親②
「アリィおいで、髪もボサボサだから・・・」
「え?」
毛繕いが終わり、見れば肩までの長さだった髪の毛が随分と伸びていた、前髪も顔を覆い隠すばかりで背中側はベッドに座って居てもシーツにかなりの長さが広がっていた。
「獣人化で新陳代謝が一時的に高まったからね、爪も・・・」
手も足も爪が伸びている、リリスは爪切りを出して切ってくれる
「あ、ありがとう・・・」
「良いのよ、こんな爪じゃ何も出来ないからね」
パチ、パチ、と爪を切る音だけがする穏やかな時間が流れた。
リリスは爪を切るだけでなく、しっかり磨いて綺麗にしてくれた、自分の爪なのに見たことも無いような光沢を放つ
「綺麗・・・」
「旅をして来たならここまで手が回らないわよね、女の子は綺麗にしなくちゃ」
「うん・・・」
「はい!次は髪よ、こっちにいらっしゃい」
手を取られてドレッサーの前に座らされた、髪を切る、ハサミ・・・
身体に力が入る、嫌な事を思い出してしまった。
「さて、取り敢えず腰くらいの長さで揃えるわね、それにしても癖のない艶やかな黒髪、ここまで伸びると普通は先の方が荒れたり癖毛になりやすいのに本当に真っ直ぐね」
リリスはハサミを取り出してドレッサーに写る灯を見る、すると鏡越しの灯はハサミを凝視して固まっていた。
「アリィ?」
「・・・っ、なんでも、ない、」
どう見てもなんでもない訳が無い、怯えているようにみえるのだが・・・
「ハサミ、怖いの?」
「・・・」
視線を落として無言で頷く、ハサミに怯えるなんて何があったのか、チキュウの両親ではきっと無い、大事にされて来た事がよく分かる、この子はしっかり愛されて来たそんな目をしていた、一緒に居た子達もそんな事をする様には思えない、アリィの獣人化が始まった時に、心配してアルに詰め寄っていたくらいだ、なら何故?
「どうしたの?何かあった?」
努めて優しく声を掛けるリリス
「髪、、切られた、ハサミで・・・」
俯いたままゆっくり話出したアリィ、その内容は聞くに堪えないものだった。
アリィは学校で虐められていた
チュウガク三年生という年次に上がると突然酷くなり
助けてくれる人も居たらしい、がある日・・・
ジョギリ・・・
朝早く学校に行っていた灯、ふと後ろから鈍いハサミの音が聞こえた
「え?」
振り向くと、クスクスと笑いながら角に消えて行った誰か
足下には髪の毛の一部がバッサリ切られて落ちていた
その時の灯の髪の毛は腰より少し上くらいの長さで
「本当に綺麗な髪ね、灯」
と母に言われた事が嬉しくて伸ばしていた、その髪が落ちている。
衝撃的だった、まさかである
気に食わない、そういう人が居るのは分かる、目に付くから殴る、それもまあ分かる、自分がそういう行動を取るとは思えないが・・・
だからと言って髪を切る、そこまでされる事を自分が誰かにしただろうか?
全くもって心当たりが無い・・・
何だか悔しくて情けなくて、そして褒められた髪の毛が無惨に切られて悲しくて、学校でそのまま授業を受ける気にはなれない、かと言っても家に帰ってお母さんに見られたくもない、落ちた髪を集めて、迷って追い詰められて。
その日初めて学校をサボった
直ぐにバレてしまい、お父さんとお母さんに怒られ心配を掛けた。
その後はお母さんに肩までの長さに切り揃えて貰い、学校に行かなくなった、行けなくなった・・・
怖くて、制服を着て鞄を持つと玄関から動けなくなってしまう。
リリスに全部言った、地球のお母さんとお父さんにも言っていたけど瞬達には決して言わなかった事だ。
髪を切られたなんて言えない、絶対に心配を掛けるし怒る。
私はやり返さなくても良いと思うけど、きっと瞬兄達は
「泣き寝入りなんて絶対許さない」
と怒ってくれる、でもそんな瞬兄達を見たくなかったから言わない、これからも絶対に言うことは無い・・・
「お願い・・・、瞬兄達には言わないで・・・」
見るとリリスお母さんは険しい顔をしていたが、灯を見ると先程の優しい眼差しになり
「絶対に言わないわ約束する、でもサイリには伝えても良い?心配しちゃうから」
「うん、おとうさんには良いよ」
「いい子・・・」
なでなで、一層優しく撫でてリリスは話し始める。
「ね、アリィ、このハサミはアリィを傷付けるハサミじゃないわ、私も貴女を傷付けない、大丈夫だから・・・」
安心してとハサミを置いてブラシで髪を梳く、流石にこの長さでは歩けもしない
「うん・・・」
「腰辺りで切っても良い?その長さなら何でも出来るわ、編み込んだり、アップにしたり、シンプルにまとめるのもきっと似合う」
「うん」
コクリと頷いた灯にホッとひと息、
「それにハサミを使わなくても出来るのよ」
そう言って魔法を使うリリス、風の魔法を精密かつ繊細に鋭く刃にして髪の毛を一瞬で切ってしまった。
「凄い」
「大きな魔法は使えないけど、こういうのは得意なの、怖くなかったでしょ?」
「うん!うん!」
魔法が好きなので笑顔で目を輝かせる灯
「魔法、好きなの?」
「うん!えと、あれ?神にゃん?」
周囲を見渡して声を掛けるとベッドからもぞもぞと猫が出て来る。
「にゃ」
トコトコと足元にまとわりつく温かい感触
「その子ずっとアリィの傍に居たわよ、まるで護るみたいに」
「にゃー、ごろごろ」
リリスにも体を擦り付ける神にゃん、ありがとう・・・
「お母さん持って来たよ、って、アリィ起きたんだ!良かった!」
突然、寝室の扉が開いてエルが入って来た、その手にはドレスを何着か持っているが、灯を認めるとドレスをベッドに放り投げて抱き着いて来た。
「わ」
「んふふ!お揃いだね!」
猫耳をやわやわと撫でて、尻尾を目の前に動かした。
灯も尻尾を前に動かそうとするが初めてなので上手く動いてくれない。
「んんー!!」
顔を真っ赤にして頑張る灯
「ふふ、焦らないで少しずつ感覚が分かるから」
リリスもスラリと尻尾を動かしていた。
「さあ、身嗜みを整えて行くわよ、皆待ちわびているわ」
「うん」
灯は寝て起きたつもりだったが、まさか三日も経っているとは思っていなかった。




