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銀の髪のケユウにオアキッパの夢

現ア・メサア島代表、クアン・ロビン族第132代目首領であるオアキッパ・インズナ。

その座を引き継いだのは今からおよそ15年程前になる。

代替わりの年にも「封の贄」は捧げられていた。

ただし、首都側にはこの事は今でも秘匿にされている…。





オアキッパ・インズナは襲名であり、幼名を「ケユウ・ウン」と言う。

母も、皆も、ケユウと読んだ。

15年前の封の贄が捧げられる前までは彼女はこの名前の少女。

母親の131代オアキッパ・インズナから生まれたたった一人の女児である。


父親の事はケユウは知らない。

父親は…島の男の誰かである。

代々子作りの為だけに島民から若い男が一人選ばれて、一夜だけを首領と過ごし過ごし去って行く。

それは一般的な婚姻の結果、愛情の結晶から生まれるというよりも義務的な、宗教的な慣習の一つと言った方が良い儀式的な様式であった。ケユウはそうしてこの世に、この島に生まれてきた。



島の首領を務める家柄では代々女児しか生まれない。

2300年の歴史で、女児しか生まれていない。



ケユウは島の政治的・宗教的トップであるクアン・ロビン一族首領の跡取りとして生まれてきたが何一つ制限される事無く特別扱いも無く自由に生きてきた。幼い時は同世代の友人らと遅くまで泥だらけになって遊ぶこともあったし、食べ物も着る物も特に制限される様な物は一切なかった。代々首領を引き継ぐ娘は、その役目を承る際に人では無くこの島の、クアン・ロビン一族の神となる。そうなれば最早、人としての生は終わったも同然となる。だから子供の頃は人として、一人の子供として自由に過ごさせてやる。

代々首領を引き継ぐ家が受け継いできた風習の一つであった。

そして新しい時代を見ていた131代目オアキッパ、ケユウの母はこの習わしをとても大切にした。


時にケユウは母に帯同して島の儀式に付き合わされる時もあった。

母と従者によって儀式用の衣を身につけさせられ、金で出来た装飾品を頭部に着けて島の四つの封印を巡りお祈りを捧げ、島の中心部の光の柱へ続く谷に足を運んで向かって母に倣って膝まづく。


ケユウが8歳の頃、その母と共にクアン・ロビン一族の儀式の為に島を巡っていた帰り道。

島では貴重な馬に引かれた車の中で母にそっと耳元で囁かれた。


「ケユウ、この島に眠る竜の名前をアナタにだけ教えましょう、島の他の人間には決して教えてはいけませんよ。約束出来ますか?」


先代のオアキッパは娘に優しく耳元で囁いた。

自由に過ごしてきた身とは言え、それがケユウには自分が特別な家系の生まれなのだと強く印象付けられる。友達とは違うんだ、私はと…。

母から受け継いだ銀髪の長い髪にそっと触れてケユウは自分のこの島での役割を自覚していく。


「はい、お母様。」

ケユウは秘密の会話にドキドキして耳を立てる。

馬車の周り歩いて帯同している従者や島人に気付かれぬ様に、母はそっとケユウに囁いた。


「メルバーシ、黄金の竜メルバーシ。それがこの島に眠る竜の名前です。決して他言してはいけませんよ。これも島の秘密、クアン・ロビン一族の首領のみに代々伝わってきた名前なのですから…。不要にこの名前を口に出しても、紙等に記述してもいけません。眠れる竜が自らの名前を音に物に刻まれたのを察知して起きてしまいますからね…。」


「わかりました…!きっとずーーーーーっと!秘密にします…。」

この島に眠る竜の名前を知っているのはお母様と自分だけ。

その事実がケユウにとっては誇らしく、そしてドキドキした胸の高鳴りを彼女は今でも覚えている。


「でもお母様!たった今、竜の名前をお母様が私に教えてくれましたが…もしかして竜は目覚めまてしまうのでは無いのですかっ!?」

心配そうな顔をケユウが浮かべ傍の母を見つめる。


「ふふっ、小声で一人だけでしたから大丈夫ですよ…。でも、これ以上はいけませんよ。竜が起きてこのア・メサア島が沈んでしまうかもしれません。」

無邪気な娘の質問に母であるオアキッパは微笑みを浮かべて返事を返した。

先代のオアキッパ、ケユウの母はたった一人の娘にに対し愛情深く、常に彼女を見守ってきていた。



131代クアン・ロビン首領はとても視野の広い聡明な人物でもあった。

魔学の発達により航海技術が飛躍的に伸びた自分の代。

やがて次々と訪れる首都からの使者、外の人間に見られるこの島の光の柱と独特の生態と風習についての驚き。それらを自身の能力でいち早く見抜いた彼女は流れゆく時代と魔学の発達によりこの島も変わっていくのを避けられないというのを素早く察知出来た人物であった。

彼女はこの島の一部を開放し、閉鎖的な環境だったこの島に外からの人間を大きく受け入れる事にする【二千三百萬計画】と島の歴史から名付けたア・メサア島大改造論を打ち立てる。当初は保護領になりつつも自治を保ち、長い間外部とは孤立して自分達で暮らしてきたという状況とその誇りからか、古くからの島民に反発の声も多数上がってきた。しかし…やがて観光特需により島が豊かになるにつれてその声も減っていった。光の柱はこの時から島を滅ぼす忌々しい竜の光から島民にとって希望の光となる。

やがて豊かになったア・メサア島は首都から魔学技術の産物、「魔機」を多く購入して導入し、飛躍的にその島民の日常生活は向上した。


火を起こすのに薪を使う事も無い。

ヒルッター理論の産物「電話」を使えば島の端から端まで直に連絡がつく。

寮から持ち帰った大量の海の幸も無暗に腐らせる事も無くなった。

島で行われている農業の効率も段違いとなり。

何より観光業の発達で島に貴重な新しい仕事が生まれたのだ。


この131代オアキッパの大改革を島民は歓迎し彼女は多くの島民から称えられる。

島に残る伝統的な風習を残しつつも魔学という外部の産物を抵抗なく受け入れ近代化に成功した彼女は2300年のア・メサア島の歴史に残る名君として島外からも大きく評価された。

人々から称賛される優しき母は幼きケユウにとってもとても誇らしい出来事だった。


(私が、偉大な母様を継ぐ日がやってくる…。)


島民から称えられる母の姿を思い浮かべるとプレッシャーに押しつぶされそうになる。

でも、それと同時に心の奥底から誇らしさと共に喜びも沸き上がって来る。

2300年前に竜と戦い、ア・メサア島に降り立ちこの地を開拓して一族を導いてきた偉大な始祖に勝るとも劣らない母を。

ケユウにとって優しき親であると同時に英雄になっていったのだ。



そして15年前-


ケユウ・ウンが12歳になった時であった。

この島では古来より13歳から成人とみなされる。

その歳になると島の成人を祝う祭りが行われて晴れて子供達は大人の仲間入りとなる。

成人になる翌年に近づいた頃にケユウは初めて母親から召し物の自由を奪われた。


「次代の首領、132代オアキッパになる貴女はこれから他人とは違う道を歩む事になります。これはその一歩。ケユウ、不自由に感じる事もあるかもしれませんが今日からこれを常に身にまとうのです。」


母から白く塗られた大きな木製の箱を渡された。

ゆっくりと蓋を開けると中には純白の白い衣が収められていた。

これは、いつも母が家で纏っているあの衣であるとケユウは直に気付いた。


「母様…。私はこれを纏い続ける事に不自由を感じたりはしません。いえ、とても嬉しいのです。」

中身を確認して笑みを浮かべたケユウはその顔で母の顔を見て返事をする。


「まぁ…!」

母、オアキッパはその様子を見て驚きの表情を素直に浮かべた。


「私もクアン・ロビン首領になる日がいつか来るのですね…。謹んでこの召し物を頂戴いたします。」

ケユウは頭を母に下げる。


「ケユウ…これから貴女にとって今までの生活に比べ、その自由を縛る事も増えましょう。」


「いいえ母様、少しもそう感じません。母様の様にこのア・メサアを導いて人々から称えられる様に。私は今後も精進いたします…。」


「ケユウ…。この島の古き慣習、それから貴女を自由にさせてあげたかった…。首領という枷からせめて貴女だけでもと…。他の島民と同じく恋をして、家庭を持って、子を持ち、育て…でもそれには些か時間が足りなかった…。母を許してほしい…。」


目の前の白い衣を纏い俯く母に対してケユウは不思議そうな顔を浮かべた。

彼女、ケユウにとっては母は憧れであり、母の様になる事が彼女の人生の目標でもあったのだから。だけど多少大人になって母の悲しみもほんの少し理解も出来た。自分には父がいないというのをケユウも少し不思議に感じてこの12年間、生きて来たのだから。この家は従者や家の使用人が多く出入りする物の、家族は自分と母だけだったのだから。


しかしそれでも。

それが運命だったとしても12歳のケユウは少しも悲しくなかった。

母、131代オアキッパ・インズナは彼女にとって幼き日からずっとずっと、とてもとても輝いて見えていたのだから。そう、この島の金色柱よりも、もっともっと。



その日からケユウは白い衣を纏い生活を始める。

外出時はともかくこの衣は非常に丈が長く屋敷では床を引き摺って移動する。当初は流石に歩き辛いと感じていたケユウであったものの、母と同じ衣を着た高揚感がそれに勝りちっとも窮屈には感じなかった。彼女は嬉しくなって屋敷の近くに住む同年代の女友達に疲労する為に外を飛び出したが、野外でこれを着て動き回るにはたくし上げてから胸元の帯で纏めなければいけなかった。それを知らずに外に飛び出したケユウは大慌てで追いかけて来る従者の声をかけられてようやく気付いたりして、無駄に汚して落ち込んだりもした。だけど、この白い衣は彼女に首領の家に生まれた誇りと母と同じ外見になれた喜びでやはりそれまで着ていた服に比べての不自由さ煩わしさ等は何処か遠くに飛んで行った物であった。


そんなケユウがまだ衣を着た身動きに慣れぬ頃、屋敷から遠くに外出をした。

幼き頃より友人であった女友達に島の東端に本土から大きな気球が到着して中に人が乗っていたという話を聞いたからである。魔学の力によって噴出した炎は大きな布の袋を膨らませてそれに木製のゴンドラをぶら下げて人が乗り、なんと空を飛ぶのだという。光の柱と共に生きてきたケユウ達ア・メサアの島民ではあったが魔法使いでも無い人間が空を飛ぶという奇跡を始めて目前で見て驚きの声を上げた。


ケユウも気球を操ってア・メサア島に上陸した冒険家が再びこの島を立つというので、その瞬間を見に行こうと白い衣を纏ったまま島の東端にまで足を進めた。冒険家はケユウが住む屋敷にも挨拶に訪れて母と謁見していたのでケユウも同席していた。長い髭を生やしたいかにも屈強な男であった。


男は

「遥か遠くの海からも見えた神秘の光、島の柱につい私は惹かれ、気球ごと引き寄せられてしまいました。この地に無断で上陸をしてしまった身勝手さをお許しくださり首領様に感謝いたします。」

と母に頭を垂れた。


そして男が再び島を旅立つ日を伝えた時。

思わず気球が飛び立つ姿を一目見たいという好奇心から冒険家の男に向かってケユウは思わず声をかけた。


「私も、勇敢な海を越えてきた冒険家である貴方の旅立ちを見学させて貰っても構いませんか?気球という物が空を飛ぶのを是非一度見ておきたいのです。」


そのケユウの問いに冒険家はにっこり笑って「是非どうぞ、私の粗末な気球で良ければ。御息女様に見送りに来ていただけるのを光栄に思います。」と答えてくれたので彼女も嬉しくなった。母にお伺いを立てようと顔を覗き込んだがやはりいつもの通り笑って許してくれた。



だが、この時にケユウの。

思い返せばこの時の外出が次期首領132代目オアキッパ・インズナの運命を変えてしまった。



ゴンドラの上に固定されて配置された魔機から「ボオオオオ!」という力強い音が放たれ同時に炎が巻き起こる。みるみる内に布製大きな、小屋なら飲み込んでしまいそうな大きな袋が膨らみ立ち上がる。島の大勢の人間に見守られながら気球はゆっくりとその姿を形作っていき、そしてとうとう地面にあった木製のゴンドラがゆっくり浮かび上がる。中には屋敷に謁見にも訪れたあの冒険家の大男が荷物を抱えて乗っていた。

浮かび上がった気球を目撃にした見学に来ていた多くの島民から「ワアアアアア!」という歓声が上がりケユウもその光景を夢中になって眺めた。あんな大きな物が空に浮かび上がり、魔法使いでも無い普通の人間がその中に乗って空に浮かんでいくのだ。島という狭い世界で生きてきた人々にとっては驚嘆すべき光景であったのだ。

冒険家の男はその髭だらけの顔を満面の笑みにして地面に群がる島民に手を振った。ゆっくりゆっくりと空を飛び島を離れていくその気球をケユウも、多くの島民も姿が小さくなって見えなくなるまでいつまでも眺めていた。


ケユウはこの島の外にも世界が広がり人々が暮らしているという事実と、自分が知らない事がこの世界にあふれているという衝撃をその気球の旅立ちを見てはっきりと噛み締めた。次期首領という島民を導く立場に付く将来の見であるとしても、いつか自分も外に出てみたいと思う様に自然となっていたのである。魔学の力でついに人類は空をも手に入れようとしている。その人類の魔学的叡智を見た衝撃は幼い夢多き彼女にとってとても大きな出来事だったのだから。



島は嫌いじゃない。


母様は尊敬している。


自分は次期首領になるべき人間だというのも自覚している。


でも、外の世界はもっと広くて、もっと自分の知らない事情に溢れている。


だから、私が首領になったら。


そう、母様がこの島を変えた様に。


私も同じ様に改革を起こせば良い。


島の誰もが、何にも縛られずに、そう首領であっても。

自由に外の世界を歩いて回れる様に。


他ならぬ今の首領たる母、131代目オアキッパ・インズナがこの島を。

伝統を打ち破り豊かにしたのだから。


私が!母様が行った【二千三百萬計画】を更に推し進める!


気球が旅立ったその瞬間から、ケユウは遥かな新しい島の形を思い描く様になる。


その思想は新たなこのア・メサア島の目覚め、

他ならぬクアン・ロビン一族の新時代の大いなる第一歩となる筈だったのだ。


多くの島民が気球の旅立ちを見送った後に立ち去っても、いつまでもその気球が飛び去って行った空をケユウは眺めていた。彼女の中でその空に夢が描かれつつあったのだから。そして、彼女と同じ様に夢を描いていた若者も空を眺めていた。二人は空から太陽が海に落ち、もう一つの島の太陽である封の柱が金色に島を照らす様になるまで空を見つめていたのだ。



辺りが暗くなり島の柱から吹き上がる金色の霧が包み始めたのに気づいたケユウは我に返る。

屋敷に帰らねば多くの従者や家の者が私を探して心配しているだろう。何より母様に余計な心配をかけてしまう…。焦りから直にその場から駆けだした。しかし、あの白いまだ着慣れぬ衣はそれを許してはくれなかったのだ。


裾に片足を取られたケユウは盛大にドタァ!と大きな音を立ててその場に前のめりで躓いて転んでしまう。その音に驚いたもう一人の夢を描いていた若者も我に返って彼女に駆け寄った。


「なんだなんだ…!?おまえ、大丈夫か?」

倒れたケユウに向かって男は腰を落として片腕を差し出した。


「あ…はい…、すいません。」

恥ずかしそうにケユウはその手を握り立ち上がった。

夜の暗闇を裂いて金色の柱が放つ光に照らされた銀髪の髪と白い衣が夜に浮かび上がった。

その姿を見た若者は「あっ!」と大きな声を立ててケユウから手を離す。


「その姿はオアキッパ様のっ!こ、これは失礼しました…!!」

若者は慌てて姿勢を整えて頭をケユウに下げた。


「いえ…その……私も不注意で…ありがとうございました…。」

ケユウの方も頭を下げる。お互い頭を垂れる光景になった。


「いやいやいや!!その銀髪に白衣はオアキッパ様一族の!!俺なんかが偉そうにすいません!頭を上げてください!」


「そんなに謝らずとも…私はまだ首領に即位していません。母様と違ってまだまだ、この歳ではただの「人」なんですから。」

頭を上げたケユウの前には大慌てで狼狽える若い男の姿があったので、少しその様子がおかしくなって笑みがこぼれてしまった。


「フフフ…ハハハ…!」


「いや!えええ!俺?ゆ、許して貰えるんですか!?」

若い男はまだ狼狽えながらケユウの目の前であたふたしている。それが本当におかしくてケユウの笑い声はしばらく止まらなかった。まだまだ成人もしていないケユウは人として生きていたのだからおかしくもなる。古くからの女友達は敬語も何も使わず今でも接してくれるので、まだまだ自分が過度に敬われる事には慣れていなかったのだから。


「フフ、許すも何も私の手を取って起こしてくれたのですから、ありがとう。」


「へ?はぁ~~!良かったー!ありがとうございまーす!所で!御息女様!お怪我はありませんか!?」

男はほっと胸を降ろした後にケユウの身の心配をする。


「大丈夫です、何処も。こんな遅くまで空を見ていた私にも非がありますから。」


「あれ?ひょっとして御息女様も気球を見送ってました?」

意外という顔をして若い男はケユウに尋ねた。


「ええ…。大陸からやって来たという魔学の気球が空を経つ所、一目見たいと思いまして。」


「そっかぁ…。ご子息様も気球に興味あったんですか。」


「あら?貴方も気球をご覧になっていて?」

今度はケユウが意外という表情を浮かべた。

とっくに気球は飛びだっていたのに、いつまでも空を眺めていた人間が自分以外にもいたのだから。


「はい!俺、家業の漁師やってんすけど!ずっと島の外に出てみたいって思ってて!ああいうので飛べたら最高だろうなって…!最近ウチの漁船を魔機式エンジンにしたんですけどね!それがもう超ゴキゲンで!大陸にいけば!今この島が属している国の首都でもいけば!もっとスゲーの見られるかと思うとですね!ってああいえいえ!なんかワーっと話しかけてスイマセン!!いつか俺もスゲー魔機式の乗り物で外を旅してみたいって…家が漁師やってて、俺って後継ぎだから難しいけど…。」


「まぁ…!私と同じ事を考えていらっしゃる!!」

今まさに島に縛られてもそれでも外の世界を夢見る自分と同じ人物が目の前にいたのだから、ケユウは目の前がパーっと明るくなる感覚に包まれた。


「えええー!?御息女様がその様な!!いえいえいえいえ!!今のは俺!聞かなかった事にします!!」

再びビシッと姿勢を正した若い男。


「確かに…私の様な身分がこの様な夢を描くのは今の島の考えではとても…。ですが私はあの気球の旅立ちを見て考えを改めました。私が首領になった時代には外の世界を誰もが歩める島に変えていきたいとそう、今先程に夢描いたのです!」


「そそそんな!誰かに聞かれでもしたら…!!未だにうちのじいちゃんとか観光客には良い顔しないのに…!!今のオアキッパ様がこんだけ島を豊かにしたっていうのにですよ…!?それに俺が家業継ぐ問題と首領様を継ぐのでは色々問題が違いますよ!」

若い男はケユウのその発言を聞いて再びあわあわと身振り手振り大きく慌て始まる。


「まだ思い描いたばかりの夢物語です…。母様にも当然まだ伝えていません。許されるかどうか…。ただ私は変えていきたい。それが結果的に島をより豊かにするとも思うのです。多くの船が行き来する様になって、あの様な空を飛べる乗り物まで生まれて…島はまだまだ解放されるべきだと。そう、私は強く思いました。」


「うへぇ~…。次世代オアキッパ様は今の代のオアキッパ様よりも革新的でらっしゃる…。でも、それが実現したとしたら嬉しいですよ俺!ヘヘヘヘ!!」


「私もです!フフフフ。」


二人は暗闇の中で顔を合わせて笑みを交わした。

あの気球の飛翔に二人は新たな夢を同時に思い描いていたのだった。


「そうだ、御子息様。俺が首領様の屋敷までお送りいたします。夜はこれからで柱の光もありますが、他らなぬ跡取りの御息女様ですから!」


「まぁ…よろしいのでしょうか?まだこの衣を着る様になってから日が経っておらずに先程みたいに。とても助かります。」

まだ慣れぬ白き衣にケユウは夜道に不安を覚えていた。

いくら柱の光が強いこの島の夜であろうと、この衣に再び足を取られぬ自信は無かった。

だからケユウは若者の申し出を快く受けた。


「さぁいきましょう。あまり遅くなると俺がオアキッパ様に怒られてしまいますからね、ハハハ!」

若い男はケユウの前に再び手を差し出した。

少し照れたケユウではあったがその申し出を快く受け取り、二人は手を繋いで夜の柱の光照らす島の道をを歩いて行く。



帰宅する道中で二人は沢山の話をした。

この若者は自分をイロバ・ヒカーと名乗った。

ケユウもまた自分の名前を名乗る。

年齢は17歳で彼女よりも5歳も年上であった。

身長も彼女より遥かに高く見上げる程。

だからだろう、イロバという島の若者はケユウをまるで妹の様に接して遠慮なく手を引いてあげたのだ。そんな事情を知らないケユウにとっては年上の男の人に手を引かれて二人きりで夜道を歩くというのは初めての経験で、心臓が少し高鳴なり体温が上がるのを彼女は感じていた。

漁師らしく日に焼けた肌で腕は筋肉の隆起がしっかりと確認出来るほどに逞しく、彼女の手を握った彼の手の平は分厚くゴツゴツとしていた。だけど、その固い手の平は優しく彼女の手を包んでいた。


二人は様々な事を話した。

ケユウは自分が成人し、徐々に他の島の人の様に自由に外出も出来なくなるだろうという現実と今日見た気球の話を。イロバは夢描いている外の世界と、そして自由に旅をする自分の夢の姿を。夜道には既に沢山の観光客が見受けられて。「これは母様が変えた島の世界、私も変えなくては。その未来を今日はっきりと見ました。」と力強くいうケユウにイロバは嬉しそうに振り返って賛同した。封の柱は島の人々の生活を縛り付ける光では無く、島の人々にとっては新たなる希望の光になるという事をケユウは心の奥底から感じた。この日からケユウは夢に向かって歩み続ける決心をしたのだ。

だが二人が嬉しそうに語らい、夜道を歩んでいくのを。

その上空で遠の瞳がしっかりと補足しているのをまだケユウは知らなかった…。





屋敷の門の前までイロバが見送るとその手をケユウの手から離した。

彼の温もりが伝わる瞬間が途切れたそれが、それがたまらなく寂しかった。

思わず夜道を送ってくれたお礼を言う前にも関わらず、彼女は彼に駆け寄って話しかける。


「イロバ様…!そ、その…また!逢えますか!?」


「へ?俺と!?」

彼にとって想像だにしていなかった質問が飛んできてイロバは驚きの表情を浮かべた。彼ら普通の島民にとってはオアキッパ首領家は本来は神の如き存在であり、幼き頃から遊んでいた友人なら兎も角、多くの島民にとっては予想だにしない問いであったのだから。


「はい…、同じ夢を描いた者同士として…またイロバ様と語り合いたいのです……。」

こうやって男の人と、それも年上の人と話す事すら彼女にとっては初めだったのだからケユウは生まれて初めて精一杯の勇気を振り絞って声に出した。


「えーと、俺で良ければ…。ですけど。島の未来を描くお話を俺みたいな若造で…。良いのかな?ケユウ様は私より若くありますが既に後継ぎとして色々勉強なされているでしょう?だから問題無いでしょうけど…。もっとこう島の年寄りとか…。ただの漁師ですよ俺…。」

困惑しながらイロバが答える。


「と、年寄りなんかでは駄目です!!!私はイロバ様が良いのです!!!」

当たり前だと言わんばかりに大声でケユウが反論をした。


「えええ!?そ、そうっすか!?ならばそのー!はい!喜んでー!」


「やったあーっ!」

オアキッパ首領家の証とも言える豊かな銀髪と白い衣をはね上がらせて飛び跳ねてケユウは喜んだ。


「ハハハ、俺ってそんなに先見の明があるのかな…?ま、ともかく!今日は父ちゃんに無理やり休み貰ったけど普段は大体この時間位まで働いてますよ?御息女様がこんな遅くに大丈夫ですか?」


「ええ!私も本来ならば夕食を済ませて少し暇になる時間です!あの…港付近まで足を運べば宜しいでしょうか?」


「う~ん!まだオアキッパ様には伝えられない島の未来のお話だろうし…二人だけになるでしょうし…。でも夜道を御息女であるケユウ様を一人で夜道には…。」

イロバは腕を組んで目を瞑り、神妙な面持ちで考え始める。


「うーん。あ、そうだ!」

ケユウはバチンと指を無邪気に鳴らす。


「何か手立てはありまして?」


「イロバ様にはご足労願いますが、漁が終わったら私の屋敷の前に来てもらえるでしょうか?そしてこの様にです、これでいいか…えいっ!!」


彼女は足元の石を拾って音がそれ程立たぬ様にゆっくりとそれを壁越しに投げつけた。

すると屋敷の中に落ちた石の音と衝撃に驚いた地這蝶の群れの一部が金色の羽を使い夜空に舞い上がる。

昼の間に透明な大きな羽を、地面に引き摺りながら首領屋敷の敷地内にある池に辿り着き、そして島の光の柱から放たれる金色の霧を吸収しながら羽を休めて黄金の色を貯めていたあの蝶、地を這うこの島の固有の蝶が一斉に飛び出した。夜のア・メサア島の空に金色の蝶の群れが舞い上がりそれはまるで黄金の河の様に流れていったのだ。


「おおー、首領様の屋敷にはミヒョワ様の群れがいるのかぁ~~。これをのろしにする訳ですねー!」

それを見上げたイロバが成るほどと感心した声をあげた。


「屋敷の周りにある池でミヒョワ様は羽を休めていらっしゃいますの。だからこうして、イロバ様がお疲れでない時はお手数ですが…今の様に知らせてくれればと…。それを見たら私は屋敷から少しだけ外出しますから。近くにいらっしゃって頂ければ…。」


「ええいいですよ!これならバレにくい!石じゃなくても小枝とかでも十分ミヒョワ様は舞い上がりそうだしもっと静かにストレートにお知らせ出来ますよ!」


「ありがとうございます。夜道にここまで私を送り届けてくれた事も……。また、イロバ様と出会えて語り合える日を楽しみにしています…。」


「ええ、俺も暇っすから!明日にでも。」


「ホントですか!!!?やったあああ!!!!」

その知らせを聞いたケユウは再び、今度は声を上げて喜んだ。


「わ!わ!屋敷の人にバレますって!!じゃあ俺はここで!また明日ー!ケユウ様!!!」

慌てながらイロバが手を振りながら走り去っていった。

その姿をケユウは気球と同じ様に、ア・メサア島の封の柱が照らす光頼りにいつまでも見送った。




また彼に逢える。

また二人きりで。

夢の話と、島の未来と。


でもそんな事よりも、また彼に逢えると。


ケユウはこれまでの12年間の人生で感じた事の無い胸の高鳴りとときめきを覚えていたのだった。








その姿を屋敷の中で「遠の瞳術」を通して見つめていた131代、クアン・ロビン首領オアキッパ・インズナは悲しみの表情を浮かべたが、今はただ見守るしかなかった


オアキッパの家系に、恋は無いと彼女は知っていたからである。





ただ、それでも娘がまだ思い出を作れるこの時期ならば。



まだこの時期ならば。



好きにさせたい。




何よりも、それを引き留めるという残酷な自由の縛りを愛する娘に伝える勇気が。



娘を想う、そして同じ女として。

母には無かったのであった。







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