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漏れる永遠の光の為に

二人の同じ顔をした少女ロンロ・フロンコと竜の魂の化身・メルバーシ。

彼女達に一つの共通した目的が生まれた。

この島の、ア・メサア島の中央部の丘に空いた大穴から湧き出る巨大な光、「封の柱」に張り巡らされた魔術による封印「ア・メサアの網」を解除して竜をこの地に目覚めさせる。ロンロはあの光の柱に囚われた生贄の人々を助ける為に、メルバーシは己の本体を覚醒させてこの島から飛び出す為に。


「この島の光の正体は眠れる竜の【刻を止める術】の漏れ出た力。そしてあの術を止めるにはメルバーシ、貴女を再び覚醒させなければいけない。その為には【ア・メサアの網】と呼ばれる竜をこの島に封じた魔術を解除する必要がある、そこまでは良い?ねぇ?」


ロンロとメルバーシの二人は今、先程まで滞在した島北西部にあった石碑から移動して島の東に向かって道沿いに歩んでいる。ただ…メルバーシは先程からタブレットの中の男女の恋愛を描いた絵物語、まぁつまり恋愛をテーマにした漫画的な読み物に夢中である。歩きながらた辿々しく操作してページを更新している。


「もしもーし!歩きながら読むのは止めなさい!歩きタブレット禁止!首都でも法令化しようとしてるわよ!アンタみたいなのが一杯いるからね!聞いてるのメルバーシ!?」


「はーい。」

隣で注意してくるロンロに向かって返事をするも完全に上の空である。

追い求めていた「人間男女の交際方法」とドラマチックに描かれる両者の心の機微が鮮明に美しい絵柄で描かれるその恋愛漫画に彼女は全神経を集中させていたのだ。


「あーとね、そのね…経験の無い私が言えた身分じゃないけど…恋愛漫画を読んでるからリアルの恋が上手くいくとか…そういう事も無いからね?まぁ、さ…。何も知らないよりマシかもしれないけど……。ねぇ、聞いてますか!?おーい!」


「はーい。」


「ダメだコイツ…。」

ロンロは横に並んで歩いていたメルバーシからそのタブレットを素早く奪い取って電源を切った。


「あー!!!何するの!?良い所だったのに!!」

自分の手元から消えた。


「後で時間出来たら読ませてあげます!けど歩きながらは止めなさい!それにどうせ人間の文字とか判らないでしょう!?絵だけを追いかけているだけなんだから後でもじっくり眺めなさい!」

まるでお母さんみたいにロンロは同じ顔をしたメルバーシに注意をする。


「文字ならもう覚えました!それ大陸で使わている人間の言葉なんでしょ!?」


「はぇ!?覚えたって!?この僅かな間に!?ちょっと漫画読んだくらいでしょ!?」

急いで再びタブレットの電源を入れて漫画の1ページを表示してロンロはメルバーシの目の前に突き出した。


「この一番上のこの吹き出し!試しに読んでみて!」


「そこ良いよね!キャー!!!彼氏のミグル君の台詞!えーとね、『でも俺、アイツの事を忘れられないから…。』…ほら。」

得意顔でメルバーシが支持された場所の文字を読み上げてみた。


「か、完璧に合ってる…。登場人物の名前まで…。どうやって…?」


今日は何回驚いたか判らないとロンロは思う。

それにしてもメルバーシの本体が竜だったのも、あの柱の中に今までの2300年の生贄達がまだ生存していた事にも、試しに地震を起こさせたら本当に大地が揺れたのも、何より自分と同じ容姿と背丈で目の前に現れたのにも驚いたが…漫画を少し読んだだけであっという間に人の文明が生み出した言語の読みを習得してしまったのにも驚きを隠せない。


「その物語の状況に合わせて絵の人達が喋っている言葉を予測していって…あとなんか物音とかも文字で表現しているよね?それを想像で当てはめたの。いくつかそれを繰り返すと正解が見えて来る。一つのお話を読み終える頃には大体は覚えちゃった。今こうやってロンロと話す為に使っているこの言葉も島にいる人間の行動とか様子見ながらさ、似たような感じで覚えちゃったよ?」


「何それ!?竜と人間の地頭の差かしら…、流石神代の生物…完全に人とは格が違う…。そんな簡単に知らない言語の読みと喋りを習得しちゃうなんて…。私だって秀才と呼ばれている人間だけど外国語を覚えようとしたら…きっと最低でも今のメルバーシと同じレベルまで到達するのに最低でも半年はかかる…。はぁ…もう貴女さ、自分で魔法や魔学を勉強して自力でア・メサアの網を破れば?」


今まで勉強が出来る事をアイデンティティの一つにしていたロンロ。

驚きつつも多少僻みっぽくメルバーシに応えた。


「まーね、アハハハハ!でも、私はこの力を捨てる。人間になりたいからロンロと同じ生き物になる。彼と同じになりたいの。その為に2300年間ずーっと待っていた。彼がこの地に生まれ変わるのを!それにロンロ、今の私には人間の言う魔法、魔の力は相容れない。だからロンロに頑張って貰わないといけないのです!頑張って!!」


「相容れないってどういう事?」


「あれは人が神代の終わりを悟って習得した力、竜には触れられぬ理。」


「でも?…確かさっき石碑の前で言ったよね、昔は魔の力が今よりも充満していたって。」



『ああ、この時代はすっかり大気に漂う魔力も減ってしまって…』

確かにメルバーシはこう言った。それをロンロは思い出していた。



「そう、人間が言う魔法の力、魔の根源。ロンロはエーテルと言うその力。あれは神代の時代は今よりももっともっと広がり空に満ちていた。でも2300年後のこの時代はすっかり薄れて綺麗な清々しい青空…。ああ、良い時代!良い気持ち!」


歩きながら空を見つめて嬉しそうにメルバーシは両手を天にかざす。

満面の笑みで。

まるでこの世界に再び生まれ変わるのを心から喜ぶ様に。


「んんん?魔の力が満ちていたのなら神代の時代の方が竜にとって生き辛い時代だったじゃない。でも今の時代は竜は神話上の生き物よ、絶滅したと言ってもいい。いや一匹は目の前にいるけど…どういう事かな?」


「竜はね、魔の力とは根本的に違う力で生きていたの。でも相容れない力だったから疎ましかったなぁ。神代から今の人間の時代に切り替わる瞬間、この星の奥底に眠る魔力が一気に噴出して大気に満ちた時代があった。それもあって私達、竜は数を減らして次第に滅んで行ったの。」


「へぇええ…この星の古代に魔力噴出期があった?聞いた事ないなぁ…でもこの説が本当なら考古学に衝撃走りそう。竜の件と言い私の証言が認められたら一気に色々な分野が激震してしまうかも…。」


「結局、時代の変換を乗り切れなかったの。私も、竜も、竜以外の神代で生きて今を生き残れなかった者達も。まぁしょうがないけどね…。この星が決めた事だよ、この星に生まれた私達だもん、従うしかない。」


「魔力噴出期か…。それで今の人の時代が出来たんだ。リッターフランの同僚でそっち方面に明るい人がいるから教えてあげようかな…。」


「ま!もうどうでも良いけどね!私は人間になります!今は仮初のこの体を現実の物とするのです!さぁ次の封印を司る石碑に向かってしゅっぱーーーつ!!後で漫画の続きも見せてよねー!」


「ちょ!押さないで!!もおおおお!」


ロンロの後ろ側に回ったメルバーシは彼女の背中を両手で押して歩みを急かす。

二人は今、出会った場所にあった石碑とは違う別の封印の石碑に向かって歩みを進めている。

本土からやってきたリッターフラン対魔学研究所の調査研究員であるロンロは最初に立ち寄った石碑から三つの線の様に伸びる魔力リンクがそれぞれ三つの方向に伸びているのを「眼鏡式検査魔機」を用いて発見した。でもその力は細いよれよれの毛糸の様に弱々しくこの機器を用いてもボヤけてうっすらとしか確認できなかった。だが竜である人智を越えた存在であるメルバーシにはハッキリと見えた。

彼女でも意識しなければ確認できない程の弱い力ではあったが、ロンロの目の前で「ぐぬー!」という唸り声を上げて神経を集中させると伸びている場所の位置までしっかりと確認出来た。そうして今は二人、こうしてもう一つの石碑の方向と場所に目星をつける事が出来てそこに歩いて向かっている。



「恐らくあれは石碑に刻まれた術を連動させる為の伝達用のエーテル線ね。この島に封印を施した時期は無線リンクなんて方法は無かったでしょうし。この位の力なら周囲の草木や大地から吸収した魔力で発動できるだろうから。」


例えばロンロが今朝使用した「電話」の様な技術は近年になって開発された物だ。

彼女の友人、ランクAAA魔女であるハルバレラが今から11年前に提唱したエーテルその物に情報を保存する特性を生かして技術として利用するヒルッター理論は通信革命を起こし、やがて魔力その物を空に飛ばして離れた場所で受信して情報を共有するまでに現代の魔学は到達した。当然2300年前にこの様な技術も発想も無かったのだから直接魔力を「線」として封印を司っている石碑を繋げるにはリンクさせるしか方法は無かったと思われる。


「そーいうのさ、私は一切判らないし理解したくも無い!魔は苦しい!あの時代の高純度に満ちた魔の空を飛ぶのはホンっト辛かったもん!サイテー!!!」


「ぐえー」と言わんばかりに舌を出して魔法の力に拒否反応を示したのはメルバーシ。


「アンタが魔力を視認出来るのってさ、そういう体が拒否する物を避ける為よね。」


「でしょうね!ある程度固まった魔の力なんて本来触れたくも無い!」


「でもさ、生き物の体には。それこそ神代の時代の人間や生物だって体に魔力を蓄えている。魔はこの星の生物が生きている証、命の力。メルバーシも、竜だって何か生き物を食べてたんでしょ?」


「その程度なら平気!竜の命だって魔の力で一部は出来ているし!あんま強く蓄えているのを食らうと舌がピリっとしたけどね!」


「ピリっとしたんだ…。人間で例えると刺激が強い香辛料、レッドペッパーみたいな物かしら…。」


「あ、昔は人も一杯食べてたよ!あんまり年取った個体は油も肉もマズい!」


「えええ…!気持ち悪い事を言わないで……!」


「ロンロは美味しそうだよね!若いし!アハハハハハハハ!!」

ロンロの


「止めてよ!竜に食べられるとか神話みたいだけどさー!もー!無事に覚醒出来ても人を食らっちゃ駄目だよ!!」


「たべませーん。だって私も人になるしー!それに…もう人間は食べるのは竜の頃に止めました!彼に言われたし、もう食べたくない!!」


「なら良かった…。その大好きな「彼」に言われたのなら…。もし目覚めたらクアン・ロビン共め~!よくも封印してくれたな~~!!って島中の原住民を食い荒らすかと思ったよ!」

見知らぬ過去の人間、メルバーシの想い人たる「彼」に心底感謝をするロンロであった。


「そうそう、それに竜の体は捨てるし。そうだ!今日は人間の食事をしてみます!ロンロも付き合ってね!」


「うん…まぁ、仕事場から出ている滞在費だから連れの一人分位は奢っても良いか…。フォークとかの使い方とか教えないと…。」

でも一人分増えた支払いに対して領収書はしっかり切って貰おうと心で強く誓ったロンロである。


「人間って割と何でも食べるよねー。やっぱり肉が良いな肉がねー。肉ってこの島にあるかな?」


「島の面積的に大規模な牧場はそこまで作れないし…ア・メサア島の主産業も昔は農業だったみたいだし魚介類が多いかもねー。アンタ魚とか食べれる?」


「ん~~~内陸で生きていたからあんま食べた事なーい。アストロフラワとか食べて無いの?今の人間って?」


「あすとろふらわ?何それ?」


「アストロフラワ知らない?ありゃー、確かに数は少なくなってたけど竜と同じで滅んじゃったんだ。あー…あの香り高い肉と血が失われたなんて大きな損失だわ!!アストロフラワは全身に野に咲く花の様な突起物が沢山あってね。それが大きければ大きい程うんまーい!大きさはねー、私の体よりちょっと小さい位かな?肉もとっても良い香りがしてね美味しかったよ~~~!」


かつて食べた味、アストロフラワと呼ばれる生き物の血肉の喉越しと触感を思い出してメルバーシはうっとりとした顔を浮かべる。本当にかつての、竜として生きていた時代の好物だった様だ。


「あの巨大なメルバーシ本体よりちょっと小さい位って…人間からしてみたらバカでっかいじゃないの!!そんなもん現代にいたら大怪獣よ!!!いません!!滅んで良かった!!」


「えー?彼にもロンロにも食べて欲しかったなぁ。とっても美味しかったのに。」


「いーらない!それにどうせそのまま生で被りついてたんでしょ!人間はそんなワイルドすぎる食事はしませんから!!」


「あーさっきの漫画でそんなシーンがあって読んだ読んだ。今の人間ってわざわざ焼いたり茹でたり刻んだり、何か良く判らないのを振りかけたりさー、メンドクサイ食べ方するよねー。でも好き合っている男の人に対して女の人が料理って奴よね。やってあげてた…そういうのも覚えた方が良い?男の人に好かれるポイント?彼は喜ぶ?」


「まぁね…男の胃袋を掴むって例えもある位だし…。出来た方が良いんじゃないかなぁ…。」

男の人に料理を振舞った経験なぞ到底ないロンロは自信無さげに応えた。そもそも家事全般に疎くて一人暮らしをしている身であるがほとんど外食で済ませているので少し耳が痛いお話であった。


「…ロンロって彼氏出来た事が無いみたいだしー、聞いても無駄か。無駄!」

それを察したメルバーシが冷徹な言葉を放つ。


「うっさい!」

ロンロは手に持っていたタブレットで軽くメルバーシを小突いた。




出会ったばかりなのにまるで長い付き合いの気心知った友人同士の様に二人は語り合い、じゃれ合い次の封印の石碑に向かって歩を進める。

ロンロ・フロンコにはメルバーシの気持ちが少しだが判る気がしている。

それは恋に恋して憧れる普通の女の子には誰でもある感情の一つ、今のメルバーシの大きな原動力になっているその気持ち。種族を越えてその気持だけは同じ立場の女の子として理解出来ている気がする。それが二人の距離をあっと言う間に縮めた大きな理由なのかもしれない。

勉強ばかりしてきたロンロ・フロンコの16年の人生に置いても、それだけは常に心の奥底にあった。周りから秀才、時には天才と持て囃されて大学をあっと言う間に卒業して同い年より大分早く社会に飛び出したロンロではあったが彼女もまたそんな夢を心の奥底に描き続けてきていた一面もあったからだ。


でも、一歩だけメルバーシの方がリードしている事がある。

既に人生を捧げても良いという「彼」がいるという事。

ロンロにはまだそんな男の人はいない。


それに、頻繁にメルバーシの会話に登場する彼とは何だろうとロンロは思う。


今までの話を纏めて推測するにどうやら2300年前に生きていた人間の男で、そして彼女、まだ自分の姿をコピーしておらず、完全に竜であった筈のメルバーシは竜では無いその人間の彼に心奪われた。人の言葉ではそれを恋と例えるのが自然であろう。何よりその「彼」は現代に再び生まれて来たというのだからここが一番よく理解できない。

15年前に彼の再誕を感知したメルバーシはこの島から飛び出そうとしたそうだけど、ア・メサアの網の為に阻止されこの島の奥底で暴れまわり大地震を発生させたという。もし本当ならば黄泉返りを予知していたという事になり…何より人は生まれ変わるという事である。何処かの国の宗教では輪廻という価値観があり命は巡り様々な生き物を辿り、再び生まれ変わるというのがあるらしい。でもそれとも少し違う感じがする…メルバーシは「彼」再誕を確信して眠りについたというのだから。


(一人で考えてても仕方ないか…。昼食の時にでも本人に聞いてみるかな…。でも彼の話をする時のメルバーシは始めは嬉しそうだけど、偶に悲しそうな顔をする。そこが少し聞き辛いな。)


考え込みながら、ふとロンロは横を歩くメルバーシに視線を送ると彼女と目が合う。

視線に気づいた彼女は優し気な笑みをロンロに送る。

何か、そんな風に自然と笑みを返せるメルバーシが…彼女には少し羨ましかった。

自分はあんな感じに他人に笑顔を振りまくなんて出来ないと痛感した。元のメルバーシの性格から出来る芸当であろうか、同じ顔だからこそ余計にそれをロンロは感じてしまっていた。


(私も夢中になれる程に好きな男の人が出来たら、ああやって笑えるだろうか…)


ああやってポジティブな気持ちの方が強い方が異性にも同性にも好かれるのは間違い無い。

でも、ロンロはそこまで人に対して積極的に気持ちを表す事はあまり無い。

16歳で社会にいち早く出てしまった彼女は、勤め先のリッターフランでは同じ様な年頃の子も多いからそうでも無いのだが。魔法魔学の犯罪を暴くという仕事柄故に社外の人間とも多分に絡む職業でもあった。多くの大人達と上辺で接していく内にいつしかあまり内面を表に出さない正確になっていった。大学でも基本周りは年上のみであり、年頃の近い友人なぞ16歳になって就職した今になってようやくまともに出来た。代わりに歳若くして、愛想笑いは覚えていった。それは自分でも判ってて、少し悲しい。


ただ、今この場にいる私と同じ顔と背をした女の子。

メルバーシは自分の顔で、この世の生を謳歌している風に見える。

とても明るくて、未来に希望を持ち、何より恋をして。

その命を自分の何倍も輝かせている気がする。

少し、少しだけロンロにはメルバーシが眩しく見えている。

私もああ言う生き方が、ああいう笑顔を振りまく生き方が出来る世界があったのでは無いか?

少しだけそう思えてしまう。


「……?どうしたのロンロ?何か思い詰めてるけど。」


「え!?ああ!?ううん!何でも無い!」


「そう?ならいいけど。」


「うん、ちょっと考え事してただけ。メルバーシの言う「彼」はどんな人なんだろうなって。」


「よく聞いてくれましたー!んとね!彼はね!私をね!!」


元気よく待ってましたと言わんばかりに語り始めようとしたメルバーシをロンロは目の前の景色に気付いて「いや!やっぱり後で!あっちを見て!」と静止して二人が歩む道の右前を指さした。


「えー!?めっちゃ聞かせたいのに!!自分から聞いてきて何よ!!」


「あれ!もう一つの封印の石碑!」


「おー本当だ。んんん!!」

メルバーシをが両目に意識を集中させて先程の遺跡から伸びていたエーテルの伝達線を確認した。弱々しい細い光であるが確かに真っすぐと魔の紐が伸びているを目視出来た。


「さっきタブレットで見たア・メサア島の地図に大まかな点在する四つの石碑の座標をつけたけど…。最初に調べた奴とこの二つはそれなりに近い位置にある遺跡ね。もっと均等に島中に散らばっているかと思った。まぁそんなに歩かなくて助かったけど…。疲れるし…。」


ロンロは再び眼鏡式検査魔機を取り出しそれを装着する。

普通の人間である彼女の方でもエーテル伝達線を確認できた。

思えばロンロの友人、魔女ハルバレラがこの「眼鏡式検査魔機」を開発してくれたお陰で。それの手伝い報酬として個人所有としては破格のこの品をロンロが手に入れた事で島の秘密を解き明かせようとしているかもしれないのだ。帰ったらハルバレラにお礼の一つでも言わないと行けない。


「どうするの?ロンロはアレ、調べるの?」


「もちろん。でもさっきと同じで大した事は何も判らないかもしれない。だけど少しでも情報は欲しいし私が出来る事は全部やりたい。…別にメルバーシの為だけじゃないよ、あなたの寝床に閉じ込められている人達を見たからね。」


ロンロの返事にメルバーシは嬉しそうに笑顔で答える。

眼鏡式検査魔機を少し目元からズラしてその笑みを横目で確認したロンロも少しだけ笑い顔で返事をする。


「さ、いきましょ。あまり普段は島の人は立ち寄らないみたいね…。雑草が…。」


道の脇からうっすら伸びた石碑に続く小道はロンロの背丈程に雑草が伸びて彼女二人の進行を妨害する様に伸びている。メルバーシは空を飛べる様なのでわざわざ歩く必要は無いのだがロンロの後ろをぴったりとくっついて後ろに続く。

同じ背格好の女の子の、その身長の3倍はありそうな小さく盛り上がった位置に石碑は悠然と立ち聳え立っていた。石碑自体もかなりの大きさなので近くに寄る度に首が痛くなる程の見上げる高さで、丁度この石碑の正面方向にこの島の封の柱の光も見える。メルバーシと話してばっかりなので気づかなかったが柱の金色の色が少し、濃くなっている。時刻は14時を過ぎようとしていた。


まだ春先のこの季節。

そこまで日は長く持ってくれない様である。

徐々にこの島の本来の姿、金色の霧に包まれる輝かしい夜がやってくる足音が聞こえ始めた。


しかし、このロンロ達が発見した二番目の石碑に近づく度に道と言えるような状況では無くなってきている。雑草をかき分け踏みつけ、二人は石碑の場所へ近づく。


「イテテテ!んもーチクチクする!まだ春なのにこんなに伸びてるの!?スカートで来るような場所じゃ無かった!こんな事は想定外だし!あーもう!」


「人間って肌が弱いよねー、鱗無いしねー、ぷにぷにだしねー。」

メルバーシが自分のほっぺたを指で突きながら後ろから喋りかけて来る。


「そういえばさっき飛んでたでしょ!?私を抱えてあの位置まで飛べない!?」


「無理でーす!私のこの体は竜の力で人間、ていうかロンロの姿形を再現しただけに過ぎないもの。ある程度なら運べるけどそんな重たい物は抱えるなんて無理無理!」


「なー!?私ってそんなに太って無いし!!チビだって言われるし!?」


「ともかく無理でーす!さぁ頑張って!もう少し、もう少し!」


足場の悪く周りを雑草に囲まれた場所で背中を押されたロンロは「わわわわわ!!こらー!やめてよもう!」と悲鳴と抗議の声を上げながらなんとか石碑前まで到達した。最後は崖の様な場所を這い上がる形になったのでロンロのスカートとコートは少し土に塗れて汚れてしまう。


幸いにも石碑の周りは草が伸びておらず、そこだけ周りの草むらとは違い空洞の様に平地になっており落ち着ける事が出来た。恐らく周りのエーテルを吸い上げて動力としているこの石碑の作用が周りの植物の侵攻を阻害しているのであろうとロンロは短くも険しい石碑までの道のりで疲れた体で、息を上げながら推測した。


「はぁ…はぁ…はぁ…!島の大事なシステムの一部なんでしょ!普段から島民が手入れしてよ…!もーーーう!」


ロンロは膝に手をついて呼吸を整えている。


「アラララ。体力無いねロンロ。神代の世界じゃ真っ先に死にそう。」


半面メルバーシはケロっとした様子でその光景を眺めている。


「うっさーい!私は学者肌なの!フィールドワークはあまりしないの!…それにしてもオアキッパ。前の遺跡には立ち寄ったってお婆さんが言っていたけど…。道中があんなに草がボーボーでどう考えてもまだここには訪れていないわ。彼女が空を飛べるなら別だけど無理そうだし…。」


「ん?飛べないの?そのオアキッパというこの島のボスみたいな人?」


「私の友人に空が飛べるレベルの術を発動できる魔法使いもいるけどね。眼鏡式検査魔機も彼女が作ってくれたの。まぁそれはともかく現代の人間のレベルだと空を自由に飛行できる魔法使い・魔女なんて限られたほんの一握りの高ランク者のみ…。今まで他人や資料で知ったア・メサア代表、クアン・ロビン一族首領オアキッパ・インズナを推測すると魔女の疑惑が私の中で少しあるんだけどさ…。そんな高ランクの術を扱えるレベルでは無いみたいね。」


そのロンロの言葉を聞いてメルバーシが顔を顰めた。

今までの二人の会話の中では見せる事の無かった鋭い目つきでロンロの顔を見つめる。


「おかしい…。そんな筈は無い。」

声色も低くメルバーシが冷静に、そして怒れる竜の顔が浮かび上がってきそうな程の睨みつける様な目でぼそりと語る。


「え?…どうしたのメルバーシ?」

その表情と豹変した彼女の周りの空気にロンロは呆気に取られる。


「私をこの島に追い詰めたクアン・ロビンの頭。あいつは空を飛ぶ程度は当たり前にこなせた。いや、あいつだけじゃない、他にもクアン・ロビンの奴らにはロンロの言う高ランクな魔法使いや魔女が何人もいた。あいつらの放つ魔の術で私はこの島に追いやられた…。」


「メルバーシ…、それって2300年前の…?」


「ええ、人間の群れ程度なら簡単に焼き払うのも出来た。だが私は止めた。そんな些細な事に残りの力を使うのがバカらしいと思ったから…。私はあの時、残った力でこの島の中央部に大穴を開けてそこを寝床とし、彼の転生を待つ眠りに入る為の刻の止める術を実行せねばならなかった。彼の再誕を待つ為に。なのに…あれほど魔の力の使い方に長けた人の一族が今ではどうして魔と縁遠い存在になったのか…。今のクアン・ロビン共は空も飛べないのか…?」


「魔法使い・魔女の才能は一般的には遺伝しないわ…、でも、そうだとしても魔の術・知識は伝える事が出来た筈。なのにこの島は近年になって魔学による文明の利器を歓迎する程に魔法の力と縁遠くなっていたの。確かに不思議ね。魔学が発展する前でも各国、各地方で昔から伝わる術や魔を利用した儀式なんかは残ってたりするのよ。でも、この島はどうやらそれをオアキッパが独占している…?」


今朝最初に立ち寄った石碑の近くにある畑の中で、老婆に聞いた話を彼女は思い出していた。

オアキッパが操る【遠の瞳】への怯え方…よくその術を理解もしておらずに。ただ実態泣き不可思議な術への畏怖として恐れていたあの老婆の姿を。本土首都とは違い情報が行き届かないこの島の人々はロンロの想像以上に魔に対して理解を示していなかった。


だからロンロが「【遠の瞳】には声や音を感知する力は無い」と推測した際もあの老婆は半信半疑であったのだった。


「クアン・ロビン共は私を封印する際に何をした…?不思議には思っていた。魔の力を嫌う我ら竜であったとしても人間如きが展開した封印なぞ…突破出来無いい筈は……!!」


右手を持ち上げて震わせるほどに拳を握りしめてメルバーシが遠くにそびえ立つ封の柱を見上げ、彼への再会の障害となる封印を恨む様に力強く睨みつけた。


「まだ何も判らないけど、一つだけそれで見えたわ。」

何かを悟ったロンロもまたメルバーシと同じく封の柱を見上げながら喋る。


「何?クアン・ロビンは何を考えていたの!?何をしたの!?」

メルバーシは食い入る様にしてロンロに近づいて答えを求める。


「竜を追い詰めてこの地に封印までしてしまう…確かに人間の力じゃ無理ね。だからこそよ、かつての2300年前のこの島に上陸したクアン・ロビンはもしかしたら何かの代償を払ったかもしれない。」


「代償だと!?一族全てが魔の力を失う程のか!?たかが私だけを封印する為に!?」


「私もそこが引っかかる。もしかして2300年前のクアン・ロビン一族は貴女という竜と戦い、そして追い詰めて一族の平和と勝利を捥ぎ取る。それ以外の目的があったかもしれない。…その目的が何なのかはまだ判らないけどね。それとメルバーシ、アンタね。」


ロンロはレザーリュックから取り出していたペン状の検査道具、物質構成判定機で軽くコツンとメルバーシの頭を小突いたのだ。


「イテッ…!何するの!?」


「何があったか、どんな思いがあったかまでは知らないけど、気持ちを落ち着かせなさい。そんな怖い顔をしたら男にも逃げられるよ。それに私の顔を勝手に借りたんだからそんな怖い顔しないで!私はそんな顔をしませーん!」


「…判った。ゴメン。」

小突かれた頭を軽く摩りながらメルバーシはいつもの調子を取り戻す。

かつての神代の時代の自分の最後を思い出して、心がざわつく自分をしっかりと自覚した。

そしてこういう事をすると男の人に、「彼」に嫌われてしまうというロンロの言い分もなんとなくだが理解出来ていた。何故なら、その「彼」もいつだってメルバーシに笑いかけてくれていたし、そしてとても優しかったからだ。「彼」はメルバーシの前であんな怖い顔をしなかったからだ。


「思えば、メルバーシの封印を解くという事、刻止めの竜の術を解除するという事。これを成すにはこの島の成り立ちと歴史全体と向き合わないといけないのかもね…。ていうか本当に実行出来たらあの封の柱は消滅するんだから…現在「光の柱」を最大の見世物にして観光業が成り立ってるこの島を滅ぼしかねないわ…。島だけの問題じゃない、首都の観光業も含めて一つの経済基盤が消失する……私、結構とんでもない事をしようとしている気がしてきた…。」


物質構成判定機をタブレットに連動させて先程の遺跡と同じ様に石碑を調査し始めながらロンロは己の成そうとしている事実に自分自身で少し、少しだけ恐怖する。あんまり深く考えるともっと精神的に追い詰められそうなのでよく考えない事にした。


「まぁそれはクアン・ロビンの自業自得じゃない?」

いつもの調子を取り戻したメルバーシがケロっとした表情であっさりと答える。

確かにそうではある。


「…かもね。ところでアンタ?本体の竜の体は出れないのにさ。どうやって今のその姿は外に出れたの?」

タブレットを操作しながら検査結果を見つめつつロンロはメルバーシに質問をした。

そしてこの石碑も最初に調べた奴と同じで何でもない普通の火山岩の結果を表示していた。


「【ア・メサアの網」よ、網だもん。人間が魚とか鳥とか捕まえる時に使う紐を編んで作る道具みたいな。網目状になって蓋をしているの私の頭の上でー!あーもうやっぱりうっとおしい!だからその隙間を縫って魂の形だけ外に出れたのねー。そこは良かった良かった!」


「あー、それであの光も柱となって外に漏れ出ているのね…。隙間があるから…ふーん。…え?隙間?ん?んんん!?…ねぇ、どうして封印に隙間なんか作る必要あったの!?そんなのおかしいじゃない!びっしり蓋をしてた方が安全な筈!単純に魔力の層と密度が高い方が良いのは決まってんだもの!竜みたいな人の力を遥かに超えた生き物を封印するんだから!ピッタリと高密度の魔力層を作っても良かったのに。光が漏れださない程にね!なのに、どうして網目状に封印の術を展開したの!?」


検査の為に操作をしていたタブレットの指を止めてロンロがハッとした表情で顔を上げる。

そしてそのア・メサアの網から漏れ出て柱となって噴出するこの島の中央から湧く封の柱を再び見上げた。


「知らないよそんな事ー!魚や鳥を捕まえるみたいに私を捕えたかったんじゃない!?」


「…地這蝶は夜になるとあの光を受け止めてを黄金に染めるってお婆さんが…。何の為に…?あの光の柱が沸き上がったのは2300年前。その程度の月日であそこまで環境に適応した進化を、生物が出来る訳が無い…!?いくらサイクルが早い昆虫とは言ったって。」


「地這蝶?ナニソレ?」

首をかしげながらメルバーシがロンロに近寄って質問した。


「知らないの?この島に生息する昼間は地面を歩く蝶だよ。」


「やっぱり知らなーい。そんなの居なかったと思うけどなー。そこまで島を見渡して無かったけどさ。クアン・ロビン共に追われてたし!あーまたムカついてきた!」


くやしそうに地団駄を踏むメルバーシを宥める様にロンロは「はいはい、どーどー。」と馬を宥める様にして片腕で頭を撫でてやった。


(もしかして、かつてのクアン・ロビン一族は竜たるメルバーシその物に何か価値を見出していたのかもしれない…。でも、それは何?あの地這蝶ミヒョワ様も…きっと2300年前のかの一族が作り出した筈。何の為に?封の柱の光を受け止める…。封印が網である理由も…あの光に何かの価値を見出したとでも言うの…?)





あの光の柱は刻を止める。



島の中心、光湧きたつ竜の眠る穴底で見た光景をロンロは思い出した。

何百年も前の、いやもっと昔の時代に【封の贄】として生贄に捧げられた人々が今も尚、肉体の刻を止めて眠り続ける黄金の光景を、光の柱の内部の光景を彼女はしっかりとその魂の姿で目撃した。



『 あったりまえでしょ!人間はとてもか弱いの!貧弱なの!不器用なの!短命なの! 』



竜の化身であるメルバーシに向かって言ったロンロ自信の言葉…

人間は儚く、弱く、そして、命は短い。

人智を越えた存在たる竜に比べると、ずっとずっと。ずっとずっと…。




「仮説だとしても…あまりにぶっ飛んでる。そんな事ただのおとぎ話みたいだけど…。」


自分の脳内に浮かんだ一つの、そのあり得ない結論。

ロンロ自身でも信じる事が出来なかったその答えは。




刻を止める竜の術。

それは不老不死、永遠の命。





クアン・ロビンの一族はメルバーシという金色の光を発する竜の力を利用して。

その力を利用してか弱き人間の体に永遠の時を求めていたのでは無いか?

あまりにも現実離れしていてあり得ないけど、そして信じたくも無いけどそれは人の欲望の最終到達点。かつて2300年前のクアン・ロビン一族はこれを求めていたのかもしれない…。





そうなるとすれば。

そのロンロの仮説が正しければ。


メルバーシは、金色の竜は正にこの島にとって神に等しき、崇拝の対象であるのだから。



永遠の命をもたらす為の



目覚めさせてはならぬ、竜の神になるのだから。












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