結末。
「貴様ら!騎士にこんな事をしてタダで済むと思っ」
「てないけど、アンタに言われる筋合いはない!」
瞬が先程の言動の酷さを晴らすかのように団長を沼へ蹴り落とす、顔面から・・・
「ごぱっ、むーっ、むーっ、ぱあっ!」
必死に暴れて顔を上げたから取り敢えず大丈夫だろう、近くに居た副官の様な奴も蹴り飛ばす
ガッ!
「ん?」
蹴り応えの無さに不審に思うも騎士は沼に落ちた、他の騎士と違って暴れて抜けようとする様子は無い・・・
ジッとこちらを観察するかの様な、元々この行動自体に乗り気で無かったのか、他の粗野で下卑た騎士とは全く様子が異なる。
「瞬!そろそろだ」
「はい!」
気にしても仕方がない、そう疑問を振り切って離脱する。
「えい、浮遊」
馬だけ救出して草原へ放つ、そして
「ごめんね・・・」「ふしゃー」
灯が謝り、神にゃんが怒る、すると地面が固まり始め、騎士達は膝から下を固定された。
「くそがっ!見てろ、奴隷にしてやる!くそ、くそっ!」
団長は口汚く罵りながら、足と手を固定されて一人だけ土下座のような体勢になっていた。
少なくとも今後騎士団は表立って派手には仕掛けて来ないだろう、こんな無様に負けを晒したのだから。
因みに何故膝下固定なのか、それは・・・
「くそ!」
地面が固まり、鎧を外して抜け出す騎士達、足だけ鎧が無い状態だ。
馬は遥か彼方へと走り去っている
追うか?無理だ、馬に追い付ける訳が無い
なら対象を拘束するか?無理だ、裸足で戦う事など出来ない、そもそも足元を気にして戦える相手では無い事は今の動きで理解している
予備の鎧、遠征に行くにしても騎士団全員分は持って来ていない、戦争に行くならまだしも子供を捕らえて終わりだと思っていた騎士団にそのような準備は無い。
ならどうする、掘り返すしかない、固まった地面を手で?無理だ、泣く泣く騎士の誇り、剣で掘り始める騎士、掘り出す頃には当然対象は見える範囲に居ない、こちらは馬が無い、歩いて帰るしかない、馬で数日の道程を徒歩で・・・
途方に暮れる騎士達
「くそがっ!お前ら俺を助けろ!」
無能な態度だけデカい騎士団長を、抱えて・・・
一部、まともな騎士は舌打ちをして吐き捨てた
「子供を、しかも奇跡の戦乙女を拉致などしようとするからだ、国のゴミめ・・・」
ガタゴトガタゴト、いつもより揺れが大きい馬車
追手の心配は無いにしても出来るだけ距離は開けておきたい為、先を急いでいた。
「予想以上に屑だったわね・・・」
「うん」
「酷かったな、あんな大人も居るんだな」
「まあ、アレを大人の一人と言うのは恥ずかしいな」
「犯罪者が居なくならない問題、みたいなものかな?」
「それにしても酷かったけど」
と、口々に騎士団の醜態を話す、灯は先程から黙って居たのだが次の言葉で皆固まった
「ねえ瞬兄、夜の相手って何?使うって?」
「「「「え」」」」
シン・・・、静まり返る馬車、御者台のグレゴリも口を噤む。
ガラガラゴトゴト、走行の音だけが響く・・・
「あ、陸、服泥付いてる綺麗にしてあげるから」
「ん」
鈴と陸が即逃げる。
「む、ここらへんは道が悪いな、すまない馬車の操作に集中する」
グレゴリさんも逃げた。
「瞬兄?」
無垢な瞳で瞬を見つめ首を傾げる灯、そ、そうか知らないのか・・・
安心したような不安なような・・・
チラリと鈴の方を見て視線に意味を込める
(こういうのって中学校で教わったよな?なんで灯は知らないのか!)
その意図を理解したのか鈴も返す
(こういうのは中学三年よ!アンタも覚えあるでしょ、クラスの女子だけの授業、男子だけの授業!灯は受けてないわよ!)
マジか!受けてない!?いや、そうか三年になってほぼ行ってなかったもんな・・・
(光さんとか教えてないのかよ!?鈴だって!)
(灯が聞かないもの、私も光さんもわざわざ話題に出す訳ないじゃない!)
それもそうか!と、瞬時に視線のみで会話するのは付き合いの長さが可能とした技術だろう。
「瞬兄?」
「灯、こういうのはな皆が居る所で話す事じゃない、後で・・・」
上手く話を逸らすのかと皆聞き耳を立てている
「鈴が教えてくれる」
言った瞬間、首の後ろがゾッとした
バッと見ると鈴が恐ろしい表情で、声を発せず口を動かしていた
あとで、みてなさいよ、しゅん
「鈴姉が?」
「あ、ええ、あとで、ね」
「うん!」
その後、日が落ち始めたので野宿の場所を定め、各々役割を果たす為に馬車を降りていった、鈴は灯と共に馬車に残り、あの後ずっと考えていた騎士団長の言動を誤魔化す話を始める。
「で、夜の相手って?」
「いい灯、アルバイトしていたでしょ?例えば1つ仕事を渡されて日中で終わる、それを提出したら、はい次、明日朝までに宜しく、なんて言われたらどう?」
なんの話しだろう?疑問に思うも質問に答える灯。
「まあ、キツいかな?お父さんは「日が上って仕事をして、日が落ちたら仕事は終わりだ、それで間に合わないならそもそも日程に無理がある」って、言ってたし・・・」
「そう、そうなのよ、でね?あの騎士団長の話しなんだけど、昼も夜も関係無く王国の為に仕事しろ、って言ってたのよ」
勿論嘘だ、だが保健体育の特別授業を受けていない灯に、突然夜の生々しい話をする訳にもいかない、性の目覚めをあの下卑た騎士団長の言動を切っ掛けにはしたくない。
幸い灯は素直に受け取って信じてくれたようで
「あー、奴隷みたいな扱いしようとしてたから皆怖い顔になってたんだ」
馬車の横で盗み聞きしていたグレゴリは「上手い・・・」と鈴に感心していた、嘘は言ってない、本当の事も言ってないが・・・
「そうなの、ああいう奴の事を変態ロリコンって言うの、絶対に近付いたり、触ったり、話をしたりしちゃ駄目だからね、変態が伝染るから」
それはちょっと違うような、いや騎士団長はどう見ても40は過ぎていた、そんな奴が灯に向かってあんな発言した以上は十分変態か?
うむ、近付いてはいけない意味ではどっちも同じだな。
「前にも1度だけああいう目で見られた事あったから、それ思い出しちゃった、まあこっちには居ないから関係無いか」
「前にも、って、いつの事?」
「三年生の初め頃、かな・・・、色々やられてた時に助けてくれた男の子の一人なんだけど、助けて貰っていて言いたくないけど、なんか、その気持ち悪くて・・・」
「気持ち悪いって、どういう事?」
鈴は、自身の顔が強ばっていくのが解る
「え?、うー、上手く言えないけど、笑っているような、ううん、笑ってはいない、でも笑ってた?」
適当な表現が見つからないのだろう灯は考え込んでしまった、まさか、とは思うが聖女のあの女がピンポイントで此処に来たくらいだ、念の為に確認する。
「灯、その男の子の名前覚えてる?」
「うん、流星くんって言うんだけど・・・」
そのまさかか、勇者だった
悪運も運の内と言った灯の引き寄せ具合に内心、頭を抱えた。
「マッチポンプね」
聖女アヤとセットで召喚される位だ、縁、若しくは行動を共にしていた可能性はある、アヤは灯を虐めて、それを助ける流星、あの女と一緒に居た位だアイツも腐っていても不思議じゃない、実際食堂の時にじっとりと鈴も見られて良い気はしていなかった。
灯の言う「笑っている」は、恐らく「嘲笑っていた」んだ、アヤは瞬に近い灯を排除出来る、流星は灯を助ける名目で近付いてあわよくば・・・、有り得る。
「ん?なに、マッチポンプって」
「何でもない、それより灯、流星って子来てるわよ、この世界に」
「え?まさか」
怪訝な表情になる灯
「勇者として召喚されてる」
もう隠し事は無しだ、事前に出来る事は全てやるし、灯にも選択肢を与えるべきだ。
そんな思いから伝えた鈴
「そう・・・」
灯の反応は微妙だ、まあアヤと一緒に居ると考えればそうれもそうかと思う
「どう思う、どうする?」
「別に、何も」
「何も?」
「うん、改めて話す事は無いし、会ったからって何も、それに勇者ならアヤちゃんの近くに居るんでしょ、あまり近付きたくないかな・・・」
内心ホッとする鈴、一応助けてくれた相手だ、お礼を言いたいとでも言うかと思ったが、欠片も興味は無さそうで安心、いや「ざまぁみろ」と思った。
弱った灯に付けこもうとした可能性のある男に灯は近付けたくない、汚い手を使ったかも知れない男に無関心な灯は何よりもな因果応報と言えるのでないのか。
「そ、なら、良いわ、どうせ王都出たしね」
「ん」
「さ、食事作りましょう、男共が腹を空かせて待っているから」
「わ、もうこんなに暗く!?急がなきゃ」
慌てて灯は馬車から飛び出して行った。
「グレゴリさん、聞いてたでしょ?」
「ああ、気付いていたのか」
「何となく、貴方なら灯を心配して聞いているかなって」
「む」
「聞いていた通りよ、灯が虐められた件、勇者も黒に近いから瞬と陸にも伝えておいて、私はアヤと流星は裏で示し合わせていたと思うから」
「やはり、か」
グレゴリも聞いていて思い当たっていたようだ、話は早い
「もし、もし今後聖女と勇者が・・・」
何か仕掛けてきたら・・・
「そうだな、手が滑って大盾を勇者と聖女の真上から落としてしまうかも知れんなあ?うっかり」
いけしゃあしゃあと言うグレゴリ、顔は見えないが意地悪くニヤリと笑っているだろう。
「ふふっ、うっかりなら仕方ないわね、誰だって一度や二度、失敗はあるものね」
鈴もニヤリと笑う
「ああ、その通りだ、誰にでもうっかりしてしまう事はあるさ」
暗くなった空に、二人の黒い笑いが静かに響き渡った。
因みに、本日瞬の食事は鈴の意向により肉抜きになったりした・・・
今後、灯の保健体育の知識をどうしようか頭を悩ませる事になる、切っ掛けさえあれば自分でネットで調べるなり友達とそう言った話になる事もあるだろうけど、ここは異世界、交友関係は幼馴染とグレゴリ、誰かが教えなければならない。
今その時ではないと、先送りにしたのだがどうなる事か。




