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キスしたいの

このア・メサア島に、かつて上陸したクアン・ロビン一族が施した光の柱の奥底に眠る竜を封印する魔の術に関連する四つの石碑が点在するという。

ロンロ・フロンコは再びレザーリュックの中から眼鏡式検査魔機を取り出し装着して目の前の遺跡を眺める。あの時、老婆から聞いた話を思い出す。そして何故今まで多くの学者や研究者が上陸してこの遺跡について何も疑問に思わなかったのかについて考えを巡らせた。


(推測される点は二つ、何方も私のタイミングと運が良かっただけなんだけど…。)


一つはロンロの友人、ランクAAAの天才魔女であるハルバレラが開発した「眼鏡式検査魔機」。

魔力…魔学の呼び方でエーテルと呼ばれるこの力はその痕跡を一定時間その場に残留させる性質がある。ロンロはハルバレラから開発サポートの報酬でこの特殊な調査道具を個人的に所有出来ていたのだが、今現在に置いては本来個人で持ち出せる様な安価な代物では無かった。それこそ大学や研究所、大企業等の大きな母体があってこそ初めて所有・購入出来る一品。島と本土の交流が発達した現在までに置いてもこの遺跡の魔力痕跡をこの様な最新で高額な調査機器で観測した人物やチームはいなかったと彼女は推測した。


もう一つはロンロが島に訪れたその時、「封の贄」の儀式が偶然にも直前に迫っていた可能性である。

老婆の話を思い出すと現代の首領、132代目オアキッパ・インズナがこの今ロンロが調査している遺跡に最近になって訪れていたという言質である。彼女はこの遺跡に対して何か術的な物を施したと思われるし、だからこそ痕跡が残っているのである。


(首都からリッターフランの調査が、その私が来ると判っていたのにどうして表向きには禁止していた生贄、封の贄の開始しようとしているの…?)


ロンロが眼鏡式検査魔機を装着したまま石碑に残る魔力痕跡を眺めつつ「うーん」と悩んでいると横で竜と名乗った自分そっくりの少女・メルバーシが不思議そうにその光景を眺めている。


「んー?あー?人間ってそんな鉄のガチャガチャしたモノを顔に当てないと魔力を視認出来ないの?不便だね!アッハハハハハ!!!」


「あったりまえでしょ!人間はとてもか弱いの!貧弱なの!不器用なの!短命なの!それを学問として何代にも渡って高み積み重ねて今があるの!まったく!あんなデカい図体しておいて頭の方はどうな…え……?メルバーシ…。」


ロンロは眼鏡式検査魔機を装着したままメルバーシを眺めると、そこにはボヤけて薄く光る彼女が写っていた。肉眼で見るよりずっと透明で、密度が薄い。金色の霧がかすかに体の形を作っているのを確認できるのみである。


「メルバーシ…その体はエーテル…いや魔力をメインに構成されている訳じゃ無いのね…。魔力も混在しているからこの眼鏡式検査魔機でうっすらと見える。けど、混在している部分だけ…貴女の体は魔の法則以外でも形作られているの…?」


「魔の法則?…んー、まぁ本能的というか竜が本来持っている力を使っているだけというかなー?この島の光の柱にしてもそうだよ。あれは竜の力だよ。」


それはロンロにとって予想外の返事でもあった。

元々ロンロはこのア・メサア島に沸き上がる光の柱は大地に眠るエーテルがなんらかの形で噴出して降り注いでいる仮説を信用していた。だが、それは今、目の前で否定された。改めて柱を眼鏡式検査魔機を通して見てみるとそこには目の前のメルバーシと同じ様に裸眼よりも薄く裸眼で見るよりずっと細い頼りない光を放つのみであった。


「この世に魔の力以外の超越した力の法則があったなんて…。まさに現代の常識が通用しない神代の世界の法則だわ…仮に単純だけど貴女の言う通り「竜の力」とでも名付けようかな……。って!!こうなると私って専門外じゃない!!!!この私はリッターフラン対魔学研究所の調査研究員でしょ!!魔法や魔学の専門家!!そんなもん!竜の力とか判るかーーー!!!」

ロンロが眼鏡式検査魔機を外しながら自分の発言に苛立ちながら吠えた。


「まーまー、ロンロじゃないとクアン・ロビン共が魔法でこの島に張り巡らせた「ア・メサアの網」は解除出来無いと思うから、ダ・カ・ラ?ネ?頑張ってよー!ねぇー!?じゃないとさ、あの網を破らないと中にいた歴代の生贄さん達を助け出せないよ?ね?」

メルバーシがフォローする様にロンロの後ろから彼女の肩を両手で押さえて宥める。


「むー!まぁそうだけど…!それと柱のエネルギーと同質というのもこの目で確認しちゃったし…本当にメルバーシ、貴女はあの光の柱の奥底に眠る竜なんだね。魂と人格?だけ切り離して人の形にしたの?」


「そうそう、15年前に一旦起きて…まぁその時に飛び出そうとしたんだけどクアン・ロビン共が魔の力で蓋をしちゃててさ、それが「ア・メサアの網」!もうあれがあるから出られないの!最悪!早く人間になりたいのにさ!!」

ロンロの後ろで思い出し怒りとも言うべきか、メルバーシが怒っている。


「ん?15年前に一旦は目覚めた…?その時にメルバーシ、貴女はどうしたの?」

15年前に逢ったこの島の出来事を、ロンロは友人のハルバレラから電話越しに聞いている。


「それがさー!!彼が再びこの地上で生を得たの!!人としてよ!!もちろん男の子として!!彼の息吹を聞いたわ!感じたわ!あの時に彼の新しい魂の波動が空気に伝わり、そしてこの島に眠る私の体に触れた時…!!心臓がバクバクして全身の鱗が逆立ったの!!直に私は目覚めて寝床から飛び出そうとしたんだけど…あっの!くそったれーのア・メサアの網!!あんなものを2300年前からクアン・ロビンの連中は用意してそれで体の上に蓋してくれてさ!!出られないからもうほんとムカついた!!!何度も力いっぱい体当たりしたり竜の力で暴れたんだけどね…!もーう思い出しただけでムカツク!!」


後ろで思い出し怒りが最高潮に達しているメルバーシ。

しかしロンロにはある嫌な予想が脳裏に過ってしまった。




(15年前にこの島で起きた大地震…ハルバレラが私に教えてくれたあの事…)


【揺れの質が大陸で起きる地震とはまるで違うトイウ事。私は地質学についてはテンデ判りませんけどモネ、どうも大陸で起きる地震の揺れ方とは根本的に何かが違うソウヨ。】


(…という事を。電話越しにハッキリと私に語った!今日の朝の会話だものまだ忘れるもんですか!というと、つまり…いやこれってもしかして……。この予想、悪夢が本当だとしたら…ええぇぇ……。)


「メルバーシ…貴女、最近もあの穴底の寝床で暴れたでしょ?」

顔を引き攣らせて目の辺りをピクピクと細かく痙攣させながらロンロが体の向きを変え、メルバーシを見つめた。


「あら?流石ロンロ!よく知ってる!!そうだよ!彼があの時と同じ15歳になったんだよ!それを考えるともう我慢できなくて!!何度か出ようとしたんだけど…結果はダメ……体を外に出さないと竜の力を持ってして人間に転生出来ない…。そーしてーーー!!!」


メルバーシはロンロに向かって両手を広げて満面の笑みを浮かべる。

本当に嬉しそうで輝きに満ちたその笑みを。


「そこにこの島にロンロが来てくれた!一目見て気に入ったわ!その私と同じ金の色の髪!聞けばこの島を調査しにやってきたって!!更に話を聞けば聞く程に魔の力にも精通している!!なんて聡明で賢い女の子!!もうっ!!嬉しくなっちゃって!!!この人の力を借りようって!!あのア・メサアの網も突破出来て転生した彼にも逢いに行ける!!!いえええええええ!!!!」


再びロンロに抱き着きに行こうとした瞬間であった、ロンロがメルバーシの来ているワンピースの様な白い布服の胸ぐら辺りを掴んで恐ろしく目を吊り上がらせた憤怒の表情で力いっぱい吠えた。


「このおバカあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!ア・メサア島における15年前の大地震も最近の地震も!昨日の地震もアンタの地団駄だった訳ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」


「え?あれ?地震?地震起きてた!?この島で?ナンデ!?」

ロンロに圧倒されたメルバーシであったが彼女が何について怒っているのかサッパリ判らない。


「あんな大質量の体と強大な竜の力で暴れたらそりゃ島も揺れるわよ!!!!!!!どうすんの15年前ってそれで島が大損害受けたのよ!!!!!アンタのダダこねた結果でねえええええええええええ!!!!死人は出なかったのが奇跡って言われる程のね!!!!あと地震を収める為に一度は撤廃宣言出した「封の贄」が表向きには秘密で実行されてるの!!!15年前当時!人が一人放り込まれて追加されているのよ金色の竜メルバーシ様の寝床の島の中心部の大穴に!あの光の柱湧く場所に!!こんの!!おばかあああああああああああああああ!!!!あと昨日の地震もアンタでしょ!!!!!地震ほぼ初体験の私も死ぬほどビビったんだからんんんもおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


ロンロが吠えながら何度もメルバーシをぐわんぐわん揺するのだからもう一人の金髪の少女である彼女の結んでない降ろした金髪がわっさわっさと宙に何度も靡く。


「キイイイイィィイイイイイ!!!!あんなクソ重い地震測定器をわざわざ首都から抱えて持ってきたのが完全に無駄じゃない!無駄!!普通の地震とまるで違うんだから観測しても意味無いでしょうよ!!原理は単純!!この島で起きた地震が本土に置ける普通のソレとまるで違っていたのは「バカでかい竜が地面の奥底で出たい出たいと暴れていました」ってアホかああああああああああああああ!!!!あああああああああもおおおおおおおお!!!!!!くだらなあああああああああい!!!!!!」


「ロンロ!?ちょ、ちょっと落ち着いて!ネ!?私がきっと悪かったカナー?ゴメエエエエエエン!!」

尚もぐわんぐわん揺さぶられながらメルバーシが詫びを入れる。


「謝るなら15年前のア・メサア島の人達に謝れぇえええええええええええええええええ!!!!!あと生贄になった人にもおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


その後しばらくロンロの激しい揺さぶりは続いたがメルバーシはただ謝り続ける事しか出来なかったのであった。そして、まだロンロ・フロンコが宿泊した部屋の中でエーテル式のしっかりとした重量のある鉄製の地震測定器が空しく起動し続けているのであった…。それを想うとロンロの中に虚しさと怒りが同時に湧いてきた。どうやらこのメルバーシは人智を、そして人類の一般的な常識をあらゆる意味で越えているのは確かである様だ。


「ハァ…ハァ…もう……なにこの謎の地震の原因についての酷いオチ!!!本来この調査に私ってこの島に来たんだけど!!こんなのどーやってリッターフランの上に報告したら良いのよ!!信じて貰える訳が無いでしょ!!」

興奮したロンロがようやく落ち着きを取り戻す、体全体で息をして膝に手をついている。それ程までに体力を消費して目の前の竜の化身、自分とそっくりの容姿のメルバーシを怒鳴りつけていた。昨夜の地震で散々怯えさせられた面もあるのでまぁ当然かもしれない。


「いやーアッハハハハ…!でも15年前の奴で死人出なくて良かったよね!?」

場を誤魔化す様にメルバーシが愛想笑いで誤魔化そうとしている。


「良くない良くない!んもぉ…終わった事だからしょうがないしこんな話をしても本土首都の人間も現地のア・メサア島の人だって信じないでしょうけど…!所で…一応研究者としてはこれら地震の原因について証拠も欲しいんだけど…かるーーーくで良いから昨日の夜みたいに暴れてくれる?軽くよ?軽く。あんまり大きかったらまた大層な騒ぎになるでしょうし、軽くね?」


「もーロンロって暴れたら怒るし、かと思ったら今度は暴れろって言うし、何よソレ?」


「しょーがないでしょ!私は本来研究者なんだから…!証拠が欲しいの!」


「んーじゃ、軽く動いてみるかな…?」

メルバーシを目を閉じて両手を握る。

彼女の体が淡く金色に発光し始める。


やがて…



「ドオオオン!!!!」



という轟音が響き渡り地面から突き上げられる様な衝撃が島全体を襲った。

目の前にある石碑もガタガタと音を立てて今にも倒れそうな程に。

周りにある背の低い木々も怯える様にその葉を震わせる。

きっと今頃あのロンロに島の秘密を語ってくれた老婆も溜め息をついているであろう。


その揺れ方は昨夜とまるで同じ有様であった。

ロンロは慌てて、


「も、もういいから!!ストップストーーーップ!!!!!」


という必死な声をあげてメルバーシに訴える。

それを聞きつけたメルバーシは全身から放たれる光を収め、目を開いた。


「もういいの?」

あっけらかんとロンロに返答する。


「も、もういい!自分で言っといて何だけど!もう十分!あともう二度と暴れない様に!!!!怖い!単純に!!!さっきも言ったでしょ!!!人間はとてもか弱いの!貧弱なの!不器用なの!短命なの!優しく扱いなさい!!!!」


「そっか…弱いんだよね。うん…判ってる……。だから2300年前に彼もあっけなく死んじゃった…。私、信じられなかった。こんなに人間って簡単に死んじゃうんだって…。信じられなかった……。」


「メルバーシ…?眠る前の、昔の出来事?」


「うん…。私が眠りにつく事になった原因……。彼のいない世界に何の意味があるだろうって……。耐えられなかった、辛かった。悲しかった。だから私は………竜の力を持って彼を転生させた。だけどそれには竜の時の流れの感覚であっても時間が必要になる。人間に例えると膨大な、そう、2300年も必要だった。だから私は…追われたこの地で眠りについた。クアン・ロビン、まさか今の代になっても尚も私を監視しているなんて…。」


「メルバーシ、まぁその…人間の私には判別つかなかったけど…この島の伝説の金色の竜は女の子だったのね…。その何度も話に出て来る彼って…好きな人だったんだね。人間に恋してた…?」


「ん?何言ってんの??いやーその、恋したのはそうですけど!彼はとっても優しくてカッコいいもん!!!!うひひひひ!!!」

ロンロの容姿のままメルバーシは不気味にニタニタと笑った。

そんな姿を見るのはオリジナルのロンロからしてみると、少し気持ちが悪い。

私はこんな笑い方しない!とは思うが一つ彼女の発言に引っかかる物がある。


「女の子だったんでしょ、メルバーシ。彼に恋したんだから。雌竜って事かしら?」


「んあ?」

まるで理解出来ないとメルバーシを口をヘの字に歪ませた変な顔で変な声を上げた。


「んあ?…って何よ!」


「あのねーロンロ、今の人間って竜の事を何も知らないのね。竜に男とか女とか!!無い!!!」


「は!?男と女が無い!?性別の概念が無いの!?」

シンプルな返答にロンロは大口を開けて目を見開いてその言葉に驚く。

彼女も彼女で結構なオーバーリアクションで変な顔をする時があった。


「私は私!!男とか女ってイマイチ良く判んない!!竜に性別は無いでっす!!かつてこの星に無数に存在した竜はそういう生き物でした!!!そのーだからさ…だから人間に聞きたいんだけどさーロンロ…あのー…そのね?」

突然もじもじと身を縮ませて上目遣いで…これは照れている。

そんな表情でメルバーシがロンロに訴えかけて来た。


「え?何!?何を聞きたいの…?私の分野ならまぁ…。今の世界の魔力バランスとか?魔学の成り立ちとか?」


「そーんな事はどうでもいいの!!!もっと重要な事があります!!!!はっきり言います!ア・メサアの網の突破より重要です!最重要案件です!!!これはこの世に!現代にまで生き残った数少ない竜としての私の最後の修行になるんだから!!」


「そんなに重要なの…?人智を越えた竜に対して私の知識が役に立つかな…?」

その返答にごくりとロンロは固唾を飲んだ。

竜が求める知識とは、ア・メサアの網の突破より重要な事とは?

リッターフラン対魔学研究所・調査研究員ロンロ・フロンコにはまるで理解できない案件である。


「良いロンロ!?貴女を選んだのは他でもありません!金髪の私の鱗と同じ色の髪よりも!その魔の知識よりも!もっと重要な事があるんです!それは!貴女が彼が最初に死んだ時と同じ様な年齢の女子であった事に寄ります!!同程度の年齢である事も一つ!重要な要素です!それはズバリ!!!!!」



「ズバリ…!?」



「女の子として男の子と恋愛するのってどーーーーーーーーーーするの!!!!???まるで判んない!!!!!なんか人間って似たような年齢で(つがい)になるじゃない!!それもその後の生涯をかけて続いていくの!!婚姻って言うの!?それ!!!それを彼と結びたい!!とっても結びたい!!!どうやったら出来るのソレ!?何か特殊よね!!!??竜の常識が全く通用しないわ!!!竜は卵を自分一人で産むんですから!!!パートナーなんていらない!!だから!!!どうすんの!?女の子として!!彼に気に入られるにはどうしたらいい!?どうやったら好きな彼と番になれるの!?教えてロンロ!!そんなに魔の知識や色々な事を知っている貴女なら判るでしょ!!?どうしたらいいの!?女の子の恋愛の仕方!ねぇ!教えてーーー!!!!」


それを聞いたロンロは顔を真っ赤にして身を震わせてしまったが…それはストレートなメルバーシの恋の成就を願う乙女の告白から来るものでは無く…どっちかというとプライドを刺激された事、そういう知識が全く無い己に対して自己嫌悪に近い物も混じった物であった。


「ゎ、わかんなぃ……。」


「え?何…?聞こえないって!大きな声で!」


「ゎかりませぇえん………。」


さっきまであんなに吠え散らかしていたロンロがすっかり弱気になり小声になる。

幼年時代から勉強に明け暮れて16歳で専門の大学を飛び級し、そのままリッターフラン対魔学研究所に就職して己の研究と仕事に明け暮れたロンロはその今までの生涯においてロクに恋愛等した事が無かったのだ。失恋なら一度あるのだけれどそれは勝手に惚れた学友がしばらく会わない間に彼女を作っていたというだけで完全な片思い。したがって彼女の恋愛経験はゼロである。悲しい事実でありました。


「え…?もう一度言いカナ?…カナ?」

震えながら発したうっすらと、そしてとても頼りないロンロの声をなんとか聞き取れたメルバーシが理解不能とばかりに固まる。


「その…番とか…彼氏とか‥‥今まで出来た事が私には無いから…わからない……です……。」

ブルブルと両手を握りしめて顔を真っ赤にして半泣きでロンロが声を震わせて、まぁとても頼りなく答えた。


「は?いやいやいや…私この人の形を作った時に島をちょっと飛び回ってね!?見たんだよ…ロンロと同い年位の女の子が男の子と嬉しそうに手を繋いでたりするのさ…。ねぇ…う、う、嘘でしょ!?」


「う、嘘じゃない…!知らない!!!」

泣きべそをかいたロンロが大声で情けない声で吠えた。


「ドウシテ…?何か色々知っているじゃん……。ちょっとした間にさホラ!15年前に起きた地震の原因が私だって見抜いたし、この石碑に使われている魔の技術が古代の大陸で使われてたのと同一だってロンロは見抜いたよ!?そんなに色々な知識を蓄えて活用しているのに人間としてはかなりの聡明さだわ。どうして…え?なんでその男の子と仲良くする為の知識だけスッポリ抜けてるのー!?ありえなああああああああああああああああああああああい!!!!!!!!!!」


「う、うるさああああああああああああああああい!!!!!!私だって好きでこうなったんじゃなあああああああああああああああああいい!!!!!」


今、同じ顔をした二人の少女が己の額をがっちりとぶつけ合う。

そして両者が同時に悲しみの叫び声を上げた。

それは双方にとって魂の叫びであったのは間違いないが、とても悲しい衝突であった。

悲劇である。

悲劇と言わずして何と言おうか。



「ナンデナンデナンデー!!?そこが一番重要でしょおおおおおおおおおおお!!!!!!せっかくア・メサアの網を突破して人になって彼の元にいっても目的が達成出来なかったら意味無いじゃああああん!!!!!!!!バカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」


「そんな事!言われても知らないもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!大体首都じゃ結婚平均年齢は上昇し続けていて16歳じゃまだ独り身で当たり前なんだからあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「嘘ばっかああああああああああ!!!昨日島のを飛びま合った時に見たもおおおおん!!!ロンロと同い年位の男の子と女の子でチューしてたし!!!チューよチュー!!!口と口ぶっちゅってする奴!!!私も女の子になって彼として見たいのソレ!とっても!!!もしかしてロンロってそれも経験無いの!!!!???ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!」


その一言はロンロの逆鱗をついた。

竜であるメルバーシの逆鱗では無く、人間たるロンロ・フロンコ16歳の逆鱗の方が先に震えたのである。世の中判らないという物である。


「あああああああああ!!!!うるさいうるさいうるさい!!!!!!あーそうですよ!!私は彼氏いませんよ!!!!学生時代もいませんでしたー!!男の子?はぁ!?私は勉強に忙しかったの!!エリートですからねエリーーーート!!!!!言っちゃなんだけど収入も平均的な男より大分上ですよーーーー!!!!いつか研究中の題目で魔学に関して特許も取れそうだしーーー!!!!男なんていなくても仕事が趣味みたいなモンだし!?苦も無く楽しく生きていけるしいいいいいいいいいい!!!!!は!?ハ!?ハハハハッハ!!!ハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」


そう言うとロンロは再び目を吊り上げて今度は先程の竜では無く人間の女の子が地面を何度も激しく踏みつけた。逆ギレしたメルバーシに更にキレ返したロンロのあまりにも虚しすぎる叫びと虚勢の笑い声が島の北西の海沿いに、石碑の前で悲しすぎる程に響き渡る。


「ダメじゃあああああああああああああああああああああああん!!!!あーもう人選決定的に間違えたーーーーーーー!!!!!こんなの全然ダメじゃあああああああああああああん!!!何でロンロみたいな独り身経験しか無い子を選んじゃったの!?もうこの計画パーよパアアアアアアアアア!!!!もおおおおおおおおおおおおおお!!!彼と結婚できなかったらどうすんの!!!責任取ってよ!!!!!!!そうじゃ無かったら竜の力を覚醒させて島滅ぼすわよ!!!!地下からめたくそに粉微塵になるほどの衝撃起こして大地震連発させて海の藻屑にするわよ!!!!!!?!?!?!?!」


「し、し、知るかああああああああああああああああああああ!!!!!あのね!れ、恋愛とかね!!そういうのに定まった答えは無いの!パーフェクトな回答は無い!恋愛の数だけ答えがあるの!!多分!!!多分!!よく知らないけど!!!まぁその!!自分で考えなさい!!!!わ、わ、私だって考えているの!!!どんな人が良いかとか初めてチューするなどんなシチュエーションが良いか!とか!!」


「あーーーーーーーーーーーーー!!!ホラホラホラホラ!!!!ロンロも彼氏欲しくてそういうの考えてるじゃん!!!!!やっぱりホラ!!んもおおおおおおおおおおおお!!!まさか竜の私と同レベルだとは思わなかった!!!ナニコレエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!」


「そんな事言われても知らない物はしらなああああああああああああああああああああい!!!!!!」


「うわああああああああああああああああああああああん!!!!私!どうしたら良いのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?彼と(つがい)になりたいから2300年振りに目覚めたのにぃいいいいいいいいいいいいい!!!竜の体と魂を捨てて人間になるつもりなのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!うわあああああああああああああああああああああああああん!!!!」


メルバーシはわんわんと声を上げて地面にへたり込んで天を見上げて大泣きし始めた。

心なしか光の柱の輝きもなんだか力無い様に見えてきたのは気のせいだろうか?

あの柱の光は彼女の竜の本体から発せられているのであるから、多分気のせいじゃない。


「メ、メルバーシ!!そのっ!あのっ!!……ごめん。」


恋が実るかどうか全く未知数になったメルバーシは夢描いていた未来が曇り始めて不安に押しつぶされる余りにとうとう泣き出した。人間と同じ様にその瞳からは大粒の涙がボロボロと零れていく。

その悲しみの姿を、自分と同じ女の子が泣き崩れる姿を見てロンロは我に返り…少し申し訳無くも思ったりした。


「ううううっ…どうしたらいいの……。どうしたら………。」


「な、泣くな!!無責任な様だけど!みんな不安なの!その事については!!」


「…本当?普通の人間の女の子でも不安になるの?」


「なるわよ!私の友人の女性なんて一度が恋愛で悩みまくって体が爆発しちゃって自殺した位なんだから!!その後なんとか生き返ったけど!!」


ロンロの友人・魔女ハルバレラはそれで本当に己の魔力を暴走させて大爆発を起こして一度は死んだ。

今はロンロのその後の頑張りもあって奇跡的に生き返り、二人と同じく恋愛には縁がない身ではあるがまぁ楽しそうに生きている。(楽しそう過ぎてちょっと引く時もあるけど…。)とロンロは首都から遠く離れた神秘の島、ア・メサアでいつも楽しそうに奇声を発してすり寄って来る友人を想った。


「まぁーその…今更人選ミスと言われても困る!私はあの光の柱の、その奥底に眠る無数の人々を見たんだから。何より、恐らく…この現代に生きる魔学者として初めて竜も目撃したでしょう。こうなったらもう最後まで付き合いますからっ!……恋愛は良く判らないけどさ。悪いけど、ごめん…。でもこの島のア・メサアの網と呼ばれる封印は解くわ。貴女、メルバーシが覚醒して完全に目覚めないとあの人達は助けられそうに無いし…何より封印があるままだと普通の人間は柱の内部に近づけない…。それに、あれは貴女が目覚めて、あの柱を、貴女の体から放たれる「刻が止まる竜の術」の光を消滅させないと…生贄にされた人々は目覚めない!!」


「……でもロンロは彼氏とか作った事は無いんだ。」


「しつこいなあああああああ!!!?もういいでしょそれは!!当たって砕けなさい!!何!?その貴女の話に出て来る「彼?」を見つけたらワアアアアアアアっと近寄って!!そして強引に抱き着いてそのまま唇を奪いなさい!!!!それが婚姻、番の誓いみたいなもんよ!!!!きっとね!!!!!!」


「そんな場当たり的な事でいいの?あやしい……。大体経験が全く無い人の言う事だし……。」


「なっ!!じゃあこれを見なさい!!!」

ロンロはレザーリュックからエーテル式タブレットを取り出し電源を付けて素早く保存していた画像データをいくつか呼び出した。魔力、エーテルは情報を記録する性質があるというのを現代の魔学を持ってコントロールしているこの技術を古代の、2300年前の竜に見せつける時である。


「なにそのガラスと鉄の板切れ…?ビジョン…絵なのかな?」


タブレットを訝しく覗き込んだメルバーシに、その両方の眼に衝撃の光景が広がった。

それを見た彼女はロンロからタブレットを「ガシっ!」とあっという間に奪い取り食い入るようにして見つめる。それは目が血走っているかの様に…!鋭く!!獲物を狙うかの如くその姿は正に…神話にて語られる獰猛な竜そのものであった。


そこに表示されたのは…なんて事の無い漫画であった。


女子が好みそうな、ありきたりの恋愛漫画。


線の細い、背の高い、でもタレ目でちょっとだらしなさそうだけど清潔感のある、そんな男が…女のアゴを持ちあげリードしてキスをする、そんなワンシーンである。受け身の彼女も頬を染めてそれを受け入れているそんな漫画の見開きのページ。それはロンロがプライベートで愛読している恋愛をテーマにした首都で流行っている漫画の連載であった…。大学を飛び級しても、16歳で研究者として就職しても、その魔学分野ではエリート街道を歩んできた彼女も。なんだかんだでまだ普通の恋に恋する女の子である。


「こ、こ、これは‥‥!!これはああ!!何!?なんて言ってるの!?アタシはまだ文字っていうの?そういうのかな!?人間の使う情報伝達手段の一部はわ、わからないけど…!」


それを見たメルバーシはガクガクと震えて、やがて目を瞑り…そしてニヤりと笑った。


「ロンロっ…!!!!」


「な、何!?」


「そう!こういう事だよーーー!!!キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!この絵に描かれた男の子と女の子はチューしてるチュー!!!私も彼とチューしたいけど!!!これ見て!?男の子の方からしているよ!?という事はきっと男の子にとってもチューってしたい事なんだよね!?もしかして彼もしたいかな!?すっごおおおおい!勉強になる!!!凄い凄い凄い!!この絵の1枚だけでそれが判ったよ私!!!!男の子もチューしたいんだ!!!へえええええええええええええええ!!!!!!」


「ま、まあうん、そうみたいだね……。うん。」


「なるほど…!!彼氏を作った経験が無いロンロみたいな子はこういう恋についての指南書を持ってるんだ!人間って賢い!!よかったぁあああ~~~~、これを見てたら文字は判らないけど!私にも勉強できそう!彼について!人間の男の子について!!恋愛についてー!!!!やったああああああああああああああああ!!!!私!恋愛を覚える!!!!恋のやり方を覚えられるうううううううううううううう!!!!!彼とチュー出来るううううううううううううう!!!!!!!!!いやったあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


タブレットを持ち上げたままメルバーシは嬉しさの余りに大空に飛び上がりそのまま宙に浮かんで激しく飛び回り喜びを表現した。地面の方でロンロが必死に、



「コラアアアアアアアアアアア!!!そんな恥ずかしい事を大声で言うなああああああああああ!指南書でも無あああああああああああい!!!!そりゃそういう彼氏欲しいけどおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!って!!!何言わせるのおおおおおおおおおお!!!降りてこいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


顔を再び真っ赤にしてロンロが吠えた。







ああ



顔も姿も何もかもそっくりだけど



「そんな所まで似なくても良かったのに。」


ロンロは嬉しそうに空を飛び回り、喜びを全身で表現してはしゃぐメルバーシを見ながら…何度も何度もそう、心の中で呟いた。









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