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獅子。

獅子の獣人、獣人の中でも特に優れた種族。

森の中で怪我をしたエルでさえ、簡単な手解きを受けてしまえば並みの騎士を軽くあしらえる程の身体能力がある。

戦えないのはサイリが娘に戦い方を教えていなかっただけで力自体は備わっている。

エクスはそれを過信した為に窮地に陥ったのだが、訓練した獣人と訓練していない獅子の獣人が戦った場合でも軽く獅子が勝つ程には自力がある種族。


「私もそんな身体能力あるの?」

「ええ勿論、アリィは黒を持つ者だから自力はもっと上ね」

「そうなんだ、全然実感無いけど・・・」

「まだ獣人として安定しきってないからね、力のコントロールはサイリが魔力は私が教えるわ」

「ありがとう、忙しいのに」

「アリィより優先する事なんて無いんだからいいの」

「お母さん大好き!」

思いのままに行動しなさいと教えているのでリリスも出来るだけ真っ直ぐな行動を心掛けていた、その甲斐あってか灯の愛情表現もどんどん獣人寄りに移り、「好き」が増えていて良い傾向だった。


通常貴族の子女の教育は家庭教師と学校で行う、父母自ら子供を教育する事は少ないがリリスは進んで灯の教育を行っていた、決して暇な訳では無いのだが理由は三つある。


ひとつ、異界還りの娘という事でこちらの知識を最低限教えるまで外部の人間に師事させたくない。

家庭教師からアリィの情報が外に出るのは出来るだけ避けたいという事がひとつ。


ふたつ、学校は灯にとって鬼門だ、本人から行きたいと言わない限りはサイリからもリリスからも学校の話をするつもりは無かった。

制服を着て玄関に立つと震えて動けなくなると聞いた以上無理強いは出来ない。


みっつ、思い出を作りたい。

14年は短い時間ではない、幸い灯は両親を家族を認識して受け入れる事が出来たが家族として思い出が全く無いのはお互いに寂しいと思った、だからこそ出来るだけ一緒に居る時間を取るようにしている、実際普段の日常でさえも1つの故郷を失った灯にとってはかけがえのない幸せだった。

「お母さん、今日一緒に寝てもいい?」

などと不安そうな顔で言われて断れる筈がなかったし

「お父さん、一緒に寝よう?」

そう言われたサイリは、いつも深夜まで及ぶ仕事を夕方には終えた。

余った時間は膝の上に灯を乗せて本の読み聞かせをしたり、お互いに毛繕いをしたりと触れ合いの時間を可能な限り作っていた。

本は自動翻訳が効いているのか、何となく内容は理解出来るのだが今後の生活を考えるとしっかり習得しておく必要があった。


毛繕いも

「お父さんの毛繕い、してみてもいい?」

と可愛い娘に言われて断るサイリではない

「勿論だよアリィ、終わったら私もアリィの毛繕いしてもいいかな?」

普段から妻リリスが何かと灯の世話を焼いていたので、中々サイリにはそういう機会が訪れなかった、それを抜きにしても男親が娘の毛繕いをするには微妙な年頃になって来ている為、サイリも内心緊張して提案をした。

「うん、嬉しいな!」

「嬉しいのは私の方だよアリィ、愛してる」

「私も愛してるお父さん」

膝の上のアリィのおデコにキスをすると頬にキスが帰ってくる、なんて幸せなのだろうか、諦めかけていた娘が帰って来てこの腕の中に居るなんて・・・

灯も幸せに浸り、サイリも幸せを感じていた。


「はぐはぐ・・・」

サイリの獣耳を毛繕いする灯、何回かリリスとエルに毛繕いをしていると言ってもやはり拙いものだ

しかしリリス曰く、

「アリィは一生懸命毛繕いしてくれるのよ、本当に相手を思っているのが伝わってくるの」

リリスの話の通り、気持ちが伝わって来て心が暖かい・・・

「尻尾は?」

「ああ特別な相手以外、異性の尻尾はブラシを使う事が多いね、こういうものなんだけど」

サイリが出したブラシは持ち手が赤く、女性的なデザインの物だった

「これ、女物?」

「これはねリリスとお互いに贈りあった物なんだよ、異性に毛繕い用のブラシを贈るのはプロポーズと同義なんだ、家族以外には余程仲が良くないと根元は触らせないから、あなたに毛繕いを許しますってね、ほら根元は特に繊細だし、女性はお尻が・・・」

「あっ」

尻尾の根元を毛繕いするにはドレスを脱ぐ必要が有る、尾の根元はお尻の上辺りで、獣人専用の下着を男女共に着用しているのだが、女物はヒモでお尻がほぼ見えるデザインだった、裸でないにしても少なくとも肌を見せられる相手、つまり伴侶となる番にしか渡さない物が毛繕い用のブラシだった。


「家族で同性の毛繕いは問題にならないけどね、年頃の娘の尾の毛繕いをブラシ無しでは男親として気を遣う箇所だね」

「そうなんだ、エルは?」

「小さい頃は私も毛繕いをしていたよ」

「・・・」

「アリィ?」

「私も、一度位はお父さんにして貰いたいな・・・」

「いや、それは・・・」

「ダメ?」

ダメではない!個人的にはしたい!が・・・

年頃なのだ、男親としては中々複雑な思いがある

そんな目で見ないでくれ、何でも叶えたくなるサイリは灯の上目遣いにやたらと弱かった。

外から見たら「あざとい」と言われかねない行動だが、灯は意識してやっている訳では無く、地球で母に教えられた通り目を合わせて会話する、そして小柄なので自分より大柄な人が多い為に自然と上目遣いになっていた、地球ではその事もあって誤解を招いていた面もあった。


「リリスが良いと言ったら、やろう・・・」

「うん!楽しみだなー」

リリスの判断を聞くまでもなくアリィは毛繕いされる気満々のようだ、確かにリリスも頭からダメとは言わないだろう。


サイリが頭を悩ませるには理由がある、毛繕いは基本就寝前か寝起きに行うのだが、獣人は寝る時に服を着ない。

尻尾に擦れる服がとても窮屈に感じるのだ、服に尻尾穴が開いていると言ってもお尻を露出する訳にはいかないので尻尾を通して毛で尻尾穴が見えなくなる位の大きさのデザインが基本。

これは獣人共通の悩みで、尻尾の締め付けとまでは言わないが常に違和感を感じる程にはストレスがあるのだ、その反動か寝る時は何も身に付けず寝る事が獣人の常となっている。

リリスの話に寄れば、当初アリィは服を着て寝ていたが

夜中寝苦しそうにモゾモゾとしていたそうで

「服を着ない方が気持ち良く寝れるわよ、尻尾にストレス掛かっているでしょ?」

と言って裸の睡眠を勧めた、まだ獣人の習慣に慣れていないアリィは戸惑いながらも一先ず下着を外し、尻尾にストレスの掛からないベビードールだけを着て寝たところぐっすりと寝ていたそうだ。

やはり寝心地が良かったのだろう、何日か同じ格好で寝ていたが

「アリィ、服着ない方がもっと気持ち良く寝れるわ、一度で良いから試してみて?」

「で、でも・・・」

気恥しいのか照れて中々踏ん切りのつかないアリィにリリスは裸でアリィを抱きしめる

「ほら、こうしていると肌が触れ合って安心出来ない?

私はより近くにアリィを感じられて嬉しいわよ」

「あ、うん・・・」

するとアリィはベッドの中に入ってはゴソゴソとしてベビードールを脱いだそうだ、リリスもベッドに入って抱きしめ合って寝たそうだが

「アリィは一々「男」を刺激する様な所作をするからこの先本当に心配」

確かに、普通に脱げば良いのにわざわざベッドの中で下着を脱ぐなんて、逆に卑猥な感じがする・・・

エルなんて

「あー、また二人一緒に寝てる、私も!」

と言ってその場でスッポンポンになったそうだから、何とも対称的な姉妹だ。

まあ服着て寝れば良いか、一晩くらいなら寝苦しいのも娘の毛繕いを思えば何でもない


「服を着て、尻尾の根元が見えていれば良いのよ、サイリはマジマジと見ないようにね」

「ああ、分かっているよ娘とは言え一人のレディだ」

「じゃあ今夜は三人で寝られるね!」

「ふふ、そうね」

サイリが灯の尻尾を毛繕いする

「んふふ、、くすぐったい・・・」

同時にリリスは灯の猫耳を毛繕い

「あははっ、あっちもこっちも!」

きゃっきゃっとはしゃぐアリィはとても上機嫌な様子でベッドの上で悶えている

「ほら、動かないで」

リリスがアリィと同じくベッドに横になっている、真正面から抱きしめ丁寧に耳の毛繕いを続けた。

しかしサイリの方はむず痒いのだろうか、尻尾がスルスルと動いて逃れようとする。

「アリィ、尻尾抑えて」

「え?ムリだよ、勝手に動くんだもん」

「仕方ないな、よっと」

「にゃんっ!」

サイリは尻尾の根元を優しく握って毛繕いを再開した。

「ん、ん、」

「良い毛艶だな、尻尾もだが髪も本当に美しい」

「そうよね、ここまで見事にストレートの黒髪も凄いわ、編み込んでも解くとサラっと下まで伸びるのよ、この髪」

「しかもこの手触り、サラサラと流れていく」

「今から磨くのが本当に楽しみ」

「あまりやり過ぎるなよ、目立たせたくない」

「いやよ、この子埋没的な服ばかり選ぶのだもの、その辺りのセンスと性根は直します!」

可愛く着飾るのは良いのだが、今でも十分魅力的なのにリリスに本気で磨かれたらどうなってしまうのか、サイリとしては心配で堪らない。


話ながらブラシも併用して毛繕いしていた二人

最初はピクピクと過敏に反応するアリィだったが毛繕いを続けていると慣れてきたのだろう、ゴロゴロと喉を鳴らしてクタリと身を任せる様になる。

パタ、パタと尻尾の先端がリズムを取っていたのだがそれも動きがなくなり静かに寝息が聴こえてきた、寝てしまったようだ。

リリスの胸に頭を預けて眠るアリィは本当に穏やかな横顔で眠っている

「寝たようだね」

「ええ・・・」

リリスは愛しそうに灯の髪を撫でている

「よいしょ」

ギシとベッドが軋む、サイリが灯を後ろから優しく包み込んだ、川の字で並ぶ三人は最近再会した親子には見えない程に馴染んでいる。

「愛しいアリィ、本当に帰って来てくれて良かった・・・」

「本当に、二度とこの手に抱けないとまで覚悟していたから」

あの日アリエットが消えた事は生涯忘れないだろう、目の前でフと消えた我が子、産まれたばかりの双子の娘の一人が消えた衝撃は途轍もなかった。

異界隠し、聞いた事はあったがまさか自分達の子供がなるとは思っても居なかった、帰って来るかも分からない、帰って来ても生活に馴染めない事も多い異界還り体験者においてアリィは驚く程簡単に全てを受け入れた。

「ありがとうアリィ」

帰って来てくれて、そう想いを込めてサイリとリリスは眠る灯を抱きしめながら自分達も眠りについた・・・


リリスとサイリに挟まれ抱きしめられて眠る灯は、深い愛情に包まれ、穏やかな日常を過ごしていた。




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