現状③
エクスは魔法都市の魔法騎士団に送り込まれ毎日揉まれているらしい、無茶をするなら強くなれ、強くないなら無茶をするなとサイリにお灸を据えられた結果らしい。
「お父さんって結構・・・」「脳筋だよね」
「黒を持つ者は全般的に優秀だから、これは獅子の基本的な教育方針よ」
「そうなんだ」
「私達も?」
「強くなりたいならそうなるわね」
「普通跡継ぎは騎士団行ったりしないんじゃ・・・」
「あら、エクスが跡取りになるとは限らないわよ?」
「え!?」
「そうなの?」
「そうよ、今時性別に拘る事はないからエクス以外が継ぐ可能性もあるかもね、って言ったら顔色変えて騎士団に行ったわ」
「お母さん・・・」
「なあに?継ぐならエルでもアリィでも良いわよ?うふふ」
「私は貴族の事疎いからエル良いよ」
「えー、やだ、アリィの方が向いてるよ」
「ふふ、継ぐ継がないの前にアリィはいっぱい勉強しないとね、」
「えっと、獣人の事、獅子の事、ルナリア家の事、貴族の事、一般常識?」
「あとマナー、作法、教養、体作り、魔力コントロールもね」
・・・あれ?増えてない?
「お母さん、なんか増え」
「増えてないわよ?」
「いや、絶対ふ」
「増えていません」
「・・・」
「アリィ、素直に従っていた方が良いわよ・・・」
エルの表情で全てを察した灯、リリスの顔は1mmも動かない笑顔で固まっている。
「頑張ります・・・」
「よろしい」
ここ数日瞬達は話し合いを重ねていた
「灯は連れて行けないのか?」
そう言い続けてきたのは瞬だが
「瞬、分かるだろう?灯は現在戦闘に耐えられる身体では無い」
「だからって、一人にするなんて・・・」
「リリスさん、サイリさん、エルちゃん、エクスさんも居るじゃない、何が不満なの?」
「守るって約束したし・・・」
「今の灯を連れて行って守りきれるの?エルちゃん達と出会った森のような事になって何とかなるの?」
「ぐ・・・」
無理だった、あの森での出来事は灯の索敵範囲があってこその救出劇だったし、次から次へとモンスターが来る状況でエクス達を守りきれたのも灯の結界があってこそだ。
頼りの支援魔法が無い、身体は脆弱、ルナリア家に残る方が確実に安全と言える。
今の灯はモンスターの中でも一番弱いグリーンゴブリンにさえ殺されてしまうだろう
「でも、俺達が近くに居ない時に灯に何かあったら・・・」
瞬も分かってはいるのだが、大事に思う灯が知らない内に何かあってはと思うと不安が残る。
「ふむ、つまり瞬君は私達がアリィを守りきれないと思っているんだね?」
「サイリさん!」
「済まないけど聞かせてもらったよ」
「あの、そういう訳じゃ・・・」
「いや、いいよ、確かに君達は強い、自分が守ればそれが一番と思うのは理解出来る」
「・・・」
「という訳で瞬君、私と決闘しよう!」
「は?」
サイリはやはり脳筋だった、仮にも公爵家だ権力的にアリィを守れない相手は極少数、ならば瞬は何が不安なのか、暴力、力だ。
「物理的に弱い人に大切な子を預けるのは不安だからね、つまり私が強いなら文句はないね?」
「「ええー・・・」」
そういう事なのか?とグレゴリ、陸、鈴は困惑する
「さあさあ!娘を賭けた決闘だ!負けないよ!」
瞬の腕を握り強引に引きずって行くサイリ、瞬も抵抗しようとするが意外と力が強くて止められない。
「ああ、鈴さんには回復をお願いしよう、武器は訓練用の木で出来た物、流石に瞬君の剣で斬られたら死んでしまうからね!」
上機嫌に準備を進めるサイリ、誰も止められない。
が、これはチャンスだと瞬は考えた、ここでサイリさんに勝てば灯を任せられないと言って連れて行ける、そう思い瞬は木剣を握り締めた。
「ではセバス、合図を」
「かしこまりました、サイリ様、瞬様準備は?」
「いつでも」
「あの、サイリさん武器は・・・」
「私?私は武器は要らないよ、獣人だからね!」
獣人だから武器は要らないのか?甚だ疑問だが、サイリは言い切った
「では・・・、始め!」
開始と同時に正面から思い切り踏み込み、肩を目掛けて軽く木剣を振る瞬、灯の父親に大怪我をさせる訳にもいかないし、この速度なら反応出来ないだろうと手心を加えていたが
ドス・・・
「ゲホッ」
瞬が地面に仰向けになって、鳩尾にサイリの拳が突き刺さっていた
「え?」
傍から見ていた鈴が抜けた声を出す、隣の陸もグレゴリも似た様子だ。
それもそのはずLv100の瞬達は生半可な強さでは戦いにもなり得ない強さを誇る、その瞬が倒れているのだから
「速いね、とても速い、でも手加減出来る相手かどうかは見極めないといけないよ?」
「っ!」
起き上がり、瞬は全力で一撃を放つが
「当たらないっ」
「ははっ!良いね、久々に歯ごたえのある相手だよ」
歯ごたえのあると言いながらもサイリは瞬の攻撃を余裕で全て躱し、逆に瞬を殴り付けていく
「ぐ」
「瞬君、君達は身体能力はとても高いけど動きが素人のそれだ、いや立ち回りは分かっていそうだけど脇が甘いと言うか・・・」
言いながらもサイリは躱し、瞬を蹴り飛ばす
「がはっ」
瞬は大きく吹き飛ぶ、黒い尻尾はフワフワと動いて瞬の行動を観察している様な試している様な、どちらにせよ本気の様子ではない。
「瞬君、私から言わせて貰えば、君の所にアリィを預ける方が余程心配だよ」
「う、ぐ」
「君は私の元にアリィを預ける事に不満があるようだが、これでどうかね?」
「いえ、すいませんでした・・・」
素直に認める瞬、そうだ瞬達は決して戦闘のプロでは無い、ゲーム転生によりLvとステータスはとても高いので真正面から戦えばそうそう負ける事は無いだろう、そう思っていたが今回サイリには遊ばれてしまった。
仮に暗殺しようと不意を突かれればかなり危ういだろう、特に灯が担っていた役割は大きい、敵がこちらを捕捉する前にこちらが敵を完全に捕捉していた、陸でも索敵は可能だが距離のアドバンテージは圧倒的に灯にある。
だが今回灯は魔法を禁じられている為に不意を突かれやすい、陸が敵を確認した時にはもうすぐそこという可能性も十分にある。
危険なのは当然戦闘能力皆無の灯になる、完全に不意を突かれてしまえばグレゴリ、瞬、陸、鈴は兎も角、灯は即死する事さえ有り得る。
「よろしい、では本気を出すのでいつかは私を超えて欲しい、アリィを任せられる位にはなってもらわないとね、「黒」を持つ者は特別だ、私もアリィも」
そう言ったサイリの様子が変わる、これまでは戦いを楽しむかのような態度が一変、空気がピリっと張り詰める
そしてサイリの瞳の色がブラウンから黄金色に、獅子の瞳に変化したと思った瞬間、瞬の意識は完全に刈り取られた。
倒れた瞬を介護する鈴、陸が様子が変わったサイリに質問する
「あの、今のは目が・・・」
「よく見てたね、獅子の獣人は本気の戦いの時に文字通り「目の色を変える」んだ、黄金色にね」
「金の目は・・・」
「うん、モンスターの変異と同じだね、モンスターに限らず獣人、魔族、エルフ等にも突然変異的に生き物には有るんだよ」
「強いんですね、瞬が手も足も出ないなんて」
「君達も相当強いよね、でも対人戦には慣れてないのかな?ある程度戦える人間から見たら動きが読めてしまうよ」
「それは・・・」
サイリの指摘通り瞬達は対人戦に慣れていない、これまで優位に戦って来れたのはLvの高さから来る身体能力のゴリ押しと灯がもたらす情報から先手を取っていた事が大きい。
「アルからも報告は受けている、君達は強いけど何かと隙が大きいとね、例えばグレゴリさんはとてもタフだけど、小回りが利かないからサポートを受けないと動きが取れなくなったり」
身体の大きいグレゴリは盾役として堅い為に過信して大雑把な動きになりやすい、攻撃されても怪我などしない、といった具合に突っ込むのだが森の中で小型のモンスターにまとわりつかれると中々面倒な事になっていた。
「仮に動けない間に後衛に敵が向かっていたらどうするかな」
「むう」
「陸君はスピードに優れるけど攻めが一辺倒であるとか」
陸はスピードに任せてモンスターの首を落とす、しかし対多数に於いてはそれが最善になるとは言い切れない、スキルと術で足止めに専念、灯の直衛に回れば瞬がグレゴリと組んで動けていた可能性もある。
「後衛は基本後手なんだ、鈴さんもアリィも起きた事に対して動くしかない、勿論事前に出来る事もあるけど、前衛の動きが固まらないと割りを食うのは後衛だよ、君達の戦いを直接見た訳じゃないから想像になるけど後衛の負担が大きいのではないかな?」
「それは・・・」
その通りだった、何かと灯の支援に頼っていたし鈴の回復があるからと細かい怪我は増えていた。
「そんな君達に朗報だ、セバス」
「はい」
音も無くサイリの横に控えるセバスさん
「彼らを揉んであげてくれ」
「畏まりました」
「は?」
「なんで・・・」
「君達はアリィの大切な仲間だからね、私は家族の幸せを願っている、君達の不幸はアリィの不幸、アリィの不幸は私の不幸だよ、旅立つまでセバスに鍛えてもらうと良い、アリィは私が守るから問題ないけど、君達が旅先で死んだりされるとアリィが気に病むからね」
灯の事、ひいてはサイリさんの心配をしていたのだが逆に心配を掛けている事になるとは・・・
「本当は私が君達を鍛えてあげたいのだけど、こう見えても貴族の当主でね中々手があかない、セバスは私より強いから思い切りやってくれたまえ?」
「時間がない訳ではないでしょうサイリ様、ただアリエット様達と過ごしたいだけでは?」
「それはそうさ!愛する娘が帰って来たのだからね!それに私は加減が利かない、仲間をみんなボコボコにしてはアリィに嫌われてしまうよ」
「それを言うなら瞬様をボロボロにした時点でアリエット様に嫌われるのでは・・・?」
「何!?しまったな、瞬君この事はアリィには内緒だよ?」
「あ、はい・・・」
そもそも灯を置いて行く事で揉めていたのに、その父親にボコボコにされましたなんて情けなくて言える筈無かった・・・
いや、その前に聞き捨てならない台詞が
「あの、サイリさん、セバスさんがサイリさんより強いって・・・」
「事実だよ、因みに私も未だにセバスに勝てない!はっはっはっ」
「は?」
今の今でサイリさんの強さを見たのに、それより強いと?
皆、目が点になる。
「セバスは私が子供の頃からセバスだ、私の父もセバスに鍛えてもらったし安心してくれ」
「ええー、セバスさん何歳なんですか?」
「ほっほっほっ、さてはて何歳でしたかな・・・」
意味深に、しかしセバスは年齢を言わなかった
白髪の獅子獣人、年老いた存在にしか見えないのだがサイリさんが勝てないと言う、鍛えてもらうには不足ないだろう。
瞬は灯を安心させる為に心に強く思った、強くなってみせる。
余談だがセバスさんは鬼だった・・・
二度と訓練は受けたくないと思う程には・・・




