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金色竜は知る・人の掟と歓喜の導

メルバーシはホテルのロンロがチェックインしたホテルの2階の部屋の窓から暗闇の外を見つめ続けていた。


石碑の調査が終わり二人で部屋に戻る頃にはすっかり日は落ちる程に時間が経過していた。

夜になると島の中央から湧き立つ光の柱の存在感がこれでもかと見る者を圧倒する。

神々しいまでに明るく夜を切り裂く光の柱、その柱から漏れたつ金色の霧。

これらは全てあの島の穴底、に眠る黄金の体を持つ竜、メルバーシの本体から結界の網目を縫って穴の外に放出される竜の力であった。


「メルバーシ、まだオアキッパの『遠の瞳術』はこちらを見張っているの?」

部屋のベッドに腰かけていたロンロがメルバーシに声をかけた


「…ええ。いつまでこっちを見張っているの?クアン・ロビンは本当に性格悪いんだから。」


「石碑に接近して島の内情探っているんだから、監視したくもなるってものかな。」


「あームカツク!」

メルバーシはイラついた声で暗闇の外を睨みつけながら答えた。

外はメルバーシ自身の体から放たれる光によって金色に照らされている。


「魔力的な流れが直接目視出来るって便利ねー…眼鏡式検査魔機を使っても普通の人間じゃ夜の暗闇の中でそんな遠方の宙に浮かんでいるような物は見つけられないもん。いや、その遠の瞳術ってのがどんな外見してどんなシステムなのかよく判らないけどさー!この二階の部屋を監視しているんだから空を飛んでいるのよね?」


「まぁね。なんか気味の悪い動物の目みたいなのがこっちを見てる!大きさは丁度今の私やロンロの頭程度の丸い感じ!あーキモッ!!」


「えええぇ…ホラーじゃんそんなの……。怖くなってきた。」

その姿を想像したロンロは軽く怯える。


「それで…遠の瞳術って奴?あれはこちらに危害を加える様子は無いだろうけど…ロンロ。私達はこれからどうするの?もう日も落ちたから島の調査は明日かな?」


「私は今からオアキッパに逢いに行ってくる。ホテルの部屋に入る前に従者の方に連絡はしておいたから。」

ロンロの言葉を聞くやいなやメルバーシが素早く反応して彼女の元に嬉しそうに近寄ってきた


「え!?ホント!?クアン・ロビン首領の元へ直接乗り込むんだ!!一発ぶん殴ってやるの!?」

嬉しそうに目を輝かせてロンロの肩を揺さぶるメルバーシ。


「違う違う違うち~~が~~う!!建前上は本土からこの島の地震調査をしに正式な派遣でやってきたんだから!その為の挨拶よ挨拶!!大した証拠も無いのに何も言えないでしょ!!!社会人としての常識のひとーつ!!」

揺さぶられながらロンロが怒りながら否定の言葉を吐く。


「えーつまんなーーーい。大体証拠なら私と見たでしょ?この島の穴底の奥を。あれで良いじゃん?人間が今でも仮死状態で私の寝座で大勢漂ってたじゃない!!同族の人間があんなに囚われてたんだからこれって人間社会でも問題でしょ!?ロンロもその事に怒ってたしー!」


「あのねー!あんたと幽体離脱みたいな事をしてあの柱の底を覗き込みました!貴女も実は竜の魂の化身でしたとか言っても笑われるだけよ!!!そんな事を言ってもおとぎ話!!妄想!!で門前払いされて終わりよ!!」


「事実じゃあああん!!!」


「例え事実でもそれを証明する方法が無いでしょうが!!!良い!?ここは相手のホームで私達はアウェーなの!!慎重に行きましょうよ!ちょっとは!!」


「ぶううううううううううううう!!!」

メルバーシは口をとがらせて不満の声をあげる。

とても子供っぽい、自分と同じ姿でこんな事をやられるとちょっと精神的にくるものがある。

『人の振り見て我が振り直せ』という格言があるが目の前の女の子は自分とそっくりなのである。

余計ヘコむ。


「昨日は到着が遅かったから今日挨拶に行く事にしたの!それにオアキッパ、ここの首領様は夜に活動して島の政治や祭を取り仕切っていると聞いたし、だから今夜なの。」


「あーもう人間は面倒くさいなー!建前だの何だのさ!」


「竜と違って弱いから人間は群れを成して徒党を組んで社会が生まれ、ルールが発生したの!メルバーシだってこれから人間となって暮らすんでしょ!?覚えておきなさい!人間社会には細かいルールがあります!それから外れると罰せられるのです!」

彼女、メルバーシの顔の前に人差し指を立ててロンロがまるで子供を叱る様に答えた。

竜として人間を超越した存在であるメルバーシではあったが、まだ人間としては生まれたばかりで実際に子供みたいな物である。


「はーい。じゃないと彼と同じ時を歩む…一緒に暮らすなんてのも出来ないだろうしね。」

渋々とメルバーシは納得する。

彼と一緒になる為に人間社会と同調するの事を受け入れたのだ。


「まぁまださ、オアキッパとに挨拶に行くには時間があるからご飯でも食べよ。私は何も食べて無いからお腹ペコペコ!!メルバーシ、貴女ってその姿で食事は出来るの?」

元々竜の魂の化身であるメルバーシにそういう機能?があるかはどうかは疑問ではあった。


「ん?出来るよ。まだ本格的には人間の体に変質している訳では無いけどさ、体さえ出れたら完全に人間になれるのになー。あと言った通り人間にまだ完全になれていないから本来は何も食べなくてもヘーキだけどね。」

ロンロと同じく金髪の長い髪をクルクルと片手の人差し指で巻きながらメルバーシが答えた。


「実際に目の前に貴女がいるから信じるしか無いけどさ…。本当に本来は竜で人間になろうとしているのよね?」


「当たり前じゃん!!じゃないとこの姿にもなりませえええん!!そうしないと彼と一緒になれないでしょ!!」


「その『彼』の事も気になるからさ、食事しながら教えてよ。」


「うん、良いよ。ロンロには姿を貰ったからね!!」

メルバーシは嬉しそうに笑ってそう力強く答えた。

長い間孤独に眠っていたのもあるだろうが、自分の話を聞いてもらいたいらしい。


「あ、それとさロンロ。一つ聞きたいんだけど。」

部屋の窓を閉めて軽い身支度をして部屋を出ようとするロンロをメルバーシが呼び止めた。


「何ー?忘れ物?タブレットなら預かりましたよ!」


「違う違う、この部屋にある大きな鉄の箱は何?」

メルバーシが部屋の中央にでっかく陣取る鉄の箱、ロンロが昨日この島に上陸した際に本土から必死の思いで持ち込んだ重量物…地震観測器を指さしていた。ロンロの小柄な女の子の体ではとても重く、肩に食い込んだあのリュックの重みは全部無駄になった。この島の度重なる地震の原因はメルバーシの本体が15年前に目覚めてから結界に阻害されて外に出られない為に引き起こしていた癇癪であるのが判明したからである。


「…あんたのせいで無駄になったのよソレ!!!」


「イタ!いたたたた!もう痛覚はあるんだから!イテテテテ!!!!」

メルバーシの両耳をロンロが引っ張って憂さ晴らしの様に答えた。









二人は揃って部屋を出て鍵を閉めて階段を下りてロビーに降り立つ。

このホテルの一階には大きな食堂が併設されていて、夜ともなるとア・メサア島は名物となった光の柱で鮮やかにその輝きを増し…観光の本番となるのだ。その為に朝方到着した観光客も一度は自室でゆっくりと休み、そして日が落ちた際に部屋から出て来る本土とは違う昼夜逆転の生活を送りこの島を楽しんでいく。その為に今の時間は活動を開始した観光客とその対応に追われる現地住民との間で大いに盛り上がり、ロンロ達二人がロビーに降りた頃には大きな笑い声や雑音が食堂から聞こえて二人の耳に飛び込んできていた。その人間たちの賑やかな声がする方向に二人は足を運んでいく。



「うへぇー人間イッパイ!」

ホテルに併設された食堂まで歩み寄るとメルバーシが驚きの声を上げた。

こんなに一か所に人間が集まっているのを見るのは初めての様子だ。


「ア・メサア島は夜からが本番みたいだからね。貴女の本体が放つ光が夜空を照らしてそれが観光名物になっているのよ。」


「へー、人間は私の『刻を止める光』が珍しいの?あんな光や術は私が竜として生きていた頃には何処にでも溢れていたもんだけど。」


「今の人間社会だと珍しいの。夜を照らす光なんて魔学発達前の貴女にしてみればたった50年前まで存在しなかったんだから。精々火を焚くしか方法は無かった。それにしたって今の魔学でもこれ程の光源を常時放ち続けるなんて早々出来っこ無いし。」


「そのさ、ロンロが偶に口にする魔学ってのもね、まだまだ全然大したモンじゃ無いね~~。」

あざ笑う様にメルバーシが両手を軽く肩の位置にまであげて返事をした。


「うーるさい!人間は日々積み重ねているの!その内に魔学は神代を超えます!超えて見せます!!」


そんな事を話しながら二人で食堂の中に入っていく。

食堂で食事をして楽しげに語らう多くの観光客も、それを持て成す現地の人々も。

そっくりな二人の女の子の内の一人がア・メサア島の観光も生活も全てを支えるあの光の柱を放つ張本人、いや張本竜とは誰しもが夢にも思わないであろう。


食堂の横はテラスとなって解放され、そこにもテーブルと席がいくつも用意されている。

丁度二人用の席が運良く空いていたので二人はそこに座り一息ついた。どうやら先程まで他のお客が使用していた様で丁度片付けが終わったばかりの空いた席、混みあう中で運良くそこを確保する事が出来てロンロはほっと胸をなでおろしながら席に着いた。メルバーシもロンロの真似をして対面の椅子に腰かける。席からはこの島を貫くメルバーシの刻を止める光…封の柱が明るく島全体を金色に照らし続けていた。ロンロ達が座った木製のテーブルにも光が反射してうっすらと金色に輝いている。夜であっても大した照明がいらないこの島である。


「…人間のサイズで見るとさ…。確かにデッカイ、私の光。」

椅子に座りながらメルバーシは己の本来の体が放つ、夜空を貫く光の柱を見上げた。

テラスの上にはその光の柱から飛び散った金色の霧が舞い、辺りを一層幻想的に仕立て上げている。


「この光がこの島の人々の生活を支えているの。この光が美しく幻想的だからって本土から多くの観光客が訪れて島の経済が回り、島民の生活が潤う。…もし結界を破って貴女の体が出てきたら刻を止める術も止まる訳で…。この島ってどうなるんだろう…?」

ロンロは己がやろうとしている事で島の生活を根本的に変えてしまう恐れがあるのを改めて思い出した。そう考えると頭が痛い、まだまだ結界を破る術は見当もつかないがもし実現出来てしまったとしたら世の中は大騒ぎで、少なくともこの島は根本的にそのアイデンティティたる光の柱を失い観光業としては大打撃を受けるであろう。それは現状ア・メサア島が観光で成り立つのを考えるとすなわち島全体の死を齎すと言っても過言では無かった。


うーんとテーブルの上で頭を抱えるロンロを見つめてメルバーシが

「いや、でもさ。封印されたのは私だし。封印の外に出たいし、彼に逢いたいし。」

と、あっけらかんと答える。


「それは判ってる…それにあの大勢の人々も生きているとするならば救わないといけない…でも、う~~~~ん!……もー知らない!食べてから考えよ!すいませーーーーん!!」


ロンロは考え込むのを止めて空腹に従って食事をする事にした。キビキビと接客をしていた給仕の女性を声を張り上げて呼び止める。席に着く二人の前に現れたのは見覚えのある女性、ロンロが昨日このホテルにチェックインした際にホテルで出迎えてくれたスタッフの女性であった。


「はいー!只今向かいます!…って、アラ?貴女は昨日の夜の…」


「あっ!?…どうもお世話になっています、へへへ…。こちらでも働いていらっしゃるんですね。」


「夜になると人手が足りなくて。この島は夜から忙しいの…。確かリッターフランとかいう本土の研究所からいらっしゃった学者先生ですよね?あの重そうな荷物は無事でしたか?」


「はい…ははは、もうあの重たい調査機械は無用になっちゃいましたが…。」


昨夜ロンロをホテルに出迎えてくれたスタッフの女性がこの食堂でも給仕として働いていた。

多数の観光客で賑い、一日に何人もの客を向かい入れるホテルに勤める彼女であったがロンロの事はしっかりと覚えていた。小さな女の子が大きな荷物を必死に抱えてやってきたのは中々インパクトがあったようだ。


「あら…?あの時はお一人様で…ホテルの予約もお一人で入っていましたが…そのお連れの方は?地元の人間でも無いみたいですが…?」

オーダーを取る為のメモを構えながらもその給仕にやってきた女性はメルバーシを見てロンロに疑問をぶつける。


「あーと!えーと!その!い、い、妹です!!私の仕事がア・メサア島の出張に決まって!そのホラ!ここは一大観光地だから一緒に行きたいと我儘を言い出してその!!最初は仕事だからって断っていたんですけどこっそり付いてきちゃって…今日合流してその…!ホントにもー困りますよねハハハハ!!!あーーーー!!ホテルの料金はその追加で二人分後で払います!!部屋はそのままで良いので!御迷惑をおかけします!!!」

ロンロは早口で一斉に喋り始めて慌てて頭をテーブルにぶつける様な勢いでペコリと下げた。


「それは通りで。お顔もそっくりなのは双子さん…?年齢も近そうですし。」


双子に間違われるのも無理は無い。何せロンロ・フロンコ16歳の外見を身長から髪質から瞳の色まで何から何まで黄金竜メルバーシの魂はそのままそっくりとコピーしてしまったのだから。ただ人間社会に疎いメルバーシはこの会話をキョトンとしてそのまま無言で見つめる事しか出来なかった。自分が下手な事を言うと何かしら矛盾やおかしな点が発生してしまうというのは彼女、メルバーシも判っていた。


「双子のイモートでーす。ドモー。」

メルバーシはとりあえず会話に合わせる為に軽く手を振って今は給仕として働くホテルスタッフの女性に挨拶をする。


「ハハハハ、そうそう!双子!…本当にもう困った妹でして…。しばらくご迷惑をおかけします…へへへ。」


「ちゃんと追加料金を支払って頂ければ問題無いですが…。お部屋は現在の所だと二人部屋の空きはありませんし…お客様がそれでよろしければ…。」

少し困った様に給仕をしているスタッフの女性は答える。


「いえ!もうほんと大丈夫です!私達そんなに体は大きくありませんし!無理いってるのはコチラなんで!ほんともーすいませーん!!」


「へへへへ。スイマセーーン。」

ロンロに続く様にメルバーシもぺこりと頭を下げた。

流石にロンロ程は謝罪に勢いはなかったが。



「じゃあフロントにはこちらからお話しておきますね。22時までカウンターに担当者がいますから改めて続きなさって下さい。それでは…食事の方はいかがいたしましょうか?」


一人分の追加料金を支払ってくれれば問題無くこのホテルに滞在出来る様だ。

本土の首都にあるホテルだと追い出されても文句は言えない状態ではあったがア・メサア島の、このホテルは中々におおらかであった。お陰でロンロは今晩宿無しの危機は免れる。


「ありがとうございます…!! えーとどうしようかな?」


元々島の食べ物には一切馴染みが無かったロンロは給仕の人におススメを聞こうと思っていた。

そこにメルバーシの存在がホテル側に違法滞在になるという事実が浮かび上る。一人でチェックインしたのだから至極当然である。なんとか無事に二人の宿泊が認められたがこれはもちろん会社の経費では落ちない。多少持ち合わせは用意していたとは言え痛い出費であった。今日の昼間にあった出来事の数々、それに先程二人で目撃したオアキッパの「遠の瞳術」から監視されている驚きや混乱ですっかり彼女の頭からその違法滞在の可能性が抜け落ちていたのであった。


なんとかなって良かった…と、大きく息を吐いて安堵を覚えるロンロ・フロンコ。

彼女は若干16歳で魔学を専門にする大学での教育を終えて卒業してリッターフラン対魔学研究所の捜査研究員として社会には出たが、やはりその若さ故かまだまだ人生経験が足りないのかこういう見落としも起きてしまった。とは言っても今回はかなりイレギュラーなパターンなのではあるので彼女が全て悪いという訳では無い。もちろん人間社会にまだ全然疎いであろうメルバーシに原因がある訳でも無い。


(なるべくしてなったかな、はぁ…。ま、まぁセーフ!セーフよセーフ!!!)


気を取り直して慌てて乱れた呼吸を落ち着かせてテーブルに置いてあったメニューを広げるロンロ。そのまま給仕のお姉さんに「あの、お勧めはありますか?」と今晩のメニューに対して質問をする。


「んーそうね、今の季節だと【ゼノンカイテの丸ごと香草あんかけ』かしら。春先にこの島の近海でよく捕れる大きな白身のお魚を丸ごと使うのよ。一緒にスープとサラダと、この島の主食ヴュム芋も付いてくるね。料金はこれくらい、メニューのこれよ。」

彼女は距離を詰めてロンロの広げているメニューをめくり指を刺す、値段は観光地とはいえ中々お手頃な価格でロンロの財布にも優しかった。


「じゃあそれをお願いします。えーと、二人分で!」

霊体であるメルバーシが本当に食事出来るかは怪しかったが二人分を注文する。


「あら、ゼノンカイテって結構大きいの。お嬢さんお二人で一匹が丁度良いわ。本来は大人の男性でもいないと食べきれないし、一人前にしとくのがお勧めよ。セットの方は一人分サービスしてあげてと…折角ア・メサア島に来たんだから他にも色々食べていってね。フフっ。」


遺跡の調査やメルバーシと出会った件もあり、昼食を食べ損なっていたロンロではあるが体系的に小さく、本来小食である。無理に注文して残しても失礼だな…と給仕のお姉さんの言う事を素直に聞く事にした。そしてメルバーシがその体でどの程度食べ物を必要にするかもよく判らないでいる。自分の体をそのままコピーしているならそこまで量は食べれないだろう。そもそも肉体では無い竜の力たる人智を超えたエネルギー集合体として体を維持している今のメルバーシに食事が必要なのか疑わしいが…。


「じゃあゼノンカイテ以外だと・・・他に数品何にしましょうかしら?」


「えーと私、お仕事でこの島に来たものだから本当に何も知らなくて…おまかせしてよろしいでしょうか?嫌いな物は特にありませんから!」


「あら?そうね~、じゃあ適当に…ご予算は3000エメリ程でよろしいかしら?」


「はっはい!それで!お願いします!!」


「かしこまりました。料理は申し訳ありませんが少々お待ちくださいね、只今かき入れ時で大変混みあっていまして。それでは。」

給仕のお姉さんは手元のメモに素早くオーダーを書き込んで軽く二人に礼をして調理場の方へ早足で向かっていた。行き交う観光客で歩く隙間も無い食堂の中を起用にかき分けて遠のいていく。



「ふーっ…アンタの事忘れてた…。不法に宿泊させる所だった…仕事でこの島に来ているのに…。」

給仕のお姉さんが立ち去った後、テーブルに「ゴン」と頭をぶつけて倒れ込んだロンロが呟いた。


「もしかして私がここに来たのってなんか悪い事だった?」

人間社会の事情を知らないメルバーシが不思議そうに尋ねる。


「まーね、お金がいるのよ、お金が…。3000エメリかぁ…普段の私の夕食なんて1000エメリ程度で済むんだけどなぁ…まぁ本来は観光地だし、それくらい良いか……。メルバーシ、人間はお金を払って日々生活しているの。対価にはお金を払う、これが人間社会。リッターフランから請求する訳にもいかないし…出費が……。」

テーブルに伏せながら呟くロンロ。


「細かいルールに縛られてさ、人間も大変だねー。ストレスで頭おかしくなりそう。あ、私も人間になるんだった。ハハハハ!!!」

自分の言葉に自分でメルバーシは笑い始めた。


「ったくもー、まぁしょうがないけどさ…。ていうかアナタ!食事出来るの…?人間の食べ物は食べれる?」

ロンロは体制を立て直して小声でメルバーシに質問をする。

周りに大勢の人間がいる以上あまり変な話は出来ない。

そんなのお構いなしにメルバーシは大声を上げて今現在笑ってはいたが…。


「出来るよ!この体はもうロンロと同じ体組織に近づいてきているからね!へへへ!アタシは人間になるんだから!でもやっぱ竜の体が外にでないともがががががが!!!!!??ほががあ!!!」

大声で話し始めたメルバーシの口を急いでロンロが両手で塞ぐ。


「こっコラ!?そんな事を大声で喋らないの…!!誰かに聞かれたらどうするの…!その!首領オアキッパとか…!さっきも遠の瞳術とかでこっちを監視してたんでしょ!」


「ふががががが!!!! ぶはーーーー!! 判った判ったよ!もーう!!」

ポニーテールのロンロとは対照的に髪を結ばずいるメルバーシの金髪の髪がバサっと揺れて拘束を振り解く。そっくりな顔とそっくりな金の髪を持つ女の子同士の揉み合いであった。

ロンロも咄嗟に手が出て会話を止めてしまったものの、こんな突拍子も無い話は誰も信じないだろうなという思いもあったが。


「まぁ食べられるのなら…。折角の機会だから人間の食事について体験しとくのも良いかもね。」


「ん~。ていうかさ、私さ。モノを食べるの自体が2300年振りだけどね。」


「あ…そうか、ずーっと寝てたんだものね。でも15年前に目が覚めたんでしょ?」


「あの忌々しい網の蓋があるから外に出れて無いもん!キィイイイイ!!!クアン・ロビン!」


「あっ!コラ!!しーーーっ!!!そういう具体的な話は禁止!!!しーーーーーっ!!!!」


「そうでした!ゴメンゴメン!」


睨みつけるロンロの目線に対してメルバーシは素直に謝る。

それにしてもテラスの席は失敗だったかなぁとロンロは思った。

始めて島に降り立った時も感じたがこの島の今の季節はそれなりに寒いのだ、吹き付ける外の風が小さなロンロの体にはやや厳しく感じられた。一方メルバーシは平気そうである。人間に近づいてきていると本人は先程述べたが寒さは感じなのであろうか?と、彼女は目の前にいる物珍しそうに辺りを見渡している自分と同じ顔と背丈をした少女を見て思う。


「貴女、メルバーシさ。寒く無いの?私はちょっと寒いかな…周りはお酒を飲んでいる人ばかりだしあまりそういうの気にしてないみたいだけど…。」


「別にこの程度ならさ~。元々ここよりずっと寒い場所で暮らしてたもん私。それに飛んでる時の空の上はもっと寒いよ?」


「そういやそうでした…本来はお空を飛べるのよね。私も一度飛ばされた事あるけど、あの時はしっかり外気から守られてたしなぁ…。生身のまま空を飛ぶ竜がこの程度の寒さなんてどうって事ないか。」


ロンロは少し前、友人の魔女ハルバレラに付き合わされて彼女の生まれ故郷の街の上空に舞い上がった事があった。その時は魔女ハルバレラの絶大な魔力を元に舞い上がり、上空の外気から身を護る為の一種のバリアー状の魔力に身を包まれていた。今思うと改めて貴重な体験をしたのだなぁとシミジミ思う。


「それよりさー食べ物かぁー。人間の食べ物なんか久しぶり!楽しみ楽しみ♪」


白いワンピース姿の彼女は見るからに寒そうなのにそんな事を一つも気にせず嬉しそうに足をバタバタさせて食事がくるのを心待ちにしていた。そもそもこの格好は何なんだろうという疑問が今更ロンロに湧いてきた。彼女の人間の女の子が着る服をイメージして具現化した物なのであろうか。しかしその疑問よりメルバーシが言った『久しぶり』という言葉に引っかかる。


「久しぶり?貴女、竜の時に人間の食事をした事があるの?」


「『彼』に助けてもらった時に。パンとスープってのを食べた!食べさせてくれた!2300年経った今でもまだ忘れない…あの時が私の生の中で最も幸せな時だった…。」


そう言うと彼女は足をバタバタさせるのを止めて両手で頬杖をついてウットリとした表情を浮かべる。昔を思い出して彼女は目を閉じて幸せな記憶の中にダイブしているかの様である。


「へ、へぇ~…その噂の『彼』に助けて貰ってたんだね。」


「うん…『彼』が居ないと私はもうこの世にはいなかった。多くのかつての同胞や、神代の時代の他の生き物と同じく大地に還ってたと思う。『彼』が私を護ってくれたから今がある。だから私……。またこの世に生まれて来た『彼』に逢いたい!!」


「待って…!また生まれて来たって…一体どういう事?2300年前だから彼は死んでいるのは間違いないでしょうけど!?」


ロンロは思わず周囲に聞こえそうな程に大きな声でメルバーシに質問をしてしまった。

あ!?と我に返ったがもう遅い。幸いにもこの時間、周りの人間はお酒と食事と雑談と、そもそも観光に来ている多くの人は浮かれきっており彼女らの会話等眼中には無かったのだが。


「『彼』の魂は私が砕いた…。ロンロが言うエーテル、魔力だね…。彼は私を護って…もう助からない怪怪我を負ってしまったから…だからその時、私が彼の魂の形を砕いた。そして世界にバラ撒いたの…。一度この星の大地に彼の魂を撒いて散らして、いつか自然と再構成して再び元の形に戻れる様にって…。」


「ど、どうして…!?魂を再構成させる!?」


「うん…。人間を遥かに超える竜の力と言えど死んだ生命を蘇らせる事は出来ない…。だけど一度循環させれば別、死んだ魂は星の一部になり、エーテルとなって大地に戻る。だけどその輪廻さえ済めばもう一度再構成させて蘇らせる事が出来るの!!この星を作りたもうた神が赦してくれる!!魂の禊!!禁忌を禁忌としない為の唯一の方法!それがこの黄泉返り!!」


メルバーシは椅子から立ち上がり大声を上げて両手を夜空に、光の柱が湧き立つ黄金の霧が立ち込めるア・メサア島の金色の夜に向かって吠えた。


「そんな事が…。一度輪廻を循環させて蘇らせる…!?」


「だけど最初から生まれ変わるのだから…記憶は引き継がないよ…。きっと私の事もキレイサッパリ忘れてる。でも良いの…。魂の形はきっとあの時の彼と同じ!…15年前に私は彼の魂のピースが2300年の時を経てようやく集結したのを私はあの穴底で感じた!自然に集結するのを待った!!!偶然と奇跡の産物なんだから!!そうじゃないと神の赦しは貰えない!!!だけどその奇跡は起きたわ!!!!そして私はその彼の魂が再構築されたのを感じて目覚めた!!この時をどれ程待ったか!!!はははははは!!!!この世界の何処かに彼はいるわ!!!私を護って私を愛してくれたあの彼が!!燃える様な赤毛と優しく包み込んでくれたあの彼がまた現世に蘇った!!!こんな嬉しい事はぁぁぁーーーーーーー無いっ!!!!無いよーーーーーーーっ!!!!!ハハハハハハハハハハっ!!!!!!!」


「こ、コラ!!メルバーシ!!!座りなさーーーーいっ!!!もーーーーう!!!!!!」


興奮して立ち上がり叫んだメルバーシを必死に宥めるロンロ。


「あーごめんごめん!うへへへへ…!」


舌を出して誤魔化す様に笑みを浮かべるメルバーシ。

そんな事を何処で覚えて来たのかと疑問を覚えるロンロであったが、どうやら彼女が思っている以上にタブレットから例の恋愛少女漫画以外にも色々な物を引き出して見て人間社会の情報を読み取っている様である。

ロンロはメルバーシを椅子に座る様に催促しながら脳の片隅で考えた。

これは一度彼女に『彼』の存在をじっくり語ってもらう時間を作らねばと。

この『彼』の存在がこの島の封印とこの夜を金色に照らす柱の秘密の革新に迫るのでは無いかと本能的に、まだ確信は無い物の何かひっかかるのを感じていた。 






「あら~?なんだか盛り上がっていますね。はい!お料理お持ちしました。まだ全部じゃないですけどね。」

騒いでいた所で先程のオーダーを取ってくれた給仕の女性が両手にお皿を抱えて二人の前にやってきていた。座っているテラスのテーブルに次々と料理が並べられる。

先程説明してくれたゼノンカイテと呼ばれるであろう大きな魚がまずドン!と中央に置かれる。

昨日ロンロが食べたエビも金色だったがこの魚もまた金色である。この島は何でも金に染まってしまうのであろうかとその料理のど派手な外見を見て思う。


「うわ~!凄い!こんな魚料理、始めて見ました…。派手ぇ……。」


ロンロが驚いてお皿を見つめていると、


「身は綺麗な白身魚のソレですから、初めてのお客様は皆驚かれますね。フフっ。それとこちらはお二人分ね、ここは島だから牧畜産業は全然ですので海の幸が中心になりますけど、はい!バーチカル海バナナとリケンクラゲの和え物!とってもさっぱりして甘くて美味しいですよ!まだまだ持ってきますからゆっくり食べてね。では。」


「く、クラゲェ!それに海バナナ!?バーチカル!?」


ロンロが驚いているリアクションを見るとそれを見てフフっと笑った彼女は再び店の奥へ戻っていく。それにしても海バナナというのは何であろうか?この島の海にはバナナが生えて収穫出来るのであろうか?それとも海ぶとうみたいに陸に生える果物と似たような容姿をしているから海バナナなのであろうか?試しにロンロはタブレットを取り出して島のガイド情報を入れた資料から検索をかけてみる。


「ええ…おかしいでしょこれ…。」


…本当に海のバナナであった。このア・メサア島は大陸では見られない独特の生態系を成しているのは地這蝶や島のお婆さんから聞いたバクタリバッタの存在で判ってはいたがどうやら本当に島の近海にバナナの木が生えるそうである。島の海岸の一部で養殖も行われており一部は本土に輸出しているとの事である。まだまだ社会人生活1年目のロンロには知らない世界の情報出会った。試しにリケンクラゲも検索してみたらしっかり情報が出て来る。ア・メサア島では昔から台風を呼ぶ生き物として嵐の日によく海岸に打ち上げられている生き物で食用にされてきた存在らしい。一応毒は無い。


「なんか変な食べ物だね?透明のと薄い黄色っぽいのが一緒に入ってるコレ?ホントに食べられるの?」


メルバーシが海バナナとクラゲの和え物の入ったお皿を指で指しながら疑問を投げかける。


「わっかんない…。海のバナナとか初めて聞いたし。まぁ観光地のちゃんとお金払う食べ物だから大丈夫だろうけどさ…とりあえず頂きますか…。そういやメルバーシは食べ方は判るの?このスプーンっての使うの。」

ロンロが一緒に運ばれてきた木製のスプーンを片手で持ち上げて掲げる。


「知ってる知ってる!2300年前もあったよ!彼がそれで色々食べさせてくれたもん!なんとなく判る!へへっ!!凄いでしょ!!」


「それなら説明が省けて助かるわ。他にも色々教えなきゃいけない事が一杯あるんだから。じゃあとりあえず…食べる時は『頂きます』って言うの!?それは知ってる!?」


「それは知らねース!!!なんでそんな事するのさ!?」


「頂いた大地と海の恵みに感謝して両手を組んで祈るの!人間は常にこうして命に感謝して食べるのよ!それをしないとお行儀が悪いの!そうしないと『彼』と食事をする時に呆れられちゃうよ!?」


スプーンを指先で揺らしながらロンロがメルバーシに指導をする。

正直この行動もあまりお行儀は良くない。


「え?マジ!?…それは嫌だ!絶対嫌!!ちゃんと教えて!!」


これは良いなとロンロは内心喜んだ。

彼を前面に押し出してから人間社会のルールを指導するとこれからも都合が良い感じがしてきたのだ。


「国や地方や宗教なんかでも色々違うけど…とりあえずうちの国ではこう!指を交互に組んで!基本の祈りポーズ!」


ロンロが両手の指を絡ませてメルバーシの前に突き出して祈りの説明をした。


「こう?人間って指が多いからややこしいな…。竜の時は3本しか無かったのに…。」


「だーから人間って器用なの。はい!じゃあ祈りましょう!食べ物の前で!目を閉じて!頂きます!!」


「わ、判った!!い、頂きます!!」

ギュッ!と必要以上に力を込めて目を瞑ったメルバーシが両手を見よう見まねで組み、そして頂きますの祈りを捧げた。


「頂きます!……そうそうヨシヨシ。また一歩人間に近づきました!」

その一生懸命な姿をみてロンロは少し彼女が愛おしくなった。

彼女なりに彼に逢いたくて、彼に良く思われたくて必死なのだというのが十分すぎる程今の初めての頂きますの祈りの姿で伝わってきたからだ。


「へへへっ…じゃあ食べよう。2300年振りの食べ物だよっ!!」


「そういやそうなんだね…なんか想像も出来ないけど。口に逢うと良いね…。」


2300年振りの食事というスケールの大きさに圧倒されながらロンロはスプーンで海バナナとクラゲお和え物を少し掬い、恐る恐る口元に運んでみた。同時にメルバーシも慣れないスプーンの使い方に苦戦しながらもゆっくりと口元にそれを運ぶ。同時に二人の口に海バナナとクラゲが飛び込んだ。



「あ、美味しい…!ピリっとした後に!甘-いっ!」


「…!!! ちょ!わっ!!!凄い!!人間の食べ物凄っ!!ナニコレ!!!こんなの食べた事無い!!!!」



リケンクラゲのピリっとしたプルプルの触感に海バナナの爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。陸のバナナのねっとりした感触は無くとてもサラサラとした触感、でも味はバナナのそれに近くて。

ピリピリしたプルプルと爽やかな濃厚な海バナナの味わいはそれまで人間の食べ物を味わってきたロンロも体験した事の無い新しい味であった。






「人間の食べ物って…美味しい。わぁ………。」





メルバーシは感嘆の声を上げてリケンクラゲと海バナナの和え物が入ったお皿を見つめた。

彼女にとってもまたそれはとても美味しく、刺激的な味の体験であったのだった。






「ロンロ、ねぇロンロ。」



「何?メルバーシ?」



「人間って、面白いね。」



「え?」



「僅かな命しか無いのに、僅かな時間しか無い生き物なのに、世代を重ねて情報を積み重ねて、そしてこんな面白い味の食べ物が作れたんだね。竜の世界ではこんな事は表現出来ない。ううん、滅びたんだから不可能だったんだ…。きっと他にも面白い事や素敵な事があるんでしょう?人間の社会には?…私、人間になって良かったなぁ………。」



「メルバーシ…。そうだね、これから人間になるんだものね。ううん、もうなったんだものね。」






「うん、私…‥‥人間になったよ、なって良かったよ。」



















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