灯とエル。
「うー」
「どうした灯」
馬車の中灯が隣で唸っている、頭を抱えているのだが・・・
「頭、」
「頭、痛いのか?」
「むずむずする・・・」
「むずむず?」
「お尻もむずむずする・・・」
「お尻も?」
何か病気かと鈴が治癒魔法を掛けても何も変わらない
「ふんふん・・・、灯、私と同じ匂いがする」
エルが灯の匂いを嗅いで言った
「エルちゃんと?どういうこと?」
「獣人みたいな匂い」
「灯は人間だけど・・・」
「でも、匂いするよ?」
「一緒に居たから匂い移ったとか?」
「私の匂いじゃなくて、灯の匂いだもん」
「どういう事だ?」
皆、疑問に頭を悩ませていた。
「もう少しで魔法都市です、お屋敷に医師も居ますので診て貰いましょう」
「ありがとうございます」
「いえ、命の恩人ですからね」
魔法都市まであと数日という所まで来ていたが、灯の様子は少しずつ良くない方向へと向かっていた。
匂いが強いと言っては食欲が落ち、目眩がすると言っては目をつぶって横になり、あまり眠れないと言っては夜起きて昼間寝ていた
「なんか妊娠したみたいな症状ね」
「「はっ!?」」
無邪気に思った事を言うのはエル、その波紋は意外と大きく・・・
「瞬、まさか・・・」
「いやいや、出してないから!手出してないから!」
「正直に言わないと母体に負担が・・・」
「手出してねーって!陸、煽んな!」
「じゃあエクスさん!?」
「何で俺だよ!?」
「プロポーズしたんでしょ、夜這いしてもおかしくない!」
「いやいやいや、いもっ・・・、合意のない行為は流石にしねえよ!?」
「疑われるのは出会いが悪過ぎたせいですね、反省して下さい」
「ぐ、くそ・・・」
てんやわんやな馬車内だが勿論灯は妊娠してはいない。
「おいアル、まずくないか?」
「始まってますね・・・」
「て事は、マジで当たりかよ」
「まあ、そうなりますね」
「嘘だろっ!」
「エル様の言う通り、灯様から匂いがしていますから」
「うわーマジかよ・・・、俺父上達に殺される・・・」
「自業自得です、そもそもエル様は本能的に察していたようなのに、エクス様は鈍いですね」
「いや、アレは普通両親しか理解出来ない感覚の筈だろ?最新の報告でも父と母だけなのに・・・」
「半身だからこそ、では?」
「急がないと・・・」
「グレゴリ殿にも話して先を急ぎましょう、今すぐではないにしても早めに到着したいですからね」
「まさかこんな所で会うとはな」
「これこそ運命というものでしょうね、必然ですよ」
アルは基本的に曖昧なものを信じない、そのアルをして運命と言わしめる出会い。
「そう言われると俺の判断も・・・」
「エクス様のバカも運命のひとつという事になりますね?」
運命のバカ・・・
「ぐ、最悪な出会いだ・・・」
「素直に街道を通っていても出会っていたんですよ、灯様の索敵はkm単位まで拡がるらしいので、森の中の私達を見つけて助けられましたが、そもそも同じ街道を通っていても歩きの私達に馬車の灯様方が声を掛けてご同道していたと思われます」
「完全に俺が足引っ張っただけじゃねーか!」
「そう言ってます、本当に反省して下さい、私の力不足もありますが、言いましたよね?避けられるリスクだと、エル様はあと一歩で死んでましたよ」
「それは、悪かったよ・・・」
灯を中心に全てが動き始めていた、本人は体調不良で調子を崩しているのだが魔法都市へは順調に近付いている。
「灯起きて、ご飯食べられる?」
「ん・・・」
エルの膝の上に頭を乗せて寝ていた灯が、ボーっとしながらも起き上がる、焦点が合わないのか瞬きを繰り返し何回も目を擦る
「うー・・・」
「灯、目が傷付くから無理しないで」
そっとエルが止める、この二、三日で気付いたのだがエルが一緒に居ると灯が楽になるようでずっと寄り添っている。
しかし灯の異変は次々と増えた、まず視力が落ちた、だが夜目は利く、眠気が強い、匂いには慣れたのか食事が摂れるのは幸いだった。
「鈴姉ごめんね、食事当番・・・」
「良いのよ、こういう事は持ちつ持たれつなんだから、出来る人がやればいいの、気にしないで身体を治しなさい」
「うん、ありがとう・・・、エルちゃんもごめんね」
「ううん、森で助けて貰ったんだから今度は私の番だよ」
「うん・・・」
もそもそと食事を摂り始める灯、目の焦点が合っていない、眠いのか見えていないのか・・・
馬車から出ると皆から灯の様子を聞かれる鈴
「どうだ?」
「ええ、食事は摂ってる、視力は変わらず、やっぱり眠いみたい」
「そうか・・・」
「これ病気なのかな?」
「病気じゃないなら何だと言うんだ?」
「うーん、呪術は無いんだよね?」
「少なくとも私には呪いの類は感じられないわね、病気も感じられないのだけど・・・」
回復治癒魔法の使い手、しかも最高峰の鈴に治せないものはほぼ無い、死者蘇生と消失した部位の復元以外は可能、欠損した部位もあるならその場でピタリと着けられる。
「病気でも呪いでも無い、なんなんだ?」
「霊薬も効かないんだろう?」
「ええ・・・」
瞬、陸、鈴は心配して話し合っているが答えは出ない。
「あの・・・、皆様、良いですか?」
アルが意を決して話し始めた、流石に仲間の不調に心を痛めているのを見過ごせなかったようだ
「えっと、灯様の症状には私共に心当たりが有ります」
「え!?」
「なんだって?」
「ただ、まだ確証が無いので、そのお屋敷の、」
「医者に診せれば分かる、と?」
「はい、あと安心して頂きたいのですが、灯様の症状は一過性のもので必ず元に戻ります、恐らく知っている症状だとは思うのですが、私は医師では御座いませんので」
「魔法都市に急ぐしかないって事か・・・」
「ええ、それがようございます」
「ここからだとどれくらい掛かるかな?」
「明日の昼には着けるかと思います」
「なら今からっ」
「待て瞬、もう日が落ちている、灯の索敵もあまり機能していない今は危険だ、それに生死に関わるものでは無いのだろうアル?」
「はい、大丈夫です」
「く、」
「瞬、焦っても仕方ない、明日早めに出ればいいだろ?」
「・・・分かったよ」
そうして次の日、一行は魔法都市へと入る事になった。




