騎士団。
騎士団長は考える、自分に、聖女に一服盛った存在が何者か、城の聖女が済むひと区画の人員全てを完全に無力化、騎士だけでなく侍女や料理人、掃除婦、そこに居た人間全てだ。
あの時、お茶を入れた侍女に見えた三人が犯人である事は明白だったが姿は朧気で思い出せず、食器等は当然無く、侵入経路はおろか逃走経路も掴めない、賊ながら見事な手際であった。
「誰だ・・・、俺か聖女を狙った、いや、俺を狙うならわざわざ警備の厳しい区画に居る時に狙う必要が無い、つまり・・・」
狙われたのは聖女。
だがしかし、聖女を此方の世界に召喚して日は浅い、「聖女」という立場に崇敬の念を覚えている者は居ても怨みを買う様な事は無かった筈だ、城の者では無い、事件前後で消えた者も確認されていない事から完全に外部の者の犯行と思われた、そもそも
「どうして、苦い汁を飲ませた?」
これだけの事を為したのだ、殺すつもりなら殺せた筈、毒に頼らずに殺すだけの技量もあった筈・・・
どうして「ただ味がキツい汁」を飲ませただけなのか・・・
思考に耽ける団長の元へ副官が報告書を持って来る
「団長、黒髪の聖女ですが・・・」
この副官が黒髪の、と指定する聖女は城で召喚した聖女の事では無い、瘴気の大規模戦闘時に現れ奇跡を起こした方の存在。
此方の聖女は出していない、何故なら魔族を始末する為に呼び出したのだ、力を揮うにしても上手く使わせないといけない、冒険者など流れ者の命など知った事では無い。
その時物見櫓から噴水広場を眺めていた騎士団長、モンスターの数は兎も角、火竜の出現と火災は想定外だった、流れ者共も案外使えない、仕方無く騎士団を出そうとした時、空から現れた少女が全てをひっくり返した
「なんだ、アレは・・・」
空から振って来た小柄な少女が、あの火竜を圧殺した
あの猛威を奮っていた生物の頂点に立つ竜を魔法で地面に這わせたかと思えば、そのまま立ち上がる事は無かったのだ。
ゆっくり地面に降り立ち、青年が近付いて何か話し抱き合っていた
あいつは確か聖女の世界の学び舎に居たと言う「瞬」とか言う奴か、知り合いなのか?
あれだけの力を持つ存在、是非とも欲しい、使える・・・
聖女経由で何とか使えないだろうか、そんな腹残用を立てている騎士団長の目の前で更に信じられない事が展開された。
広場中央へ移動した黒髪の少女達、少女が噴水の上に立ち、それを守る様に周囲を固める者。
少女が杖を振るった次の瞬間、大規模方陣を使用したのか王都に拡がる火が全て消える
「何、だと?」
騎士団長の驚愕は終わらない、続けて違う方陣が展開され流れ者共が回復した様子が、そして神の加護かと思われる程の強化魔法を戦場に居る者全てに・・・
「欲しい・・・」
その目に映るのは、黒髪の少女と杖。
男はその杖を知っていた、魔法都市の博物館の最奥に座していたとあるレプリカ、そのレプリカでさえ途方も無い魔力が込められていると見て取れた、少女が手にするそれは遠目に見ても解る、真なる物だと
「龍の瞳・・・」
俺が使ってやる、と欲に溺れた者は夢中で戦場の中心を見ていた。
その背中を副官が蔑んだ目で睨み付けていた事に気も付かずに・・・
当然、戦場のどさくさに紛れて拘束してしまおうと騎士団を出させたが何故か上手く行かなかった、騎士団の背後にモンスターが現れ始めたのだ、背後を突かれた騎士団が混乱に陥る、まだ大丈夫、それよりあの女だ、と考えていると
ドォーーンッ!
と巨大な塊が騎士団の中心に降って来た
「グアアアーッ!!」
雑魚共は兎も角、流石にオークキングは無視出来ない、だからと言って極上の宝も見逃せない
あっという間に恐慌に飲まれ統率を失う騎士団にイラつきながらも指示を出す
「勇者と聖女を呼べ」
副官は小さく頷くと側近に走らせた、この男、使えるのだが何か目付きが気に食わない、だが気に食わないだけで使わない理由にはならない、優秀だから使う、それだけだ。
勇者達が来るまで騎士団を何とか支えたが、モンスターが次から次へと襲い掛かってきてキリがない、気が付けば流れ者共は全員逃げ出して居なかった、臆病者共が、と嘲る。
そのせいで女と杖を逃してしまった・・・
その後、騎士団の影共を使って捜索したがどうしてもみつからなかった、あの杖と魔力を持っているならなんら不思議では無かったが、無能共に不満が募る。
まさか既に王都を出ているのか、あの混乱の最中なら門の出入りを制限させていたが、見落としも有り得る
そんな時、聖女の慰問先で思わぬ出会いがあった
「灯!」そう呼ぶ声が辺りから聞こえてきた
「瞬先輩」
聖女がそう言った視線の先には、食堂、そして戦場に居た青年達、ならばあの女と杖も近くにある筈だ。
目を皿にして周囲を見渡すが下民共ばかりで見つからない、あの黒髪ならすぐに目に付くのだが居ないのか?
落胆しつつも諦めない、瞬とやらと抱き合っていたから少なくとも知り合い若しくは恋人だろう、こいつらを見張っていれば女と杖に行き着く。
そうして場を離れ、影と騎士を使ったが拠点は特定出来なかった、だが王都に居る事は分かった、出入りを押さえるだけだ。
指示を出して待ち続けた、その日が来る事を心待ちにして数週間後報告が上がる
かの存在がたった今王都を出た、と。
「待っていたぞ」
そう言いながら立ち上がり、事前に遠征の準備をしていた騎士団と共に出る、騎士団長の頭の中は今後の事で頭がいっぱいになっていた、あの杖と女が居れば王さえ操れる、いや王にさえ成り代わる事が可能だ。
昔、聖女もどきを田舎で徴収したが、アレは期待外れだった神の加護は持っていたようだが大して強力では無く飽きて捨てた、今度は違う、揮った女も杖も一流だ。
幼いが見た目は悪くない、そういう意味でも使ってやっても良いだろう、そう笑う顔は人民を護る騎士の姿ではなかった・・・




