだし真っ直ぐ行って別の道に出るか。
『しばらく直進。三つ目の信号を右です。』
「え?」
その時、懐に入れているスマホからいつもの機械音声が聞こえた。
あれ、おかしいな……オッケーGoogleとも言ってないし、質問もしてない。誤作動か? ともあれ、ながらスマホは良くないから取り出せないし……
『この先の信号を右です。』
ナビは続く。いや、右に行っちゃったら会社から反対方向に行っちゃわないか?
『右に曲がってください。』
「わ、わかりましたよっと。」
ひとまずアシスタントさんを信じよう。俺はなおも続いていくアシスタントさんのナビに従って車を走らせていった。
しばらくして街並みが消え、住宅がぽつりぽつりと点在する田園地帯に出てしまった。いよいよもって会社に行く道じゃ無さそうなんだけど……
『このまま直進です。』
機械音声だから差なんて無いんだろうけど、こうまで自信満々に道を案内されると脳死で従っちゃうな。ちょっと面白くなってきた。会社はまあ、なんとかなるだろ。
『しばらく道なり、1キロ先を左折すると目標地点です。』
はいはい、わかったわかった。目標地点に何があるのか逆に楽しみだ。もう田園地帯も抜けて、千尋ちゃんが家族で行った獣道みたいなところを走っている。この先でたらふく飯食って豚にされるか名前でも取られるか? 元から取られたら何が残るんだろ。下の部分が取られて『お前の名前は二だ。』とかなったら最悪だな。一人っ子長男だぞ俺は。
『到着しました。運転お疲れ様です。』
「……はい、ありがとう。」
『また何か困ったことがあれば仰ってくださいね。』
now!
いや、馬鹿なこと言ってる場合か。とりあえず会社に電話しないとな。……ん? 電話が通じない……。まあこれだけ鬱蒼とした森の中だから仕方ないと言えば仕方ないけども。
「あれ? だとするとなんでアシスタントさんは反応できるんだ?」
そんな疑問に答えてくれたのはアシスタントさんだった。
『……順にお答えしますね。ここは先ほどまで貴方様が居た世界とは異なる世界となります。』
「へ??」
え、いや、どゆこと? 確かにGoogleアシスタントさんは面白い話を聞かせてーとかにも対応はしてくれるけど、自分から冗談を言ったりはしない筈だ。
……これはマジで婆さんに名前取られるか?
『湯〇婆はおりません。』
おおう……心を読まれた。ていうか流石アシスタントさん。ジ〇リ不朽の名作にもお詳しい。
『この度は急に巻き込んでしまい申し訳ございません。簡単にご説明すると、私はこの異世界にて智を司る神。今は依り代を介して貴方様を導く者です。』
「か、神?! アシスタントさんが?!」
『アシスタントは私の片鱗として、特殊な力を用いて利用させていただきました。』
だ、ダメだ、頭が追い付かないぞ。アシスタントさんだと思ってたら実は神様で、その神様が俺をここに連れてきたと……。え、なんで?
『それは貴方様が善人だからです。』
「ぜ、善人?」
『はい。人々が開発したインターネットというものは非常に便利ですね。アシスタントとして触れ合っていればその人がどんな人なのか、あらゆるデータがのぞけるのですから。』
わあ壮大……。そもそも神様っていうのはインターネットにも対応してるのか。
『この世界は邪悪な者の手により作り替えられようとしています。これよりは混沌に満ち、人々は大いに苦しむでしょう。そこで私たちは善なる者の助けを得ることとしました。』
「だからってなんで俺が……見た通りさえないオッサンだし、何ができる訳でもないだろうに。」
『いいえ、貴方様ならきっとできます。勿論こうしてアシスタントとしてその為の補助はさせていただきます。』
その自信はどこから来るんだか……。
「俺はね、アシスタントさん。自分の嫁と子供も守れなかったんだぞ?」
『……存じております。』
「なら……。」
『貴方様が貴方様であるからです。今はそれしかお伝え出来ません。が、貴方様はここで貴方様として生き、歩んでくれればそれで良いのです。』
なんか妄信しきってる感じだな。まあ、とりあえず何かしらやってみてダメだったらその時考えよう。元の世界で何が待ってるわけでもないしな。
「で、結局俺は何すれば良いんだ? その悪い人らを叱れば良いのか?」
『いえ、ただ生きて……それだけです。』
「それが一番難しんだがな。ま、為せば成るか。」
『ええ、良しなに。』
気持ち柔らかく感じる機械音声を聞いて、俺は加熱式のタバコをセットした。そのうちこれも吸えなくなるなあなんて思いながら。
こうして、俺は知らぬ世界で生きていくこととなる。何が待っているのやら全くわかりゃしないけど、きっといつもの日々とはちょっと変わるんだろう。
明美、灯……とーちゃんは元気でやってるよ。たぶん、これからもね。
読んでくれてありがとうございます。