旅④
グレゴリは雪山を抜け麓の集落に滞在していた、その肩に灯の姿は無い。
その手には革袋、中身は周辺の森を探索して手に入れた薬草が大量に入っている
その足はとある診療所へと向かった。
ガチャリ
「婆さん、薬草・・・」
「ひ」
「・・・」
無遠慮に中へ入って行くグレゴリ、視界には診療中の灯、その上半身は肌を晒していた。
「きゃああああああっ!!!」
静寂しかない田舎の集落に叫び声が響き渡った
「すまん・・・」
「えっち」
床へ正座して謝るグレゴリに、灯は顔を真っ赤にしている
「まったく、女の子が診療している部屋にノックも無しに入る馬鹿が居るかい」
「すみませんでした・・・」
「えっち」
「それにしても良かったね灯、あんだけ声が出るんなら完治と言って良いだろ」
「ありがとうございます、たまお婆ちゃん」
「なに、わたしゃ大した事はしてないさね、あとはアンタが持っていた霊薬じゃないか」
「本当に良かったな灯」
「えっち」
「・・・すまん」
結果としてアイスベアーは倒した、だが
「ガアアアア!!」
立ち位置が悪かった
斜面の下側にグレゴリ、上からアイスベアーの体当たりを受けてしまった。
足元は氷雪、ダメージは無いが止まらない
ザザザザザザーッ!
「ぐっ、止まらんっ」
どれくらい押し込まれただろうか、不意にその落下が止まる
ドガンッ!
氷柱にぶつかったのだ、あまりの衝撃に氷柱は中程でバキバキと折れる、当然だ数百kgあるアイスベアーと100kg以上あるグレゴリが滑り落ちて、それを止めたのだから。
背中に氷柱がある事で踏ん張りが効くようになり、力づくでアイスベアーを投げ飛ばし長剣を突き刺す。
「ふうっ、」
ひと息吐いたグレゴリの頬を冷風が頬を撫でる、その異変に驚く、周囲5m程の空気は灯が制御している筈なのに
「灯っ!?」
いつも居る肩には姿が見えない。
慌てて周りを探すと近くに居た
灯は中程まで折れた氷柱の根元に倒れ伏していた、その姿は血に塗れている
先程アイスベアーに押し込まれた時にグレゴリと氷柱の間に挟まれてしまったようだった。
「灯!」
傍まで駆け寄り抱き起こす、血を吐きぐったりとして意識は無い、しかも・・・
「ヒュッ、、ヒュッ、、」
呼吸音が明らかにおかしく、胸の動きも不規則な事に気付く、
「灯!ヒールポーションを!」
魔法鞄からヒールポーションを取り出し、なんとか飲ませようとするが、灯の意識は無く、最悪な事に胸が潰されたせいか飲み込めずに口からこぼれ落ちていくヒールポーション
「ゲボッ、ゴボ、、ゲッ」
「クソっ、灯しっかりしろ!」
焦っても何も解決しない、何か手段を考える
グレゴリは応急処置の心得があった、だが意識の無い喉の潰れた人間に液体を飲ませる方法など無かった。
いや下手をすると骨が折れて肺に刺さっている可能性もある。
よく漫画やアニメで口移しに飲ませるシーンが有るが、あれはフィクション、意識の無い人間は物を飲まないし、よしんば飲むとしてもそれは「飲む力」が残っている者だけだ、今喉が潰れ肺も傷付いている可能性がある灯に無理矢理押し込んで上手く胃に収まるとは思えない、下手をすれば溺れてしまう。
自分では治せない、なら治療だ、治療の出来る場所まで行くしかない!
幸い強化魔法はまだ効いている、空気は冷たいので対象に施すものは効果が持続、維持型の魔法の空気制御や肩に張り付くものは灯の意識が無いと消えるようだった。
マップを確認、一番近い人の居る場所を目指す
灯をブランケットで何重にも包み背中に縛る
「待ってろ、絶対に助けてみせる」
「ヒュッ、、ヒュッ、」
肩口からはいつもの元気な返事は返って来ない、聞こえるのは痛々しい呼吸・・・
「くそっ」
毒づきながらも歩き出す、気持ち的には走りたいが灯への身体の負担を考えるとそれは出来なかった。
不幸中の幸いか、アイスベアーに押し込まれて怪我をしたのだが、相当滑り落ちて来た事で集落は近かった。
ザク ザク・・・
一人で歩くのはこんなにつまらなく苦痛なものだったか、そう思う程に足取りは重い、まだ強化魔法は効いているのに。
近いと言っても雪と氷の山道、時間は掛かる
二時間は歩いたか?、一時間かも知れないが、体感的にはかなりの時間が過ぎたように感じる。
最悪の時に悪い事は重なるものだ、やたらとモンスターに遭遇するのだ、特に狼が多く血の匂いのせいか本能的に弱っている灯を狙って来る。
恐らくサポート魔法が適宜効果を失っている、隠蔽系統の魔法が解けて周囲から認識される様になり、更には灯の索敵が無くなった事で余計エンカウントしているのだ。
「情けない・・・」
灯におんぶに抱っこではないか、守っていたつもりが自分が守られていた、しかも自分のミスで怪我までさせて恥じ入るばかりだ。
やっとの思いで雪山を下る、周囲は雪も無く只の森になっている、集落までもう少し、そう思っていた矢先に
「ゲ、、ゴホ、」
びちゃりと肩に血が掛かる、灯が再び吐血した
「灯!」
このままおぶって進む訳にはいかない、血が喉を塞ぎ呼吸が出来ないかも知れない、一度背中から下ろすと口の中の血と内容物を掻き出す
「ぐ、、ヴ・・・」
「苦しいだろうが我慢してくれ」
口の中を綺麗にして呼吸を確認する
「ヒュッ・・・・・・ ヒュッ・・・・・・ 」
弱くなっているが、まだ呼吸している事に安心する
山を下りたのでそのまま抱き上げて移動を再開。
やっとの思いで集落へと着く、村の前には見張りが二人、槍を持っていた。
「止まれ!誰だ、何しに来た!」
2m越えの大男が突然来たのだ警戒も当然の事、だがグレゴリがそれに構う余裕は無い
「この娘を助けてくれ!酷い怪我をしている、俺は村に入らなくても良い、医者を頼む!」
膝を付いて血だらけの灯を見せる、見張りは顔を見合わせ頷くとゆっくり近付く。
「動くなよ、その娘を確認するだけだ」
一人は槍を構え、もう一人が灯の様子を見る
「これはっ、、おい!たま婆さん呼んで来い」
様子を見た見張りが顔色を変えて槍を構えていた見張りに言う、それもそうだ、少女が口の周りを血に染めてひと目見ても分かる程、瀕死の状態なのだから。
「お、おう」
「急げ!」
走って村へと入って行く
「すまない、助かる・・・」
「勘違いするな、人を死なせたくないだけだ、アンタは下手に動くなよ」
「ああ・・・」
グレゴリも自分の体格は自覚している、それも辺境の村に突然現れたら警戒されるのも仕方無い。
少しして先程の見張りが誰かをおぶって走って来た
「診て欲しいなら、あたしの所へ来なっていつも言ってんだろ!」
「動けねえ人だって居るだろ婆ちゃん!良いから診てくれよ、死にそうなんだ」
「全く、ババア使いの荒い奴らばっかりだよ!」
ブツブツと文句を言いながらも灯を覗き込む婆さん
「これは、何してんだい!早くウチへ運びなデカイの!」
「婆ちゃん、この人は、」
「煩いね!この娘を連れて来たんだから保護者だろ、まさかわざわざ娘っ子を痛め付けて来たんじゃないだろ?」
「あ、ああ、そんな事はしない」
「ほれ、無駄話してると酷い事になるよ、あんたらこのデカイのが怒ったら止められるとでも思ってんかい」
「う、それは・・・」
チラリとグレゴリを見るも顔色は悪い、まあ勝てないだろうな・・・
「急ぎな!」
たま婆さんの一声で皆動き始める
「仕方ねえなぁ・・・」
「感謝する」
「危ないよこの子、何をしたらこんなんなるんだい、まったく!」
言葉も無い、完全に自分の不注意で怪我をさせてしまったグレゴリは反省する他無かった。




