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神代自殺恋愛成就祈願


(ああ…)


そうだ私が造り上げたのだった。


(ああ…)


そうだ私が生み出したのだった。


あの竜の、人の眼からは黄金色に輝く霧の様に見える神の気を。

あの竜の体から外部に放たれるあの光の柱、それから更に飛び散る僅かな金の霧

あの竜からしてみれば搾りカスの様なあの黄金の霧を。



まるで飢餓状態の人間が僅かな食い物を求めて木の根まで齧り始めたかの様、

そうだあの霧はそんなしぼりカスだ、骨にこびりついた僅かな肉片にしゃぶりつく為に嘗め回す野良犬の様だ!!!


あの蝶はその為に私が魔道を持って造り上げた生体装置!

竜の放つ黄金の霧が無ければ!あれを情けなくとも飢えた野良犬の如き醜態でも搔き集めて取り込まねば我らは精神体としてその存在を維持する事は出来ぬ!!



黄金竜メルバーシ…我らクアン・ロビンの選ばれた魔道を極めし仲間達。

それに従う多くの勇敢なる魔道の兵。我らはこの島まであの竜を追い詰めた、追い詰めたのだ!

そして激闘の末にあの竜を力尽き果てさせ…あの穴に封印したのだ!!!




「したのだ!!我らの勝ちだ!!!我らクアン・ロビンはその神代の力に打ち勝った!!!」






…いや、真実は知っているさ。

だが散っていった仲間の事を。

グミン、アリマ、イホムゥ、シャクド、ホニンユウ、カンミニワ、ワンイ、ジツケ…それに私。一族から選りすぐられた我らですら竜の力には到底及ばなかった事を。


我らの魔道の熱量も破壊力も、竜の鱗を精々数枚剥ぎ取るだけが精一杯だったのだ。

まるで嘲笑うかの如くあの竜は尾を振り回し、グミンとイホムゥは衝撃で八つ裂きにされた。

軽く爪が撫でるだけでシャクドは頭から股まで裂け、掠っただけでホニンユウの胴体が上下に切り裂かれた。アリマとカンニミワ、ワンイは口から吐き出す黄金のブレスによって消しカスすら残らない程に塵となって消え失せた。ジツケは魔道障壁によって私を庇ってくれたのに…。その竜はまるでジツケの障壁が紙切れとしか思えない様な勢いで彼ごと丸ごと噛み砕いた。

多くの兵士がまるで神の裁きの様な竜の口から放たれた光波によって一瞬にして何百、何千と焼き払われたのだ。



あの時の光景を私は忘れる事は無いだろう。



我々はあの竜を、メルバーシを追い詰めていたのでは無い。

メルバーシは元よりこの島に向かって飛び立っただけなのだ。

だが仲間の死を、一族の皆の散る姿を想うとそれは受け入れ難い……。



「だが、時間は出来た。」



ここに私は微かな希望を見出した。

私の心の中には散っていった皆がいる。

そう、我々はもはや同じ精神の存在として意識を持ち、悠久の時を生き永らえる事が出来るのだから。


あの日。

竜は神代の力を持ってして何か…我ら魔道の民クアン・ロビンでも到底思いも知らぬ高度な術を展開した。あれは何だったのだろうか、轟く竜の方向が大地を震わせ空を歪ませている中で凄まじい光が黄金竜メルバーシの体全体から発せられた。その光は天を貫き、そして大地に拡散して降り注いだ。

竜はその大きな瞳から大きな涙の粒を足元の大地が泥濘になるまで流し続けたのである。

我らクアン・ロビン一族はその日から黄金竜メルバーシを昼夜問わず監視し続けた。

かの竜から発せられる神気が日に日に弱っていくのを私も、皆も、一族全体で感じる事が出来たった。

そして黄金竜との戦を一族が決意し、この島まであの竜を追ってきたのだ。




「神代の力を手に入れるには」



それは我がクアン・ロビン一族の願いである。

それはいやクアン・ロビンに限らずあの時代に生きた人々全ての願いである。

新しく生まれ変わろうとしているこの星のその力、「魔」道の力を手に入れた我らでも竜には、神には到底叶わない。我らが人の身で自由に大空を飛び、その手から熱を放出して様々な奇跡を起こしても尚、それらは神代の存在には到底届かない。その力は神を前にするには余りにも非力で、弱く、頼りなく…。


星が生まれ変わろうとしているのは知っている。


やがて魔道の時代がやってくる、神の気は魔の力に塗り替えられて神々の時代は終わる。

人の時代がやってくるのだ。数百年前までは空を覆いつくさんばかりに飛んでいた巨大な竜を始めとした神話の生き物が次々に新しい環境に耐えきれず姿を消していった。新しい時代は人の世である。代わりに数を増やし魔の力を持って奇跡を手にしたのは我ら人間なのだ。



だが、どうだろう…

発達したとは言え我ら人の魔の力程度では…神代の時代の存在には届かない。


竜は数千、数万の。悠久の年月をその体を維持し続けていられるというのに。

人はもって精々数十年。

神は怪我も病気も恐れずに、神羅万象に干渉して己を保持出来るのに対して。

人は彼らに比べて少しの衝撃で肉体は千切れ、少しの毒で体は蝕まれる。

余りにも不公平で理不尽で、夢も希望も無くなんと儚い存在であろうか…。


我らはこの神代の終わりに生れ落ち、神代の終わりに生きた者として…。

神の時代の残留物をその手に納められる最後の世代であり、最後の希望なのである。

我らクアン・ロビンは他の部族では到底届かぬ高みの魔道を手に入れた。



竜を狩る!

その力を我が一族に!

悠久の時を!

その身と心を共に維持して!!




我らが神に並ぶ為に!


我らが神に近づく為に!


我らが竜を喰らい!!





……



………




「我らの魔道は既に人としての限界を迎えたのかもな…。」

ワンイが隣に立っていた私と目線を合わせずに遠くで佇む黄金竜を見つめながら呟く。


「クアン・ロビン一族が国を興したのがたった20年前だぞ?早すぎやしないか。」


「フン、オアキッパ。其方が一番判っておろうに。」


「…まぁな。」

私は右腕を抑えながら答える。


先日の黄金竜メルバーシとの衝突の際に私は全身全霊を込めて魔道の力を高め竜に向かって攻撃を放った。私の放ったその渾身の一撃の光熱弾は竜の顔に見事に直撃したのであったが…まるで傷を負っている訳でも無く。そもそも私の右手から放たれた光熱弾をしっかりと目で追いつつも身を防ごうとする動作すらせずにいたのである。そのまま受けても問題無いと何もせず「処理」されたのだ。私の、全魔力を込めた最大火力の一撃であった。小さな山なら吹き飛ばせる程の勢いがあるあの一撃を黄金竜メルバーシは意に介さず無視するかの様に振舞った。

私と言えばその瞬間魔道の力を使い果たして意識が朦朧とし、その場に倒れ込んでしまったというのに。


「これ以上に魔道の出力を上げれば人の身では耐えられんよ。体だけじゃない、脳も精神もだ。これが我らの限界なのだ。魔道自体はもっと発達出来ようがそれは小手先、そんな飯事では竜には傷一つもつけられん。」


「その通りだろう、だが。」


「ああオアキッパ。ワシだって賛成だ、むしろこれが最後のチャンスになるだろう。あの黄金竜メルバーシは確実に弱り始めている、神の力をその黄金の霧に変えて周りに放ちそれはまるで人が血を流し続けるかの如くだ。一体あの時何をしてかしたのか…?まるで人間の子供の様に泣きじゃくって暴れた後に放ったあの竜の術よ…。その時からメルバーシは確実に弱り始めている。生きる力すら失われつつあるかの様だ。」


「所詮は我らは人だワンイ、神の時代の術なぞ理解も及ばん。だがこれが最後の機会だというのは十分すぎる程に肌で感じているのだ。明日の朝にでも一族議会を開く!黄金竜殲滅作戦本決定とその準備についてな!」


「そうだな、君の術も完成したからな…。君の「先生」はもう君自身の心の中にいるのだろう?」


「いらっしゃる…。この術もまた竜の力の応用…。あの竜の体と心が全て手に入るのなら我らは新たな神代の時代に生きる超越者ともなり得よう!」


「…我ら、この時代に生まれ。弱りつつ消えつつあるとも神の力をその眼に捉えてしまい…恋焦がれてしまった。オアキッパ、我らは神に憧れ追い求め、そして神代の竜という絶大な力を持つ存在を捕えようと足掻いて。オアキッパ、ワシらは神の位まで上り詰められるかな?」


「肉体の死を恐れなければな。」


「フン…!」






……



………





(何故だ、何故あの時の出陣前に交わしたワンイとの会話を思い出しているのだ?)


(私は当の昔に精神体となりてそのワンイと共に漂っていた筈だ)


(ワンイだけじゃない、アリマもイムホゥもジツケも、それに「先生」も…)


(言葉を直接交わさぬとも精神体の我らはそんな思い出なら瞬く間に共有出来る筈であろう)


(皆?どこだ…?)


(皆の気配が無い…。)


(あの時の皆だけでは無い、歴代の「オアキッパ」達も我らと共に逢った筈)


(声が、想いが、何も聞こえない…!?)


(皆何処に行った!?我は今は一人なのか!?皆!皆何処だ!!!)










「何処だぁああああああああああ!!!!!ワンイ!アリマ!イホムゥ!ジツケもカンニミワも!グミン!それに先生!?何処だ!?いつも一緒に居たではありませんか!?あの時からずっと!!!!!センセエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!!???」







私が悲鳴を上げた瞬間、あの器の何千年と過ごした落ち着いた幸福な暗闇が黄金の光によって切り裂かれた。その私の暗闇を切り裂いたのは目の前に悠然と立ち上がる光の柱であった。これは…メルバーシ、あの黄金竜メルバーシが立ち上げる黄金の霧の本体。




「ここは私の作り上げたア・メサアなのか…私は、私は…。」



己が肉体を取り戻している事をここではっきりと自覚した。

数千年振りに見た私の両の手、頭を触れば髪のごわごわとした感触。

風が吹いて周りの木々や草花が擦り合う音が聞こえるし、耳を澄ませば遠くから波の音すら聞こえてくる。風が冷たい…まだ肌寒い季節、それは当代のオアキッパの「眼」の中でしっかりと認識していたが実際に肉体でその肌で感じるのは何時以来の事か…。



「皆は。友は、先生は、仲間は、皆、何処なんだ…。皆、何処へ行ってしまったのだ…。あんなに、ずっと、共に我らは…。皆………。」



2300年振りの心の孤独は、彼にとっては耐え難い物であった。











……



………








「…。」

ロンロ・フロンコは滞在したホテルから出るなり島の中心部から沸き立つ黄金の光の柱を見上げて腕を組んで考え込んでいる。


「んあー!朝食の目玉焼き美味しかった!卵って美味ーい!人間の味覚でも卵は美味ーい!元の体でも大好きだったけどねうへへへへへへ!!!……ってロンロ?何考えてるの?」

ホテルの食堂で朝食を取って満足気味なメルバーシは、一人険しい顔で柱を見上げるロンロに対して声をかける。


「この島の目玉焼き、滅茶苦茶大きい…。何の鳥の卵かしらあれ…。」


「さあ?てかあれ鳥の卵だったんだ。鳥の癖に美味いなー!」


「アンタは元の体だと何の卵を食べてたのよ…、ああ良いよ続きは喋らなくても!聞きたくないから!人間の倫理観価値観じゃ受け入れ難い話をしそうですからね!」


「えーそう?まぁいいか。所で何を考えてたの?」


「卵の疑問と一緒よ。」

ロンロは再び柱を見上げながら答える。


「ドウイウコッタ?」

メルバーシも連れられて柱を見上げる。

己の体から沸き立っている筈の柱である。


「単純なエネルギー量にしてもよ、そもそもあんな光の柱を四六時中吹き上げるなんて一体全体何処から湧き出ているって話よ。本土の目玉焼きと比較して超でっかい目玉焼き!どんな大きさの鳥がこの島で飼育されてそして生んでいるか判らないのと同じね!」


「え?そんな事が知りたいの?」

キョトンとあっけらかんと答えるメルバーシ。

しかしそれは本土の多くの知識人が何百年とかかって考えていた問題でその誰もが明確な答えを出せずに仮説止まりで済ましていた大問題である。


「知りたいよそりゃ…。人間達は100年以上の時間をかけても答えに到達してないんだからね…。」

呆れながらロンロが答えた。


「んじゃ教えてあげよっか?」

再びメルバーシがサラっと答える。


「ええ…、人類の課題の一つとも言えるこの島の光の柱の答えを私って聞かされようとしているの…?なんかその実感無いなぁ……。ホントにこの島の光の柱を巡って本土でも多くの学者が考えて考えて仮説を立てて頭を捻っているというのに…なんか本職の人らに申し訳ないなぁ…。」

ロンロも学者である。

その同業者とも言える人達に少し同情して申し訳無くなる。


「ふーん。まぁいいか、じゃ!歩きながら答えましょう!ハハハハハ!!」


「うん、判った。……長い年月、限られた時間しかない人の身でありながら歴代この謎に取り組んできた自然エーテル地質学者様、この辺り一帯を研究している歴史民俗考古学の皆さん、古代魔道学の先人の皆さま、その他多くの専門家様方…申し訳ございません……。」

ロンロは心の中で同じ学者の端くれとしてその先輩の方々に本土に向かって土下座をしつつ彼女、メルバーシの話を聞く事を覚悟したのであった。



二人で並びながら歩きつつメルバーシは語り始めた。

今日も光の柱は雄大に島の中心部から力強く沸き立っている。

日の光でぼやけてはいるが目を凝らすとその光の柱から飛び散った金色の霧が漂っているのをしっかりと目視できる。今日も島とその周りの海は黄金の霧に包まれているのである。


「私は禁忌を犯した。」


「は?」


「本来潰えた命を再構築するなんて、それこそ神の中でも選ばれた者しか成し遂げてはいけない事なの。」


「いや…それはこの前の夜に話してくれた「彼」の事?再び魂を再構築させる為に彼の魂を星に委ねたっていう、あれ?それが貴女があの柱の光を放出し続ける事に何か関係があるの?」


「うん、あの業は私…竜の力すら超えた神の領域の業だったからね。私達竜は神に最も近い立場ではあるが神では無いのだから。」


「これも前にメルバーシが言っていたね、本来竜は奪う側の存在だって。」

ロンロが顎元に折り曲げた人差し指を当てながら答える。


「そういう事。本来相反する立場にある竜という存在の私があの命を巡らせ再び蘇らせる業を行うには絶大な力が必要だったの。ロンロが言うエネルギー、その為に私は体のほとんどの力をその業の為だけに使い果たしたわ。彼の魂の欠片をこの星に循環させて再構築させる業だね。…大変だった。生まれて初めて命すら賭けたよ。でも、これは絶対やらなくちゃいけなかったんだ。」


(竜は本来、奪う者か…。)

メルバーシの話を聞きながらロンロの頭も中で思考する。


「だーかーら!私はここに、この島に!この場所で眠る必要があったのでーす!」

両手を上げてメルバーシが叫ぶように話した。


「うん?この場所?もしかしてこのア・メサア島は特別な何かあるの?」


「そうだよ知らなかった?ちょっといつも漫画読んでるタブレットの資料を読んで覚えた言葉もあるからさー、それで言うところのエーテル脈動って奴よね~。」


「脈動!?この島の…それって地下よね!?それがあるっていうの!?」

目を大きく見開いたロンロはメルバーシに食い掛る様に返事をする。


エーテル脈動とはこの星の地下や海底に流れる大きな自然エーテルの流れが起きている「線」の事である。一部の場所では人間がこの脈動から抽出したエーテル力を利用して魔機等のエーテルを使用する機械に動力として使用している。ロンロが暮らす本土もまた脈動の流れをいくつか把握しておりそこからエーテルを抽出して国の発展と維持と生活に役立てているのである。エーテル脈動自体は数百年前からその存在が今の人間達によって確認されてはいたが、直接干渉してエーテルを抽出して利用できる様になったのはここ十数年の話である。近年ではこの有力なエーテル脈動を巡って国や地域によっては戦争が起きるまでの事態に発展している。エーテルは今や人間達によって最も価値のある存在なのである。


「あれま?なんて驚いています事!?あれれ?今の時代の人間ってそれさ、もしかして気づいていないの!?」


「いや!!……でも仮説止まりだった!!あくまでこの島の光の柱が沸き立つ仮説止まりの話!!そんな脈動が通っているなんてはっきりとした証拠は無かった!…本当にあったんだ。」


「まぁね、それを目指して力を使い果たした私はここに飛んできたんだ。竜の間では有名なエナジースポットって所かしらね。それの力を借りて体を休める為にねー。お蔭様で体も随分癒えてまいりましたとさ!ハハハハ!こうやって人の体を構築する事も出来た訳だしね!」


「はーー……。じ、じゃあ私達がア・メサアの網の秘密を解いてメルバーシを復活させて光の柱を止めてもこの島は重要な産業である観光資源を無くして一族全員路頭に迷うって事は無いのかな…ハハハハ。代わりにエネルギー産業で盛り上がって逆に国の重要スポットと化すわね。この辺境にある島が大都会になっちゃうかも。すっご…。」

スケールの大きくなった話にロンロは多少怖気付きながら語った。それもそうである、今までの話が本当ならばあの巨大な光を柱の如く2300年以上放出させているだけの莫大なエネルギー、それにあの強大な竜自体を癒すともなるともなればどんだけのエーテルが抽出出来るか想像もつかない程である。現在本土は急激に発達した魔学とそれを利用した魔機によるエーテル消費量が重大な社会問題になっている程でもあるのだから。ひょっとしたら国としての在り方すら今回の事件で変えてしまうかもしれない。あまりの事に多少立ち眩みすらしてきた魔学者「リッターフラン対魔学研究所」所属調査研究員ロンロ・フロンコ16歳である。


「でも人間じゃ利用するのはまだまだ無理な話だよ、そこまで技術も知恵も届いていないわ。大体魔法の力じゃ無いんだものその脈動は。さっきは判りやすくエーテル脈動って話したけどね。」


「え、どういう事?」


「この星に流れる神代の頃からある命の力が流れているのよ。そしてそれが複数重なる場所こそこの島なの。ロンロ達、今の人間が「魔法」って呼ぶエーテルの力ってのは神代には存在しなかった。」


「え?え?え!?いやちょっと理解が追い付かない…!学者なのに私も…!なんかっ!?スケールが大きい!!確かに前に神代の力が弱って魔法、エーテルが幅を利かせてきたとは聞いたけども!!」

更にスケールの大きな話になりロンロが頭を抱え始めた。なまじ人より魔法エーテルに知識がある魔学者は余計な思考や推測が行き交わり混乱してしまうのである。


「良いロンロ?私達が生きた神代の時代にこの星に溢れていた力も、今の時代に蔓延する貴女達人間が利用するエーテルの力も、同じ星の源流ともなる力がその大元なの。つまり材料は同じだよん。」


「えええええ!?ていうか前から聞いているけどその神の力って何よ!!星の源流なる力!?それが魔力の大元!?ちょ、ちょっと!!!何それ!!?今までの人間の魔法魔学の常識がひっくり返る!!!!もう!!きいいいい!!!ついていけない!!!!」

ロンロは立ち止まり奇声を上げる。

今まで勉強していた事がこの星の理についてただの上辺だけであったと認識してしまったからだ。


「まーまーまー、落ち着いて落ち着いて。所詮人間なんてまだ日が浅い生き物だし…。」


「うっさいわー!!!私達がどんだけ努力して積み上げて来た物だと思っているの!!魔法も!魔学も!!何百何千年と積み上げてようやく今のエーテルを利用した暮らしが成り立っているというのに!!!全部否定された気分だわ!!!メルバーシの言い分だと私達の認識していないエネルギーがこの星の神羅万象に存在していても未熟な今の人間はそれに気づいていなくて!!神代の力と知識にはっきり現代の魔法の力も知恵も今までの魔学の歴史も格下でバカにされて否定されている様な物だわ!!!魔学者の敵よ!すべてのエーテル力学の敵よ!魔機産業の敵よ!許さん!!!!!!神代の時代許さーーーーーーん!!!!!!人の営みと努力を無駄にするんじゃなああああい!!!きっと魔法はいつか神すら竜すら超えて見せてやるわよ!!!!」


「だから落ち着いてって…そんなに暴れる事も無いじゃん…。」

メルバーシが立ち止まり地団駄を踏んで暴れまわるロンロを宥める様に、優しく肩を叩いて背中を摩る。

昨日の様子とは逆転した様な様子である。


「ふーーーっ!!ていうか話のスケールが大きくなりすぎ!!元々空想上の生き物と信じられていた竜が目の前にいる時点でそうだけどさ!!!」


「いやいやスイマセンスイマセン、どーもども私こそ竜そのものでございます…。」


「全く!改めて考えるとほんと非常識な存在よ!!!…だけど待ってよ。貴女、前にこうも言ってたよね。「この時代の大気が変わり始めた」って。つまりその星の源流から成り立つエネルギーが変質し始めたって事よね。」


「そうそう、それに私達竜や体の大きな他の生き物も、神すらも適応出来なかった。今、この星に沸き立つ貴女達がエーテルと呼ぶ力は私達には異質すぎて取り込む事が出来なかった。徐々に弱まる神代の力を前に私達竜も衰退していくしかなかったの。私なんてほとんど当時でも最後の生き残りクラスだったんじゃない?仲間なんてその数百年前からぜーーんぜん見かけなかったもん。」


「この星そのものが変質してその在り方を変えていった…それが神代の終わり、魔法の始まり。神や竜や他の大型生物が姿を消して人の歴史が始まりエーテルの発見それを利用出来る魔法使いや魔学の誕生……。ダメだやっぱりスケールが大きすぎる。SF小説の様だわ……。」

ロンロは再び頭を抱える。

派遣されて来島した時はこんな話になる等は想像も出来なかった。

あの時の、ハルバレラと初めて出逢った時に彼女の死体が無数に降り注いだ時以上の衝撃でもあった。


「まー話を戻すけどね。竜はやっぱり高位の存在だから、ふへへへ。自慢じゃないけどね!いや自慢ですけどね!その星の源流のエネルギーを直接利用する事も出来たんだ!高位の竜しか出来ないけどね!!私もそれが出来ます!今現在もやってます!!ふっふっふ!!」


「あっそう…いやもうついていけないわ。その星の源流から大地に湧き出すエネルギーが何かしらの影響である時期、2300年以上のさらにその前からかな?今の魔法力エーテルに変質していったのね…。だからその大気では力を癒せないメルバーシはこの島にやってきたと。」


「そーいう事です!今もその星の源流の力は流れているんだよ!私が各脈動から吸い上げているからね!体を癒して時間を止める為にはしょーがない!それの漏れた光がアレって訳!」

メルバーシが島の中心部から湧き出す光の柱に向かって自慢げに指差した。


「……帰ったらハルバレラに話してやるか。信じてもらえるかどうか判らないだろうけど大暴れするわねアイツも。ともかくそれがこの封の柱の正体って事か。なんて壮大な。完全に今の人間の認識外の現象だわこれは。ちゃんと一般人でも判る様に理屈をつけて確証を得て論文に纏めて発表した人は歴史に名前が残っちゃうわよ。まぁ今はそれを真面目に考えるのは止めとく、信じていない訳じゃないけどね。それよりあのメルバーシの本体が眠る大穴に張り巡らされたア・メサアの網よ。神の時代の力を吸収している貴女を2300年も縛り付けているなんてどういう理屈で成り立ってんのよそれ…。想像も出来ないよ。」

状況のインフレーションの荒らしに力を無くしたロンロ・フロンコが弱々しい声で呟いた。


「それだよね!一体どういう事なのよ!でも!それを調べるのがロンロ・フロンコよね!」えっらい学者さんなんだよね!?期待しているから!!うん!」


「いや…もうどうしたら良い物か…私の力も知識もほんとちっぽけで神様と竜と魔法の始まりの時代の物なんてほんとどうしたら、うううっ…。こんなに自信を無くしたのも生まれて初めてかも。どんな強大な力で竜を縛り付け封印しているというの…。あの網ってなんなのよ。島処か大陸すら吹き飛ばしそうなレベルの出力でも無いと考えられない……。」

がっくりと肩を落としてロンロはとぼとぼと歩き始めた。

今まで積み上げた物がまるで通用しないこの島とメルバーシという竜の存在と、神代の時代のお話。事実あの光の柱はロンロが滞在中一度も途切れる事無く噴出し続けているのだ。その事実だけで今のお話はある程度信用せざるを得ないのである。己のあまりの無力にがっくりと、そう、心が折れかけている。


「元気出してよロンロ~!私だってこの時代の頃って良く解らないしー!頼れるのロンロだけなんだよー!姿まで真似したのにもー!」

そう言いながらメルバーシはタブレットのスイッチを入れる。

これもまた今の魔学で動いている魔機だ、人が竜や神からすれば短いけれども長年研究してきた技術と学問の結晶なのだ。起動して直にメルバーシは漫画閲覧用アプリケーションを開いて恋愛を題材にした少女漫画を歩きながら読み始めた。すっかり人間の恋愛に夢中である。


「はぁ…神様の時代に勝っているのはそういう漫画みたいな創作物だけかもしれないわね…。」


「そうだね!それはそう!私達の時代にこんな素敵な読み物なんて存在しませんでした!すごい!人間すごおおおおい!!!歴史の積み重ねを感じるー!!!さーてこの22話まで読んだのよね~、次は23話と。」


「はいはい、ありがと…。」

やはり力無くロンロは返事をした。


「…ってありゃ?消えた?壊れた?ロンロちょっと確認して!!ピンチ!私最大のピンチ!!アインとキアンの恋の続きが見れない!!!」

メルバーシの持っていたタブレットの電源が切れて画面は漆黒の暗闇になっている、何も表示されていない。アインとキアンはそのメルバーシが読んでいた恋愛漫画に登場するヒロインと彼役の名前である。元々はロンロも好きで毎週読んでいたタイトルだ。アーカイブが1話から今週配信された最新話まで今もタブレットに保存されているのである。


「え…?何よ壊さないでよ結構高いんだから。どれどれ…あ~電源が切れてただけ。これは元々人間の体内に流れる微弱なエーテル、つまり魔法力を動力にして起動するの。あまり手を放してたら電源落ちちゃうよ。」


「おかしいな~ずっと手に持っていたのに。まだ人間の体を完全に再現出来ていないからかな?」


「メルバーシのその体さ、ちゃんと魔力流れているの?私達普通の人間は魔道の才が無くてもある程度は体内にエーテルを蓄積しているもんなんだけどね。この時代を生きる生物はみんなそう、その辺りの草木や魚や犬猫だって。…ほら電源付いた、もう壊しちゃダメよ。」

ロンロがメルバーシにタブレットを返す。

本来ロンロの物ではあるが恋愛漫画を知ってからというもの少しの暇があればずっとそれを読んでいる。自分と彼をその恋愛漫画に重ね合わせているのかもしれない。


「ありがとロンロ!さーて読みますかフフフっ…丁度彼が外国から帰って来る所でってああ!また電源切れたよ!なんでよもーーーー!!!!」

再びタブレットの電源が落ちた。

起動力となるエーテルが不足してるのである。


「あっこら!いきなり電源切ると本体に負担かかって壊れる元なんだからね!もーーー!!!ほんと高かったんだからって…ん?ん? んん!!!!?」

何かを思いついたかの様にロンロが再び立ち止まった。

その顔はじっと自分と同じ顔をした目の前の少女、メルバーシを驚いた様な顔で見つめている。


「んあ?どうしたの?なんか私の顔についてるかな?」


「ううん、メルバーシ…。貴女は本来は竜で神代の時代の生き物。今の時代の大気に適応出来ない存在なのよね。」


「そうだけど?それがどしたの?今は人間の体を再現しているからさ、この体だと平気だよ?ほら元気でしょ!?ハハハハ!!」


「そっか…そういう事か!!きっとそう…!!ア・メサアの網に!竜を穴底に封じて縛り付けるのに大出力のエネルギーなんて必要なかった!!忌避させるだけで良かったんだ…そっか!!!!2300年前のクアン・ロビン一族の中に竜を縛り付ける為にそれを考え実行した人がいたんだ!!!そっか!!!!」


「へ?どういう事さ?」

当の縛られ抑えつけられている本人が首を傾げた。


「ア・メサアの網。あれ自体に高出力は必要ない。あれは…純粋な魔力で出来ただけの存在だわ!!!!!!竜の嫌がる、いや神代の時代の存在が全て忌避して反発する新しい時代の力であるエー^テル!!それが魔力の網なんだ!!!!そうじゃないメルバーシ!?あの網に触れたり近づくと体が本能的に拒否するって事は無い!?」


「うん、あー、そうだよ!力が抜けるというか触れたくないってのあるし!邪魔で邪魔でしょうがない!!なんとかしてよあれ!!!」


「そう、ならば仕組みは判る。古代の魔法とは言え同じ土壌の、エーテルで考えられる現象なんですもの!!!あの網を止めて消し去る事も出来るかもしれない!!!」


「ほんと!!凄い!!やったああああああああああああああああ!!!!早速脱出しましょうそうしましょう!!!2300年振りの羽ばたきよ!!あーほんと羽をさー!まっすぐピーーンと伸ばしたくてしょうがない!尻尾も!足も!!首だって!!!さぁア・メサアを発生させている原因を取り除きにレッツゴー!!!!!」

メルバーシはロンロの腕を引いてぐんぐんと走り出した。


「コラ!!まだそのア・メサアの網を発生させている装置の場所も判らないの!!まだ仮説!!落ち着けー!!!」


「何処何処何処!!その網の原因はこの島の何処にあるー!?ねぇ!!何処なんだーーーー!!!?」



「わかんなーい!!だから止まれー!!!このバカ娘ーーー!!バカ竜ーーーー!!!!!」



メルバーシに振り回されながらロンロも引きずられる様に走り出した。

日頃運動不足のロンロに本来は人間の何百倍何千倍と体力のある竜の力が元気を出したのでそれはそれはたまらない。ドタドタと土煙をあげて凄まじい加速を持ってロンロの手を引いて走り出したが、やがてロンロがあまりの速度に足が宙に浮かんでしまっていた。

数分程我を忘れて入っていたがようやく察したメルバーシをその走りを止める。

反動でロンロが吹っ飛びそうになるが慌てて飛んでいって受け止めた。



「はぁ、はぁ、はぁっ!!!息すら出来なかった…!げほほほっ!!!人間は脆いって言ったでしょこのオバカ!オオバカ!!…し、し、死ぬかと思った…。」


「いやーゴメンナサイ…。ついに穴から脱出出来るかと思って興奮してシマイマシタ…へへへ……。」



ロンロはタブレットの件で気づいた。

メルバーシは人間を見様見真似で真似してその体を作り出したのではあるが、本来苦手で忌避する筈の魔力、エーテルの流れを完全に再現出来ていない事を。微弱なエーテルで起動できるタブレットすら操れない程に人の体の魔力の流れを再現出来ていない。

つまり、彼女は人間とは今現在まだ遠い遠い存在であるという事を。

エーテルの力であるア・メサアの網に縛り抑えつけられているというのはそういう事なのだ。

彼女にとって魔法とは、魔学とは、エーテルとは。

それは私達人間に取っては酸素量が不十分な時に炭素が燃える際排出される一酸化炭素の様に過度に取り込めば有毒な物なのかもしれない。火事場にて吸えば人が倒れ込んでしまい意識を失い、その身が焼けるのにも気づかずに死に至る中毒症状、あれだ。


少なくとも今現在は。




「竜は本来奪う存在」


メルバーシのさっきの言葉が脳内にリフレインする。

奪う存在が命を作るには莫大なエネルギーが必要だと言う。


(もしかして、そっか…そういう事か。)




出逢った当時のメルバーシの言葉を思い出す。


【でも私は人間になるの!!竜としての寿命なんかどうでも良いわ!】


【彼と人間として一緒に時を刻める事が出来るのならば!】


【触れ合って、会話して、お互いの眼を見つめあえて同じ体で同じ目線の高さで、そして一緒に老いていく。そう、一緒に暮らせれば!悠久に時間を貪る竜の体なんて!どーーーでも良いよね!?ロンロもそう思うでしょう!?】


彼女の言葉を思い出し、カタパルトの様に飛び出したその身を落ち着かせたロンロがメルバーシをじっと見つめて問う。



「ふうっ…メルバーシ、貴女はア・メサアの網から抜けて何をするの?さっき言ったみたいに体を伸ばすだけじゃないでしょ?」



「そうだよ、もう判ってんじゃないのロンロなら。」

それを聞いてニッコリと笑いながら答えるメルバーシ。


「ええ。貴女死ぬ気ね。…竜としては。」


「うん!! 彼と共に生きたいからね!!人間として!!」


「メルバーシはまだ完全な人間じゃない、人の体に流れる魔力も碌に再現出来ていない。星の源流の力を利用して神業でも起こして人間に転生でもするの…?」


「そんな事、奪う存在の竜が出来る訳無いって!」


「いいや出来る。貴女は2300年前その彼を転生させる術を使ったわ。」


「いいや出来ない、その彼だって星の循環を頼りに蘇るのに2300年近くかかったんだよ。正解は…」


「言わなくても判る…貴女、竜の体と命そのものを触媒にするつもりね。」


「うん!!!!!!!私、人間になるの!!!!!!!」


「メルバーシ…そうなると最後の竜である貴女が…本当に神代の終わりだね。」


「そうだね、どうでも良いよ!」


「あっそ…。全くこっちはそれで死ぬほど落ち込んだりしてたのに…。あーそうだどうでも良いんだ!今はもう人の時代の新しい魔法魔学の時代なんだ!!!どうでも良いわよね!!いくわよメルバーシ!!網を切り裂き新しい時代の本当の幕上げよ!!!」

ロンロが今度は力強く歩みを始めた。島の中心部に向かって歩き始めたのだ。


「おー!!終わり終わり!!!人の時代の始まりよー!!!」


「貴女の盛大な自殺と恋の成就を祈願して!!神の時代に終わりを告げるわよ!!!!」



「うおおおおーーーー!!いっくぞーーーー!!!!!!恋の邪魔は誰にでも出来ないんだからー!!」










時代遅れの神代の業が終わりを告げる一歩を遂げた。



















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