ア・メサア島にロンロ・フロンコ
リッターフラン対魔学研究所は魔学を使った犯罪に対抗する組織として誕生した。
ある種超常的な物であった魔法が学問「魔学」として学術的理論に基づき解明されていった魔学50年の歴史の中で魔学を犯罪の増加に対する対抗政策としての成り立ちである。この国の「首都」に魔学に精通した人間を集めてリッターフラン対魔学研究所を組織、今から二十年ちょっと前程の事である。
そこに所属する一人、ロンロ・フロンコ研究員は魔学に精通し大学を飛び級して優秀な成績でリッターフランに入所した。若干16歳の彼女は十分な天才ではあったが国中から最新技術である魔学を修める優秀者が集うリッターフラン対魔学研究所では歳若くしてロンロと同じ様に入所してくる人間は多い。なので彼女はまぁよくいる普通の秀才程度の立ち位置で、なんなら同期の中ではちょっと同年代よりかは背が低いかな程度の割と普通の女子職員であった。
というのも三か月前までのお話で、彼女はある仕事で出向いた街においてリッターフランや国の重要機関が手を上げた怪異事件をたった一人で解決してしまった。その街はその事で大いに救われたのだがそれは国においてもリッターフラン対魔学研究所においても全くの想定外の事であったのだから彼女は一気に事情を知る一部の上層部から注目を浴びることになってしまった。
…悪い意味で。
本来その事件は国全体で封殺してしまうレベルの出来事だったのだ。世間に判明すれば首都側のお偉いさんやリッターフランの上層部も大いにマイナスイメージが付きまとい、国民感情は悪化し政治にまで影響を及ぼす程の彼らにとっては不都合な出来事。それを彼女はたった一人で全容を暴き解決してしまったのだ。16歳という年若い年齢で一気に危険人物の仲間入りである。
下手をとればリッターフラン対魔学研究所を退所させられる程度では済まず国全体から追われる身にもなってもおかしくは無かったのだがここでまたもや国側とリッターフラン上層部の予想を裏切る自体が起きた。彼女を庇う有力者の登場である。その人物は魔女で国内外にとても顔の広いランクAAA、22歳の若さ異にして歴史に名を残す稀代の天才ハルバレラという本物の超一流魔法使いである。国内外のいやこの現在の世界において魔学発展に大いに尽力した十分すぎる程の実績がある彼女の力を持ってこの件は一気に水に流されてロンロはその後も一人の研究員として問題なく変わらず職場に勤める事が出来た。持つべきは友達である。
ただ、まぁ、上層部からの印象はとても悪い。
ロンロ・フロンコは出世できないタイプの人間である。(結果的にそうなった。)
本人も自覚しているしその有力者の友人に笑い話で語ったりするのだが、その度にその友人は「そんじゃウチの事務所キナサイヨ!何ならワタシと貴女で事務所の名前を連名にシチャイマス!?収入大幅アップよアップ!研究ヤリホウダイ!!!ハイウェルカムトゥマイハウス!カモンマイハス!!!オロレイヒイッヒー!!!」と妙なテンションで奇声を発しながら踊りつつ顔をどかどか近づけ来るのでロンロは今はお断りしている。
ただあんまり睨まれるならもう魔女ハルバレラの所に言っちゃおうかなとも思ったりするのも事実である。
でも普段の仕事自体は楽しいし、同僚とも仲は良好。
上層部に睨まれているからといってハルバレラの目も合って特に何か給料が減るとか研究施設の利用が禁止になるとかそういう嫌がらせも無く割と伸び伸びと仕事は出来ている。彼女なりに少し悩んだがまぁ別に良いか。あんな大規模な事件と遭遇する事は最早無いだろうしばらくはリッターフランで働くかなと思っていた所、今回のア・メサア島の短期出張が命じられる。
ロンロに課せられた事は色々あるのだが一番の理由はア・メサア島で頻発する地震の原因を探る事に逢った。この国の保護領であるア・メサア島は首都がある大陸の右側の大洋に位置する小さな島である。今から120年前にこの国に保護領として取り込まれた。近代に入ってからの出来事であるが故に島は本土とは違い多くの独特な風習が残る島である。
ア・メサア島は本国と距離があり保護領として完全に国の占領下におかれた地域でも無い為に独立した自治権が与えられている。本国の警察組織ですら彼らの許可無く活動する事は出来ない。
その上彼らの生活する島そのものが彼らの宗教的な聖地でもある。もちろん独自の宗教も根付いており価値観も違ってくる。この島の中心部から天を貫くように沸き上がる光の柱、多くの学者や研究者がその柱の正体を探る為に研究の為にこの島に降り立つも、信仰の聖地として島民全体が崇めている光の噴射穴には近づくのが精一杯で碌な調査も今まで一度も出来ていない。聖地たる場所に無断で足を踏み入れるのは彼らにとって重罪であるからだ。
だがしかし、ここ最近。
約一か月程前からこの島には原因不明の地鳴り、地震が多発し始めた。本土でもこれは観測出来ており一部の首都側の学者からはこの地鳴りは前兆で島全体の崩壊や陥没の前兆ではないか?という大袈裟ともとれる報告が上がり始めた。しかし一か月もの間に地鳴り・地震が頻発する現状は十分に誰から見ても異常事態である。この事態を重く見た首都はア・メサア島に対して調査団の派遣許可を求めていたのだった。だが…島側はこれを拒否。現代のア・メサアの首領「オアキッパ・インズナ」は首都側に大々的に這い回られては内政干渉に当たるとしたのである。
本土領では無いとしてももしこの島に何らかの大きなトラブルが起きれば国側は大きく海洋的資源や海洋権に対して損害を被る事になる。手をこまねいていた首都側は魔法・魔学的な見地からこの問題をリッターフラン対魔学研究所に調査を依頼。
近年になり魔学が発達しそれが国から島に伝えられ島の生活向上の為に多くの魔学を利用した機械、魔機が普及し始めた事もあり、島にはその魔機を持ち込む手段や動力源となる「エーテル」、それをため込んだエーテル・タンクも十分に普及しているのに注目、首都側は今回の地鳴り・地震をそれらを利用しての敵対国が現地で行っている魔学的技術を利用した破壊活動という可能性もあると踏んだのだ。
またリッターフラン対魔学研究所は魔学という元は魔法の性質を解明して生まれた技術の調査機関であるからにして魔法犯罪その物にも精通している。超自然的魔法系トラブルの線でも調査を依頼している。
しかしである。
リッターフランの人間は誰も「ア・メサア島」出張に名乗りを上げない、行きたがらない。
独特の風習が残り封建的な島民感情とそもそも独立した自治権が与えられ本土とはまるで勝手が違うこの島の調査等は誰も気乗りしないのである。リッターフラン内で進んで手を上げる物は全くいなかった。
ロンロ・フロンコ16歳も話には聞いていたのでとても嫌な予感がしていたので今回は完全に関わらずスルーしましょうそうしましょう、私はここ最近首都内で横行しているエーテルの力を利用して違法な薬物が生成できる植物をを太陽の光や水をほとんど使わずに地下で育成して販売する組織への摘発にその違法植物育成地下工場を見つける為の、外部からエーテル波を感知して現場を発見・摘発する装置開発に忙しいわそうよねー。ほんと忙しいわー首都警察員の方々とも打ち合わせデース。とまぁ仕事場ではシラを切っていたのだが残念ながら白羽の矢が立ってしまった。
「ぐぅ…。む、無念…。」
と、女子らしからぬ低いうめき声を上げて嫌々に所長室に呼びされた彼女は今回の「ア・メサア島」の短期出張を命じられたのである。やっぱり上から睨まれているのかな私って…と少し落ち込んだ彼女であったが。まぁ事実なのではあるが、それはそれとして今回の難しい調査に対して過去に同じ様に難易度の高い事件を過去に解決した実績のあるロンロが選ばれた側面もあると伝えられる。
所長は渋々ではある物のロンロに対して頭を下げたのだ。
ロンロ・フロンコに対する仕事上の信頼と実績は確かにあるのである。
まぁその事で少しだけ調子に乗ってその場では了承してしまったが、よくよく考えたらやっぱり面倒事を押し付けられたのには変わりがないので喜ぶのもアホらしいなとロンロは後で思った。友人の魔女ハルバレラも「アアアアアアアアヒイイヒアヒヒイッヒヒヒーーーー!!!!ソラねー!その通りよねー!アアアアアアアアヒアヒアヒアヒハヒアヒア!!!!イッヘヘヘヘヘヘヘ!!」という、とても22歳の若き女性が発しているとは思えない奇声でその事についてゲラゲラ笑うのでムカツク!と取り合えず出発前に顔を合わせた時に両側のほっぺを引っ張ってきた。
こうして、ロンロ・フロンコはリッターフラン対魔学研究所から派遣された調査員として島に降り立ったという訳である。この島に来る前に地震を観測する為の大規模でクソ重たい調査機器を背負ってきたのでとても腰と肩が痛い。ホテルの自室に降ろしてきたがあんなものをまた背負って帰るかと思うと既に気が重たくなるなぁと憂鬱な気分になった。一緒に運んでくれた宿のスタッフの姉さんも大変そうだったので悪い事をしたなと思うロンロである。
チェックインして肩に食い込む荷物から解放されたのは夜の8時頃、午前10時に本土から乗船して波に揺られる事10時間以上、ようやく到達したこの島は結構寒かった。暦は4月10日、夜ともなるとまだ野外は肌寒い所では無く本格的な冬の寒さが残る時期である。
「なんか遠方の島って勝手に南国って思ってたけど…緯度的には首都とそう変わらないんだった。」
知ってはいたもののやはり現場に来てみると少しだけ肩透かしを食らった。
それでも港からこの島に降り立った時に見た光の柱には衝撃を受けた。これも話には聞いていたが目の前で見ると本当に巨大な金色の光が天に向かって突き抜けている。周りにはうっすらとその柱から飛び散る光の粒子が夜の中を待っているのである。彼女が事前の資料から想像したり参考資料の写真で見たものより現実のそれはずっとずっと幻想的な光景であった。
「これがア・メサアの竜が眠る【封の柱】か…凄い……。」
ア・メサア島の伝承によるとこの光の柱の奥底には金色の竜が眠っているという。人との戦いに疲れた金色の鱗を持ち金色の息を放つその竜は、この島の中心部に大穴を開けてそこで眠りについたと言われている。その竜が目覚める時に島は砕け海の藻屑になるとも…。2300年前に起きたというその伝承、ア・メサアの島民はその竜を眠りから覚まさない様にこの光の柱を称え、聖域としてきた。
それを始めて目撃したロンロは、肩の荷物の重さも忘れてしばらく光の柱に見惚れてしまっていたのだった。
荷物をリッターフランが予約してくれていた宿の部屋に降ろして時間を確認するとまだ夜の8時、ロンロは身軽になった体の自由の嬉しさもあり勢いよく宿を飛び出した。そして外に出るなり直に振り返りこの島の夜空を眺める。そこにはやはり港で見たのより近づいたせいか、さらに巨大な光の柱が辺りを照らしているのであったのだからまた見惚れてしまった。とても神秘的で、どこか優しく感じる光でもある。
「はーーー。この光、エーテルの類では無いって言うんだから何なんだろう。星にはエーテルが生命エネルギーとして地脈の様に流れているから、私はエーテルの類だという仮説論者に昔から賛同してたんだけどなぁ…。やっぱり直接その目で視るものね、こうやって生で視るとこれはやっぱりエーテルの光…つまり魔力では無いわ。もっと神秘的な超常的な事の様な気がするもの。」
辺りにはロンロと同じ様に夜空を貫く柱を眺めて上を向く観光客があちこちにいる。
封建的な制度が残る島ではあるが近年は観光に力を入れて外貨獲得に成功し、島の生活は豊かになったという。今やこのア・メサア島は一大観光地であった。
「こんな光の柱があるんだもの、当然よね…。いつまで見てても飽きないよ…。」
ロンロは着ている淡いピンク色のスプリングコートの襟を両手で持って寒さに耐えながらしばらくその柱を眺めていた。あとやっぱりまだ寒かったのでもうちょっと厚着してくれば良かったなとも考えていた。スカートは失敗であるなとも思う。
「うー!寒いいいい!! とりあえず、地震観測器を起動させるのは明日。設置場所はもうホテルの部屋で良いわ。宿の敷地内の庭を借りた方が建物の中より正確に観測出来るから、本来はそれがベストだけどただでさえ首都の調査団が断られている現状あまり怪しまれるのも嫌だし…もうあの女性スタッフさんには怪しまれているかもだけど…。んー…。よーし!ぼーっと立ってるだけじゃ寒いだけだし今日は宿の周りを探索して見ますか!」
まぁ私一人だとやれる事調べられる事なんてたかが知れているし、今回は半分観光みたいなものよね。とロンロは気楽に考えて宿の敷地内から出て外の道を歩き始めた。夜の8時を過ぎたというのに外は光の柱のお陰でとても明るい。足元すらしっかり確認出来るので夜道の怖さが薄らいでいる。首都のエーテル式ライトで照らされる夜の繁華街よりもずっとずっと明るいなとロンロは思う。それにエーテル式ライトよりもとても光が暖かく柔らかい気がする。瞳を刺して来る様な刺激が無いと感じる。このア・メサア島に竜の眠る様な壮大で神秘的な伝説が生まれるのも当然だなと思った。
ロンロはホテルからまっすぐ伸びている道を歩いていく。
この道を辿れば初めてこの島に足を降ろした港付近にまで到着する。
ア・メサア島には光の柱から降り注ぐ金色の霧の様なうっすらとした物があちこちに、何処かしらにも漂っているのをロンロは目に止めた。歩きながらこの霧の様な物を手を伸ばして掴んでみようとしたのだけれど、手に触れた瞬間にふわっと拡散して消えてしまう。密度は無いこの金色の霧はこの島をまたより一層神秘的にしているのであった。
地震の報道は新聞等のメディアでも本土で取り沙汰されるのだが見ている限り観光客の減少は確認出来ないなとロンロは感じていた。こうして港まで続く道を歩いているだけでもホテルに向かったり島の夜を楽しむために夜の散歩をする観光客と随分と入れ違う。
「首都側は警戒しているのだけれど、ア・メサア島は島の閉鎖まで考えていないのね…。今のこの島は観光業で成り立っているから当然かも…。でもこのままだと悪評も立っていくだろうし、どうするんだろう。」
それにしてもなんて賑やかで華やかな夜であろうとロンロは思う。
夜遅くになっても人の往来は頻繁で、島の中心部からは光の柱がそびえ立ち、金色の霧が柔く優しく降り注ぐ。十数分程歩いて海沿いまでやってくると港から少し離れた浜辺沿いには屋台の様なお店がズラリと並んで観光客を出迎えている。この島は柱の光のお陰で、夜こそ繁盛時なのであろう。
船の中で軽く食事は取ったが少し小腹が空いていたのでその屋台の中で何か軽く食べられる物は無いかとロンロは物色し始めた。しばらく屋台の群れをどれどれとすっかり観光気分で覗いていると金色の大きなロブスターが大きな串に刺されて丸ごと焼かれていたのについ声を上げてビックリしてしまった。
「うあ!派手!でっか!!」
ロンロの片手では収まり切れない様な大きな、しかもド派手な金色のロブスターがまるでペンの様な太さの大きな串に豪快に刺されて炭火で焼かれていた。
「いらっしゃい!一つ300エメリね!!」
大量のロブスターを焼きながら威勢の良い店主はロンロに向かって値段を提示してきた。
「え!?あ、はい!じゃあ一つ…!」
「はいどうも!甲羅は剥くから頭とハサミと尻尾はあちこちにゴミカゴがあるんでそこに捨ててね!」
つい勢いで購入をしてしまったがまぁ見かけ通りずっしりして重い金色ロブスターの串焼き。
同年代の中でも小柄なロンロでは完全に持て余しそうなサイズである。
このロブスターは甲羅こそ金色ではあったが剥いてもらって見ると身は見事に綺麗な白色であった。身まで金色だと食べるのには些か抵抗があった。ただ頭部と尻尾はしっかり金色である。
「うわぁ…大きいし大体人生で金色の食べ物とか初めてだし…。うううううん!!」
意を決して人目も気にせず豪快に被りついた。
口の中にいざ入れて見るとロブスターの香ばしい味が一杯に広がり暖かい身が柔らかくほぐれてとても美味しかった。味付けは簡素な塩と僅かな香草程度であったが素材の味だけで十分すぎる程うま味が口のなかに広がる。
「あ、おいしい…。うん、凄い。これで300エメリは破格!合格!合格です!」
一人で偉そうに評論家気どりで購入したものに対して合格サインを出した。
「これ染色している訳じゃないのね…この島の近海じゃこんな色のエビが取れるのかな?」
ロンロは続けて他の屋台にまで足を延ばして飲み物を買う。
販売しているお姉さんの説明曰くこの島でのみ収穫出来るというスムベタという背の低い木から収穫出来るという小振りの果実から作ったジュースを購入、お値段は50エメリだった。首都で購入するMサイズのコーヒーより安かった。全体的に物価が安い!素晴らしい!とお手軽な値段に喜んだロンロがそのジュースを飲んでみると軽い口当たりの中にもしっかりとした甘さがあってとても美味しく更に笑顔になる。
ロンロは近くの観光客向けのテーブルに座り金色のロブスターの串焼きとスムベタのジュースを飲みゆっくりとした時間を過ごした。夜だというのに島の中央から湧き続ける光の柱でちっとも暗くない。だからといって人工的な照明の刺激的な光では無く、昼間の大陽の様にギラギラしたものも感じない。暖かさと柔らかさと優しさに包まれるこの光は実に不思議だなぁと彼女は感じる。
近くにある観光客向けのステージからはゆったりとした音楽が聞こえて来る。
美味しい食べ物に幻想的で優しい光の光景、海はその【ア・メサアの竜が封印されし柱】の光を反射して金色に輝いた波を浜辺に写している。なんとも贅沢な時間だとロンロは顔を緩める。
「まぁ…こういう役得があってもいいよね。みんな嫌がったんだから。へへへ…。」
そんなゆっくりとした夜の時間の中ですっかり気を緩めたロンロが残りのジュースを口に入れようとした瞬間であった。
「ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ!!」
低い地鳴り音が島全体に響き渡り辺りの観光客が騒然とする。
ロンロも驚いてその場に立ち上がった。
地面が、島全体が揺れている。
「これが話に聞いていた!?うわっ!大きい!!」
ロンロが思わず叫ぶ。
近くにいた親子連れの観光客が恐怖で泣き出した子供をしっかり抱きしめて落ち着かせようとしている。カップルの観光客もいたが男の方は情けなく腰を抜かしてしまっている様だ。近くのステージの演奏も中止されて客席は騒然となってしまった。ただ並び立った屋台の店主達は慣れたもんだと特に慌てる様子も無く火を使っていた現場ではすっと手を止めてエーテル機器のスイッチを落として冷静に対処をしている様子である。
しかし尚も揺れは止まらない。
親子連れの子供は不安からとうとう大泣きを始めてしまった。
カップルの方は男の方が尻餅をついて「ああああ…!」と情けない声を上げて動転している。首都は滅多に地震が無い地域であり、この島にいる多くの観光客も大陸の首都がの港から観光船に乗ってやってきた人々だ。ロンロも16年間の人生に置いて地震を経験したのは僅か2、3度程しかない。それも直に揺れが収まっていた軽度の物ばかりであった為にここまで長く揺れ続けるパターンは初めて出会った。すっかり気が動転する。
「え!?え!?終わらないんだけど!!ちょっと!?うええええええ!?」
ロンロも情けなく四つん這いになって揺れ続ける島に怯え続ける。
同時にただ色々政治的な事や距離的な事で面倒臭いからリッターフランの皆はこの仕事を断っていたんだろうと思っていたのだが、この地震に対しても警戒していたのだなぁとようやく気付いた。地震の少ない地域で育った人々には逃げ場のない災害であるこの揺れは恐怖そのものであった。
「うううう~~~~!!!何よこれえええええ~~~~!!!!!」
揺れに対して踏ん張りどうしようもない恐怖に耐え続ける事2、3分程…ようやく地震は止まる。辺りは騒然としており観光客の人々が次々に戸惑いの声を上げていく。ロンロも呆然としながらヨロヨロと立ち上がり人生で初めての本格的な地震の揺れに対してすっかりさっきまでの浮かれた観光気分が抜けてしまった。
「はぁ、はぁ…何よこれ、こんな状態で一か月近くも続いているっていうの?これ以上の大きな本震が起きる前触れ?一体私に何が出来るって言うの…?」
自然が起こす大きな災害の力に、ロンロは己の無力を痛感する。
やはり何事も体験してみないと判らない、地震が頻繁に起きているとはいえそこまで大きなニュースになってはいなかったのあり油断しすぎていた。この仕事を引き受けてしまった事に今更後悔する彼女である。他の同僚はきっとこの事を予測していたのだ。当然だ、今の魔学の歴史と技術では自然災害を静止させるなんて到底出来る筈が無い。調査名目でやってきたとは言え自分一人で何が出来るのかと落ち込んでしまう。
大騒ぎする観光客とは対照的に島の人々は落ち着いて直に元通りに活動を始めていた。
まるでいつもの事だと言わんばかりに屋台を経営している人々は揺れが収まると再び仕事を開始し始めているのにロンロも周りの観光客も驚いている。彼らはこの一か月の間に繰り返されていた地震にもう慣れてしまったのだろうか。
「ア・メサア島の代表、オアキッパ・インズナは首都からの調査も断りこの地震の事を放置しているというの…?どうして?」
明日はリッターフラン対魔学研究所の代表としてオアキッパ・インズナに挨拶をしにいく予定がロンロにあった。彼女はこの地震とア・メサア島の現状について少し話を聞いてみたいなと想いを馳せていた。
それにしても…観光客は未だにざわつき落ち着きを取り戻していないというのに現地の人々はあっという間に地震の衝撃から立ち直ってしまったのに驚く。近くのカップルの観光客の男の方など未だに腰を抜かして立てずに彼女に呆れられてたりするというのに、遠目に見える、さっきロンロがスムベタのジュースを購入した屋台の女性店員等は地震の振動で散らかった飲み物の空容器をやれやれといった表情で平然と集めてたりしている。
「なんだろう…?現地の人々の落ち着き…。たった一か月でここまで慣れるものなのかな?確かに昔から地震が多い地域というのは事前の資料で確認したけど…もう島単位で地震に慣れているとか?後で資料をまた見直すかぁ…。」
と考え込んでいた所でロンロはある事に気付いた。
苦労して島に持ち込んだあの大きな荷物の大半はエーテル式の地震測定器だったのである。こんな事なら宿を出る前に自室でいいから起動して測定しておくべきだったと。
「ああああああああああああ!!!もおおおおう!!!五日間しかいないのに貴重なデータを取れる機会がああああああああああああ!!」
キイイイイイ!!!と言いたげに歯を食いしばったロンロは両手で頭を、その豊かな金髪の長い髪をワシワシかき回して急いで宿の方向へ走って戻っていく。シャワーを浴びて寝る前に測定器は動かさねばという思いから彼女は全速力で走りだしたのだった。
同時刻
ア・メサア島の聖地、光の柱の傍に佇む一人の人間がいた。
ここは島の聖域、そこは島の政治・信仰のトップであるオアキッパ・インズナですら普段は立ち寄る事は出来ぬ場所。光の柱に続く道には24時間交代で島の男が武装して待ち構えており、大きな木製の門まであり周りは断崖絶壁とも言える崖。誰にも入る事は出来ず外部からの侵入は完全に拒まれる自然と人間の手によって要塞とも言えるべきセキュリティで近寄る物を本来は拒んでいる。
だが、光の柱の傍には豊かな膝まで届きそうな金色の髪を靡かせて、金の霧を吹き上げている中で。
それを物ともせずたたずむ女の子がいた。
その姿は人間の女の子、まだ少女と言っていい程の年齢。
歳の頃にして10代前半程度であろうか?その女の子柱を見つめて言葉を呟く。
「クァン・ロビンの一族め…この地に面倒な封をしおって………。」
金髪の長い髪の女子は柱を睨みつける様にして言葉を続ける
「あの人が生まれて人の暦で15年近くも待った、もういいだろう。だから…私は、もう一度…必ず……!!!次こそは………!!!!」
そして自分の体を見渡して微笑む。
「この姿で良いだろうか?気に入って貰えるかしら?ふふ…。でも、早くなんとかしないと。私はもう行かなければならないのだから……!!!」
長い髪の女の子は、光の柱から放たれる灯りに紛れる様にしてその姿を消す。
ア・メサアの目覚めが始まる。