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生贄として、島の長として

15年前-


若干12歳でケユウ・ウンは母からクアン・ロビン一族首領の座を受け継いだ。

これは継承の儀が行われるまでの記録。







日が沈み、この島のもう一つの太陽「封の柱」の光がア・メサアを金色に照らし染め始める時、

島の南西にある大きな池に囲まれた首領屋敷に集う地這蝶がその透明な羽を金に染め始める頃、

ケユウはあの気球の旅立ちを見た日から、その夜の刻が訪れるのを待ち遠しく感じる様になる。


最初の翌日は…あの時に交わした約束の通り、彼は。

イロバ・ヒカーと名乗ったあの彼は本当に私を訪ねてくれるのだろうかと気が気でなかった。

10歳になる頃から始まった次期首領になる為の教育時間の時も、食事の時も、いや朝目覚めたその時から彼女の思考はそれただ一つに集約されていた。ケユウにとってその日の太陽が落ち夜になるのがどんなに待ち遠しかった事だろうか。

今か今かと屋敷の中から蝶が舞う瞬間を見逃すまいとまだ明るい内から空ばかりを見つめていた。

やがて無限とも思える程に長く感じた時が過ぎ去り、夜の暗闇に金色の霧が舞い始めた頃。

庭を見ると地這蝶ミヒョワ様が昼の眠りから覚めて柱に向かって透明な翼を広げ始めその翼を黄金色に変え始めた頃だった。

そのミヒョワ様の群れの一部が金色に羽ばたいて空に一筋期の金の川を描いたのは。




ケユウはミヒョワ様が空に描いた河の流れを目撃した時に自分の心が高鳴るのをはっきりと自覚した。

あまり急いで屋敷を出ては怪しまれる…次期首領の自分が夜に一人で外出するというのは周りの従者にも母にも怪しまれて当然だ。ただちょっと、外の空気を吸いたいからという様な何気ないそぶりが大切…頭では判っていても自然と早足になる。門から屋敷に続く庭の道は途中で階段となっているのだがあまりに駆け足で降りてこけたりもすれば大変だ。それでケガをしてしまったら間違いなく周りに外出は止められる…。彼女は焦る気持ちを精一杯抑えてなるべく表情も変えずに、何気なく門の外に歩み出した。


門を出て家の者からの目が届かなくなった場所にまでついたケユウは辺りを大急ぎで見渡し、小さな声であったがはっきりと、


「イロバ様…!イロバ様!? 私です…!」


なるべく大きな声を立てぬように、それでいて必死な声色で彼を探した。

夜になったとは言えこの島は中央部から沸き上がる天を貫く金色の光柱が辺り全体を照らしている。しかし姿見えないイロバ・ヒアーを探しケユウは首を大きく左右に動かして彼を探した。


「ケユウ様…、ケユウ様…、俺はここですよ。」

やがて門の外にある茂みの中から見覚えのある体格の男が、ケユウの名を呼びながら姿を現した。


「イロバ様…!!」

ケユウは彼を見つけると両手を合わせて目を大きくあけて喜び急いで駆け寄った。

彼は約束通りに来てくれた。それが本当に嬉しくてケユウの気持ちは舞い上がるばかりであった。


「ケユウ様こんばんは。港周りの南の方だと人目も多いですから、北の方に足を運びましょうか。」

イロバは仕事を終えた後に昨日二人で交わした約束通り、この場に再び訪れてくれたのだ。


「こ、こんばんは…!は、は、はいっ!そそそそ!そうしましょう…!」

嬉しさもあったが再び彼と二人きりになると緊張してしまって上手く口が動かなかった。

今日再び出会えたのならば何を話そうか、どう振舞おうか、今日一日は目覚めてからそればかり考えていたというのにいざ対面すると何もかも入念に頭の中で描いていたその考えは吹き飛び、ただただ恥ずかしく、そして嬉しいばかりの気持ちしか湧いてこなかった。


「では!参りましょう…!」

夜道を次期首領たるまだ自分より幼いケユウ一人で歩かせる訳にもいかず、もし何か大事があったら大変であると彼は当然とばかりに手を差し出した。ケユウは緊張した面持ちで震えながらその手を握り返す。あの時と同じゴツゴツとして逞しい男の人の手は…とても暖かく安らぎに包まれる感触であった。


しばらく無言で二人で島の夜道を歩いだ。


手を引かれながらイロバの姿を横目で確認すると、彼もまたケユウを気にかけてこちらを見ており目線が合う。優しく笑みを返すイロバに対して照れた彼女は慌てて目線を反らすものの、直にまた彼の顔を見つめると金色の光に照らされた逞しい漁業で培った体と彼の笑顔が待ち構えていてそれが…ケユウの脳裏にとても激しく焼き付いたのであった。


やがて人通りも少なくなった島の北西側に辿り着いた二人は丘になって目下には海が広がる崖に腰かけた。ケユウは恥ずかしくも勇気を出して彼の真横に、先に座った彼と同じ様に崖に足を放り出して腰かける。彼女が座るまでイロバは手を優しく握りしめてくれていた。


「こっちは西側だから…この先の海の向こうに一番近い大陸があって…この島を保護領として取り込んだ国の首都があるんだなぁ。いつか行ってみたいなぁ…。」

イロバは海の向こうを見つめながら呟いた。


「イロバ様は、首都に行かれたら何をやってみたいのですか?」

その横顔を見つめながらケユウは返事をする。


「ん?俺はですねー、まず馬を買います!島よりずっと安く本土では馬を買えるそうです!」

元々ア・メサア島に馬はおらず本土からの輸入に頼っていた。

航海技術が発達し昔より船の往来が多くなった今でも高額な動物であるが、もっと昔には更に貴重な存在で一頭買うだけで家が建つとまで言われていた。


「そしてその馬で広い広い、この島の何倍も何十倍もデカい大陸をあての無い旅…。まぁ甘い考えて道中の路銀はどうするかとかそんなプランは無いですけどね。でも、よく船の上で網を引き揚げながらそういう想像しちゃうんです、俺は。でも後継ぎだから、長男だし、実現不可能なただの現実逃れの妄想ですよ。ハハハ。」

喋りながら眉尻を下げながらイロバは笑う。


「いえ…とても素敵だと思います。」


「そうですかい?」


「ええ、私も島の外を見てみたいと思うようになりました。あの気球を見て、まだまだ私には想像だに出来ない技術が生まれてそれが利用されているであろう大陸に。夢描くようになりました。」


「ケユウ様も自分と同じ様な事を考えるんですね~。まぁ俺はその、本当にただの現実逃れな気がしますけども…。へへっ。」


「同じです。次期首領の立場である私の方がもっと不可能ですから…。」


「ケユウ様…。」


「でも、島は嫌いではありません。母はとても聡明で賢く、優しく、実際に島の封鎖的な空気を変えて見せました。私は母を継いで更にこの島の風土を考えを、より開かれた様に改革を進めていかねばと。」


「立派ですね、ケユウ様は。」


「違います!」


「え?」


「その、立派になろうとしているのです。まだまだ私には何もかもが足りない。知識も見聞も、何もかも。」


「立派になれますよ、俺よりまだ全然幼いのに既に大きな物事で島の未来を考えている。きっとなれます。」

イロバが優しい笑みでケユウに返事をする。


「こ、子供扱いはしないでくださいっ!あと一年で私も成人ですっ!!」


「いやー!それはちょっと!観光客とかから聞いた話だと大陸の方だと20歳で成人だそうですよ?うちの島みたいな田舎は若い労働力も必要だから13歳で大人の仲間入りですけどね。」


「え!?そうなのですか!?20歳というと島ではもう大人も大人ではありませんか!?もう子供が何人もいてもおかしくないです!」


「ええ。ご存じありません?」


「本土の方々は20歳まで何をしているのでしょう…?」


「んーまぁ職業訓練だったり、学び屋で勉強したりするそうですよ。俺よく港にいるから観光客とも話すんです。ははっ、彼らにケユウ様と同じ質問をしたこともありますね。」


「なんという事でしょう…。20歳までしっかり学んで訓練して、そして成熟した状態で世に出るからこそ魔学の様な学問が生まれ発達してきたのですね…。」


「俺なんかケユウ様より若い時期から船の上で網を投げたりしてましたから。ちょっと遅すぎると思っちゃいますけど。」


「…初めて聞きました。やっぱり今日この日も再びイロバ様とお話が出来て良かったです。とっても…。」


「お?島の未来についてまた一つ新しい考えが生まれましたかか?はははっ。そうですねーもっと学び屋はしっかりあった方がいいかも…。今のオアキッパ様が10歳位までの子供を集めて読み書きを覚えさせるのは始めましたが、現状はそれだけですもんね。」


「はい…しっかりと本土に負けない様な制度を導入しても良いかもしれない…そう思い始めました。魔機にしても扱いについては若い人の方が使いこなしていますが個人差が見えます。そういうのも学べたらもっと素敵ですね…。」


「ふっふーん!でしょう?実は俺、一流の魔機式動力船乗りですよ!漁に出る時も親父より扱いが上手いからさ!間違いなく!魔動式動力船においては俺っては島で一番の先生になれますよ!ハハッハハ!!!」


「まぁ…フフフっ。」




この日から。

ア・メサア島の夜の暗闇に金色の霧が舞う中での二人の時間はケユウにとって、とてもかけがえの無い宝物となったのであった。


イロバはあまり遅くなると屋敷の人達から怪しまれるからと、この秘密の会合は毎度30分もしない内に切り上げていたものの、彼女はこの一日の中では僅かな時間を生きがいとして、日々の活力として生きていく様になる。最初は「次期首領であるケユウがこれからの島の未来を考える為に」という体ではあったがやがて日々の自分達の暮らしから将来の夢、イロバが今日見かけたおかしな観光客やケユウの次期132代目を継ぐ為の勉強と修行の日々のあれこれ等と会話の内容は多岐に渡った。


イロバは素直に何でも、それでいて興味深く話を聞いてくれるケユウをまるで実の妹の様に可愛がり、仕事の終わりで体力や時間に余裕がある時はなるべくこの「会合」の為に屋敷の庭にてミヒョワ様を散らして彼女を誘って外に連れ出してくれた。連れ出す度にイロバはケユウの手を引き夜道を先導してくれた。なるべく島の住民や観光客の寄り付かない所へ…大体いつも似たような場所であったがそこまで彼がケユウを連れて行ってくれる。


初対面の帰り道の時から気にはなっていたのだがケユウはこの優しく、自分の話を立場に関係なく耳を傾けてくれるれるイロバにすっかり夢中になってしまった。12歳、丁度恋に憧れ始める年頃になろうかという彼女にとって5歳年上のこの笑顔振りまく逞しくも、暖かく、柔らかくて、包み込んでくれる様な彼に対して恋の心を抱くのもそれはまた必然であった。


ケユウは時より会話の途中に、いつも隣に座る彼の横顔に見惚れてしまう時がある。

耳が隠れる程度の短さの黒い単発にキリっとした目と、逞しい腕と首筋が島の柱で黄金に照らされる。

自分よりずーっと大きな背丈とまだ成熟した大人には無い線の細さが同居した彼の姿は島でも中々の美青年であった。そんな容姿関係なくとも、同じ様に島の未来を夢見て。あの時…共にこの島を旅立つ魔学式気球に見惚れて外の大きな世界に夢を共に見た同志として、彼女はイロバに新しい心の拠り所を見つけていた。


やがてケユウは将来の夢を見る様になる。

その夢は恋した女性ならば誰もが夢見る普遍的な、ありきたりの事。

それでいてとても心躍り、考えるだけで癒され、そしてこれから生きていこうとする希望が奥底からみるみると沸き上がって来る。そういう幸せな、シンプルながらとても幸せな結末。


だが…クアン・ロビン首領家は伴侶を持たぬが定めと決められた2300年の歴史において、ケユウの夢見る一緒に夫婦となって共に暮らすという事は実現不可能でもある。


それでもケユウはそれについて少しも絶望を感じなかった。

母が、131代目オアキッパがこの島の風習を変えた前例が出来上がった今のア・メサア島に置いて実現不可能な物事など存在しない。母の代では無理でも私が帰れば良いだけなのだからと若さ故か、恋の熱から来る強気な気持ちなのか…。だがこの時に彼女の中で「今までが駄目なのなら、私が変えてやれば良い。」という強い気持ちが生まれたのは事実であった。


そのクアン・ロビン首領家は伴侶を作る事が出来ない、というのを打破したいというのをケユウはイロバにそれとなく語った事は何度かある物の、まさか当の自分がそのお相手だとは露知らずに素直に応援してくれたのだからちょっと彼女もヤキモキしたという物である。


でも、それが。その何気ないやり取りが。

ケユウにはとても大切な物で、とても嬉しかった。

何故ならはこれが。12歳の少女の彼女には。

他の島の女の子と変わらぬ様な…ごく普通な当たり前の時期に初めて恋をした。

それはケユウが普通の女の子として普通の初恋をした…。彼女はクアン・ロビンの首領という神の代弁者、竜を封じた一族の指導者の末裔の特別な人間としてでは無く一人の人間として当たり前の生活を行えていたという事でもあったのだから。


母親は尊敬しているし、自分が選ばれた特別な人間だと言う思いは生まれからハッキリと自覚していた彼女ではあるがやはりそれは嬉しかった。何より普通の人間として相手をしてくれる目の前の彼、イロバもまた普通の島の人間なのだから。ただの少女として出会わなければこの初恋はきっと無かったのだからと。年を重ねて島において成人になる13歳が近づくになるにつれて段々と次期首領になる為に俗世離れしていくのを彼女はその幼心にハッキリと自覚し始めていた。


それが嫌な訳じゃない。

偉大な島の改革を成し遂げた母様と同じ、今も身に纏っている首領家の証であるこの白き衣に初めて袖を通した時も憧れとして受け止めて喜びに舞い上がった。


でも、それでも。

段々と俗世と隔離されていく感覚は確かにあった。

ケユウは最近は近くの同世代の友人らともあまり会話も無く滅多に遊ばなくなってきていた。彼女らも大きくなり家業を手伝ったりする事情もあったり、何より自分自身が家督を継ぐ為に日々学ぶ事や修行を行う時間が増えてきた。

2300年続く、竜と戦い、竜を鎮め、竜を封印した一族の末裔として。

(まつりごと)を仕切る立場になる物としてのその自覚が。島社会の頂点に君臨する立場になる人としての葛藤がやがて、ケユウの中にうっすらと沸き上がってきていた。


そんな時にあの気球が来訪して彼、イロバ・ヒアーと出会った。

恋をしてそれを自覚した時にケユウは、また再び一人のただの人間に戻れた様な気持ちになった。お互いに夢を語り、未来を良きものにしようとする希望がある話をして、何気ない日常を語り合うこの時間は今のケユウには…島で一番の、かけがいの無い、それは優しく尊敬する母様との間の思い出にも勝るかもしれない宝物だった。





始めてイロバがケユウを連れ出した時から数か月が経過した。


やがて慣れ親しんだ二人は更に親密となり、この頃になるとイロバはケユウに「様」をつけて敬語を使う事も無くすっかり砕けた口調で彼女と触れ合う様になっていた。


ある日、ケユウは夜の中、隣に座るケユウの体に頭を預けて寄りかかった。

少し大胆にしてみようかと彼女なりに勇気を出して体を預けてみたのだ。触れ合った肌から彼の体温が伝わり心臓はバクバクと大きな音を立てて彼女の顔を高揚させた。柱から放たれる光でその肌色も伝わりそうな恥ずかしさもあったが彼女は目を瞑って静かに何も言わずにそのまま寄りかかり続けた。

最初は少し驚いた様なイロバであったが、少し笑った後に片腕を回してケユウの頭をそっと優しく撫でてくれて、そのままその腕を軽く彼女の頭の上に乗せる。予想外の反応だったのでケユウは驚いて最初は目を開けたが…その頭部から伝わる彼の腕の優しさに、ドキドキよりも安らぎが勝った。とても満たされた気持ちになった彼女は静かに再び眼を閉じた。その日はもうそれ以上は何もケユウはイロバに語り掛けなかったし、イロバもケユウに声をかける事は無かった。海沿いにいたので静かに波の音と遠くから僅かに夜が最も賑わうア・メサアの喧騒が聞こえてくるだけの…静穏で豊かで満たされた時間が流れていたのだった。


しかし、ケユウのその満たされた時も、この数か月のやり取りも。

遥か空の上で131代目オアキッパの遠の瞳が絶えず見つめ監視していたのを二人は知らない。

ケユウも、まさか母がこの一時を常に監視していたという事を考えてもいなかった。


だから、あの日の出来事をケユウ・ウンは生涯忘れる事は無い。


ア・メサアは島の中央から沸き上がる封の柱の光により本土とは生活のリズムが多少異なる。

漁業で働く男や農業を営む家は朝早くから起きる事もあるが他の仕事をする者・そして多くの女達は昼に差し掛かろうとする時にようやく目覚め、柱の光に照らされて夜遅くまで働く。島の(まつりごと)を行う首領家もまた、多くの活動を日が落ちてから始めるのである。

ケユウはその日もいつも通り昼頃に目覚め、食事をして身なりを整え、次期首領132代目オアキッパになる為の勉強を済ませてホっと一息ついた頃。今日の夜もイロバはやってきてくれるだろうかと日が落ちて夕日が差し込む屋敷の窓越しから、暗くなってきてやんわりと金色に染まりつつある封の柱を見ながらぼーっと外を見ていた。その時であった。




「ド ォ ン ! !」




という何かの爆発音の様な響きが起き、凄まじい衝撃が島全体を揺さぶった。

屋敷の中にいながらケユウはその衝撃で誇張でも比喩でも無く体が一瞬浮かんだ。


「ゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオ!!!」


続けて波打つかのような地揺れがしばらく続いた。

衝撃の後に続いた大地が揺れ始めた現象にケユウは成すすべも無く屋敷の壁にしがみ付くしかなかった。ケユウにとって生まれて初めて経験した島の地震だった。

島全体を大きな地震が襲う、まるでこのア・メサア島の奥底に眠るあの竜。

幼き頃に母にその名を教えられ決して他言してはいけないと告げられたあの黄金竜「メルバーシ」がその長き眠りから目覚め地面の奥底で暴れ狂っているかの様だとケユウは咄嗟に感じた。



「…!!こ、怖い!誰か!!母様!! イ、イロバ様!!!」

ケユウは助けを求めて大声を上げる。

思わず母に続けて最も頼りにしている異性であったイロバの名前もあげてしまっていた。

恐ろしいまでの揺れに屋敷の花瓶が次々と落下して割れ、家具が倒れていく。

奥の方で多くの食器が砕け散る音がして従者や家の者の悲鳴が聞こえて来る。

屋敷全体も悲鳴をあげるかのような軋む音を立てる。

屋敷の外の池の周りに集っていた地這蝶ミヒョワ様の群れもまだその翼が完全に金色に染まっていないというのに次々と飛び立ち始めた。


延々と続くかの様な揺れに怯えるしか無かったケユウであったが、地震自体は数分で止まった。

だけどのその数分が永遠かと思えるほどに長く、怖く、恐ろしい時間であった。


「…ケユウ!大丈夫ですか!?ケユウ!?」

揺れが収まると直に母・131代目オアキッパが彼女の前に現れたのでケユウは母に抱き着いて泣きじゃくる。


「うあああああああああ!ああああああああああああああん!!」

驚きと初めて味わった恐怖によりしっかり動転したケユウは母の胸の中で大きな声をあげて涙を零す。


「良かった…。無事で何よりです。」

母・オアキッパは泣き取り乱す彼女を優しく抱きかけてその頭を撫ででやる。

自分と同じ、血を分けた証拠の銀髪の長い髪の我が子の無事を確かめた母もまた心から安堵した。


「まだ暫くは余震で揺れるかも知れません、貴女も屋敷の外に避難するのですよ。」


「母様は!?」


「私も直に参ります。屋敷を見渡して怪我人がいないか確認しないといけませんからね。これも長の務め、ケユウは一人で庭までいけますね?」

ケユウの視線まで腰を落とした母は優しい笑みで彼女に語る。


「は、はい…!でも母様も早く来てくださいね…!」


「わかっておりますよ…。さぁ急いで。」


母に背中を押されてケユウは庭まで一目散に飛び出した。

外に出て見ると庭の地面のあちこちに亀裂が入り、壁も一部崩壊しているのを目撃し、先程の地震の威力の様をまざまざと見せつけられた。既に何人かの家の者は飛び出しておりケユウの無事を喜んでくれた。


「母様は大丈夫でしょうか…?」

またあの揺れが続くかもしれない余震の恐怖に怯えながら外に出てこない母を心配した。


「大丈夫ですよ、オアキッパ様なら必ず。」


熟年の女中が後ろからケユウを励ました。

やがて、家具の転倒であろうか。片足を怪我していた家の者に肩を貸して母が屋敷から現れた。

余震が続くかもしれない恐怖の中で家の者を助け出して来た母を屋敷の外で多くの人が称賛し彼女の無事を喜んだ。その光景を見て、母の無事を喜ぶと共にケユウも誇らしかったものである。




誇らしかった。


誇らしかった。


誇らしかった。


母こそこの島を統べる者に相応しい。


ア・メサア島に暮らすクアン・ロビン一族の首領「オアキッパ・インズナ」


私も偉大な母の様に立派になりたい。


そして、そして…母の進めた改革を更に進めて、新しい未来の島を築く。


突然の地震に恐怖し、怯え、泣く事しか出来なかった自分とは違い母は他人を救う行動が出来た。


母様は、やっぱり偉大だ…。





だけど、地震が落ち着いたあの日に告げられたのは、


ケユウには到底受け入れる事が出来なかった…。出来る筈も無かった。

ありえなかった。信じたくも無かった。あの宣告が夢では無いのだから現実は悪夢としか言いようが無い。






突然の大地震に島は未曾有の大混乱が発生した。

首領屋敷はある程度無事であったが年数の立った家屋の多くがその日にして倒壊した。

島の中心部、光の柱を中心に大地に亀裂が放射状に島に広がる。

観光業で財を成していたものの、この地震が本土の首都で大きく報道されて以来すっかりと客足は引いた。あの日以来地震自体は一度も発生していないのだが…。やはり余震の疑いがある内は中々一度引いたお客が取り戻すのは難しい。

不思議な事に多くの家屋が倒壊した規模にも関わらず、怪我人は多く発生したものの死亡報告は一つも上がらなかった。まだ日が暮れない内だったが不幸中の幸いであったのかもしれない。

ただ観光客が引き、島中荒れ回った大地の傷跡は大きく多くの田畑が壊滅的なダメージを受ける。

漁業用の船も港に係留していたかなりの数が衝撃で転倒してしまい、使い物にならなくなり海の藻屑となってしまった。島の多くの産業が損害を受けてしまった。


何もかも一瞬で破壊され、暗く沈む島の空気。

あの日から封の柱の光から夜に漂う金色の霧も何処か不気味に感じる様になったきたのである。

ケユウも島中を歩き地震の被害を見て回ったが…近くの畑も地割れで大きな段差が発生し、港には船の数も少なく明らかに寂しい。観光用に新しく作られた宿も多くが営業停止の張り紙を掲げており、慣れ親しんで生まれ育った島が別物の様に感じる程の被害に彼女の心もまた暗く重たい物になる。


地震後のある夜、イロバが屋敷を訪ねてきた。

あれ以来連絡を取れなかった二人は再会後直にお互いの無事を喜び、特にイロバはケユウが怪我一つ無い事にとても喜んで彼女の両脇を抱えて持ち上げて大笑いしてしまった程であった。大袈裟とも言える行動であったが自分がとても心配されていた事実がたまらなく嬉しかった。


でも、彼の家業は漁師であり、やはり船のいくつかが使い物にならなくなり本土との交流も縮小した現在、予断を許さぬ状況なのは間違いなかった様で、話していると暗い顔を浮かべていたのだった。

その日は、イロバの家の事情もありいつもより早く秘密の会合を切り上げた。

彼もまたあの地震以来、長男として、家業を継ぐ者として大変な状況に置かれていたのである。






ケユウがまともに彼と言葉を交わせたのはこの日が最後である。





イロバとの密会の後、いつもの様にこっそりと屋敷に戻り自室に向かおうとしていた廊下の道中でケユウを待ち構えていたかの様に母・オアキッパが佇んでいた。



「ケユウ…今から島の有力者がこの屋敷に集います。」


「わっ!母様!?」

イロバとの会合が見つかったのかと思い、驚いた声を上げた

暗闇に、廊下に設置された島伝統の無数に穴の開いた焼き物に蝋燭が収められた照明の光に照らされた母が目の前にいた。その顔はいつになく真剣で、何かを睨みつけるかの様な恐ろしい視線だったのをケユウは今でも覚えている。


「母様…?」

いつもと違う母の顔つきにケユウは少し不穏な空気を感じ取った。


「貴女も、ケユウも参加しなさい。そろそろ13歳になり成人を迎えます。これからは(まつりごと)の席にも顔を出すべきですからね…。」

やはりいつもと違った、ケユウが知っている優しく包み込む様な母の声では無かった。その声はどこまでも低く、生まれた時から聞きなれた安らぎの声とは程遠く恐ろしさすら感じた。


「はい…。わかりました……。」

彼女は言われるがまま母に同行した。

母に連れられて屋敷の大広間に行くまでの間に会話は一つも無かった。

ただ母の背中が薄暗く、大きく、そして不穏な気配にケユウの心は押しつぶされそうな、今まで感じた事の無い威圧感を覚えた。


母に連れられて、ケユウも大広間の上座に座る。

手前にはクアン・ロビン首領131代目オアキッパ・インズナが静かに佇む。


やがて次々に屋敷の大広間に島中の男達が入って来る。

そこまで広くないこの島なので、ケユウに見覚えのある顔ばかりの男達であった。

島のいくつかの有力な地主や漁師の網元、観光業にて大きな宿を経営する男、島の儀式にて重要な役割を務める男…その他にも十数人程の男達が集い、母・オアキッパに頭を下げた後に腰を掛ける。

慣れぬ空気にケユウは圧倒され、黙って下を向いている事しか出来なかった。



やがて、ケユウにとって、島にとっても衝撃の事実を母が告げる。


この時の事を、ケユウは忘れない。

忘れられる筈も無い、悪夢となって彼女の脳裏に焼き付いて纏わりつき、15年経った今でも繰り返すこの日の出来事を。




「先の大地震の復興忙しい中、諸君らに集ってもらい感謝する。」

母がそう述べると周りに座っていた男達は黙って頭を下げた。


「島の被害には家の者や島の者達から耳を傾け、実際に足を運んでこの目でもしかと見た。間違いなく封の柱を中心にしてあの地震は発生しておる…。してあるべきから、竜の目覚めが始まったのでは無いかと私は捉える。やはり15年の節目に倣い、贄のを今年も捧げるのを決めた。」


「贄を…!」

「おお…!?」

「ど、何処の家から!?」

「この代でもやりなさるのですか!?」

「しかし本土からは…!」


男達の中で動揺の声が次々と上がる。

それを母・オアキッパは片腕を上げて静止させる。


「…皆の者、静粛に。確かにこのア・メサア島は観光として広く開放するに当たり、本土から封の贄、人柱を捧げる儀式を止めよと声明を我らに掲げ、私自身が立ち上げた二千三百萬計画においてそれを飲み込み了承した。だが……あの明らかに封の柱を中心に大地に亀裂が走る様を見ては何も言えぬ…。やはり先祖代々、歴代のオアキッパとクアン・ロビン一族が成してきた事、意味があったと思わずにいられぬ。」


母・オアキッパは威厳のある振る舞いと声でこの事実を淡々と述べた。

30年前で最後とされていた「封の柱」に島の人間を捧げる「封の贄」。

これを再びこの時代に、観光を掲げ多くの人間を外部から受け入れた島が行おうと言う声明を母は上げたのだ。


しかし、ケユウは母が何を言っているのかまるで理解が出来なかった。

あの、歴代首領の中でも。

数多くいた131人のオアキッパの中でも最も先進的な考えを持つ母が。

人を生贄に捧げる風習を再び行おうとしているという事実はケユウにとても受け入れがたい事であり、まるで理解出来なかったのだ。


【二千三百萬計画】の宣誓書には幾度となく勉強の為に目を通した。

母の起こした島の大改造計画、観光客を本土から誘致して新たな産業を立ち上げ、外部の人間と融和を図る為に島の古い因習も撤廃すると記述されていた。なのに、なのに……。何故と。



「封の柱の奥底に眠る竜は贄を求めているのかもしれぬ…、本来ならばとっくに15年周期では贄は捧げられていた時期なのだ。先祖たるクアン・ロビンの先人がこの島で生き抜くための知恵として、厄を祓い、魔を祓い、そして竜の怒りを収める…。幾度の困難から平穏を取り戻していたのはやはり「封の贄」の存在あってはと私もまた、この立場に長く居ると思う様になった。」


「オアキッパ様の決意は判りました…そ、それで一体!島の誰を……歴代の封の贄は島の若い男と決まっておりましたが…?」


集った男の一人が恐る恐るオアキッパに声をかける。

誰もが気になりこの話の終点になる答えを求めた。


ケユウの頭の片隅に一瞬嫌な予感が走る、「島の若い男」

もしやイロバ様がと。でも、まさか、他にも若い男はいるし、まさかと。


まさか


そんなまさか


まさかまさか…。


彼女はその考えを振り払う様に、イロバが選ばれない様に心の中で祈りながら母が口開くのを見守った。

やがて母はゆっくりと辺りを見回し、片腕を胸の前に掲げた。


「これなるは、クアン・ロビン首領が代々受け継ぐ遠の瞳。その左の眼、アツ・キィ。」

母が掲げた片腕に巨大な大人の頭程あろうかという目玉が光と共に現れる。


「おおっ…!これが歴代オアキッパ様の秘術、遠の瞳…。」

「ア・メサア島を見渡す真理の(まなこ)…。」

「なんと神々しい…!」

「15年振りの宣託が行われようとしておる!!」


集った島の有力者たる男達が次々と感嘆の声を上げる。

その遠の瞳の術の奇跡を見た男達は色めきだった。

それまえ圧倒されていた男達はその瞳の怪しい光により一種の興奮状態に陥った。


ケユウもクアン・ロビン一族に伝わる秘術、「遠の瞳」をその目で確認したのは初めてであった。

アツ・キィと呼ばれれるその大きな瞳が放つ光に母の顔が不気味に照らされた。

周りの異様な熱気と母の恐ろしい言葉が…ケユウには何も理解できなかった。

これが、オアキッパ・インズナの真の姿なのかとただ圧倒されるしか無かったのだ。



「第131代、クアン・ロビン首領たるオアキッパ・インズナがこの瞳で見定めた贄となる男の名を告げる…。漁業を営む南東の丘沿いに暮らすヒアー家の長男……!!」


その言葉を聞いた途端、ケユウの思考は止まった。

母が最早何を言っているのか理解できなかった。

彼女の祈りは届かず、あの「まさか」が的中してしまったのだ。


嘘でしょ?


母様?


そんな…?


どうして…?


イロバ様の名前を呼ばないで!!


お願い!!


イロバ様!!


母様、止めてぇええええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!






「イロバ・ヒアー、17歳のこの男子を封の贄に任命する!!!宣告はこの会議が終わり次第、屋敷からヒカー家に使者を送る!!者どもよ!島を共に収める者どもよ!直ちに儀式の準備にかかれ!!既に島の四か所、【ア・メサアの網】の遺跡の術は解除済みである!!!封の柱に贄を捧げよ!!!島の未来の為に!!!新しいア・メサアの為に!!これからのクアン・ロビンの永劫の繁栄の為に!!!!竜の怒りを鎮める為の人柱を掲げよ!!!!金色の竜の眠りを決して覚ましてはならぬ!!!!!!!我ら!今を生きる島の未来の為に!!!!!者ども!!立てっ!!!!!!!!!!!!!」




「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」



男達が一斉に低い唸り声を出しその場から立ち上がると狂気に彩られた目つきと険しい足音で次々と屋敷を出ていく。何かに取り憑かれたかの様に男達は屋敷を出ると走り出し、島中に散っていく。


ケユウは頭を押さえて床にへたりこみ取り乱した。

全身に力が入らない、口がガタガタと震えて涙があふれ出し手足の感覚も無い。

体中の肌が焼ける様に熱い、熱い、熱い。

腹の中で焼けつく様な熱気が充満したかの様な嫌悪感に襲われた。

胃液が逆流して喉を焼いた。


信じられなかった

あの優しい母が


イロバ様を人柱に。


封の贄はあの光の柱が湧く穴底に贄を人柱として叩き落とす。


死、死、死。


イロバ様は死ぬ。


死んでしまう。


イロバ様が死んでしまう。

死んでしまう、死んでしまう死んでしまう死んでしまう嫌嫌嫌嫌嫌!!!

死んでしまう嫌!嫌!!!絶対に嫌!!!嫌!!!嫌あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!



「母様っ!!!!!」


立ち上がったケユウは血走った眼で母・オアキッパを睨みつけて大声を上げた。

その間も涙はとまどめなく溢れている。


「…ケユウ。」


「知っておられたのですね!!!私がイロバ様と密会していたのをっ!!!!首領一族に伴侶はいらぬと!!!それで当てつけですか!!!!??私に対して!!!!どうしてどうして!!!どうしてイロバ様を!!!!?封の贄はご自身の【二千三百萬計画】において撤廃を掲げた筈なのに!!因習をこの開かれた時代に!!!どうして!!!」


大声を上げながら目の前に座っている母の白き衣の胸倉を掴んでケユウが吠えた。


「…なんの事。私は遠の瞳の神託のままに。貴女の知り合いでしたか?」

母は無線に冷徹な視線を浴びせて呟く。


「止めて!!もうこんな因習を繰り返さないで!!イロバ様が死んでしまいます!!!どうしてイロバ様なの!?どうして今の時代にこんな事を繰り返すの!?お願いだから止めて!!お願いです!!!お願いですから!!!もう伴侶なんていりません!!私は一生一人で構いません!!母様がそうだった様に!!!だから止めてください!!イロバ様を助けてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


泣きじゃくりながらも大きく目を開いた必死の形相で食い掛る娘を母はあくまでも冷静に眺めていた。


「ケユウ、貴女も…。」


母オアキッパがそう言うとケユウの銀髪の髪をそっと撫でた。

自分と同じ首領一族が代々受け継ぐ銀髪を、血の繋がった何よりの証拠を。


「母様止めてぇ!!早く!!!イロバ様がっ!イロ…バ・・・ 様…が………。」


頭を撫でる母の手の平から放たれた何かの術の効果が発動しケユウは意識を無くして母に寄りかかる様に倒れ込んだ。


「貴女に全てを託します…。こうするしかなかった。母を許してとは言いません、ですが…。今なら私も、私の母様の気持ちが判ります。いずれ貴女も…。」


母・オアキッパは意識を無くして眠りについた娘をそっと、そして強く優しく抱きしめた。

自分の一族の呪われた歴史を繰り返した罪の意識と、何より強く育った娘の愛らしさと、今生の別れでもあるのだから。





「強く生きて、ケユウ…。」










……


………





松明を掲げた男たちはその夜、群れと成してヒアー家に集い神託を告げた。

彼の父は動揺し、母は泣きじゃくる。

イロバの兄弟達は兄を生贄にさせぬ為に必死に抵抗したが振り払われて地面に押さえつけられて拘束される。大声を上げて泣きじゃくる子供と、泣き崩れる母。絶望の余り地面に座り込む父。


それを見たイロバは


「もう、いいさ…。俺は大人しく足を運ぶ!両親や弟には危害をこれ以上手を出さないでくれ!」


イロバは取り囲んだ男達に両手を突き出す。

直に男達は荒縄で両手をきつく縛り上げ、体にも縄を回して激しく拘束した。

担ぎ上げられたイロバは松明を掲げた男達に担ぎ上げられ、島の中央部にある封の柱に列をなして向かっていった。



後には、泣き叫ぶ母と子供達の声だけが響き渡っていた。







意識を失い眠りについていたケユウは、やがて松明の燃えるバチバチとした音で目を覚ました。

母によって封の柱の前に連れてこられていたのだ。周りには屈強な島の男達、儀式用の装飾に身を包んだ母。そして、それらを照らす巨大な光の柱…直にここが島の中心部、封の柱の目の前であると理解した。


「なぜここに…母様…!?」


131代目、オアキッパ・インズナは娘の声には反応しなかった。


ただ、片腕を目の前に勢いよく伸ばした。

何かの指示だ、ケユウはそう思った。



思った直後だった。



光の柱が湧く大穴に向かって、集った男達によって何かが、大きな物が投げ込まれた。



まだ地面に座り込んでいたケユウはそれを目で追うしか出来なかった。



でも、それは…。



目が逢った。



一瞬だけ、彼とケユウは目が逢った。



イロバ様だ…。



封の柱の光の中に消えていく前の彼と、最後に目が逢った。



やがて光の中にイロバの体が消えていく。



あの穴は何処に通じているのだろう、本当に竜が眠っているのだろうか…。



メルバーシ…、本当に。





「イロバ様が…封の贄に捧げられた……。」





ケユウは再び意識を無くしてその場に倒れ込んだ。








彼の最後の訴えかける様なあの目つき、最後に見たあのイロバ様の顔。









ケユウ・ウンは15年間一日たりとも忘れた事は無い。












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