ア・メサアの網【二千三百萬計画】
ア・メサア島の首領・132代目オアキッパ・インズナに啖呵を切ったものの、やはり勢い任せであった為にその後は屋敷の中では早歩きで屋敷の中を進み、何事かと呼び止めにかかる女中達を無視し、靴を履いて外に飛び出すとそのまま猛烈な勢いで庭を駆け抜けて門の外に駆け抜けたロンロであった。あの蛇の様な瞳に彼女の狂気、心の奥底の負の感情がそのまま押し出されるかのような強烈なオーラは全てが恐怖そのものであった。夜の暗闇の中、碌に照明も無い薄暗い室内での彼女との睨み合いは僅かな時間ではあったものの、ロンロにはひたすらに長く感じたものである。
「はぁ、はぁ、はぁ…。ふーっ…怖かった……。殺されるんじゃないかって……はぁ、はぁ…。」
屋敷に続いていた坂道、行きは下りであったが当然帰りは上がり坂である。
両膝に手を当てて肩で息をして僅かながら一休みした後、先程の恐怖から逃げたいが為に屋敷から一歩でも遠く…!という思いのまま再び走り出してそのまま坂道を駆け上がった。
それにしても『封の贄』、この島に伝わる古くからの因習を口に出した時のあのオアキッパの狂気とも言える豹変は何だったのであろうかとロンロの心の中で一つの疑問として引っかかっていた。まるである種の情熱の様な印象すらこちらに訴えてくるあの勢いは何だったのであろうかと。息も絶え絶えになりながら坂道を上りつつも思う。
やがて交差する二つの坂の中間地点へと辿りついたロンロはまだ肌寒い春の夜の中にも関わらず、額に汗を浮かべてその場に倒れ込んでしまった。屋敷から距離を取り夜の暗闇の中ではいくらこの島の柱の光が辺りを輝かしく照らしているとは言え、ここまで来るともう肉眼では確認出来ないまでに距離を取れていた。安堵から少し泣き出しそうにもなる。
「あと三日、あと三日であの島の中心部にある穴に張られている網の結界を解除しないと…。そうしてメルバーシの体を自由にして…あの穴に漂う時の止められた人々を解放して今までの生贄がただの犠牲だけだったって、証明しないと…!再び罪の無い人が封の贄に!」
たったあと三日でこの島の2300年続く伝統と結界双方を破壊しなければいけない。
メルバーシを体を解放し、竜の「時の止まる法」を解き放なたねばならない。
恐らく、いや確実にあの時にロンロがメルバーシと見た漂う人々はこれまで島の長い歴史の中で、この島の伝統の元に犠牲になってきた歴代の封の贄の犠牲者。
そして彼らはまだ生きている、きっと。
あの穴にはメルバーシが「彼」に出会う為に己の体の時を止めた術の力が色濃く充満しているからだ。
だけど…
「原理も何も判らない…!どうして絶大な力を持つ竜が!あの穴底の上に張り巡らされた結界から逃れる事が出来ないの!?島を揺るがし!その震えは地震と区別がつかない程のエネルギーを発生させられる竜すら長きに渡り封印するなんて!そんな強力な技が人間の扱える魔術方で可能なの!?」
顔を両手で抑えてロンロが身震いをする。
オアキッパと面向かった事で彼女は事の重大さとスケールの大きさに圧倒されそうになる。
そして穴の底に漂う人々、これから犠牲になるかもしれない島の人。
多くの人命がかかっているのである。
そんな時、大きな事実と絶望に対面して呆然として道端に座り込んでいたロンロの上空に『ぽん!』と何とも間抜けな気の抜けた音が響いた。
ロンロとよく似た容姿、彼女とは違い長い金髪の髪をポニーテールに結んでおらずそのまま下した女の子はまるでソファにでも座り込んでいるかの様なくつろいだ姿で何とも嬉しそうな顔をして浮かんでいる。
メルバーシ、人間の姿をした竜の生き残りのメルバーシである。
「ハハハハハハハ!!!!!アアアアアアアアア~~~!!笑った!!ばーかばーかクアン・ロビン!!ねぇねぇロンロも見たでしょ!?貴女が私の名前を言った時のあの当代首領の慌て顔!!間抜けったらもう情けなくてサイコー!!ハハハハハハハ!!…ってあれ、暗いね?ロンロ?」
一頻り夜空の上で金色の霧に照らされながら笑い転げて体をじたばたさせたメルバーシは自分と違って何かロンロの様子がおかしいと心配する様に彼女の傍に降りてくる。
「…メルバァァァァァシ!!」
ロンロがイラつきながらゆっくりと立ち上がる。
「え!何?ナニナニ!?」
「こっちはあの蛇みたいな恐ろしい目をギョロギョロさせてくるオアキッパに睨まれ脅され漏らすかと思った位には怖かったのにぃ!アンタは暢気にゲラゲラ笑いおって~~~~!!!!」
「アタタタ、アタ…。今の私って痛覚もしっかりあるからちょっとね、ゴメンゴメン!アタタタタ…!!
ギィーーーっとメルバーシの長い髪を両手で掴み左右に引っ張りながらロンロは彼女に猛抗議をしかけた。
「まったく…それにしてもあの穴底にある網目の結界って何の!どんな原理で!この島の中の何を動力にして発動しているのよ!!そんな力になりそうな物なんて見た限り島の中にはありゃしない!!あんたの巨体と力でぶち破れないってどんだけ強固なの!?」
「そんなの閉じ込められている私が聞きたいもーん!人間も、いやクアン・ロビンのアホ共も生意気な力を手に入れて使いおって~~~!!」
「謎よ謎!まずはこれを突き止めないと…アンタ、メルバーシ。その様子だと私とオアキッパの会話を盗み聞きしてたんでしょ!?」
「うん、とてもおもしろかった。」
アホみたいにあっけらかんとメルバーシが笑いながら答えた。
「…まぁいいやもう。その様子なら島の中なら何処でも見渡せるみたいね。」
「んー全部は無理かな、この体を動かして直接その場に行かないとさ。今回はロンロの魂の力が場所を教えてくれたからね~、という訳でちょっと覗いてしまっちゃいました。ごめーんハハハハ!!あー面白かった。」
「そっか、何かに利用出来そうとは思ったけど…。あっちもこっちらを監視しているんだから逆にこれからのオアキッパの動向を秘密裏に探るとかでやり返して……ん?メルバーシ、何か聞こえなかった?」
自分が喋っている途中で何か大きな塊が崩れる様な、ズドドドという低く唸るような音が遠くの方から少しだけ聞こえてきた様な気がした。夜の静寂には不釣り合いな音の様な印象を受けた。
「何か…?んん?えーと、何してんのあのおばさん!?」
メルバーシが遠くを、屋敷の方角を眺めながら顔をしかめる。
「おばさんって…。オアキッパの事?何かあったの?」
「んー、なんかまぁ魔力放出し続けているからそれを探知して覗けるから、ホラ。」
片腕を前方に突き出したメルバーシの前に縦長の楕円形の、まるで鑑の様な力場が発生した。ロンロがそれを覗きこむとそこに映し出されたのは両腕のそれぞれから魔力によって形成された刃の様なギザギザの赤く鋭いオーラを振り回して辺りをメタメタに斬り刻み、その余りの勢いに次々と倒壊していく屋敷を映し出していた。
「はぁ!?何!?ナニナニ!?何してるの!?これ…映ってるのはオアキッパだよね!!?私がさっきまでいたお屋敷!?何しているの!?滅茶苦茶じゃない!?」
その光景を見て驚きと呆れの混じった表情を浮かべるロンロ。
「こっちが聞きたいよ?自分の家を壊して何がしたいのこの人さぁ…?アホなのクアン・ロビンって。」
【 何故だ!!誰がバラした!!!!誰が漏らした!!!!誰だ!!何故だ!!!誰だ!!!何故だ!!!!!誰があの名を伝えた!!!!!???誰だ!!?竜の名を知る者は誰だ!?!? 】
メルバーシが展開した覗き見の鏡から見えるオアキッパ・インズナは荒れ狂い赤い刃を次々と滅茶苦茶に振り回し、柱を、天井を、床を、何もかもを大声を上げながらズタズタに引き裂いていく。余りの勢いに映像越しでもロンロは後ずさるほどの衝撃を受けた。女中は次々と逃げ纏い、ある者は声を上げて乱心を止める様に懇願し、若い女性の使用人に至ってはその光景を見て泣き崩れてしまっている。太い柱が切り刻まれた瞬間に天井の一部が倒壊してオアキッパが下敷きになったかと思えば、即座にその屋根をぶち抜いて赤いオーラを纏って飛び出してきて再び奇声を上げ続け赤き光で暴れ始めた。もうどうにも止まらない。
「え、えええ…。ヤバい人じゃん。いやもうただ単にヤバいじゃ済まされないよこんなの……。」
ロンロにとってはさっきまで駆け抜けてきた疲れも吹き飛ぶ程の光景であった。
こんな感情起伏の激しい実際に過激な行動を取りかねない危険人物と二人きりで対面していてしかも挑発的な態度を取ったかと思うと…無事だった己に心の底から安堵もした。
「なんか、面白いね! ハハハハハ!! てかさー!竜の名を知る者って…、私の名前って秘密なの!?なんで秘密にするかなー!まぁどうでもいいけどさ!」
「へ?…そういやそうだね。どうして隠しているんだろう?竜の存在その物も大昔の伝承上の事という風にしてカモフラージュしてたのかも。つまり竜、そのアンタなんだけど…その竜が実際にこの島で眠りについている事を隠しておく必要があったのかな?」
「何の為にさ?」
無邪気にメルバーシが首をかしげる。
「わっかんない…。私はメルバーシと違って2300年前には生まれてすらいないんだから!逆にこっちが聞きたいよ。」
「う~~ん、えーと、あ~~と!」
生意気にもメルバーシが腕を組ん空を見上げて考え始める。
「こっちは何でも良いから知りたいくらいだよ、当時の世界の事情とか、環境変化とか起きて世界では色々あったんでしょ」
「あーとね…そうだね、う~ん。…あーそうだ!当時クアン・ロビンと私は戦ってたんだけどさ!当時のアイツらは私の力を求めていたんだよ!」
ポンと腕を叩きメルバーシが明るく答えた。
「そういや争っていたみたいな事は言ってたね。当時のクアン・ロビン一族は竜の力を求めていたのね。まぁそれは判るわ、実際に今でもこの島の首領一族はメルバーシの『竜の時を止める法』を狙ってそうだもん。その結果で貴女はこの島の穴倉に封印されたんでしょ?」
「違いますー!!この穴は私が自分で開けた穴ですー!!寝床の為に作った穴ですー!!上からあの網目の結界で蓋はされましたけどー!!大体さー!当時のクアン・ロビンの連中なら大抵ぶっっっっ!!殺しましたーーーー!!!!!ちぎっては投げ!ちぎっては投げ!ブレスを吐いて丸焦げにして爪で引き裂いて尻尾で骨がバラバラになるまで吹き飛ばして何百人も噛み砕きましたー!!」
力を込めてメルバーシが胸を張りながら答える。
「いやそんな自信満々に殺しまくったとか言われましても…。」
同じ人間として呆れながらロンロが答えた。
「大元が私を狙ってアイツらが責めてきたんだ!そうして彼が私を庇って犠牲になった!!絶対に許さない!!!」
「なるほど…まぁ続きは帰りながらでも話しましょう。ほらほらその覗き鏡は消して!春先の夜はまだ寒いんだからさっさとホテルに戻る!オアキッパにしてもあんなに暴れてはいるけど、本土首都との兼ね合いもあるから私を直接襲ってくるなんて早々無い筈だし…多分。食べる物は一応は気を付けておこうかな…。」
少し顔を引きつらせながらロンロが答える。
現在のア・メサア島とは先代の首領が始めた島全体の近代化と観光業の発展を務める政策【二千三百萬計画】により本土首都とは良好な関係を継続しなければならない。この島は最早、本土からの観光収益と近代化から恩恵を受けた魔機技術無しでは成り立たなくなっていたのである。その為にロンロは一応は身の安全は(今現在は)大丈夫だろうと踏んだのであった。あの当代オアキッパの暴れっぷりを見ていると大分不安ではあったが。
メルバーシ本体、竜の体が島の中央に開いた大穴から放つ光の柱によって島は真夜中でも金色の霧が立ち込めて光に満ちている。柱に近づけば足元はもちろん隣の相手の表情すらしっかり確認できる程であった。外灯も何も無い田舎の夜なのにしっかりと明るく、それはまだ島に来て二日目のロンロにはとても不思議な光景である。
「う~ん、もしかしたらね。私が最後の竜だったからかな?」
ホテルに続く坂道を下りながらメルバーシが呟いた。
「最後の竜?そういや神代の終わり頃とは言ってたね。」
「そう、私は神の時代が終わる頃に生まれた竜。仲間はその体と力を維持出来ずにどんどん死んでいってたし、私だって大分弱っていた。竜の仲間の中には術によって己の体を格を落とした獣や小さい姿にして体力消費を抑えて新しい時代を生きる選択をしたのも一杯いたんだ。」
「神代の終りかぁ…途方も無い話だよ。どういう具合かまでは判らないけどやっぱりこの世界の環境が変化していってたのね。」
「そう、大気に満ちる力が少なくなっていった。あ~魔法の力、ロンロが言うエーテル?それとは違うよ。神の時代にこの星を作った原初の力だよ。それが少なくなって次第に世界には魔力が満ちて行ってた。私はその時代の終わりに眠りについてしまったから良く解らないけど…。多分この世界の様子を見るに完全に当時とは力関係が逆転したみたいね。魔力の勝ちだね、ざーんねんだけどさー。」
「星を作った原初の力…ま、まったく判らない!専門外!帰ったらハルバレラに教えてあげよ…。」
首都にいる友人の特A級魔法使いハルバレラはこの話をきっと、それはもう実際に家の中を飛び回る程に喜んで聞いてくれるだろう。というか実際に彼女は飛べるので頻繁にロンロと二人きりの時はその体をビュンビュンと浮かせて光速で家中を飛び回って彼女なりの感情表現?を行う。ロンロからすると大変鬱陶しい時もあるがなんだかんだで憎めない年上の友人である。
「きっとクアン・ロビンのアホ共はさ!貴重になった竜のその存在と力を何かに利用しようとしてたんだ!キイイイイイイイ!生意気な人間如きぃいいいいいいいい!!!」
自らの顔を指さしながらロンロが「おーい、目の前に人間いるよ!」と反論をする。
「あーそうだった!ゴメンゴメン!!ハハハハハ!そういや私も人間になるんでした!!!あまり馬鹿にしないほうが良いね!!」
ケラケラと歩きながらロンロが満面の笑みを浮かべた。
自らが放つ島の夜空を染める黄金の光が彼女の笑顔をより眩しく照らしている。
「私の最初の予想通り不老不死を狙ってたのかな。う~~ん、でも当時のクアン・ロビン一族の、そのメルバーシと戦った生き残りはもうとっくに寿命で死んでいるだろうし…。次代に託した?その為に竜の力を独占するが為に竜の存在を昔話の伝承の一説にして表向きは隠した?んーやっぱり違うのかな。」
「…そっか。やっぱりアイツらは私の命とその力を狙っていたのか!?あああああ!!!なっまいき!その為に彼まで殺して!!私を閉じ込めて!!」
歩きながら両手を上げて不満を大声で上げるメルバーシ。
「それにしてもだけどね、当時のクアン・ロビン一族は皆、当然寿命で死んじゃっているだろうし…。竜は何千年も生きるみたいだけど人間なんて頑張って100年程度。結局当主は代替わりしているのは本土でも記録に残っているし…うーん、2300年かけてもメルバーシの力はその手に納められなかったみたいだし。不老不死なんて夢のまた夢だよね。」
「あ、その事なんだけどねロンロ!アイツらまだ生きているよ!」
「はぁ?」
呆れ気味にロンロが返事をした。
2300年前の人間が生きているとはなんだろうか。
「ロンロがあの屋敷に出向く前にあのデカい偵察目玉から発せられる魔力の波長?を調べてたじゃん!?アレアレ!!なーんか覚えがあると思ったらあの波動!!2300年前にアイツらが放った魔の力にそっくりだよ!!!さっきあのおばさんが暴れている波動を感知して思い出した!あの鱗の隙間に突き刺さるような小トゲみたいな不快感!!2300年前のクアン・ロビンの魔の波動だよ!」
「ええっ!?本当なのそれ!?…いや比較する2300年前のクアン・ロビン一族のデータも何もないから証明は出来ないんだけど!?」
「この竜たる私が証明します!!!あれは間違いない!!2300年前のクアン・ロビン共の力とまるっきり同じ!!!ほんと人間なんて寿命短いんだから代替わりしまくっているだろうに!代々不快な力をしっかり受け継いであーきもちわるい!!!」
しかしそのメルバーシの意見は現在の魔学とは反する物である。
魔の力、魔力というのは例えば指紋の様に血縁関係であろうと類似点はあっても全く同じという事はありえない。命、魂を形作るその力は生きているその個体それぞれに個性があり、性質が異なる。魔法使いとしての才能は持ち合わせていないロンロであっても微力な魔力をその体と魂に宿してはいるがそれはやっぱりロンロ・フロンコの生まれ持ったそして16年間生きてきた魂の個性である。全く同じという事は到底ありえないのである。
「2300年前の人間と今を生きている当代のオアキッパの力の性質、波動が同じなんてあり得ない…!メルバーシだって判るでしょ!?私と他の人間とは魔の波動が違うって事は!そこは竜だからこそ私以上に本来は判るでしょ!?」
ロンロがこれまでの魔学の常識を覆す意見を述べたメルバーシに勢いよく食ってかかる。
思わず足を止めてメルバーシが着ている白いワンピースの襟元を掴んで吠えた。
彼女は本来学者であり、あまりに有り得ないその意見についカッとなってしまったのだ。
学説としてこれまで積み上げて来た魔学では全く有り得ない現象であった。
「いでででで…ロンロ、ストップ!ストップストップ!いきなり興奮しすぎ!!…そんなの私だって判ってるよ!あのホテルとかいう寝泊まりする場所にいた大勢の人とロンロが、いや皆が皆それぞれに個性ある力を宿しているくらいは!」
「じゃあ何よ!?今のオアキッパが2300年間も生きているっての!?あーりえません!!人間はそこまで長生きできませーん!ちゃんとした証拠を提示しなさい!信じませんからね!!!」
メルバーシの体をぐわんぐわん揺すりながらロンロが吠える
「ああああああ~~~~!!」
揺さぶられながらメルバーシが唸る。
「ったく!何を言うかと思ったら2300年前の人間が今も生きているなんて!それじゃまるでメルバーシの竜の時を止める法を彼女らが手にして生きてきたみたいじゃん!首都の情報ではしっかり代替わりしているのは120年前から確認済みなんだから!大体そんな術を手にしてたら今頃この島は超長生きした人で溢れかえってるよ!!大体そんな…そんな……。」
メルバーシを揺さぶり気の済んだロンロが自分の言葉にひっかかった。
あの屋敷で女中から聞いた言葉が今、彼女の中で疑問の一つとして湧き上がってきたのだ。
(ミヒョワ様は本日のお役目を終えられました。また数日経てば我が一族に島の光を与えてくださります故…。)
「地這蝶………。あの老婆の使用人が言っていた一族に島の光を…。柱の光をその羽に受け止めて夜空を飛ぶ……。その役目って……!?」
「あ~~もう頭がぐらぐらする!この体って私の力で作ったばっかりでまだ不安定なんだからさー!ホントの人間になってないんだから!ロンロ!ねぇロンロ!!聞いてる!?」
突然集中して考えこんで一人で喋り始めたロンロを不思議そうにメルバーシが声をかける。
「おかしいと思った…。いくら世代サイクルの早い昆虫でもたった2300年であそこまでこの島の環境に適応するなんて!本土にいる蝶の生態系とは違い過ぎる!!あの蝶は、人為的に作られんだ…!いや蝶だけじゃない!あの海に棲むというバクタリバッタも!夜に食べた本土では見られない食べ物の数々も!?…まぁそれはともかく!あの地這蝶は『ミヒョワ様』なんて神格を与えて祭り上げて島の人間には触れさせないようにしたんだ…!!あの蝶の羽を媒介として貴女、メルバーシの『永遠の時の術』の力を取り込んでいたとしたら!!」
「は?蝶?ナニソレ…?」
まるで判らないとメルバーシは付いていけないという顔をする。
「少し前に私の友人、魔女ハルバレラが肉体は滅んでも魂だけになってこの世に留まり続けた事があったわ。正確にはエーテル力場に、その魔の力に魂の記憶が焼き付いていたの。これと同じ理屈がもし当代のオアキッパの肉体のエーテル内で起きているのなら!そして、それが代々繰り返されていたとしたら!?」
ロンロは足を止めて島の中央から沸き立つ光の柱を睨みつけた。
彼女の推測が正しければこの島は人為的にシステムとして作られた島なのである。
「魔の力に魂が?詳しく教えてロンロ?どういう事なの?」
「またも全くの私の勝手な推測だけどね…。2300年前にこの島に降り立ち、メルバーシの眠りを確認したクアン・ロビン一族は貴女の永遠の時の法を利用する事を思いついたのよ。その為に神代に生きた魔法使いとして竜と争える程の絶大な力と術を持って島そのものを改造して自分達が支配しやすい様に作り替えた…という訳。この島に自生する蝶を地這蝶ミヒョワとして作り替えて竜の光を吸収して一点に集中して還元し、その魂の存在を永遠にした。代々のオアキッパの体と魂を器にして自らの人格をその中に宿らせ続けたんだわ、2300年間も長きに渡って!既に竜の力は利用されたとしたら!!当代のオアキッパの中にも彼ら彼女らがいる筈!それなら同じ魔の波動を放つ理由の理屈も判る!証明は難しいだろうけど、そこは学者としては悔しい!!」
ロンロは一気に持論を展開した。
同時に心の中でオアキッパがメルバーシの名前を聞いて動揺し、屋敷を叩き壊す程に錯乱した理由も判った。竜の秘密と存在が知られて島のロジカルが判明すれば自分達の魂としての現在の存在も危うくなるからである。
メルバーシがその話を聞いて狼狽える。
「え…じ、じゃあ!?私の力を既に勝手に使って!!?あの時のクアン・ロビンの奴らはまだこの島に!いや!!あの屋敷に!!!彼を殺した!!?あいつ等が!!!!!!!!まだ生きているだとぉ!!!!!!!!!!!!!」
直ぐにそれが判ると竜の化身たるメルバーシはまるで神代の竜そのものと見間違う程に険しい目つきとなりその体に力を込めた。爪をとがらせ人間ロンロの顔のまま牙を大きく尖らせて口を開き怒りに狂って飛び経とうと大地を蹴飛ばして空に力強く舞い上がったのだ。
「わ!?メルバーシ!?待ちなさい!!!」
ロンロが慌ててメルバーシにしがみつく。
しかしその二人の体は空高く舞い上がって凄まじいスピードでオアキッパの屋敷の方へ加速した。
「殺す!!!魂ごとズタズタに引き裂いてくれるわ!!!!!!!!!!!!!」
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
轟音を立てながら恐ろしいまでのスピードでこの島の夜空に浮かぶ金色の霧を薙ぎ払いながら猛スピードで進むメルバーシに何とか振り落とされまいとロンロも必死にしがみついた。このスピードと高度、落ちたら一溜りも無い。
「メルバアアアアアアシ!!!止まれー!!止まってええええええええ!!!」
必至にしがみつきながら叫ぶロンロであったがその声は一切彼女に届いていない。
完全に頭に血が上り、何千年と封じ込められた苛立ちと何より2300年前に彼の命を奪った憎しみに捕らわれた金色竜の化身はその本能のままオアキッパの元へ爆音を立てて夜空を突き進み突撃しようとしている。
「こらああああ!!!そんなに早く飛べるとは言え!屋敷一つぶっ壊わせるオアキッパに今のその不完全な化身の体で勝てるかは判らないでしょ!!?私もいるんだからね!!?あの結界を破れずに二人ともやられちゃったら彼に!!その愛しの彼に逢えないよ!?一生閉じ込められたままよ!!生まれ変わったんでしょ!!?その彼は!!!!逢えなくなるよ!!!メルバアアアアアアアアアアアシ!!!お願い聞いてぇぇぇええええええええええ!!!!止まってぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
ロンロの必死の叫びが、『彼』という言葉に反応して我に返りメルバーシはその猛烈な加速を空中で止めた。余りにも急加速からの急停止であった為に彼女にしがみ付いていた生身の普通の人間ロンロ・フロンコ16歳は反動で弾き飛ばされる。
ロンロがア・メサア島の夜空に吹き飛んでいってしまった。
「…彼。そっか…私は体が無いと…彼の元にまで飛び立てない…。そうだね、ロンロ。ごめんついカッとなってしまって…………って、アレ?いたのロンロ!!あーーーーーーーーーーーーーーー!?吹っ飛んでる!!!!!!!」
「ぎゃあああああああああ~~~~~………!!」と情けない声を上げながら地面に堕ちていくロンロをメルバーシは確認すると急いで彼女の元へとスピードを上げて飛び、なんとか地面激突前までに抱きかかえて救助した。同じ顔をした少女が同じ顔をした少女を抱きかかえるお姫様だっこである。そのままゆっくりと地面に降り立った。
「あーいやいや…ロンロ、ゴメン…。全く気付いてなかったけどしがみ付いてたんだね。」
「ご、ご、ご、ご…ゴメンで済む訳が無いでしょうが…!!馬鹿…!!どうして私の知り合いの超越者達は普通の人間の私を空から毎回叩き落そうとするの……。これで二度目だよ……。本気で死ぬかと思った……。はぁ、はぁ、はぁ……。」
三か月前に特A級魔女・友人のメルバーシにおふざけで空から叩き落された事を思い出した。
あの時も死ぬかと思った、と、ロンロは嫌な記憶が読みがっていた。
ヨロヨロとフラ付きながらメルバーシの両手から地面へ降ち、そのまま力無く倒れ込む立つロンロであった。文字通り死ぬ程に怖かった。
「ほんと、あの、ゴメンナサイ…。すいません、でした…ハハハハハハ。許して☆」
「ああがががああああんがあああああ!!!もっと丁寧に扱いなさい!!私はフツーーーーーの人間です!ちょっとした衝撃ですぐ死にます!!!」
女の事は思えない汚い唸り声でロンロはメルバーシを叱りつける。
無理もない、メルバーシが我に返るのが遅かったら本当に地面に叩きつけられて死ぬ所であった。
そう、人間は儚い生き物なのだ。
神話の存在と比べるとちょっとした事で、それこそ竜の絶大な力と巨体で撫でられた程度でも死ぬであろう。
短い寿命も神代の存在からすると消耗品の蝋燭の火が消えるが如く本当にあっと言う間なのである。
2300年前のクアン・ロビン一族もそれを痛感したに違いないとフラフラになりながらもロンロは心の中で思った。当初は、2300年前以上は『永遠の時の法』に興味等は無かったかもしれない。
か弱き人間として、か弱き虐げられる生命として竜の力を欲したのでは無いかとすら思う。
ならば、永遠に生きる目的以外でもメルバーシを、あの穴底に眠る金色竜の力を使おうとしているのでは無いか?そう微かに恐怖と安堵からフラフラになっていた頭の片隅でロンロは考えていた。
人として、神代の竜の様な存在と肩を並べ様とする為に。
命のクラスを、次の段階に上げる為に。
それこそがクアン・ロビンの目的かもしれないのでは無いか?
まだ推測に過ぎない2300年前の彼らの目的が、まだ解けぬ竜を封じた結界「ア・メサアの網」の謎とは違いうっすらと見えてきた気がした。
前作「恋の魔女・ハルバレラは空から落ちる」の話が少しだけ出てきます。
少しでも興味とお時間ありましたら、良かったら。