屋敷の使用人。
「侍女?」
「ええ、そろそろどうかしら?」
サイリとリリスは時期を見計らっていた、灯はチキュウで庶民として生活して来たので人にかしずかれた事が無い。
只でさえ慣れない屋敷と変化した種族、見知った友人も居ない、新しい家族と生活をとなればストレスも相応にあるとみて、リリスは使用人達の配置を出来る限り灯の視界に入らない様に気を配っていたのだ。
今の所、ルナリア公爵邸で灯が出会った人物は父、母、姉、兄、護衛のアル、執事のセバス、そして寝室にエルが飛び込んできた時に見た侍女一人だけである、当然広大な屋敷を維持管理し、サイリ、リリス、エル、エクスの身の回りをお世話しているのは一人や二人の使用人ではない。
灯自身もベッドメイキングや食事、着替えのお世話がいつの間にか終えている事と、獣人の感覚で朧気に人の気配を感じてはいるものの、使用人達はスキルと魔法を駆使してリリスの配慮に全力を注いでいた為に認識出来ず、所々不思議に思っていた。
公爵家に仕える使用人も各々並みであるはずが無く、魔法も使えない、獣人の五感に慣れない灯の前にはほぼ姿を表していなかったのだった。
「うーん、アリィの様子は?」
「ぐっすりと眠れているようだし、ドレスにも慣れてきたみたい、エルが何かとアリィに構うから、とてもリラックスしているみたいね」
「そうか、まあ、そろそろ良い頃合いか」
「じゃあ」
「そうだね皆に紹介しよう、あと専属の侍女を・・・」
「ええ、そちらは大丈夫」
「エクスとアルもそろそろ魔法騎士団から帰って来るし、時期ではあるね、アリィの部屋はどうする?」
「私としてはまだ特定の部屋を決めずに居た方がアリィには良いと思うの、あの子寝ている時に偶にだけど涙を流している事があるから、きっとチキュウの両親を思い出しているのだわ・・・」
「出来るだけ寂しい思いをさせないようにしよう、瞬君達も居ないし余計に不安に思う所もあるだろうし」
「そうね」
「屋敷の皆もアリィに会いたがって居るし、馴染んでくれると良いな」
「アリィは頑張り屋さんみたいだから、あまり無理をさせないように気を付けないと・・・」
「だね」
「あとは学園だけど・・・」
「話を聞いた限りは早すぎるね」
「ええ、チキュウの学校に行けなくなってから数ヶ月、先ずはこちらの環境に慣れてからでも・・・」
「と言ってもなぁ、二、三ヶ月後には学園も再開するだろう?あまり余裕も・・・」
「アリィの心以上に優先する事なんてないわよ、必要事項を済ませてもう少し様子を見ましょう」
「分かった、まあ今は学園改装中でエルが居てくれて良かったよ、エルが居なかったらアリィの慣れ方ももっと遅かったろうし」
「そうね、偶然とはいえ幸運な事だわ」
サイリとリリスは家に灯を縛り付けるつもりは無い、この先、子供の進む道を増やしたいと思っているだけだ
旅立つならば帰る家になってくれれば良いし、貴族の道を進むのなら学園に行って貴族の世界に触れて今の内に慣れて欲しい、そう思っている。
何事も早く始めた方が本人にとって負担が少ない、特に学園は貴族の世界の縮図、幸い公爵家という立場が灯を守るので下位貴族の様に必至になって顔を売る必要も無いので、どちらかと言えば自分の顔を他の者に憶えさせるだけでも将来の布石にはなるとの思いがあった。
しかしサイリとリリスは、灯が学び舎と言う物に強いトラウマを抱えていると瞬達から聞いていた為に中々言い出せないでいる、現在エルが通っている魔法学園は模擬戦のとある事故により魔法が暴発、校舎が半壊する大事故を起こした為に新築中、その間は各家の教育方針に任せるとして休校していた。
そのお陰でエルは学園に行かずにエクスの王国視察について行き、そして灯と出会ったのは偶然の賜物と言っていいほどの流れであった。
今こちらの世界は、1の冬月、地球で言う12月なのだが学園再開は1の春月となっているので3ヶ月程の期間は余裕がある。
地球の12月、1月、2月が冬月と呼ばれ、それぞれ1、2、3の数え方となっている、1の冬月が12月、2の冬月が1月、3の冬月が2月と言った具合に四季三節、春月、夏月、秋月、冬月の暦。
基本的に魔法国は温暖で冬でもさほど寒くはならないので灯達は気付いていなかったが、こちらに移動した時、地球は春先の三月だったが、異界移動によって季節が三ヶ月程ズレていた。
学園に通うならば丁度高等部一年となるので良いタイミングなのだが・・・
「学園の前にアレクにお目通りさせて、ひとまずマナーと常識を押さえておいて、学園の勉学については行く事になったら考えましょう、魔法は当面禁止のままで座学だけ、あとは・・・」
「格闘術を教えよう、良い機会だエルと一緒に」
格闘術については、エルが森で怪我を負ったという事でこれまで娘にそんな力は必要無いとしていたサイリも流石に肝を冷やした、エクスについて行ったのは知っていたが、まさか絶対絶命にまで危機に陥るとは思っていなかった。
「サイリ言っておきますが、格闘術は必要です、稽古で怪我もするでしょう、私にも憶えがありますから少々の怪我は仕方ありません、ですが傷痕がひとかすりでも残る様な事があれば、分かりますね?」
怪我は運動に付き物、リリスはそこは許容するが
娘の肌に傷痕が残った時、それはサイリ最期の日となる忠告に背筋がゾッとした。
「も、勿論だよ、加減もするし怪我も極力減らそう、セバスも立ち会わせて何かあればスグに治癒を施す、痕は残さない」
「・・・良いでしょう、貴方もいい加減に手を抜く事を覚えなさい、娘相手で失敗は許されませんからね」
「はい・・・」
力関係はリリスが全てを握っていた、サイリは元々脳筋の気があるのでリリスと共になっていなければ現在の公爵家の安定は無かったので、頭が上がらない。




