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血と呪を消滅させた女

(ああ…)


今は、私は、何時まで気を失っていた…

己で引き抜いた左目が熱い、痛い。

鋭く指先はあろう太い針で刺される様な痛みだ

そしてその針先は熱く熱く、燃えてしまいそうな程の…。


だが、それが心地良い

もう内なる声は聞こえない

首領となった、母を射抜いたあの日から常に聞こえていたあの魑魅魍魎の、死にぞこないの呻き声はもう一切聞こえない。十数年振りの静寂だ。静寂の解放感だ。




……


………


132代目首領オアキッパが、いや彼女はケユウとして目を覚ます。

あの「眼」、魑魅魍魎共のアツ・キィの母体となっていた己の眼を引き抜きア・メサア島の首領としての役目を彼女は自らの手で終止符を打ったのだ。過去のクアン・ロビン一族の精神と魂が込められていたあの眼は彼女の手によって完膚なきまでに握り潰されて消滅してしまったのだ。2300年の歴史の中で代々引き継がれていたこの島の最たる因習は首領自らの手によって終わりを迎えた。

己の左目を己の腕で握りつぶす事で、その2300年の呪とも言える運命を彼女は自ら断ち切ったのだ。


「…いつまで。」


残った右目を開けつつまだ完全に覚醒しきれていない頭で、ケユウは隣に座って看病をしていた屋敷の女中であった婆に語り掛けた。顔全体が腫れているだろう、右目も完全に開ける事は出来なかった。


「オアキッパ様……ああっ、」

婆はケユウの傍に駆け寄りゆっくりと起き上がった彼女を支える。


「…っ!!フフッ、痛みはな。当然か。……婆、私はいつまで気を失っていた。」

掠れるような声でケユウは左目を抑えつつ婆に問いかける。顔は包帯で巻かれ半分以上隠れる程厚く巻かれていた。それでも血がまだまだ滲んでいる。きっと気を失っている間も医者や婆が取り替えてくれていたに違いない。それにケユウは心の中で感謝し、まともに動けるようになったのならば心より礼をしなければならないなとも思った。もう自分は首領では無いのだから、と。


「朝の8時過ぎに目覚められたオアキッパ様は…その後左目を自ら……今は11時になろうかとしておる所です。まだ出血は止まっておりませぬ…どうがご自愛を……。」

泣きそうな声で体から絞り出すように婆が弱々しい声で答える。

それはケユウの事を心から心配している証拠でもあった。



「3時間程度か、うっ…!!左目が……熱いな。熱く、痛む。」


「オアキッパ様…!さぁ、横になられて……!」


「ああ……。」

婆に促され再びケユウは床に就く。

仰向けで眠るとなんだか血が己の眼底に溜まりこんでしまう感覚があったので体を横にする。屋敷は崩壊しているので昨日担ぎ込まれた使用人の屋敷にまた運び込まれている。布団だけは崩壊した屋敷から持ち出したのか覚えのある感触の物であった。


「婆な…、私はもうオアキッパでは無い。」

残った右目を閉じたまま静かにケユウは語り始めた。


「それはどういう事で…。」


「私の左目には、いや一族の首領を継ぐ者の左目には代々アツ・キィの器としての役割があったのだ…。そう、この島を監視するあの遠の瞳の術の本体こそが、私の。いや首領の左目の正体だな……。」


「なんと……それは真で?」


「そしてあのアツ・キィにはクアン・ロビン一族の亡霊の屋敷でな。歴代の首領の魂と、この島を開拓した祖先らの魂のな。首領を母様より継いだ時に私の体と目に押しかけてきよった。そして常に私の心に語り掛けて来ていたのだ。うっとおしい十数年だった…。」


「それは…真で…?し、信じられませぬ。」


「フハハハッ!…ッ!! ああまだ痛いな、痛い。だがこの痛みが心地よい。ようやく私は私に戻れた。ケユウに、ケユウ・ウンに。」


「オアキッパ様…!ああ、今はまだ喋るのも控えて…。」


「良い良い…気分はとても良いのだ。少し喋らせておくれ、婆…。それに私はもうクアン・ロビン首領オアキッパでは無い。幼名のケユウと呼んでおくれ…。この島の自治も大陸の多くの国々と同じく議会制にして島民の中から投票で抜擢する様に改革しようぞ、元々時代遅れでもあったのだ。」


ケユウはそう言うと少し黙り込む。

やはりまだ左目が痛い。熱く、頭全体が軋む様に痛いのだ。

誤魔化しの効かない鈍痛が常に彼女の脳に直接響いてくる。


「…母はいなかった。私の左目に。」


「先代様が…?」


「ああ、祖母らしき奴はいたなぁ。うっとおしい女だった。…そうさ、婆は知っているだろう?クアン・ロビン首領一族が代々親殺しを経てその力を受け継ぐという事を。私は母を貫いた時にその血の伝わりを持って二つの眼を受け継いだ。先祖の魑魅魍魎が住まう監視の左目、アツ・キィと、首領としての魔の力を蓄える右目、ナァ・ベリオ…。」


「…ううっ、先々代様。常に私達のお傍にいらしていたのですか…っ!?ご存じの通り私は先々代様の代からこの屋敷にお勤め初めて、まだ少女の頃でした…。」


「偶に婆の事を言っておったなぁ…。女の行いとは思えぬほど口は堅く実に働き者だと、感謝していた様子であったぞ。フフフッ……。」


「先々代様……。」

婆は隣で目頭を抑えて実に弱々しい声で泣き始めた。

それは少しケユウにも辛い音で、若干だが痛みも遠のいてしまいそうな程に心を揺るがしたのでもあった。


「すまないな、婆…。生きている間にこんな事を経験させてしまった。まったく、親不孝ならぬ婆不幸者よ。屋敷は潰れたがまだ一族の貯蓄はあるだろう…?余生に困らぬ金は持たせるが故…落ち着いたらゆっくり暮らしてくれ。他の使用人達にも時期に直接伝えよう。私はもう首領では無いのだから、この左目が癒えればただ島の女として雇われ百姓でも何でもして…余り物の野菜でも齧り一生を終えようかの…。私にはそれがお似合いだ。」

言葉と痛々しい包帯の姿とは裏腹にケユウは清々しい表情でゆっくりと答える。


「オアキッパ様…そんなっ……そんなっ!! うううっ……。」


「ほら婆。もう私はオアキッパでは無いよ、フフフッ……。」



婆が隣ですすり泣く中でケユウはぼんやりと考える。

私の中に確かに母はいなかった。あの祖母らしき女はあの眼の中に居たのにだ、と。

祖母と言っても一族の伝統にならってやはりそこまで歳を取らない時期に死んだのだろうか、老婆と言う感じはしなかったのをケユウは覚えている。


「アツ・キィを引き抜く前に…私は最後の我儘と言うたが…もう一つだけ頼めるか、婆?他の使用人全員にもだ。」


「ううっ…、はい、何なりと……。」

婆は両手で顔を抑えたまま答える。

老婆の年老いた心と体には聊か辛い状況が続く。ケユウもその声と反応に心が痛む。


「あの昨夜この屋敷に着た…本土の学者様をここに連れてきてはくれまいか…?今頃何処か島の中を嗅ぎまわっているだろうて…。あの学者は知っていたのだよ…黄金竜の真の名を。婆、其方も知らなかっただろうこの島に眠る竜の名を。あれは母様からきつく誰にも言うなと命じられていたのだよ、2300年の歴史の中で恐らく…首領一族以外でこの名を知った者は今までおるまいて。……あの学者は何かを掴んだのだ。」


「…何故でございましょう?」

婆の泣き止む声が止まる。


「話がしたい、伝えておかねばいかぬ事がある。あの可愛い学者殿がこの島の歴史を閉じてくれるかもしれぬ……いや買被り過ぎか?フフフ…。とにかく探し出してここへ。そう広くない島内だ総出であれば直に見つかるであろう…。」


「しかしオアキッパ様…いやケユウ様……。失礼でございますがあの学者と面会した後からケユウ様の心は荒れ今の様な状況に…!!」

婆は険しい表情と声でケユウに反論した。

これは屋敷の使用人全員が同じ気持ちであろう、ご乱心の原因はあの学者であると。

ロンロ・フロンコは知らぬ間に大勢の敵を作り出していたのだ、無理もないのだが。


「ハッハッハ!!! ツツツ・・・・!!ああ、まだ大笑いなぞ出来んわ、クッ、クッ…フフフフ。私ではないよ婆、あれは私であって私では無かった。(アレ)は私と、過去のクアン・ロビン一族の私達だ。今はもうこの左目には居らぬ…。あれらはもう死んだ。私も、オアキッパとしては死んだ。………婆、頼むよ。この島の未来の為だ。」


「本当に…よろしいのですねオアキッパ様……。」


「ああ、それにさっきも言ったがもうケユウで良い。…なんだ婆?幼き頃は良く私をケユウの名で呼んで叱ってもくれていたでは無いか?フフッ…。あの農水路を積止めして遊んでいた時なぞ母様よりキツく私を怒鳴り上げたものなのに…フフフフッ……。」


「ケユウ様…懐かしく思いますな…。首領様になられてからご用事以外は碌に会話もございませんでしたから。」


「もう首領では無いからな……。」


ケユウは横になっていたのもあって直接顔は合わせぬままであったが二人は十数年振りに笑みを交わした。


「承知いたしましたケユウ様…、直に学者を捕縛してでもここへ。もうすぐ医者が訪れてお顔の包帯も交換いたします故ゆっくりなさっておいて下さいませ。私は屋敷の人間に伝えて来ます故……。」


「ああ、頼んだぞ婆。……それからな、あまり荒っぽく連れて来るのは止めておくれよ。まだ子供みたいな年齢の相手に警戒されてはたまらんからな。」


「それはお伝えしますが…他の者が納得するかはどうか……。では私はこれで。」


そう言い残すと婆はゆっくりと立ち上がって小屋の外に出ていく。屋敷と違って小屋は簡素な造りで薄い扉越しには婆の張り上げた支持を出す声が響き、布団の中にまで聞こえてくる。足音も響き使用人も集まってくるが…婆から話を聞いたのだろう。不満げな男共の大声も後で響いてきた。それを床の中で聞いたケユウは「やれやれ…。」と溜め息を付いたのであった。








……



………




ホテルから出てこの島の中央部に開いた大穴、メルバーシの本体である竜が眠る光の柱に接近していた二人の同じ顔と同じ背格好の二人は柱を眺められる傍の崖の上にまでやってきていた。大穴の周りは大きな崖になっており中心部へ歩みを進めるにはその崖にかかる木製の吊り橋を渡っていくしか無いのだが、島の宗教信仰的に最重要地点であるこの島の聖地であり、常に見張りに屈強そうな男が二人程立って門番をしている。




「あーね、そりゃね、そりゃそうよね。うーん。」


ロンロは自前のレザーリュックから取り出した魔機式双眼鏡でその門番を見つめていた。


「なーにその分厚い眼鏡?初めて見た!!」

ロンロの姿にメルバーシが興味津々に近づいてお気楽に質問をしてくる。


「魔機式サーモセンサー双眼鏡!リッターフラン…勤め先からの支給品よ。最大280mまで感知可能で15cmの厚さまで物体を貫通して感知出来る高級品なんだから!持ち出し申請苦労したなー…。本来はこんな秘密行動の為に使用するんじゃなくてさ、足場の届かない様な場所の調査の為なんだけどさ…。」

双眼鏡を顔から放したロンロが不満げな顔で両手に持ったそれを見つめる。


「人間ってそんな道具を使わないと遠くのモノを見れないんだ。やっぱりこの生き物って不便だなー?」

呆れたと言う表情でメルバーシが皮肉染みた笑みを浮かべる。


「うっさい!人間になるんでしょ!こんくらい受け入れなさい!!」


「わかってますよーだ!」


「それよりアンタは飛べるから良いけど!肝心の魔法エーテルの専門家たる私があの大穴まで近づけ無いじゃない!!見つかったら摘まみだされて本土に強制送還だよ!これじゃあんたの体を穴底で拘束しているア・メサアの網を消すのも出来たもんじゃない!」


「そりゃ困った…、いやホント困る。どうにかならない?二人ぐらいさー、ロンロが食い殺せない?」


「んな事出来るか!!そーんなーおおーぐーいじゃあーーりませええええええん!!」

メルバーシの両耳をギンギンと引っ張りながらロンロが訴える。


「イテテテテ、判った判った。はいはい別の方法考えましょ、ね?」


「んもう!まったくこの子は…」

ロンロが手を放しブツブツ小言を言いそれに向かってメルバーシがまた始まったとと溜め息をついていた時、そのメルバーシが何かを察したのであろう。それは二人に近づく無数の人の気配。草木の僅かな揺れる音や不自然な風の流れをいち早く察した竜の化身は急に険しい顔になる。


「ロンロ…ごめん、囲まれた。」


「え?囲まれた?何に?」


「人間。10人近くいるね。」

ロンロを後ろに下がらせながらメルバーシが腰を落として鋭い目線を辺りに投げかける。


「ええっ!?い、い、一体誰が…!?そんな!どうして!?……ってまぁ、うーん。予想は簡単というか。当然昨夜の件だろうけどさ…。」

腕を組んだまま、何か諦めた感じでしょうがないなと言わんばかりにロンロが呟く。

昨夜、メルバーシの力で作り出した遠くを覗く鏡の術で己の屋敷を盛大に破壊するオアキッパの姿がロンロの頭を過る。


「まぁ…たかが10人位だから。すぐ終わるよ。……だけどこいつらからはクアン・ロビンの濃い血の匂いはしないな……。そういえば今日はそれをこの島から、朝からほとんど感じない…。この島に来て眠りについていた中でも常にうっすらとは常々感じていたのに。あの忌々しいクアン・ロビン共の…!!」

メルバーシの顔が一段と険しくなる。


「こ、こらっ!殺すのはダメ!殺すのは!!人間社会で殺人は重罪です!人が人を殺すのはダメ!!それにそんな騒ぎ起こしたら速攻で強制送還よ!いやその前に島の警察組織にあたる団体に逮捕されて何もできなくなっちゃう!殺すのはぜーったいダメ!!まずは私が話し合うから!!」


「…ほんと面倒くさいな。全員殺してそこの崖にでも投げ込んでれば早いのに。」


「早くない!盛大な遠回りよ!!んもう!!絶対に手を出しちゃダメだからね!手を出したらタブレット没収!!」


「あ、それは嫌だ!!絶対嫌だ!!!やめて!お願い!判りました!!!絶対手も足も舌も翼も尻尾もブレスも光熱波も出しませんし!念動で揺さぶって脳みそや内臓破壊したりもしません!だから許して、ね!?お願いします!!」


「私と同じ顔で何を恐ろしい事を言ってるのよこの娘は…。良い?もし私が乱暴されそうになったら気絶させる程度なら許しますけど!それでも殺すのはダメだからね!!良いね!?」

すがり寄って懇願してくるメルバーシを呆れつつ、彼女を軽く抱いて背中を軽くたたき落ち着かせる。そしてロンロはメルバーシに待機を命じて一人、二人が居た崖の下に降りて声を上げる。ロンロ自体は人の気配なぞ何も感じなかったがどうやら周辺の木々や背の高い草の中に合計10人近くの人間が隠れているのだと言う。


「あ、あのーーー!!!ご存じかもしれませんが私は本土から来たリッターフラン対魔学研究所のロンロ・フロンコ調査員です!!聖地に近づいて調査していた事はお詫びしますので!!えーと、そのっ!!姿を見せて頂いて代表の方とお話をさせて頂きたいのですがーーー!?」


「…。」


しばらくの静寂が続く。

本当に人が大勢隠れているのであろうか?あの黄金竜の化身であるメルバーシが察知したのだから本当なのは間違いないのであろうが…。ロンロが再び「も、もしもーーし!!あのーー!!私ここにいまーーーす!!」と声を上げた次の瞬間、近くの茂みから「ガサッ」と微かに音が聞こえ……中から30代中盤程度であろうか、小柄ながらも手足も太く暗い色合いの服装をした男が一人姿を現した。


「う、うわっ!!?」

ロンロが驚いてその男に目線を送ると周りから次々とガサガサと音がして何人もの同じ様な男が現れる。武装こそしていないがそれは彼女にとってとても威圧的で恐怖を感じる並びであった。


「…我ら首領一族に仕える間者の鍛錬を積みし者。娘、どうやって気配を察した?」

一番最初に顔を出した男が冷たく鋭い目線をロンロに向ける。


「え?えーとその…まぁ学者ですから色々と調べる機器などの用意はありまして、ハハハハ……。」

まるで答えになっていない返事でロンロは愛想笑いで慌てながら周りの男全員に返す。

この島の竜の化身が状況を超越的な能力で察知してくれましたとは到底言えない。


「まぁ良い…娘、我らは其方に危害を加えるつもりは無し。首領様がお前をお呼びだ。」

納得はしていない様子ではあったが男は答えた


「オアキッパ…様が?私をですか?」


「そうだ、我ら命に代えてもお前を首領様の元へ届ける。返答は聞かぬ。」


「命ぃ!?そんな大げさな!?」


「…娘、貴様は。いや貴様らは我らも知らぬ様なこの島の秘め事を知っていると聞いている。オアキッパ様が激しく取り乱す程の様な。それ故にあの様な事が…!!!」

男が明らかに殺意を持った目つきでロンロを睨む。この代表の男だけではない、周りにいる合計10人の男達は全員が全員その鋭い目をまだ16歳の少女ロンロに一斉に向けたのである。いかに普段争い事とは無縁のロンロであろうともその異様な殺気を察知して自然と体がガクガクと震え始めた。



当然であろう、ここにいる多くの者が今朝起きたオアキッパ…今はケユウとなった女の凶行とも言える自傷をその眼にしていたのである。主を狂わせ、瀕死の床に伏せる羽目になり、島の象徴の一つであり一族の指標たる主を狂わせ、その城である住いも滅ぼされたのだ。このロンロ・フロンコを首領に仕える男達は決して許していないのである。狂気とも言える殺意の目線は油断なくロンロを縛り付ける様に睨みつけているのだ。手荒にするなとは言われていたが理性ではそれは抑えつけられない域にまでフラストレーションは一晩であっという間に蓄積していたのであった。


その時、

ビュン!!と何かがロンロの目の前を風を切って横切ったかと思うとそこにはあのメルバーシ、金髪の長い髪を靡かせて凄まじい速度で飛び出しロンロの目の前に降り立つ。


「メルバーシ!だ、ダメだよ!殺すのは!ダメっ!!」


「ヤられるよロンロ…、こいつら本気みたいだから。」


「ええっ…一体どうして…。」

と言った所で直に我に返ったロンロは(そりゃまぁ己の屋敷をあんなにぶっ壊す程に暴れ回ってたんだから何かあったんだろうなぁ…)と諦めの溜め息をついた。


「なっ!貴様は!?その異常な身のこなしと速さ、報告にもう一人は魔女とあったが誠であったか!?」

メルバーシの尋常でない速度に驚いた男達であったが直ぐに構え、懐から短刀を次々と取り出し一斉にロンロ達に向かって構える。明らかに手慣れた様子であった。


「魔女ねぇ…。この星の新しい時代の芽吹きの力に最も適応した人って事かしら?ロンロは魔女じゃ無いんだよね?」

ロンロに向かって顔を向けないままメルバーシが背中越しに喋る。


「そうですよー!友達に一人いるけどね!凡人も凡人デース!」

何かやけっぱちにロンロが答える。


「ハハハハっ!ロンロは魔女じゃ無くても素敵だよ!!私に色々凄い事を教えてくれる!新しい希望の景色も見せてくれた!!人間ってやっぱり素敵ね!!…でもこいつらは残念だけど殺すよ。匂いは薄いと言っても…憎いもの!」


メルバーシの鋭い眼光に呼応する様に取り囲んだ男達も更に深く腰を落として構えた。 


激しい視線をぶつけ合う両者。

だがメルバーシは何処か余裕である、いや、笑っている。宿敵クアン・ロビン一族を目の前にしてメルバーシは復讐の機会と喜んですらいる風にロンロは感じた。周りを取り囲んだオアキッパの使い達である間者の男達は…先程のメルバーシの異常な速度で接近してロンロの前に降り立った様子を見ていた為に激しい警戒を怠らずに一定の距離を取っている。人数では勝っているが決して状況は有利ではないと既にいち早く全員が認識しているのだ。一触即発の空気は流れつつも緊張感のある空間がそこには出来上がっていた。


不気味に微笑み体に力を籠め始めるメルバーシ。

決して油断せずチャンスを伺い全身に感覚を研ぎ澄ませるオアキッパの間者達。


メルバーシがゆっくりと歩を進める。

男達もまたゆっくりとすり足で間合いを取りながら刃物を前に向ける。

日の光を反射して刃物がギラりと次々と光始めるが、メルバーシは気にせず不気味な笑みのまま更に近づいていく。






まさにこの後両者、お互いに殺し合いが始まるというのを既に察知していた。

命のやり取りが始まるのだと男達の覚悟が決まり、メルバーシが爪を立て始めた。





だがそれを全然気にしておらず、むしろ両者というか、この場にいる全員にキレかかっている場違いな存在がが一人だけいた。



ロンロ・フロンコである。



大体こんな殺し合い始まったら今回の調査は全部無駄になる。

自分は本国に強制送還されるわリッターフラン研究所の上司からキツいなんてモンじゃないお仕置きを受けるであろうが減給モノだわ仕事場での形見も狭くなるだろうしロクなもんじゃない。

この睨み合いの結果なんて判りきっている。そのパワーを十分昨日から味わっているロンロには当に判っている。力を少しでも引き出したメルバーシが男達をズタズタに引き裂いて肉片にして5秒もかからず全員絶命させるであろう。島の歴史始まって以来の外部の人間による地元住民の大量虐殺でそりゃもう大騒ぎだ。


あと一応ア・メサアの網もこのままだと永遠に調査出来ないままである。

あの穴の底で漂う人々も救い出せない。…というのも一応頭の片隅にあった。



「あーもう怒った!!!!あったまきた!!!この島に来てから叫んでばっかじゃん私!!ああああもう!!!!お前ら皆!メルバーシも!!そこのおじさん達も!!!!みんな黙れぇえええ!!!!減俸されちゃうでしょうが!!!!ていうかこの乙女に前科ついちゃうでしょうが!!!情状酌量の余地なく本土の刑務所行きになるでしょうが!!!まだ16ですよ私は!!!何させるよのよ!!!何に巻き込むのよ!!!!お前ら!!!!!!!!落ち着けえええええええええええええええ!!!!!!!!!」



ロンロが背負っていたレザーリュックを開いて中から引き抜くように勢いよく銃の様な物を取り出した。それは銃口が管楽器の様に広がる不思議な形状をした武器の様に見えた。

素早く構えて怒りの顔つきのままそれを目の前のメルバーシごと巻き込んで打ち放った。



パアアアアアアア!!!!




という激しい音と共に膜状の透明なカーテンの様な物がそのラッパみたいな銃口から発射されて辺り全体を包み込んでしまったのである。





「うへ?ロンロ、何!?どしたの!? えー!ぎゃあああああああああああ!!!」

まず目の前でモロに食らったメルバーシが悲鳴を上げた。


「おおっ!!!!な、何だぁああ!!!!」


「これはっ!!!」


「出れぬ!!!!」


「なんだ!!?」


「ぐっ!!!!貴様何をした!!」


男達も身動きを封じられて次々と声を上げる。

その透明な膜は収束する。そして全員をその場にいる11人をその張り詰めた空間ごとまるでごみ袋に投げ込んで縛り上げた様にしてしまい身動き出来ないまま全員を一斉にあっと言う間に拘束してしまったのである。


「リッターフラン対魔学研究所ロンロ・フロンコ研究員と特急クラス魔女ハラレリア・ロル・ハルバレラ共同開発!!魔法による高度飛行に際して肉体を気圧の変化から保護する防御フィールドを応用して発動させた拘束捕縛術式発動魔機よ!!!!!まだまだ実験段階だから縛りあげる強度による中の人間の無事とか捕縛幕び耐久性とか色々データが取れていなくて!!商品化はちょっと先だけど!!!!」


ロンロは以前ハルバレラの魔法で大空を飛ばせて貰った際に気圧の変化や風等から術者と同号者の身を護る防御フィールドの魔法も同時にその身で体験していたのだ。

本国首都でハルバレラが独立して魔機開発・特許で商売を始めた時に彼女から新商品のアイディアを求められたのでそれを伝えると魔女・ハルバレラは大喜びで


「ソノ発想は無かったッスネエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!防御フィールドを応用して捕縛に使うナンテすってきいいいいいいいい!!!!!そのアイディアモライイイイイイイアアアアアアス!!ウッス!!!イエス!ワンダフル!!!!!ティスティーーー!!!!!!ギガインパクツ!!!!大感動!!!!!大ステキ!!とても大トキメキメモリアル!!!!」と奇声を発して喜んでいたものであった。


ちなみに共同開発として商品化した際の利益の半分は振り込まれると約束もしてくれたので、一応エリートとは言えまだまだ年若く安月給なロンロも大喜びであったのでした。特許も共同名義で仲良く取得しましたとさ。製造開発量産ラインの手配とかもハルバレラが全部やってくれました。良かったね。

日頃ハルバレラの異常なハイテンションに辟易している時もあるロンロであったが、この時ばかりは本人もハイテンション上機嫌であり二人で仲良く周辺から気持ち悪がられる程に騒ぎまわっていた。



「はぁ~~~もう!試作品を一丁貰ってて良かったよ!!全員落ち着きなさい!!!」


「ウググッ…い、息が!!」

男達がバタバタと暴れてはいるがこの膜の拘束は解けそうにもない。

きつく縛り上げた袋の中でネズミでも暴れているかの様だ。


「ろんろぉぉお~~~なんかこの布?これ何ぃぃいいい?力がぬけるぅううううきもぢわるぃいいいいいいい~~~~~。おええええええええ………。」

メルバーシがとても情けない声で拘束されたまま訴えかけてきた。


「あれ?あんたがそんなに苦しむなんて…?普通の人間よりよっぽど頑丈そうなんだけどな?痛かった?」

拘束されて透明な膜に包まれて縛り上げられて地面に転がるメルバーシに屈みこんでロンロが問いかける。


「わっがんないよぉぉおおお!なんか気持ち悪くてこの体が溶けちゃいそぉおおおおお!!うぇええええええええ!!!!」

透明な布越しでロンロが本気で気持ち悪そうな様子である。


しばらくその様子を見て考え込んでいたロンロが「あ!」と声を上げて拘束捕縛銃のスイッチを押して幕を吸い込んで解除してあげた。

しゅるるるるっる!!!


小気味良い音を立てて気持ち良い速度でラッパ状の口の中に次々と捕縛幕が収納されていく。何度かこの魔機の実験に付き合ってはいたが…やっぱりこれ面白いなとロンロは思う。


「成程ね、ここに来るまでにあんたから聞いた話で苦しむ姿が腑に落ちた。この捕縛幕はエーテルで構成されているからだわ。メルバーシの神代の力と反発してんのねー。この時代のエーテルは毒みたいなもんなんでしょ?ア・メサアの網と一緒よ一緒。ハハハハハ!!!」

ロンロはケラケラとメルバーシの姿を見て笑い始めた。


「うぐぐぐっ…助かった…。ってもーー!!!やりすぎでしょ!!何よそれ!!!!めっちゃ気持ち悪かった!!!あの網と同じ仕組みだなんて!!!!キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


「ごめんごめん!元とは言えあんたが飛び出していったからでしょ!!!両者落ち着かせるにはこうするしか無かったの!!!!この無実のおじさん達を八つ裂きにでもするつもりだったんでしょ!!」


「そりゃそうよ!!全員こーーーんな小さい肉片にして谷底にバラまいて魚の餌にでもしてやるつもりだったっての!!!大体あんな刃物?あんなので私を殺せると思う!?ねぇ!!」

指先で何かを摘まみ上げる様な仕草をするメルバーシ。


「まー、そこまであんたの全力を知らないけど。んーまぁ無理っぽいね…。」


「でしょ!?傷一つかないって!!!」



わーわーギャーギャー口論する二人の顔がそっくりな少女を後目に、拘束から解かれたそのオアキッパの使いである間者のおじさん達は突然自分らが不思議な道具で拘束された事も、少女達の会話の内容も、何一つ理解出来ずにただただ茫然とその場にヘタりこむ事しか出来なかったのである。





「顔そっくりだから、双子か…?」


「だったかな…。」


「なんだ今の…?」


「全く動けなかったが…本土大陸ではああいう道具で溢れているのか?」


「知らん…いくら島から出た事ないとは言え聞いた事も無い…。」


「…とりあえずお頭、あの二人が落ち着いたら訳を話してですね。連れて行きます?」


「……致し方ない。」





とりあえず抵抗しても無駄だと理解した男達はこの二人を大人しくオアキッパ…ケユウの元まで連れていく事にした。ただ中々この姉妹の様な二人の口喧嘩は収まらないので10人の男達は呆れながらその様子をしばらく眺めていたのである。




「なんだよこの状況。」




その様子を見ていた男の一人ががボソっと呟いた。








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