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島と竜の眠り、覚ます者

メルバーシと呼ばれる少女はロンロの前に降り立った。

彼女はロンロ見て嬉しそうに踊り出すかの様な手振り身振りで語り始める。

「2300年の眠りから、彼の産声聞きつけて、人の暦で15年!そう!ロンロという名の人間よ!私は貴女を待っていた!心待ちにしていた!!」


「え!?ちょっと!一切何も判らない!何!?なんで私と同じ顔なのおおおおおお!?」


「いっええええええええええええええい!!!」

喜びの雄たけびを上げながら自らをこの地に眠る竜、メルバーシと名乗った彼女はロンロに満面の笑みで抱き着いた。


「ええええええ…。誰なの貴女…?全く何も理解出来ない……。」

抱き着かれたまま顔を引き攣らせるロンロ・フロンコ。


「だーかーらー、さっきも言ったでしょ。私はメルバーシ。この地に眠る竜。かつてクアン・ロビン一族を打ち払い眠りについたの。」


「クアン・ロビン?ア・メサア島に住まう一族の名…。かつて打ち払い?」


ロンロは両手でメルバーシを名乗る自分とそっくりな子を体から引き離し、改めてじっくりと彼女を見つめた。見上げるような高い石碑の奥からゆっくりと物理法則を無視して降り立った彼女は…見れば見る程己の顔にそっくりで鏡を見ている以上にリアルで、嫌になってくる程。今の自分と違って髪は結んで降ろして白いワンピースの様な簡素な服を着こんでいるが、それも寝りにつく前のベッドに入る自分にそっくりでますます不気味だ。彼女は、一体何なんだろう。まずどうして自分と外見がそっくりなのかを問い詰める事にしてみた。


「い、色々聞きたい事が山積みなんだけど!とりあえずどうして私とウリ二つなの!!アタシ一人っ子ですけど!!」


「ん?ああそうそう。姿を借りました。いや、頂きました!!気に入りましたから!貴女が島に降り立って一目で気に入ったので頂きました!私の元の体と、金色の竜と呼ばれた私の本来の体色と同じで金の髪でしょ!?顔もホラ、人間基準だけど可愛いと思うの?私のセンスだけど。あと大陸の人間なのでしょう?それも良かった!島の人間、クアン・ロビン一族の姿はどーにもねー?そう思うでしょ?」


「え?可愛い?うぇ!?そ、そう…ありがと……。」

あまり容姿的に褒められる体験はしてこなかったロンロは照れてしまう。

彼女も一応女子なので嬉しかった。


「うん、私も目覚めたばかりだし。人間の価値観や美意識なんかはイマイチ掴めて無い所もあるんだけどとっても良いかと思って。彼に直接好みを聞けたら良いんだけど2300年前は会話出来なかったし…。ねぇ、どう思うロンロ?貴女の顔で彼は気に入ると思う?」


「そんな事を言われても判りません…。自分の容姿に自信持った事なんて無いし…次の質問にもなるけど大体さっきから語る「彼」って誰なのさ…?」


「彼は彼!!!!!!とうとう転生したのよ!!!!時間かかるかと思ってたけど2300年以上もかかるなんて!!!んもう!上手く魂のピースが噛み合わなかったんだろうけど!!15年前に無事転生出来たの!!それで貴女もこの島に訪れた!私はロンロの姿を一目で気に入ったわ!年齢も丁度今の時を生きる彼と同じ位だもん!実にピッタシ!イヤホオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


その「彼」を語りだしたメルバーシのテンションは一気に上昇して再びロンロに抱き着いて体を揺さぶってきた。ロンロは彼女のペースに振り回されて疲れた顔を浮かべる。


「あああああもう!何も判りませえぇぇえええん!」

ぐわんぐわんメルバーシと名乗る少女に揺さぶられながらロンロが声を上げた。


「ねぇロンロ!彼は一体この時代ではどんな名前なんだろう!?髪の色は2300年前と同じあの燃え滾る炎の様な赤い色かしら!?あの頃と同じ様にとっても優しい性格なのは間違いないわ!きっと魂のピースに刻まれた彼の心はそのままよ!また私は抱きしめて貰える!?どうなの!ねぇ!ねぇっては!!!!」


「知りませえええええええええええええええええええええええええええええん!!!」

ロンロの悲鳴にも似た返答が石碑周辺に木霊する。


「あ、そうか。ロンロは知らないよね。と言いますか!この時代に生きている人間は誰も知らないか!アッハハハハハハ!!人間の寿命ってほんと短い!!でも私は人間になるの!!竜としての寿命なんかどうでも良いわ!彼と人間として一緒に時を刻める事が出来るのならば!触れ合って、会話して、お互いの眼を見つめあえて同じ体で同じ目線の高さで、そして一緒に老いていく。そう、一緒に暮らせれば!悠久に時間を貪る竜の体なんて!どーーーでも良いよね!?ロンロもそう思うでしょう!?」


目を輝かせながら一方的に喋りロンロの体を再びぐわんぐわん揺すり始めた。

ロンロはこの島に来て一気に疲労を覚え始めたのを実感した。友人の魔女、ハルバレラと似たような感じで話が通じないとも思い始めている。


「ああああもう!ストオオオオオップ!!!!!」


興奮するメルバーシを再び両手で押さえつけてロンロは大声で叫んだ。


「貴女ね!興奮しているのは判るけどちょっと落ち着いて!彼がどうだとか自分が竜だとか言っても普通の人間の魔女でも何でもない私には判りません!そもそも竜なんて神話や創作のお話なんだから…。それより私の姿とそっくりなのを説明してください!どういう原理なのこれ…?貴女って魔法使いか魔女なの?」


「魔女?魔法使い?…ああ、この時代はすっかり大気に漂う魔力も減ってしまって。人は文明を進化させる方向へシフトしたのね。見事だったわロンロ、この島に張られた私の体の封印を理解してくれて。やっぱり貴女を選んで正解ね。」


「え?」


「そう、この島に張られた私を封印する術式は2300年前のクアン・ロビンの長たる魔女が作り出した物、忌まわしき忌まわしき…!この封印を解かねば私は彼の元へ飛び立てない。もう、己の時を止める必要も無い…。」


メルバーシは振り返り島の中心部を見上げた。

金色の柱を見つめ彼女は感慨深く、何かを懐かしそうに思い出す様な表情を浮かべる。


「2300年前のクアン・ロビンの長…たしか世襲制で名を引き継ぐから当時のオアキッパ・インズナが竜を封印した…?」

顎に曲げた人差し指を当ててロンロが答える。


「そう。ただこの地を選んだのは私よ。追いかけて来るクアン・ロビンの奴らを相手するのも無駄だと思ったから。私は2300年前のあの日、己の体を眠りにつかせた。いつか生まれ変わる彼の再来を信じて…。それまで彼がいない世界で生きるのも辛かったから…。眠った私の体の上に当時のクアン・ロビン共は魔術により封印を施した。」


ロンロはこの島に伝わる伝承を思い返す。


2300年前はこの島、ア・メサアは無人島であったという。

そこに当時、竜と戦ったクアン・ロビンと呼ばれた一族あり。

大陸の草原に住んでいた一族が竜との戦いの末、

弱ったかの竜を追いかけこの地に墜落するのを見つけた。

そして竜を封印するが為に、

島に民が上陸したのが、今のア・メサア島の始まり…


(ここまでの話は一般的に知られている…でもこの私にそっくりなメルバーシが話す内容には「彼」という登場人物が出て来るけど…「彼」みたいな人物が伝承に現れる事は無い…。)


彼について詳しく話を聞いてみようとロンロは思い立ち質問をしてみる。


「メルバーシ、「彼」について詳しく聞かせて。貴女の中でその彼の存在は大きいみたいだし。」


「彼?彼は彼です。アタシの好きな人!!」


「もう!それじゃ判らないでしょ!!!詳しく!!」

全くもってマイペースなので掴み所が見つからずロンロは困惑しっぱなしである。


「彼はね、私を助けてくれた。2300年前、既に神代の時代は終わりこの時代の大気が変わり始めた頃、私はそんな時代に遅く生まれた竜の末裔…時代の返還に相応しく無いからただ、滅びていくだけだった。」


「さっき言ってた大気がどうのって話?」


「そうね。時代が神代から今の時代に変わろうとしていたの。それが人の暦で2300年前。私みたいな強い力を持った竜も、他の強大な力を持った者も、その力の強さ故に新しい時代に適応できなかった。この星が変わろうとしていた。」


「神代、そんな大昔の事は私達にはおとぎ話や空想の物語として伝えられるだけね。3000年前の魔術紋の痕跡が見つかったりしてはいるけど。」


「仕方ないよ、人間の命の火が燃え尽きるのはあまりにも早いから。でも私は人間になるけどね!!」


メルバーシはにっこりと笑ってロンロに応えた。こんなに眩しい笑顔なんて自分は作れないなぁと彼女の自分とそっくりな顔を見て彼女は思う。


「そんな弱って、体もその辺の小動物みたいに小さくなって…死んでいくだけの私を保護して匿ってくれたのは彼だった…。彼って言うけど、名前は知らないの…。丁度年齢も今のロンロ、貴女と同じ位だったかな…。当時は人の外見年齢なんて興味無くてその通りだか判らないけども。でも背丈は同じ位だったかなぁ…?」


「メルバーシ…、貴女って本当に竜なの?」


「うん。」

あっさりとメルバーシが当然とばかりに直に返事をした。


「ん~実物を見た事無いからなぁ…と言いますか、私以外の人間だって実際の竜を見た事無いと思う…。もう今の時代に竜なんていないし、化石みたいな痕跡も発見されていないし…。本当に存在したらセンセーショナルな話題になるでしょうね…。」


ロンロは友人の魔女ハルバレラにお土産で竜の鱗を頼まれたのを思い出す。

あの時は二人共冗談交じりであった。

彼女の語る「神代」の時代の痕跡はほとんど現代では見つかっていない。あるとしたら先程話題に上がった3000年前に残された当時の魔法使いが作り出した魔術紋の痕跡のみである。


「ロンロ、私の体は魂だけを切り離して具現化しているに過ぎない。」


「え?」


「私はまだ、人では無い…。貴女に人にして貰いたい、このア・メサアに張り巡らされた封印…魔術で作り出された網を取り払って貰いたい。彼に逢う為に、彼と同じ時を歩む為に…。」

メルバーシは両手をロンロの顔を包み込む様に優しく抑え込む。


「メルバーシ?何をするの?」


「口で語るよりその目で視て貰った方が早い…私の眠れる姿を見て、ロンロ。」



メルバーシのロンロを顔を両側から抑え込んだ両手が金色に光り始めた。「ガアアアアア!!」という大きな音がロンロの脳内で響く。そしてロンロの視界が真っ暗になる。


(何コレ!メルバーシ!?一体何をしたの!?え?えええええええええええ!!!!)


しかしそのロンロの叫びは声になる事は無かった。

彼女はまるで体から魂を引きはがされた様にその心は何処かに飛んで行くような妙な浮遊感に襲われる。





意識がボヤけた。


暗闇の中に裸で大海に放り出されたかの様な…今まで経験した事の無い様な妙な浮遊感に襲われる。


水の中とも大空の中とも言えないこの独特の感触。


(何だろう…とても暖かい。)


まだ意識がはっきりしないまでもロンロはこの状態に何処か安心感を覚えていた。

母の胎内に帰った時はこんな感じであろうか?何も見えない、何も聞こえないのに不思議と不安は覚えない。むしろ心地よい、安らぎがある…。ロンロの意識は暗闇にそのまま溶けてしまいそうになっていく。


「ロンロ…、目覚めて、ロンロ。人は、いや生き物は。その体の在り方にストレスを感じて日々を生きているの。そこから解き放たれた貴女はそのまま本能的に無に帰ろうとしているわ。だから起きて…。」


自分と同じ声が聞こえる。

もう一人の自分が何処からか語り掛けて来る。

声の方向は判らない…頭の中に、心に直接呼びかけて来る様なこの声は…メルバーシ。

さっき出会ったばかりの私と同じ顔のメルバーシと名乗った少女…彼に逢いたいと己を竜と名乗った少女…。


「メルバーシ!!」


ロンロがその目を開けて彼女を探すと、宙に浮かんだ目の前にメルバーシが居た。私と同じ顔と髪色のあの子が…。ロンロは己の体が淡く発光し、体がまるで霧の集合体の様に揺らいでいるのを自覚した。別に裸でも無く恰好はさっきまでと同じスプリングコートとスカートの出で立ちのままであった。でも、体を構成する今の自分は自分じゃない…はっきりとそれを感じる。


「よく目覚めました。ヨカッタヨカッタ!アハハハハハっ!そのまま死ぬ事もあるからね!!肉体から解き放たれた魂はその役目を終えたと勘違いする時があるのよねー。ロンロはまだ生きたいみたいね。」

暗闇の中、ロンロの目の前で浮かんでいたメルバーシも同じ様に体を揺らめかせながら浮かんでいる。


「ちょっと!!危ないじゃないのそれ!ていうかこれ何!?」


「ロンロの意識を、魂を体から一時期的に切り離しました。ダイジョブダイジョブ、死んで無いから!まだね!」


「えええええええ!?じゃあこの体ってエーテル体!?」

自分の体を見渡しながらロンロが慌てる。


「エーテル?何それ?まぁ魂の根本たる力はあなた達人間が言う魔力だけど。」

エーテルという単語はこの時代、魔法と魔学が発達して初めて生まれた言葉である。

自称2300年前の竜であるメルバーシが知らないのは当然であった。


「それで!戻してよ!死ぬ死ぬ死ぬ!まだ16歳なのに死にたくないよ!!」


「すぐ戻してあげるから!ね?その前にちょっと付き合って…。今から見る場所はこの島、ア・メサアの中心部の奥底。」


「ア・メサアの中心部の奥底…封の柱の!?待って!!貴女本当に!?」


「アハハッ!!さぁ!!!刮目せよーーーーー!!!」




二人が佇む暗闇の空間が一気に輝きに満ちた世界になる。


光だ。


金色の光だ。


金色の景色が全体に広がる。


ロンロとメルバーシは浮かびながらその光の中に姿を現した。


眩しいばかりの何処を見渡しても金色の世界。


足元から湧いてくる光を見上げるとそれは天を貫いている。封の柱である



大きな大穴に凄まじい光が沸き上がる空間にロンロとメルバーシは飛び出した。

ここは間違いなく封の柱の中であった。





「こ、ここは!?本当に!!」


「そう、ここは私の眠る場所。人間の世界で言う私の寝室ね。そして見てロンロ、下の方をずっとずっと。私が居るわ。」


「・・・。」


ロンロは無言でそのまま体を光が沸き上がる真下で降下させていった。

メルバーシもそれに続く。

強大な穴の底は思ったより深かった、そして想像だに出来なかった勢いで光が底から放たれている。


やがてロンロはこの光の柱に漂うある物を見つけて驚きの余り穴への降下を止めてその場に制止した。

ロンロの周りには人が、無数の人が光の中で金色の繭に包まれて穴底近くを漂っているのである。

それも10や20という数では無い、ざっと数えても100人はくだらない人間が眉に包まれてこの穴の中で漂っている。


「人間…!これは人だ…!!どうして!?もしかしてこれ…!!」


ロンロの脳裏に友人ハルバレラから伝えられた言葉と今朝出会った老婆の話がよぎる。

この島の因習、忌まわしき伝統…人を柱に捧げる「封の贄」…。


「メルバーシ!この人達は!?今まで島の伝統で生贄として捧げられた人達だよ!?なんてことなの…!!何百年も、いや2000年以上も続いていたと言われる因習の被害者の肉体がまだ現存しているなんて!!」


驚きの表情を浮かべるロンロ。

魂の身でありながらその脳内には目まぐるしく回転して今の状態を分析し始める。


「浮かんでいる人達は…お婆さんが言った通りの情報と合致する!男の人ばかり!それもみんな若い…!私と変わらない位の人もいる!それに衣服や身に着けている物の差…!島の伝統文化は判らないけど!明らかに昔の恰好の雰囲気な人達がいる…!本当に…!本当に彼らが封の贄なの!?なんて事…信じられない……。まだ肉体が現存している…。」


「わー、っていうか何で?何してんのクアン・ロビンのアホ共。なんで私の寝床に人間を放り込んでるの?」

横でメルバーシが理解不能と言わんばかりに首をかしげている。

予想外の答えにロンロは浮かんだままズッコけそうになる程に体制を崩した。


「はぁ!?貴女知らなかったの!?封の贄よ!!竜の目覚めを防ぐ為にこの島の人間は昔から15年周期で生贄を捧げていたの!黄金竜の気を静め竜の目覚めを防ぎ!島の崩壊を防ぐ為に!!」


「知らなーい。大体、私が目覚めたのってたった15年前だよ。それまで2300年間ずーっと眠っていたんだから。何してんのクアン・ロビンの奴らって?頭おかしいの?同胞を私の寝床に放り込んで?ハ?ヘ?ワッケワカンナイ!いやー私は人間の女の子にはなりたいけどさー!「彼」と全然違うじゃん!タイプが違う!浮かんでいる奴らみーんな私の好みじゃなーい!」


「そういう問題じゃないでしょ!ていうか今まで気づかなかったの!?2300年も!どんどん人が放り込まれてたのに!」


「だから起きたの15年前だって!それにこうやって意識飛ばして自分の姿を見に来るのも初めてだし!貴女がこの島に来るまでほとんど活動してなかったんだよ!それで説明の為にロンロの魂を連れて来たの!」


「えええ……。」

あまりの事実にロンロも開いた口が塞がらなかった。

ただメルバーシを責めるのは酷である、彼女は本当に15年前に目覚めて、意識をもって行動し始めたのはつい最近であると語っているのだから。


「ロンロ…。私は眠っていたって言ったよね。」


「え、ええ…。それが何…?」


「正確には己の肉体と意識の刻を止めていたの。「彼」のいない世界で意識があって、「彼」との思い出を考え続けるのも辛かったから…。だから私は最後に使った力で己の活動を全て止めた…。この島に柱となって沸き上がる光、私のその術法の光…。刻を止める光なの。」


そのメルバーシの言葉を聞いてある考えが思いついたロンロは意識の魂となった体を移動させ、金色の繭に包まれた人間の一人に近寄った。若い男が目を閉じて母の胎内で眠る赤子の様に丸まっているのを確認する。


「本当に本当に何て事なの…。信じられない……今まで生きてきた中で一番の衝撃かもしれない…。」


ロンロはこの事実を確信するとエーテル体をぶるぶると震わせた。

常識では到底信じられない事であったのだから。


「私も驚いてる。」

メルバーシが近寄って来てロンロの考えに応えた。


「……まだ生きているわこの人達。時が止まったかの様に。封の贄に捧げられた人々は生きている!!」


再びロンロは今朝出会った老婆の話を思い出す。

もしかしたらこの無数に浮かぶ金色の繭に包まれた中に彼女の孫がいるのかもしれないと思うと身震いすらしてきた。見渡す限りの金色の繭に包まれた若い男達、歳すら取っていない様である。あたかも放り込まれた当時のまま彼らは長い年月をこの封の柱の中の奥底で眉となって漂っていたのである。


「一体クアン・ロビンは何がしたかったのかな?」

本当に良く判らないとメルバーシは再び首を傾げた。


「何か…封の柱が島の政治的、運営に関わる出来事に利用されていたとしたら…。だとしたら貴女、メルバーシが知らないのも判る…。でも何の為に?何なの一体…このア・メサア島はどうなってるの…。」


「人間の考える事って複雑ね…。小さいし短命だから馬鹿にしてたけど…。私って人間の女の子でやっていけるかな?」

ア・メサア島の因習を目の辺りにして少し落ち込んだメルバーシが呟いた。


「私だって判らないよ…。何故こんな事を…。メルバーシの言う通り人間の寿命なんて短い物、15年周期で行われる封の贄だって…。だから、この人達が無事目覚めたとしても家族も親類も、友人も知り合いもみんな、もうほとんどは亡くなってしまっている…。」


金色の繭をの中の若い男達をロンロは悲しそうに見つめた。

そう、彼らの家族も友人も多くはこの世にもう居ないのだから。

彼らを知っている人は既にもうその生を全うしてしまったのだから。

今朝ロンロが出会った老婆にしてもあんなに年老いて…きっとその娘でこの繭の中に眠る誰かの母も、そう思うとロンロの心はかき毟られる様に乱れた。でも、今は自分もエーテル体でどうやって彼らを助けていいか何も手段が無いのである。それに、陸に戻ったとしても封の柱の周りは厳重な警備が敷かれている上にメルバーシの言う通りなら更に封印の結界すら張られている。どうすれば良いか何もロンロには思いつかなかった。


「きっと私の術に巻き込まれてその体の刻を、彼らも止めてしまったんだね…。」


「貴女の言う事が確かなら、ね…メルバーシ。でも、論より証拠だよね…確かに彼らは生きているし、それを私は見てしまったわ…。」


「少しは私の話を信じて貰えた?本来はこんな事じゃなかったんだけど。」


「もう信じるしかない…。それに、これを見てしまったからには私は彼らを救わなければならない。あのお婆さんのお孫さんだってきっとまだこの中に…。だから、メルバーシ。」


「そうだね。もっと降りよう?」


「うん、メルバーシの体。この目で見る!」


「そうそう、さぁ招待するわ…。でも私だって自分の寝姿を見るなんて初めて。アハハっ!」


「もう笑いごとじゃないよ!こんなに犠牲者がいるのに!やれやれ…。」



彼女達二人は寄り添って穴の奥深くに降りていく。

底に近づく度に光の濃度は強くなり、景色が更に金一色に染まっていく。

それにしてもかなりの深さがある穴だとロンロは降りながら考える。もう十数分近く降下しているのに一向に底は見えず、竜の寝姿の影も出てこない。

この時、ロンロは見逃していたがある金色の繭が一つ奥底近くで漂っていた。それは多くの他の繭と一つだけ決定的に違っていた。中に入っていたのは白い衣を己の鮮血で真紅に染め上げた女性の繭であったのだから…。



やがて、強烈な光の中でぼんやりと大きなシルエットが浮かび上がった。


穴の最深部にまで到達した二人は沸き上がるこの島と天を貫く光の発生源をその目でしっかりと取らえた。

なんて大きな体であろうかとロンロは圧倒される。

その体は穴底で深い深い眠りについていた。



その姿をロンロは良く知っている。

幼き頃に絵本で見た、大きな翼に長い首、太い体に長い尻尾。

爬虫類の様な姿に話に聞く黄金の鱗を纏わせた…紛れもないそれは、竜であったのだから。



今、ロンロの目の前についに黄金竜がその姿を現したのだ。



眠りにつくと言ったその通りに竜はその体を丸ませて大きな翼も地面に降ろし、長い尻尾は体を丸める様にしてとぐろを巻いている。



「私よ…。あれが私の本来の姿。でも、「彼」と過ごせるのなら、「彼」と同じ歩みの時間を手に入れるのならば…私はあの体を捨てる!」


「竜、竜…!本当にいた…!!神話やおとぎ話じゃない!!私の目の前に竜がいる!!!信じられない…今日は驚いてばっかり…!!なんて神々しいの…。それに、私達が伝承で、絵で、言葉で語り継いでいた姿その物だわ!!!2300年前のこの世界、この星に竜が存在したんだ!!!!!!!!!」


眠りにつく竜から凄まじい勢いで光が放たれている。

これがア・メサア島の神秘の正体、天を貫く封の柱の発生源、それがメルバーシ。

黄金竜メルバーシの姿なのだとロンロは圧倒される。









「黄金の竜…!!!」


がばっ!とロンロは寝そべっていた体制から起き上がった。


「あれ…?体に戻ってる…?」


気付かぬ内にその場に倒れ込んでしまっていたロンロ。

己の両手や体を確認して肉体に魂が戻っているのを確認した。ゴツゴツした短い草の生える地面に直接倒れていたのだろうか、全身に軽い痛みを覚えた。横ではメルバーシがにこやかな笑みを浮かべて横に座り込んでいる。


「信じて貰えた?ロンロ?」


「信じるも何も…、今のが夢だとは言えないよ…。私はあの封の贄のその後を見てしまったんだからさ…それにあの竜、メルバーシも…。」


「良かった!じゃあ協力してくれる!?一緒にこの島に張り巡らされたア・メサアの魔術の網!断ち切りましょう!私は人間になる!人間の女の子になって彼に逢うの!」

両手をパチンと叩いて嬉しそうにメルバーシが言う。


「そうはいかない!あんな大質量の生き物が湧いて島から出てきたら大騒ぎよ!!!」

キッと睨みつけてロンロは返答した。


「えーーーーーーー!!協力してくれないの!?」


「そうとも言わない!ただア・メサア島の封印は私が解く!そして貴女も穏便に人間になってこの島から出て言って貰うわ!!そうして貴女の眠りを覚まさないとあの刻が止まる術は停止出来ない!柱の中で眠る眉に包まれた人達を救うにはそれしかない!あれは竜の技、神代の技!今の人間の魔学・魔法の知恵じゃどうしようもないんだから!」


「え!?もう回りくどーい!手伝ってくれるんだね!やったー!流石私の見込んだ相手!姿お借りしまーす!!キャアアアアアアアアアアアアア!!!」


喜びの声を上げて再びロンロにメルバーシが抱き着いた。


「んもーー!!…でも、貴女に目覚めて貰わないとこの島は変わらない…!2300年の歴史を、忌まわしき因習は私が止める!!」


「止めよ止めよー!大体なんで人間放り込んでんのアホじゃないの!アハハハッハ!みんな生きてまーーーーす!!」




(何か、あの柱を利用するに値する訳がある筈。それを探らないと…。封印の問題もあるし…、私に出来るのかな…?)






喜ぶメルバーシを尻目に自信が掲げた事の重大さ、責任に少しロンロは押し潰されそうになる。






とりあえず、自分とそっくりな少女がうざったいなとも思うのであった。









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