夢。
激痛を感じた瞬間、痛み以外の情報が全く入って来なくなった、身体の奥が軋む、ただ只管に痛い、痛い痛い痛い、そこまでは覚えていた
今居るのは夢だ、私にとってとても都合が良い夢だ。
だってお父さんとお母さんが居る、もう二度と戻れない、会う事も無く、私を知らないお父さんとお母さんだ・・・
笑顔で手招きしているから走って近くまで行った
「お父さん!お母さん!」
声に出したつもりだったが、音は出なかった
話したい事が沢山あるのに声にならない、これまでの事、ゴリさんに助けて貰った事、瞬兄と再会出来て嬉しかった事、アヤちゃんにやり返した事、友達が出来た事、その友達が実は姉だった事、両親がもう1人ずつ居た事、これまで必死になって来た事
そして、戦う事が怖かった事・・・
何でも良かった、話したい!
笑うだろうか、困るだろうか、泣くだろうか、怒られたって良いのに・・・
そう思っても会話にならない、お父さんとお母さんはにこにこ笑っている。
こんなの酷い、酷い夢だ、夢の中でくらい最後に話したいのに、こんな夢なら見たくなかった・・・
嘘だ
夢でも一目会えて良かった
何故かは分からないが、きっとこれが最後になる、そんな確信が自分の中にある。
「灯」
お父さんとお母さんから呼ばれた気がした、こっちの声も、あっちの声も音にはなっていないのにそんな気がした。
気付けばいつ間にか二人に抱き締められていた、そんなに経ってはいないのに酷く遠い思い出のように感じられた
お父さんの力強さ、お母さんの柔らかさ、二人の匂い、懐かしい・・・
「ううっ、、あああああっ、」
最後だから笑って別れたいのに涙が止まらない
「おどっ、、さ、、ひっ、く、・・・おがあ、、」
盛大に泣く、どうせ誰も居ないのだから関係無い
そして、思い切り泣いていたらそのまま寝てしまった、起きても抱き締められたままで安心する、夢の中でも寝れるんだなとボンヤリ思っていると
「灯」
「お父さん!お母さん!」
今度は声が出た!
「灯、愛してる」
「私も好き!愛してる!」
普段絶対言えない事も今なら言える、言わなきゃならない。
「灯、会えて良かった産まれてきてくれてありがとう」
「私も会えて良かった!」
出し切ったと思っていた涙がまた溢れてくる
「もう会えないけど、いつも見守ってるよ」
「元気でね、好き嫌いしないで沢山食べて大きくなってね」
「うん、うん!」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんと仲良くね」
「うん!頑張るから、何でも食べるし大きくなる!エクスともエルとも仲良くする!だからっ」
周囲が明るく白くなっていく、目の前にお父さんとお母さんが居るのに霞んでいく、もっと一緒に居たい。
「そちらの両親にも・・・・・・」
「えっ」
もう目の前も真っ白だ、声しか聞こえない。
「灯、愛してる」
「愛してるわ」
「私もっ!」
愛してると言おうとして目が覚めた、とても怠くて身体の節々が痛い
目の前には胸、温かい・・・
視線を上に向けるとリリスさんだった。
ぼんやりと思い出す、意識は無かった筈なのに自分を俯瞰して一緒に寝ているのを見ていた
エルと交代で寄り添ってくれた、自分の食事以外はずっと抱き締められていた事を覚えている。
何故か二人共裸なのは、きっと理由があるのだろう
何より温かくてホッとする、もっとくっついていたくて自分から抱き着いた
「ん・・・」
起こしてしまった、恥ずかしいけどそのままぎゅっとする灯
「アリィ、もう大丈夫?」
リリスに優しく撫でられる、頭の感覚が何か変な気がするけどとても心地良い
「うん・・・」
「そう、良かった」
本当に優しい声で言われ、おでこにキスをされた
こそばゆいけど心の中がポカポカした
夢でお母さんに言われた事を思い出し、灯は決めた
もう言えば良かったなんて思いはしたくなかったから
最後に夢の中で言われた事
「そちらの両親もお父さんお母さんって呼んであげてきっと喜ぶから、大丈夫、灯には四人のお父さんとお母さんが居るの、私達に遠慮する事ないから」
そう言われた、全部見透かされたような言葉に灯は素直に従った。
「ありがとう、、、おかあさん・・・」
最後の方は気恥ずかしくて、殆ど聞き取れない様な小さい声になってしまう
それでも獣人の耳には届いたのだろう、リリスは涙を流しながら喜び、抱きしめ返して来た。
「アリィ!ああ、ありがとう、ありがとうアリィ!」
ちゅ、ちゅとキスが降って来る、初めて出会ってされた時は困惑しか無かったが今はとても嬉しい。
「アリィ、アリィ!」
感極まり過ぎたのか、リリスの行動に獣人の本能的なものが混じり始めた、耳を甘噛みされ毛繕いされる
「や、っん、耳、敏感でっ、、あん、おかあさんん」
灯はリリスの胸に抱き抱えられている、その体勢で触れられる耳は灯の頭の上・・・
「んんっ、耳、んふ、みみ、、、耳ィ!?」
「アリィ、どうしたの?」
「え、ええっ、耳、耳がっ、上に、!?」
混乱に陥る灯、リリスは合点がいったのかクスクスと笑い出した。
「おかーさん?」
「ふふふ、もっと呼んでアリィ」
「おかあさん・・・」
「もっと・・・」
「お母さん」
「なあにアリィ、愛してるわ」
「う、私も愛してる、お母さん・・・」
「きゃああっ!もう本当に可愛いわねアリィ!」
「あ、あの、耳、耳が!」
「ええ、立派な私達と同じ獅子獣人の耳ね」
「私、獣人になったの?」
「そうよ、ほら」
リリスが徐ろに灯の臀部へと手を伸ばす、キュッと握られ
「きゃんっ!」
ゾワゾワと背筋に刺激が走る、なにこれ!止めて欲しいような気持ちいいような・・・
スルリとシーツの下から出て来たそれは見事な黒毛の尻尾で、獣人の証であった。
「アリィは耳も尻尾も敏感なのね、ほら、どう?」
尻尾を根元から先へと向かって一気に撫でられると、先程掴まれた以上の刺激が伝わって来た
「ああんっ!!」
「はむっ」
興が乗ってきたのかリリスは尻尾を撫でながら獣耳の毛繕いを再開する。
灯は逃げたいが抱き締められていて動けない、片手なのに獅子の力が存分に発揮されていてどうにもならない
「やめて、ん、」
「駄目よ、娘の毛繕いは母親が必ずやる事なんだから、ね?」
「そんな、、ひっ、」
起き抜けに酷い目に遭う灯、力も適わないし、身体も鉛のような重さで抵抗もままならない。
「ん、ちゅ、はむはむ・・・」
「あうう・・・」
毛繕いが猫耳が終わり、そして尻尾にも来て驚く
「あ、そこは舐めちゃダメっ」
「だーめ、ほらじっとして」
リリスは引く気は全く無いようで尻尾も丁寧舐められる
「んんん」
両手で口を塞ぐ灯、未知の感覚に困惑するばかり
声をあげるのも恥ずかしいと思い必至に耐えようとしていた。
「やめてやめて、お母さんっ、ひっ、んく!何コレ」
「あら、その歳で知らないの?」
「うう、何が?」
「うっ、アリィ」
赤く染めた顔で息を乱し、涙目で見上げる灯を見てリリスは息を飲んだ、そんな顔をされると堪らなくなる、私でさえグッと来るのだから他の男に見せたら相当危険なのでは、しかも本人はまだ目覚めていない模様だ・・・
エルと同じ歳なのだから知っていても良いのだが、余程チキュウとやらの両親に大事にされていたのだろう。
だからと言ってこのままでもいけない、危ういままだ
「いい事、アリィ?今は獣人化で体力が落ちているから今度にするけど、体力が戻ったら大事な事を教えるから、それまで絶対誰にも耳と尻尾を触らせちゃダメよ?獣人にとって耳と尻尾を触らせる、触られる事はとてもはしたない事だからね、約束よ?」
「?、うん、分かった、お母さんとエルは?」
「私達は良いわ、そうね、特に異性には触らせないように、ね?」
「うん、分かった・・・」
まさか異界から帰って来た娘に最初に教える事が保健体育とは思いもよらなかったリリス、悪い男に捕まる前に判明して良かったと胸をなで下ろしたのだった。




